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最終章3 おかえりなさい
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まず、目に映ったのは――白い天井だった。
蛍光灯の光がやわらかく滲んで見える。
ここは……どこだ?
ぼんやりと視界をさまよわせたその時、
誰かが俺の手を握っているのに気づいた。
その手は、小さくて、温かくて、震えていた。
そちらに顔を向ける。
――目が合った。
涙で真っ赤に腫れた目。
驚きと、安堵と、信じられないという色が混じった表情。
「……キララ?」
思わず名前を呼んだ。
だが、おれが言葉を続けるよりも先に――
「……兄さん……っ!」
その一言を搾り出すように叫んで、
キララは勢いよく俺にすがりついてきた。
肩が震えている。
押し殺していた泣き声が、胸元に吸い込まれるように響いた。
(……キララ……)
そのぬくもりが、忘れていた現実を一気に引き戻した。
◇
意識を取り戻した俺は、そのままいくつかの検査に回された。
血液検査、神経反射、歩行、筋力、バイタル――
どれも異常なし。
病院スタッフの反応は、ほとんど驚愕に近いものだった。
何年も寝たきりだった患者が、
自力でベッドから起き上がり、
そのまま平然と歩き出す――
普通ならあり得ないらしい。
「問題なし……どころか、健康そのものですね……?」
医師のひとりが困惑した声で言う。
検査を終えて病室に戻ったとき、
俺は、そこで“異変”に気づいた。
同室のベッドに――
レオ。
リオン。
ルナ。
異世界で共に戦った仲間たちが、
まるで眠るように横たわっていた。
(……おいおい、なんでお前らまで……?)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
これが偶然なわけがない。
だが理由は、まったく分からない。
「どういうことだ……?」
思わず呟いたそのとき、
後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「それも含めて、説明が必要ね。」
振り返ると、白衣の女性医師が立っていた。
「そして――あなたの話も、聞きたいの。」
静かだが強い目で、まっすぐ俺を見つめていた。
◇
病室には、
俺と、先ほどの女性医師、キララ、そして数名のスタッフがいた。
落ち着きを取り戻したキララが口を開く。
「兄さん、こちらが――朝倉麻衣子先生。兄さんの主治医よ。」
白衣の女性が軽く会釈した。
先ほど検査に付き添ってくれた医師だ。
なるほど、俺の主治医なのか。
さらに、キララが続けた。
「それでね、
私は今、この麻衣子さんのところに住まわせてもらっているの。」
「……え?」
話の展開が急すぎてついていけない。
だがキララは気にせず、次の話題へ。
「でね。私は、麻衣子さんと同じ大学の医学部に入学したの。」
「…………は?」
頭の中で言葉が空中分解していく。
「今は、麻衣子さんの研究室に所属して、
兄さんたちを回復させる方法の研究の手伝いをしているの。」
(医学部?研究室?……キララが?)
理解がまったく追いつかない。
「でね、こちらは――藤宮葵(フジミヤ アオイ)くん。大学の友達。」
キララの横に座っていた青年が頭を下げた。
「藤宮です。はじめまして。お兄さん。」
(キララの……男友達(ボーイフレンド)!?)
