悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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21 器は、静かに生まれた

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 ある午後のこと。

 ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
 私とヴァルディスが、
 カエデの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
 穏やかな談笑を交わしていた。

 窓から差し込む陽は柔らかく、
 庭では風に揺れる木々の影が、静かに揺れている。

 ――平和、そのものだ。

「どうぞ。おかわりです」

 カエデが、慣れた手つきでティーカップに紅茶を注ぎながら、
 ふと、思い出したように口を開いた。

「そういえば……
 セリスメイド長、しばらく“出張”とのことですが」

 ちらりと私たちを見る。

「どちらへ行かれたのですか?」

 ヴァルディスは、何でもないことのように答えた。

「ああ。勇者を迎えに行っている」

「……え?」

 カエデの動きが、ぴたりと止まる。

「……ゆ、勇者?」

 聞き返す声は、裏返っていた。

「魔王の次は……勇者、ですか」

 呆然としたまま、ぽつりと零す。

 カップから、紅茶が一滴、こぼれた。

 最近は、
 魔王ヴァルディスの存在にも、
 この屋敷の“事情”にも、
 ずいぶん慣れてきたつもりだったらしい。

 だが――
 さすがに、その単語は想定外だったようだ。

「勇者といえば……」

 カエデは、眉をひそめて考え込む。

「国王陛下から、
 魔王討伐の勅命を受けた人物だと、聞いています」

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

「……その勇者を」
「魔王自らが、わざわざ、迎えに行く……?」

 どう考えても、話が噛み合わない。

 私は、紅茶を一口飲んでから、静かに補足した。

「ヴァルディスはですね」
「勇者クラウスと、交友を深めるおつもりなのです」

「…………はあ」

 今度こそ、
 完全に言葉を失ったようだった。

 口が半開きのまま、数秒。

「……あの」

「お二人の話は、いつも……」
「本当に、斜め上を行かれますね」

 感心しているのか、
 呆れているのか。

 カエデは、自分でも分からないような声で、そう呟いた。
 


 ヴァルディスは、いつものように紅茶をひと口含んでから、
 何でもない世間話でも切り出すかのように言った。

「ところで、エリシア。
 私は――株式会社を作ろうと思っているのだ」

「……かぶしきがいしゃ?」

 思わず、そのまま聞き返してしまった。
 聞き慣れない言葉だ。少なくとも、この世界では。

 今や、ヴァルディス――商人ヴァルスが取り仕切る物流組織は、
 ヴェルハイムを拠点に、王都ルクシオンをはじめ、複数の都市へと広がっている。
 食糧商会との仲介、街道整備に伴う輸送量の増加。
 従業員の数も、気づけば片手では数え切れなくなっていた。

 ヴァルディス自身も、各地の事務所を飛び回っている。
 昨日はヴェルハイムにいたと思えば、今日は王都。
 次の瞬間には別の街に現れる――そんな神出鬼没ぶりに、
 「分身しているのでは」と、本気で囁かれるほどだ。

 もっとも、その理由を私は知っている。

 眠りの森の幹線道路によって移動が格段に早くなったのは事実だが、
 実際には――
 各事務所に内密に設置された転移魔法陣を使っているのだから、
 文字通り“飛び回っている”のが実情だった。

(……そろそろ、限界よね)

 組織が大きくなりすぎた。
 勢いだけでは回らない段階に、確実に入っている。

 ヴァルディスは、私の視線を感じ取ったのか、軽く肩をすくめて続けた。

「株式会社とはな――
 簡単に言えば、“組織そのものを一つの人格として扱う仕組み”だ」

 彼は、驚くほど簡潔に説明してくれた。
 責任の所在。
 資金の集め方。
 人を増やし、役割を分け、長く続けるための形。

 ……なるほど。

 話を聞くうちに、頭の中で点が線になっていく。

「つまり――」
 私は、考えを整理しながら口にする。
「個人の力量や寿命に依存せず、
 組織として永続的に機能する“器”を作る、ということですね」

 一瞬の沈黙。

 次いで、ヴァルディスは楽しそうに笑った。

「さすが、エリシア。」
「飲み込みが早い。いつもながら感心する」

 そう言って、私の頭をナデナデした。

(たしかに、これは必要な一手ね)

