悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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24 勇者と魔王

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 ――俺は、勇者クラウス。

 祖国アウレリアの期待と重圧を、その身に背負った男だ。

 今、俺はサウスヴェルへ向かっている。
 最愛の人、セリスと共に。

 目的は、ただ一つ。

 ――魔王に、会うために。



 サウスヴェルの街の入口に立った瞬間、
 俺は、思わず足を止めた。

 ……いや。
 正確には、たどり着いてしまった、という感覚だった。

 この数か月。
 セリスと旅をした日々は、あまりにも濃く、あまりにも楽しかった。

 偽魔族を蹴散らし、
 初めて見る景色に感嘆し、
 土地ごとの珍しい料理を分け合い、
 各地の人々と、笑い、語り合った。

 どの瞬間にも、セリスがいた。

 ――あっという間だった。

 これで、この旅は終わってしまう。

 (……サウスヴェルが、もっと遠ければよかったのに)

 そんな、子どもじみた願いが、胸をよぎる。



 目的地は、街の中心ではなかった。

 サウスヴェルの外れに建つ、一軒の屋敷。
 この地方の有力商人――ヴァルスの屋敷だと、セリスは言った。

 立派ではある。
 だが、威圧感はない。

 城でもなければ、要塞でもない。
 どこにでもありそうな、上流商人の邸宅。

 (……本当に、ここに魔王がいるのか?)

 疑念が、拭えない。



 屋敷の前に立つと、
 扉は、こちらが名乗るよりも早く開いた。

 現れたのは、
 メイド服に身を包んだ、まだ幼さの残る少女だった。

「勇者様、ようこそ。おいでくださいました」

 丁寧な一礼。

「主人がお待ちです。どうぞ、こちらへ」

 そして、彼女はセリスへ視線を向ける。

「おかえりなさいませ。セリスメイド長」

「留守をありがとう、カエデ」

 ……メイド長?

 今、セリス――
 メイド長って、言ったか?

 疑問を口にする暇もなく、
 少女――カエデと呼ばれたメイドは、食堂の扉を開いた。



 食堂は、広すぎず、落ち着いた空間だった。

 その中央に――
 男が一人。
 そして、その隣に、少女が一人。

 男は、俺を見ると、自然に歩み寄ってきた。

「よく来てくれた。勇者クラウス」

 穏やかな声。

「会いたかった」

 そう言って、右手を差し出してくる。

 (……この男が、魔王?)

 角はない。
 威圧も、殺気も、感じない。

 だが――油断はできない。

 俺は一瞬だけ間を置き、
 差し出された手を握った。

「初めて会う。クラウスだ」

 男は、満足そうに頷いた。

「さあ、席についてくれ。食事にしよう」

 そして、セリスに向かって、

「セリスも、ご苦労だったな。座ってくれ」

 俺は、男から視線を外さぬまま、
 彼の正面の席に腰を下ろす。

 セリスは、俺の隣に座った。

 先ほどのメイド――カエデが、静かにお茶を運んでくる。

 男は、世間話でも始めるような口調で、言った。

「私が――魔王ヴァルディスだ」

 やはり。

 反射的に、剣の位置を確認する。

「最初に言っておこう」

 魔王ヴァルディスは、静かに続けた。

「私は、そなたと戦うつもりはない」

 ……言葉はいくらでも並べられる。

 俺は、目を逸らさない。
 場の空気が、張り詰める。

 そのとき――

「こほん」

 魔王の隣に座る少女が、わざとらしく咳払いをした。

「……わたしのこと、まだお気づきにならないのですか?
 勇者クラウス?」

 その声に、はっとして、少女の顔を見る。

 十四、五歳ほどだろうか。
 柔らかな笑み。
 どこか、気品を帯びた佇まい。

 (……どこかで、会ったことがある)

 王都。
 王宮。

 ――あっ。

「……エリシア王女!?」

 思わず、声が裏返った。

 反射的に、片膝をつき、頭を垂れる。

 少女は、くすりと笑った。

「ふふ。ようやく、気づいていただけたのですね」

「堅苦しい挨拶は不要です。どうか、席に戻ってください」

 混乱する俺の腕を、
 セリスがそっと取る。

 そして、小声で囁いた。

「気をつけて、クラウス」

「彼女――
 魔王様より、ずっと手ごわいわよ?」

 俺が、ようやく席に戻ったのを見計らって――
 エリシア王女が、にこやかに口を開いた。

「勇者クラウス。あなた……
 私のこと、すっかり忘れていましたよね?」

 ――いきなり、ぶっ込まれた。

 図星だ。

「わ、私は、その……成り行きと申しますか……!」

「では、お聞きしますが」

 エリシア王女は、首を傾げる。

「あなた、元々は
 “私を魔王から救い出すため”に、魔王城へ向かっていたのでしょう?」

「……は、はい」

「でも――」

 にっこり。

「いつの間にか、
 私ではなく、セリスを追いかけていましたよね?」

 ぐさっ。

 (お見通し……!?)

「私、少し……ショックでした」

 ずしん。

「も、申し訳ございません……!」

 思わず、深く頭を下げる。

 すると、エリシア王女は、わざとらしくため息をついた。

「まあ……仕方ありませんよね」

「セリスは、大人の女性ですし」
「子供の私なんかより、ずっと魅力的でしょうから」

 ちらり、とセリスを見る。

「プロポーションも、抜群ですし」

「い、いえっ! エリシア王女!!
 私は、セリスのプ、プロポーションについては、存じていないといいますか……
 まだ、というか……!」

 言いながら、何を言っているのか自分でも分からなくなる。

 その瞬間。

「いいえ」

 エリシア王女、即答。

「貴殿、セリスが水浴びしているところ、盗み見しましたよね?」
「以前、ゼオリ川で」

「!!」

 頭の中で、すべてが繋がった。

「えっ!?
 あ、あの時の水浴びの女性――
 あれが、セリス!?」

「ちょ、ちょっと!!
 エリシア様、それ今言う話ですかーーーー!?」

 隣のセリスが、真っ赤になって手をぶんぶん振る。

 だが、エリシア王女は止まらない。

「ええ。あなたが鼻の下を伸ばして、
 魔法陣を踏み抜いたあの事件――よく覚えています」

「そのあと、セリス、泣いていましたよ?」

「“もう、お嫁にいけない……”って」

 にこにこ。

「で? 勇者クラウス」
「貴殿、どう責任を取るおつもりですか?」

「エ、エリシア様ーーーー!!」

 セリスが全力で止めにかかるが、完全に手遅れだった。

「そ、それは……もちろん、責任を――」

 俺が覚悟を決めかけた、その瞬間。

「そういえば」

 追い打ち。

「あなた、私を魔王から救い出した際には」
「私と結婚する、という話でしたよね?」

「……あ」

 完全に、逃げ場が消えた。

 そして――

 エリシア王女は、満面の笑みで、こう言った。

「私と、セリス」
「どちらを選ぶおつもりですか?」

「………………」

 言葉が、出ない。

 (だれか……助けて…………)
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