悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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18 一旦、OKではありません

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 私の返答を聞いて、
 エリシア王女は、少しだけ間を置いてから続けた。

「ところで、カエデは――
 『魔族』について、どのような認識を持っていますか?」

 突然の問いに、胸が小さく跳ねる。

「おそらくですが……」

 王女は、責めるでもなく、静かな声で言葉を重ねた。

「恐ろしい姿形をしていて、
 残忍で、殺戮を好み、
 人間の敵――
 そんなところでしょうか?」

「……は、はい」

 私は、正直に頷いた。

「だいたい……そんな感じです」

 エリシア王女は、私の答えを否定しなかった。
 ただ、次の問いを投げかける。

「では、あなたは――
 本物の『魔族』を、見たことがありますか?」

「い、いいえ……」

 首を振る。

「一度も、ありません」

「そうでしょう」

 王女は、静かに微笑んだ。

「実は、多くの人間が、
 実際に『魔族』を見たことがないのです」

 言われてみれば、その通りだった。

 私は、魔族を“知っているつもり”で、
 ただ、話や教えを信じていただけなのかもしれない。

「では……」

 エリシア王女は、声を落とす。

「もし、その認識が――
 すべて、でたらめだとしたら?」

「!?」

 思わず、声が漏れた。

「で、でも……!」
「魔獣は……魔獣は見たことがあります!」
「魔獣は、人を襲います!」

 必死に、反論する。

 王女は、すぐに頷いた。

「ええ。とても良い観点です」

 そして、はっきりと言う。

「魔族と魔獣は、
 まったく別の存在なのです」

 頭が、追いつかない。

「魔族がいなくなっても、
 魔獣はいなくなりません」

「魔族が、魔獣を操って
 人間を襲わせている――
 そういうわけでも、ないのです」

「……すみません」

 私は、小さく頭を下げた。

「理解が……追いつきません」

 エリシア王女は、少しだけ困ったように微笑んだ。

「そうでしょうね」

「生まれてから今まで、
 ずっと信じてきた常識を――
 いきなり、覆せと言われても、無理でしょう」

 責める声ではなかった。
 むしろ、とても優しかった。

「ですから……」

 王女は、まっすぐ私を見る。

「ただ一つだけで、構いません」

「『もしかしたら、魔族は敵ではないかもしれない』」

「その可能性を、
 胸の片隅に置いたまま――
 これからも、私たちと過ごしてほしい」

「それが、私の望みです」

 私は、言葉を失った。

 そっと、
 旦那様――
 いや、魔王に、恐る恐る視線を向ける。

 先ほどまでのような、
 心臓を締めつける恐怖は、不思議と感じなかった。

 頬杖をついたままの、その姿は、
 相変わらず、どこか気の抜けたままだ。

(……本当に、この人が……)

 魔族が、敵ではない可能性。

 それは、
 今まで一度も、考えたことのない発想だった。

 けれど――
 とても重要な言葉のように、胸に残る。

「……わかりました、とは」

 私は、正直に言った。

「まだ、言えません」

 それでも。

「でも……」
「そう思えるよう、努めたいと思います」

 精一杯の言葉だった。

 エリシア王女は、
 満足そうに、静かに頷いた。


 
「さて……」

 エリシア王女は、軽く間を取ってから続けた。

「セリスメイド長の正体も、話しておきましょう」

 セリスメイド長が目を細める。

「彼女は、メイドではありません」
「魔王の右腕にして――
 魔王軍参謀、セリス・ノクティア卿です」

 いつのまにか、セリスメイド長の頭にも角が生えていた。

(あ、やっぱり、セリスメイド長も魔族だったんだ。
 しかも、参謀って、すごい人なんだ。
 じゃあ、メイドも演技だったってこと?
 演技であの完璧さ!なんてすごいひとなの!
 あ、でも、あの角、ちょっと、かっこいいかも。)