俺は目を白黒させた。
そんな俺を見て、朝倉先生が苦笑しながら補足説明してくれた。
ひとりになったキララを面倒見てくれていること
お兄さんを助けたい一心で猛勉強の末、医学部に合格したこと
いまは、朝倉先生の研究室に、藤宮葵君と共に在籍し、
研究を手伝ってくれていること。
胸の奥が熱くなる。
「……キララ。」
言葉が自然とこぼれた。
「俺のために、苦労を掛けたな。……ありがとう。」
キララは顔を上げ、少し赤くなった目で微笑んだ。
「ううん。兄さんが帰ってきてくれたなら、それで全部チャラだよ。」
その笑顔は、子どもの頃のままで――
でもどこか、大人の表情になっていた。
次は、俺が――
あの世界で起きたことを、ゆっくりと説明していった。
できるだけ整理し、重要なポイントを重点的に。
何者かによって“作られた”世界のこと。
そこに一時的に匿(かくま)われていた命のこと。
夢の多重構造のような仕組み。
そして、外部からの刺激で“目覚める”現象のこと。
自分で話していても、馬鹿げた話だと思う。
普通なら信じてもらえるわけがない。
だが――
話し終えた直後の先生たちの反応は、予想外に早かった。
「お兄さんたちの脳波の状態から推測すれば
……なるほど、合点がいきますね。」
朝倉先生は、淡々と分析するように頷いた。
「兄さんが言ってた“多重の夢”と“目覚めの衝撃”……
あれ、以前あった兄さんの脳波の急変と一致してる気がする。」
キララが思い出したように言う。
「その話、聞いてました。
あの時の脳波データ、もっと細かく解析する価値があります。
AIでの再分析……かなり有効かもしれません。」
藤宮葵君が真剣な表情で言った。
次の瞬間――
三人は恐ろしいほど自然に議論を始めた。
「多重意識状態の推移を時系列で並べれば……」
「外部刺激の閾値を推定できますね。」
「データの欠損部分をAIで補完すれば、
覚醒のきっかけを数値化できる可能性が……」
「じゃあ、次は脳幹の反応パターンも重ねて――」
まるでスイッチが入ったかのように、
医学的、工学的、そしてAI的な視点が高速で飛び交う。
(……すごいな。)
思わず圧倒された。
ただの夢物語を、
こんなふうに“現実の言葉”で解析し、議論し、形にしようとしている。
その姿を見て、俺はようやく理解した。
――この三人は、本気で俺を救おうとしてくれていたんだ。
積み重ねてきた知識も、経験も、努力も。
すべては俺の“帰り道”を作るためだった。
(ありがとう……本当に……)
胸の奥に、静かに熱いものが広がった。
蛍光灯の光がやわらかく滲んで見える。
ここは……どこだ?
ぼんやりと視界をさまよわせたその時、
誰かが俺の手を握っているのに気づいた。
その手は、小さくて、温かくて、震えていた。
そちらに顔を向ける。
――目が合った。
涙で真っ赤に腫れた目。
驚きと、安堵と、信じられないという色が混じった表情。
「……キララ?」
思わず名前を呼んだ。
だが、おれが言葉を続けるよりも先に――
「……兄さん……っ!」
その一言を搾り出すように叫んで、
キララは勢いよく俺にすがりついてきた。
肩が震えている。
押し殺していた泣き声が、胸元に吸い込まれるように響いた。
(……キララ……)
そのぬくもりが、忘れていた現実を一気に引き戻した。
◇
意識を取り戻した俺は、そのままいくつかの検査に回された。
血液検査、神経反射、歩行、筋力、バイタル――
どれも異常なし。
病院スタッフの反応は、ほとんど驚愕に近いものだった。
何年も寝たきりだった患者が、
自力でベッドから起き上がり、
そのまま平然と歩き出す――
普通ならあり得ないらしい。
「問題なし……どころか、健康そのものですね……?」
医師のひとりが困惑した声で言う。
検査を終えて病室に戻ったとき、
俺は、そこで“異変”に気づいた。
同室のベッドに――
レオ。
リオン。
ルナ。
異世界で共に戦った仲間たちが、
まるで眠るように横たわっていた。
(……おいおい、なんでお前らまで……?)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
これが偶然なわけがない。
だが理由は、まったく分からない。
「どういうことだ……?」
思わず呟いたそのとき、
後ろから落ち着いた声が聞こえた。
「それも含めて、説明が必要ね。」
振り返ると、白衣の女性医師が立っていた。
「そして――あなたの話も、聞きたいの。」
静かだが強い目で、まっすぐ俺を見つめていた。
◇
病室には、
俺と、先ほどの女性医師、キララ、そして数名のスタッフがいた。
落ち着きを取り戻したキララが口を開く。
「兄さん、こちらが――朝倉麻衣子先生。兄さんの主治医よ。」
白衣の女性が軽く会釈した。
先ほど検査に付き添ってくれた医師だ。
なるほど、俺の主治医なのか。
さらに、キララが続けた。
「それでね、
私は今、この麻衣子さんのところに住まわせてもらっているの。」
「……え?」
話の展開が急すぎてついていけない。
だがキララは気にせず、次の話題へ。
「でね。私は、麻衣子さんと同じ大学の医学部に入学したの。」
「…………は?」
頭の中で言葉が空中分解していく。
「今は、麻衣子さんの研究室に所属して、
兄さんたちを回復させる方法の研究の手伝いをしているの。」
(医学部?研究室?……キララが?)
