悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

文字の大きさ
17 / 40

17 一旦、OKです

しおりを挟む
 商人ヴァルスの屋敷では、
 私とヴァルディスが、
 セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
 ちょっとした相談をしていた。

 窓の外からは――

「えいーーっ!」

 カエデが、グラドに稽古をつけてもらっているらしい掛け声が、
 風に乗って、微かに届いてくる。

 ……が。

 心なしか、元気がない。

「少し、薬が効きすぎではないか?」

 ヴァルディスが、眉をひそめる。

「今日のカエデ、明らかに挙動不審なのだが」

 私は、紅茶を一口飲み、静かに答えた。

「そうですね。
 徐々に私たちの正体を明かしていくつもりでしたが……」

 小さく、ため息をつく。

「剣士とはいえ、十四歳の少女には、
 少々刺激が強すぎたのかもしれませんね」

「初手で魔王城を見せるとか、
 どこが“徐々に”ですか!」

 セリスが、ぴしゃりと切り込んできた。

 完全に、おかんむりだ。

「カエデが可哀想です!」
「あんな年頃の子に、あんなものを見せるなんて!」

「……たしかに、いささか気の毒ではあるな」

 ヴァルディスは、咳払いを一つ。

「しかし、次の手はどうする?」

「そうですねぇ……」

 私は、少し考え込む。

 そして――

「ここは!」

「……ここは?」

 ヴァルディスとセリスが、同時に身を乗り出した。

「セリスメイド長に、お任せしましょう」

 ……。

「あ、あなたって人は!
 あなたって人は!!」

 セリスは、言葉を失った。



 稽古の後。

「……なにか、思い悩んでいるようだな」

 先生が、そう声をかけてくれた。

 稽古に身が入っていないのは、
 きっと、誰の目にも明らかだったのだろう。

 私は、先生の顔をまじまじと見つめる。

(先生も……何者なんだろう)

 そんな疑問が、胸をよぎる。

 けれど、先生は――
 「相談に乗ろう」とは、言わない。

 ただ、淡々と話し出した。

「おれは、難しいことは分からない」

「……はい」

「ただな」
「二人の友を守る。それだけを考えている」

「それで、十分だと思っている」

「……はい」

 不思議と、
 胸の重しが、少し軽くなった。

(私は……)

(剣士として、誰を守りたいんだろう)

 自分の心に、問いかける。



 稽古のあと、
 私は応接室に呼ばれた。

 部屋に入ると――

 旦那様。
 アレイシア様。
 そして、セリスメイド長。

 テーブルを挟んだソファに、座らされる。

 向かいには、アレイシア様。
 その隣の一人用ソファには、頬杖をついた旦那様。
 そして、私とアレイシア様を挟むように、
 セリスメイド長が立っている。

 ――完全に、包囲されている。

(……バレた)

 あの部屋に入ったこと。
 そう、確信した。

 心臓が、口から飛び出しそうだ。

 やがて、
 アレイシア様が静かに口を開いた。

「カエデに、大切な話があります」

 一拍。

「セリスメイド長にお願いしようとしたら、
 “丸投げするな”と怒られたので……
 私が話します」

 ……すでに嫌な予感しかしない。

「きっと、あなたも気になっていると思います」
「私たちの正体について、です」

 ――え?

 てっきり、
「見ましたね?」
と詰められるのかと思っていた。

 予想外の展開だ。

 アレイシア様が、立ち上がる。

「まず……
 私は、商人ヴァルスの妹アレイシアではありません」

 ごくり。

 息を呑む。

「私の本当の名前は――エリシア・フォン・アウレリア」
「アウレリア王国、第三王女です」

 ……!?

 あまりにも予想を超えた言葉に、
 驚くというより、現実味がない。

 けれど――
 これまでの立ち振る舞いを思い返せば、
 妙に納得もできてしまう。

 冗談、ではなさそうだ。

「……一旦、OKですか?」

「は、はい……一旦、OKです」

 かすれた声で、なんとか答える。

「では、次に、この方」

 エリシア王女は、旦那様へと目線を送った。

「この方は、商人ヴァルスではありません」

 ごくり。

「この方は――魔王ヴァルディス・レグナールです」

「……ま・お・う?」

 理解が、完全に追いつかない。

 旦那様は、頬杖をついたまま、
 指先だけを軽く上げてみせた。

 ……あれ?

 いつのまにか、旦那様。頭に角を生やしていらっしゃる。

 角!?

 角
 ↓
 魔族
 ↓
 魔王。
 
 魔王ぉ!!

 現実が、一気に押し寄せてきた。

(旦那様が魔王!!では、この屋敷は魔族のすみか?戦う?無理、勝てっこない。逃げなければ。とにかく、逃げなければ。だめだ、身体が動かない。腰を抜かすとは、このことだろうか。そういえば、腰を抜かしたことなど、生まれて初めてかもしれない。体の震えが止まらない。はしたなくて大変申し訳ないのだが、おしっこもらしそうだ。ああ、私はどうなってしまうのだろうか。きっと、私、魔王に食べられちゃうのだ。私、食べられちゃ――――)

「一旦、OKですか?」

「『一旦、OKですか?』じゃありません!」

 セリスが、ついに爆発した。

「カエデが、完全にいっぱいいっぱいじゃないですか!」
「いきなり魔王様の正体を明かすなんて、
 どこが“徐々に”なんですか!」

「……しかし、話には順序というものが……」

「順序もへったくれもありません!」
「姫、そういうところです!
 そういうところ!!」

 二人のやり取りが、
 だんだん遠くに聞こえてくる。

 そのとき。

 ――バタン!

 扉が勢いよく開いた。

 先生だった。

 先生と、目が合う。

 先生は、何も言わない。
 ただ、じっと、私を見つめている。

 優しい目。

 その目を見た瞬間――

(……大丈夫)

 そう、言われた気がした。

 胸のざわめきが、
 すっと、引いていく。

 私は、深く息を吸った。

「……だ、大丈夫です」

 震える声で、でも、はっきりと言う。

「いっ、いったん……OKです!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...