 魔王という前例を経たせいか、
 自分でも驚くほど冷静だった。

「……一旦、OKですか?」

 エリシア王女の確認が入る。

「はい。一旦、OKです」
「セリスメイド長、すごいです」

 思わず、素直な感想が口から出た。

 セリスメイド長は、
 なぜ褒められたのか分からない、という顔で固まっている。

「では、次に――」

 エリシア王女は、先生に視線を向ける。

「庭師のグラドですが」
「彼は、魔王の近衛にして――護衛長を務める……」

「グラド・バルムガルだ」

 その先を、先生が引き取った。

 そう名乗ると同時に、
 先生は私に向かって、静かに戦士の礼を取る。

 ――武人としての、正式な挨拶。

 私は、はっとして立ち上がり、
 慌てながらも、同じく礼を返した。

 先生は、少しだけ目を細めた。

 剣の稽古のときと同じ、
 あの安心する表情だった。

「……一旦、OKですか?」

 エリシア王女が、再び問いかける。

「はい。一旦、OKです」
「先生……ありがとうございます」

 その言葉を口にした瞬間。

 先ほどまで張りつめていた空気が、
 ゆっくりと溶けていくのを感じた。

 ――凍りついていた場が、
 ようやく、解け始めた気がした。



「さて――次は、カエデ」

 エリシア王女が、こちらを見て言った。

「あなたの自己紹介を、してもらえますか?」

 ――不意打ち。

 気が抜けかけていたところに、
 思わぬカウンターが飛んできた。

「え。あ……はい」

 またしても、挙動不審になる。

 だが、そこで思い直した。

 エリシア王女は、
 自分たちの正体を、逃げずに明かしてくれた。

 ならば――
 剣士として、ここは誠意で返すべきだ。

 私は、ゆっくりと息を吸い、口を開いた。

「……私は」
「私も、カエデ・ミナセではありません」

 一瞬、部屋の空気が張りつめる。

「本当の名は、ソフィア・ヴァルケイン」
「食糧商会の長――
 ランドロス・ヴァルケインの娘です」

 言葉が、静かに落ちる。

「父から、この屋敷で働くこと」
「そして、日常の状況を報告することを命じられていました」

 視線を伏せ、続ける。

「……あ、でも」
「あの部屋のことは、報告していません」
「今後も、するつもりはありません」

 ここだけは、はっきりと言えた。

「結果として……」
「皆さんを、だます形になっていました」
「申し訳ありません」

 私は、深く頭を下げた。

 しばしの沈黙。

 やがて――

「よく、本当のことを話してくれました」

 エリシア王女が、やさしく言った。

 その声を聞いた瞬間、
 ああ、この人は――最初から気づいていたんだ、と分かった。

「だましていたのは、お互い様です」

 王女は、穏やかに続ける。

「ここは、水に流しましょう」
「私たちの事情は……追々、きちんとお話しします」

 一拍。

「でも、今は」

 彼女は、少しだけ微笑んだ。

「私は、アレイシア」
「商人ヴァルスの妹」

「あなたは、剣士見習いで」
「私の――友達、カエデ」

「それで、今まで通り」
「この屋敷で過ごしていきたいのだけれど……」
「いいかしら?」

 その問いに、
 先生の言葉が、ふっと胸によみがえった。

(誰を守りたい?)

 答えは、もう決まっている。

(この屋敷で、家族のように迎えてくれた人たち)
(私は――この人たちを、守りたい)

「……はい」

 私は、迷わず答えていた。

「わかりました」

 その瞬間、
 屋敷が、いつもの落ち着きを取り戻した気がした。



「あ、そうそう」

 思い出したように、
 エリシア王女――いや、アレイシア様が口を開く。

「ちなみに」

「私は、今、魔王ヴァルディスに、誘拐されています」

「えっ?」

「それと」
「近い将来、私は――
 魔王ヴァルディスの妻になります」

「えええええええ!!」

 頭が追いつかない。

「……一旦、OKですか?」

「一旦、OKでは――ありません!!」

 私の叫び声は、
 見事に屋敷中へと響き渡った。
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