理解がまったく追いつかない。
「でね、こちらは――藤宮葵(フジミヤ アオイ)くん。大学の友達。」
キララの横に座っていた青年が頭を下げた。
「藤宮です。はじめまして。お兄さん。」
(キララの……男友達(ボーイフレンド)!?)
俺は目を白黒させた。
そんな俺を見て、朝倉先生が苦笑しながら補足説明してくれた。
ひとりになったキララを面倒見てくれていること
お兄さんを助けたい一心で猛勉強の末、医学部に合格したこと
いまは、朝倉先生の研究室に、藤宮葵君と共に在籍し、
研究を手伝ってくれていること。
胸の奥が熱くなる。
「……キララ。」
言葉が自然とこぼれた。
「俺のために、苦労を掛けたな。……ありがとう。」
キララは顔を上げ、少し赤くなった目で微笑んだ。
「ううん。兄さんが帰ってきてくれたなら、それで全部チャラだよ。」
その笑顔は、子どもの頃のままで――
でもどこか、大人の表情になっていた。
次は、俺が――
あの世界で起きたことを、ゆっくりと説明していった。
できるだけ整理し、重要なポイントを重点的に。
何者かによって“作られた”世界のこと。
そこに一時的に匿(かくま)われていた命のこと。
夢の多重構造のような仕組み。
そして、外部からの刺激で“目覚める”現象のこと。
自分で話していても、馬鹿げた話だと思う。
普通なら信じてもらえるわけがない。
だが――
話し終えた直後の先生たちの反応は、予想外に早かった。
「お兄さんたちの脳波の状態から推測すれば
……なるほど、合点がいきますね。」
朝倉先生は、淡々と分析するように頷いた。
「兄さんが言ってた“多重の夢”と“目覚めの衝撃”……
あれ、以前あった兄さんの脳波の急変と一致してる気がする。」
キララが思い出したように言う。
「その話、聞いてました。
あの時の脳波データ、もっと細かく解析する価値があります。
AIでの再分析……かなり有効かもしれません。」
藤宮葵君が真剣な表情で言った。
次の瞬間――
三人は恐ろしいほど自然に議論を始めた。
「多重意識状態の推移を時系列で並べれば……」
「外部刺激の閾値を推定できますね。」
「データの欠損部分をAIで補完すれば、
覚醒のきっかけを数値化できる可能性が……」
「じゃあ、次は脳幹の反応パターンも重ねて――」
まるでスイッチが入ったかのように、
医学的、工学的、そしてAI的な視点が高速で飛び交う。
(……すごいな。)
思わず圧倒された。
ただの夢物語を、
こんなふうに“現実の言葉”で解析し、議論し、形にしようとしている。
その姿を見て、俺はようやく理解した。
――この三人は、本気で俺を救おうとしてくれていたんだ。
積み重ねてきた知識も、経験も、努力も。
すべては俺の“帰り道”を作るためだった。
(ありがとう……本当に……)
胸の奥に、静かに熱いものが広がった。
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