55 / 61
最終章3 おかえりなさい
しおりを挟む
まず、目に映ったのは――白い天井だった。
蛍光灯の光がやわらかく滲んで見える。
ここは……どこだ?
ぼんやりと視界をさまよわせたその時、
誰かが俺の手を握っているのに気づいた。
その手は、小さくて、温かくて、震えていた。
そちらに顔を向ける。
――目が合った。
涙で真っ赤に腫れた目。
驚きと、安堵と、信じられないという色が混じった表情。
「……キララ?」
思わず名前を呼んだ。
だが、おれが言葉を続けるよりも先に――
「……兄さん……っ!」
その一言を搾り出すように叫んで、
キララは勢いよく俺にすがりついてきた。
肩が震えている。
押し殺していた泣き声が、胸元に吸い込まれるように響いた。
(……キララ……)
そのぬくもりが、忘れていた現実を一気に引き戻した。
◇
意識を取り戻した俺は、そのままいくつかの検査に回された。
血液検査、神経反射、歩行、筋力、バイタル――
どれも異常なし。
病院スタッフの反応は、ほとんど驚愕に近いものだった。
何年も寝たきりだった患者が、
自力でベッドから起き上がり、
そのまま平然と歩き出す――
普通ならあり得ないらしい。
「問題なし……どころか、健康そのものですね……?」
医師のひとりが困惑した声で言う。
検査を終えて病室に戻ったとき、
俺は、そこで“異変”に気づいた。
同室のベッドに――
レオ。
リオン。
ルナ。
異世界で共に戦った仲間たちが、
まるで眠るように横たわっていた。
(……おいおい、なんでお前らまで……?)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
これが偶然なわけがない。
だが理由は、まったく分からない。
「どういうことだ……?」
思わず呟いたそのとき、
後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「それも含めて、説明が必要ね。」
振り返ると、白衣の女性医師が立っていた。
「そして――あなたの話も、聞きたいの。」
静かだが強い目で、まっすぐ俺を見つめていた。
◇
病室には、
俺と、先ほどの女性医師、キララ、そして数名のスタッフがいた。
落ち着きを取り戻したキララが口を開く。
「兄さん、こちらが――朝倉麻衣子先生。兄さんの主治医よ。」
白衣の女性が軽く会釈した。
先ほど検査に付き添ってくれた医師だ。
なるほど、俺の主治医なのか。
さらに、キララが続けた。
「それでね、
私は今、この麻衣子さんのところに住まわせてもらっているの。」
「……え?」
話の展開が急すぎてついていけない。
だがキララは気にせず、次の話題へ。
「でね。私は、麻衣子さんと同じ大学の医学部に入学したの。」
「…………は?」
頭の中で言葉が空中分解していく。
「今は、麻衣子さんの研究室に所属して、
兄さんたちを回復させる方法の研究の手伝いをしているの。」
(医学部?研究室?……キララが?)
理解がまったく追いつかない。
「でね、こちらは――藤宮葵(フジミヤ アオイ)くん。大学の友達。」
キララの横に座っていた青年が頭を下げた。
「藤宮です。はじめまして。お兄さん。」
(キララの……男友達(ボーイフレンド)!?)
