SE転職。~妹よ。兄さん、しばらく、出張先(異世界)から帰れそうにない~

しばたろう

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最終章4 覚醒のアルゴリズム

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 翌日、緊急の会議が招集された。
 患者たちの急変、そして――俺の覚醒。
 この二つに対する状況整理と、今後の方針を決めるためだ。

 会議室に入ると、すでに多くの人が席についていた。

 病院の医師たち。
 朝倉先生。
 キララ、葵くんをはじめとした研究室メンバー。
 さらに、
 朝倉先生たちと共同研究を進めている工学研究室のスタッフ。
 そして――俺。

 こんなにも多くの専門家の視線が一身に向くのは、
 生まれて初めての経験だった。

 最初に口を開いたのは朝倉先生だった。
 淡々としていながら、驚くほど整理された口調で、
 今までのいきさつを説明していく。

 俺の状態。
 夢の世界の構造。
 意識の多層化。
 そして、昨日の覚醒に至るまでの経緯。

 現実離れした話であるにもかかわらず、
 誰ひとり否定する者はいなかった。
 この場にいる全員が、
 すでに“常識”を越えた現象を目の当たりにしているのだ。
 信じるしかない
 ――会議室に流れる空気は、まさにそう言っていた。

「最優先事項は、他の患者さんをどう覚醒させるか。
 その方針決定です。」

 朝倉先生の一言に、全員がうなずく。

 時間は多くない。

 そのとき、キララが手を挙げた。

「兄さんの話だと……
 その、夢の世界でジョーさんたちを
 “ぶんなぐったら起きた”って言ってたけど……
 つまり、患者さんをひっぱたけば起きる、ってこと……?」

「いや、それは違うわ」
「いや、違う」

 俺と朝倉先生の声が完全に重なった。

 キララが「えっ」と目を瞬かせる。

 俺は息をつき、ゆっくりと言葉を選んだ。

「……あの世界では、
 いろいろな行動が“デフォルメ”されていたんだ。
 呪文を唱えれば魔法が出る、みたいに。
 
 あれは“呪文”の詠唱がトリガーになって、
 背後で魔法のプログラムが走ってたんだと思う。」

 会議室の空気が、微かに揺れた。

「俺がジョーたちを殴ったのも、覚醒のトリガーにすぎない。
 実際には、その裏で“覚醒プログラム”が動いていたはずなんだ。
 
 だから、
 現実で同じことをしようとするなら……
 あの世界でブラックボックスになっていた
 “覚醒アルゴリズム”そのものを、
 この世界で再現する必要がある。」

 朝倉先生がその説明を引き取るように、
 静かに頷いた。

「お兄さんの言うとおりよ。
 現実は、夢の世界のように単純じゃない。
 “同じ結果を出すためのアルゴリズム”を、
 この世界でどう実現するか――
 それが、最初に取り組むべき課題ね。」

 ……すごい。

 キララの不用意な仮説の穴を即座に見抜き、
 その一方で、俺の言葉の意図は完璧に飲み込んで補足する。

 まるで、俺と同じ速度で思考を走らせているような反応だった。

 この先生……とんでもない人だ。

 会議室の空気が、再び張りつめる。
 そして議題は、
 「覚醒アルゴリズムの構築」に向けて
 本格的に動き出していった――。
 
  会議は、
  俺の説明を皮切りに本格的な議論へと移っていった。

「――つまり、必要なのは“覚醒プログラム”の再現、というわけですね」

 工学研究室の主任が、ホワイトボードに式を書き込みながら言う。
 その横で葵くんが真剣にノートを取っていた。

「アルゴリズムそのものは、夢の世界の内部に隠されていた。
 となると、こちら側で推定するしかない」

「ですが、条件があまりに曖昧です」
 別の研究員が眉を寄せる。

 その言葉に、朝倉先生が静かに答えた。

「曖昧でも、手がかりはあるわ。
 “覚醒した瞬間の脳波変化”が存在する。
 そこを起点に逆算すれば、少なくとも“何を再現すべきか”は絞れるはずよ」

 キララが少し身を乗り出す。

「つまり……兄さんが目覚めたときの波形を、解析するってこと?」

「そう。あれはただの奇跡じゃない。
 生理学的な“現象”のはずだもの」

 会議室の空気がわずかに動いた。
 誰もが、その方向性に納得しているのがわかる。

 そこで工学主任が腕を組む。

「問題は、その波形を再現するための“刺激”だ。
 電気的? 磁場? 音? それとも……」

「脳内領域の同期を人工的に作り出す方法が必要ですね。」
 葵くんが控えめに口を開いた。

 一瞬、全員の視線が彼に向く。
 だが彼は、怯むどころか淡々と続けた。

「覚醒波形の特徴は、局所ではなく脳全体の同期だから……
 単一刺激じゃなく、
 複数の刺激を“同時に”与える必要があると思います」

 朝倉先生が、ほんの少し口元で微笑む。

「いいわね、その視点。
 医学側でも、意識回復には“多領域の賦活”が重要だと考えているの」

 工学側の研究員も頷き、ホワイトボードに新たな図を描く。

「脳全体の同期……複数刺激の統合……
 これは――“合成波形刺激”の構築が必要になりますね」

「簡単じゃないぞ……」
「でも、それしか道はない」

 専門家同士の言葉が飛び交う中、
 俺は、静かにキララの横顔を見ていた。

 彼女はまっすぐ前を見つめ、拳を握りしめている。

 ――時間がない。

 その思いが、会議室全体の空気を濃くしていた。

 やがて、朝倉先生が全員を見渡す。

「では、方向性は決まりね」

 空気が引き締まる。

「“覚醒時の脳波変化”を、AIに解析させて、
 同じ変化を人工的に誘発する――」

 そこで一拍置き、先生ははっきりと言った。

「これを、私たちの“覚醒アルゴリズム”とするわ」

 キララの喉が、ごくりと鳴ったのが聞こえた。

「具体的には、AIに全患者の長期脳波ログを解析させて、
 “覚醒時だけに出る特徴的な波形”を抽出する。
 その波形をテンプレートにして、逆方向の刺激として再構成するの」

 工学主任が、重々しくうなずく。

「……やれる。
 時間はかかるが、不可能ではない」

「時間は、ないけどね」
 朝倉先生が静かに返した。

 キララの視線が、兄である俺へ向く。
 その目には、決意と焦りが混じっていた。

「……絶対、間に合わせるから」

 その小さな声は、誰にも届かないくらいの音量だった。
 だけど俺には、はっきり聞こえた。

 会議はそのあと、詳細なタスク分担へと進んだ。
 医学班、工学班、AI班――全チームが即日で始動する。

 病院の白い廊下に、夜が近づく。

 こうして、他の患者たちを救うための
 “覚醒アルゴリズム”プロジェクトが正式に始まった。

 そして――
 この夜を境に、状況は一気に加速していくことになる。
 
 その夜、研究棟の明かりは一つも消えなかった。

 長期脳波ログを解析するため、
 AIは膨大なデータの読み込みを開始した。
 何万時間にも及ぶ患者たちの脳波記録が、
 光の粒となってモニターに流れ込んでいく。
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