 勇者を迎え入れようとしている今。
 魔族と人間の境界を揺さぶろうとしている今。

 この組織もまた、
 “仮の姿”から次の段階へ進む時期に来ているのだと――
 私は、静かに確信していた。
 


 程なくして――
 アウレリア王国、いや、この世界で初となる株式会社が設立された。
 
 その名は、アウレリア連合商業会社。
 
 個人の信用に依存していた従来の商会とは異なり、
 組織そのものが責任と意思を持ち、
 人と資本を束ねて動く、新たな仕組みだった。
 
 そして、
 その初代代表取締役に就任したのは――
 ヴァルディス。
 
 表向きは、商人ヴァルスとして。
 だが、その裏で会社を導く意思は、紛れもなく魔王のものだった。
 
 人と魔族、
 商業と兵站、
 そして王国の未来をつなぐための「器」が、
 いま、静かに動き始めた。
 


 アウレリア連合商業会社の最初の一手は、
 《アウレリア共通取引市場》の開設だった。

 ヴェルハイム郊外――
 眠りの森幹線道路の起点に、
 各地の商人が自由に出店できる、
 前例のない「共通取引市場」が設けられた。

 城壁の外。
 かつては、ただの空き地だった場所だ。

 そこに、まず倉庫が建った。
 次に、石畳が敷かれ、
 簡素だが頑丈な屋根付きの取引棟が並び始める。

 看板は、まだ控えめだった。

 ――《アウレリア共通取引市場》。

 派手な装飾も、貴族の紋章もない。
 だが、その名は、
 じわじわと商人たちの間に広がっていった。



 最初に集まったのは、
 大商会ではなかった。

 地方の小商人。
 没落しかけた行商人。
 旧来の街道から外れ、行き場を失っていた者たち。

「出店料が安すぎる」
「身元保証が、商会ではなく“市場”になっている?」
「仲介を通さず、直接売買できるだと?」

 疑いながらも、
 彼らは馬車を止め、荷を下ろした。

 ――理由は単純だ。

 眠りの森の幹線道路を通る馬車が、
 必ず、ここを通過するからだ。



 市場は、驚くほど静かに始まった。

 開会の宣言もない。
 祝典もない。
 王都からの使者も、まだ来ていない。

 だが――
 気づけば、品が並び、
 値がつき、
 金が動いていた。

「この麦、南部より安いぞ」
「鉄材が、王都より三割早く届く」
「……ここ、話が早いな」

 商人たちは、
 知らず知らずのうちに、
 同じ言葉を口にするようになる。

 ――“使いやすい”。



 市場の奥には、
 ひときわ目立たない建物があった。

 看板はない。
 出入りも少ない。

 だが、そこからは――
 日々、膨大な帳簿と指示が流れ出ている。

 価格の記録。
 流通量の推移。
 地域ごとの需要。

 それらは、すべて集められ、整理され、
 次の一手のために蓄えられていた。

 誰も知らないうちに、
 市場は「取引の場」であると同時に、
 「世界を観測する目」になり始めていた。



 ヴェルハイムの街では、
 まだ噂話の域を出ていない。

「新しい市場ができたらしい」
「商人ヴァルスのところだろ?」
「まあ、流行れば使うさ」

 王都ルクシオンでは、
 まだ話題にも上がっていない。

 貴族たちは、
 自分たちの領地の帳簿しか見ていない。

 だが――

 物流は、すでに変わり始めていた。



 この日を境に、
 商人たちは、意識せずとも選択を迫られることになる。

 《アウレリア共通取引市場》を使うか。
 それとも、使わないか。

 そして、ほどなくして、
 誰もが気づくことになる。

 ――使わない、という選択肢が、
 いつの間にか消えていたことに。

 器は、静かに満たされ始めていた。
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