俺は目を白黒させた。
そんな俺を見て、朝倉先生が苦笑しながら補足説明してくれた。
ひとりになったキララを面倒見てくれていること
お兄さんを助けたい一心で猛勉強の末、医学部に合格したこと
いまは、朝倉先生の研究室に、藤宮葵君と共に在籍し、
研究を手伝ってくれていること。
胸の奥が熱くなる。
「……キララ。」
言葉が自然とこぼれた。
「俺のために、苦労を掛けたな。……ありがとう。」
キララは顔を上げ、少し赤くなった目で微笑んだ。
「ううん。兄さんが帰ってきてくれたなら、それで全部チャラだよ。」
その笑顔は、子どもの頃のままで――
でもどこか、大人の表情になっていた。
次は、俺が――
あの世界で起きたことを、ゆっくりと説明していった。
できるだけ整理し、重要なポイントを重点的に。
何者かによって“作られた”世界のこと。
そこに一時的に匿(かくま)われていた命のこと。
夢の多重構造のような仕組み。
そして、外部からの刺激で“目覚める”現象のこと。
自分で話していても、馬鹿げた話だと思う。
普通なら信じてもらえるわけがない。
だが――
話し終えた直後の先生たちの反応は、予想外に早かった。
「お兄さんたちの脳波の状態から推測すれば
……なるほど、合点がいきますね。」
朝倉先生は、淡々と分析するように頷いた。
「兄さんが言ってた“多重の夢”と“目覚めの衝撃”……
あれ、以前あった兄さんの脳波の急変と一致してる気がする。」
キララが思い出したように言う。
「その話、聞いてました。
あの時の脳波データ、もっと細かく解析する価値があります。
AIでの再分析……かなり有効かもしれません。」
藤宮葵君が真剣な表情で言った。
次の瞬間――
三人は恐ろしいほど自然に議論を始めた。
「多重意識状態の推移を時系列で並べれば……」
「外部刺激の閾値を推定できますね。」
「データの欠損部分をAIで補完すれば、
覚醒のきっかけを数値化できる可能性が……」
「じゃあ、次は脳幹の反応パターンも重ねて――」
まるでスイッチが入ったかのように、
医学的、工学的、そしてAI的な視点が高速で飛び交う。
(……すごいな。)
思わず圧倒された。
ただの夢物語を、
こんなふうに“現実の言葉”で解析し、議論し、形にしようとしている。
その姿を見て、俺はようやく理解した。
――この三人は、本気で俺を救おうとしてくれていたんだ。
積み重ねてきた知識も、経験も、努力も。
すべては俺の“帰り道”を作るためだった。
(ありがとう……本当に……)
胸の奥に、静かに熱いものが広がった。
蛍光灯の光がやわらかく滲んで見える。
ここは……どこだ?
ぼんやりと視界をさまよわせたその時、
誰かが俺の手を握っているのに気づいた。
その手は、小さくて、温かくて、震えていた。
そちらに顔を向ける。
――目が合った。
涙で真っ赤に腫れた目。
驚きと、安堵と、信じられないという色が混じった表情。
「……キララ?」
思わず名前を呼んだ。
だが、おれが言葉を続けるよりも先に――
「……兄さん……っ!」
その一言を搾り出すように叫んで、
キララは勢いよく俺にすがりついてきた。
肩が震えている。
押し殺していた泣き声が、胸元に吸い込まれるように響いた。
(……キララ……)
そのぬくもりが、忘れていた現実を一気に引き戻した。
◇
意識を取り戻した俺は、そのままいくつかの検査に回された。
血液検査、神経反射、歩行、筋力、バイタル――
どれも異常なし。
病院スタッフの反応は、ほとんど驚愕に近いものだった。
何年も寝たきりだった患者が、
自力でベッドから起き上がり、
そのまま平然と歩き出す――
普通ならあり得ないらしい。
「問題なし……どころか、健康そのものですね……?」
医師のひとりが困惑した声で言う。
検査を終えて病室に戻ったとき、
俺は、そこで“異変”に気づいた。
同室のベッドに――
レオ。
リオン。
ルナ。
異世界で共に戦った仲間たちが、
まるで眠るように横たわっていた。
(……おいおい、なんでお前らまで……?)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
これが偶然なわけがない。
だが理由は、まったく分からない。
「どういうことだ……?」
思わず呟いたそのとき、
後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「それも含めて、説明が必要ね。」
振り返ると、白衣の女性医師が立っていた。
「そして――あなたの話も、聞きたいの。」
静かだが強い目で、まっすぐ俺を見つめていた。
◇
病室には、
俺と、先ほどの女性医師、キララ、そして数名のスタッフがいた。
落ち着きを取り戻したキララが口を開く。
「兄さん、こちらが――朝倉麻衣子先生。兄さんの主治医よ。」
白衣の女性が軽く会釈した。
先ほど検査に付き添ってくれた医師だ。
なるほど、俺の主治医なのか。
さらに、キララが続けた。
「それでね、
私は今、この麻衣子さんのところに住まわせてもらっているの。」
「……え?」
話の展開が急すぎてついていけない。
だがキララは気にせず、次の話題へ。
「でね。私は、麻衣子さんと同じ大学の医学部に入学したの。」
「…………は?」
頭の中で言葉が空中分解していく。
「今は、麻衣子さんの研究室に所属して、
兄さんたちを回復させる方法の研究の手伝いをしているの。」
(医学部?研究室?……キララが?)
理解がまったく追いつかない。
「でね、こちらは――藤宮葵(フジミヤ アオイ)くん。大学の友達。」
キララの横に座っていた青年が頭を下げた。
「藤宮です。はじめまして。お兄さん。」
(キララの……男友達(ボーイフレンド)!?)
俺は目を白黒させた。
そんな俺を見て、朝倉先生が苦笑しながら補足説明してくれた。
ひとりになったキララを面倒見てくれていること
お兄さんを助けたい一心で猛勉強の末、医学部に合格したこと
いまは、朝倉先生の研究室に、藤宮葵君と共に在籍し、
研究を手伝ってくれていること。
胸の奥が熱くなる。
「……キララ。」
言葉が自然とこぼれた。
「俺のために、苦労を掛けたな。……ありがとう。」
キララは顔を上げ、少し赤くなった目で微笑んだ。
「ううん。兄さんが帰ってきてくれたなら、それで全部チャラだよ。」
その笑顔は、子どもの頃のままで――
でもどこか、大人の表情になっていた。
次は、俺が――
あの世界で起きたことを、ゆっくりと説明していった。
できるだけ整理し、重要なポイントを重点的に。
何者かによって“作られた”世界のこと。
そこに一時的に匿(かくま)われていた命のこと。
夢の多重構造のような仕組み。
そして、外部からの刺激で“目覚める”現象のこと。
自分で話していても、馬鹿げた話だと思う。
普通なら信じてもらえるわけがない。
だが――
話し終えた直後の先生たちの反応は、予想外に早かった。
「お兄さんたちの脳波の状態から推測すれば
……なるほど、合点がいきますね。」
朝倉先生は、淡々と分析するように頷いた。
「兄さんが言ってた“多重の夢”と“目覚めの衝撃”……
あれ、以前あった兄さんの脳波の急変と一致してる気がする。」
キララが思い出したように言う。
「その話、聞いてました。
あの時の脳波データ、もっと細かく解析する価値があります。
AIでの再分析……かなり有効かもしれません。」
藤宮葵君が真剣な表情で言った。
次の瞬間――
三人は恐ろしいほど自然に議論を始めた。
「多重意識状態の推移を時系列で並べれば……」
「外部刺激の閾値を推定できますね。」
「データの欠損部分をAIで補完すれば、
覚醒のきっかけを数値化できる可能性が……」
「じゃあ、次は脳幹の反応パターンも重ねて――」
まるでスイッチが入ったかのように、
医学的、工学的、そしてAI的な視点が高速で飛び交う。
(……すごいな。)
思わず圧倒された。
ただの夢物語を、
こんなふうに“現実の言葉”で解析し、議論し、形にしようとしている。
その姿を見て、俺はようやく理解した。
――この三人は、本気で俺を救おうとしてくれていたんだ。
積み重ねてきた知識も、経験も、努力も。
すべては俺の“帰り道”を作るためだった。
(ありがとう……本当に……)
胸の奥に、静かに熱いものが広がった。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~
シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。
前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい
広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」
「え?」
「は?」
「いせかい……?」
異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。
ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。
そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!?
異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。
時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。
目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』
半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。
そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。
伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。
信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。
少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。
====
※お気に入り、感想がありましたら励みになります
※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。
※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります
※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる