悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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29 父として、国王として

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 真実をすべて聞き終えた夜。
 国王と王妃は、しばらく言葉を交わさなかった。

 灯りの落とされた寝室で、
 ただ、静かな沈黙だけが流れていた。

 やがて――
 国王が、低く、しかし揺るぎのない声で口を開いた。

「……今一度、
 ヴァルス――いや、魔王ヴァルディスに会う必要があるようだ」

 それは、感情に流された言葉ではなかった。
 王として、状況を受け止めた末の判断だった。

「魔王であれ、商人であれ」
「我が娘が、未来を託そうとしている相手だ」

 一拍、置いて。

「王としてではない」
「父として――確かめねばならぬことがある」

 王妃も、静かにうなずいた。

「ええ。政治の判断は、その後でも遅くはありません」
「まずは、“人となり”を知ることが先ですわ」



 翌日。

 私は、父と母――
 アウレリア国王と王妃と共に、
 眠りの森の幹線道路を抜け、ヴェルハイムへ向かっていた。

 今回は、あくまでお忍びだ。
 父も母も、簡素な平民の装いに身を包んでいる。
 勇者クラウスが、護衛として随行していた。

 眠りの森の幹線道路を通るのは、
 父と母にとって、これが初めてだった。

「……見事な道ですこと」

 母が、思わず感嘆の声を漏らす。

「物流が、国の形を変える――
 なるほど、噂に違わぬ」

 父も、静かに周囲を見渡していた。

 やがて、一行は屋敷に到着する。

 迎えに出たのは、セリスだった。

「ようこそお越しくださいました」

 その落ち着いた所作に、
 父は一瞬、視線を細めた。

 応接室へ通されると、
 そこには、すでに魔王ヴァルディスが待っていた。

 父は一歩前に出る。

「ヴァルス――いや、魔王ヴァルディス」
「只者ではないとは思っていたが、
 まさか魔王であったとはな」

 ヴァルディスは、穏やかに一礼した。

「陛下。
 その節は、正体を隠しており、失礼した」

 応接室のテーブルを挟み、
 ヴァルディスと私が並んで座る。
 その後ろに、セリスとグラド。

 向かいには、父と母。
 その後ろに、クラウスが控える。

 その間を、カエデが忙しなく行き来し、
 茶を用意していた。

 ――
 商人の屋敷で、
 平民の装いをした国王、王妃、王女、
 そして魔王が向かい合っている。

 あまりに奇妙で、
 あまりに前例のない光景だった。

 父が、静かに口を開く。

「娘から、すべて聞いた」

「娘は、王宮を離れ、
 そなたと共に歩みたいと言っている」

 私は、無意識に背筋を伸ばす。

「娘が選んだ相手であるなら、
 その意思を尊重したいと思っている」
 
 だが――
 父の視線は、まっすぐヴァルディスを射抜いた。

「しかし、その前に」
「親として、聞いておかねばならぬ」

 間を置かず、
 その問いは投げられた。

「この子を、
 道具として使う気はないな?」

 直球だった。

 ヴァルディスは、即座に答えた。

「ない」
「もし、彼女を犠牲にしなければならない局面が来るなら、
 その時点で、私は彼女を隣に置かない」

 父は、その瞳を見据える。

 数拍。
 沈黙。

 やがて、深くうなずいた。

「……よし」

 その一言には、
 王としての判断と、
 父としての納得が、はっきりと込められていた。

「エリシア」
「魔王ヴァルディスと、
 そなたたちの理想を追うがよい」

 胸が、熱くなる。

「そして――勇者クラウス」

「は! 国王陛下」

「魔王討伐の任を解く」
「これよりは、
 魔王ヴァルディスと共に、
 アウレリア王国の発展に尽力せよ」

「仰せつかりました」

 この瞬間――
 魔王と勇者が、正式に手を結んだ。

 歴史上、前例のない決断だった。

「陛下。
 ご理解に、感謝する」

 ヴァルディスが、静かに頭を下げる。

 私は、父を見つめる。

「お父様……
 ありがとうございます。
 何と、お礼を申し上げれば……」

 父は、静かに首を振った。

「今のままのアウレリア王国が、
 最良だとは、私も思っておらぬ」

「かつての栄光を取り戻したい」
「娘が、そのために歩もうとしているなら――
 親として、力にならぬ理由はない」

 そして、ふと視線を後ろへ向ける。

「ところで、勇者クラウス」

「は! 国王陛下」

「そなた、
 見事、娘を連れ帰ってくれた」

「だが、この事情だ」
「申し訳ないが――
 約束していた、
 エリシアとの婚姻は、なかったことにしてほしい」

 国王は、はっきりと頭を下げた。

「……申し訳ない」

「と、とんでもございません!」
「その件は、承知しております!」

 即答だった。

「そうか」
 国王は、少しだけ表情を和らげる。

「そなたが、
 たいそう娘を気に入っていたと聞いてな」

 その瞬間――
 控えていたセリスの視線が、鋭く光った。

 ――へえ。

 そんな声が聞こえた気がした。

「ち、違うんだ!」
 クラウスが、背後で必死に身振りをしているようだ。



「……さて」

 父は、わずかに背筋を正し、私を見た。

「エリシア」
「そなたが、ここに住むために――ひとつだけ、条件がある」

 その声音は、国王としてではなく、父としてのものだった。

 父が示した条件は、この屋敷と王宮とを結ぶ転移魔法陣の設置。
 私に万が一の危険が及んだとき、いつでも王宮へ退避できるように
 ――そのための、最後の逃げ道。

 ヴァルディスは、少しも迷うことなく、うなずいた。

「承知した」

 だが、それは無条件ではなかった。

 魔法陣は、王宮内でも国王の私室にのみ設置すること。
 存在は極秘とし、他言無用。
 そして――使用を許されるのは、私と、父、母のみ。

 当然の条件だ、と父は静かに受け入れた。
 それ以上の言葉は必要なかった。

 その日、ヴァルディスから託された転移魔法陣の巻物を大事そうに抱え、
 父と母は王宮へと戻っていった。

 会談は、驚くほど短い時間だった。
 だが――

 非公式ながら、
 アウレリア王国と魔王が、
 ひとりの王女を介して静かに手を結んだ。

 その歴史的瞬間を、
 私は確かに、この目で見届けていた。


 
 朝の光で、目が覚めた。

 この屋敷で迎える朝は、久しぶりだ。
 柔らかな日差しがカーテンの隙間から差し込み、
 ゆっくりと現実を引き戻してくる。

 昨日――
 両親と魔王ヴァルディスとの会談は、短い時間だった。
 だが、これまでの人生でも、指折りに神経をすり減らした時間だったと思う。

 張りつめていた気が一気にほどけたのだろう。
 昨夜は、久しぶりに深く、夢も見ずに眠れた。

 私は身支度を整え、食堂へ向かった。

 ――その途中。

 朝の食堂から、楽しげな談笑の声が聞こえてくる。

 ……え?

 こんな朝早くから、客人?
 訝しみながら、そっと食堂の扉を開けると――

「なるほど、ヴァルディス卿。それは実に興味深い」
「陛下の好奇心には、こちらこそ頭が下がる」
「あなた、あまり婿殿を困らせてはいけませんよ?」

 そこには。
 当たり前のようにヴァルディスと向かい合い、談笑している父と母の姿があった。

「……お父様? お母様?」
「どうして、ここに……?」

 思わず、素の声が出る。

 母が、くすっと笑った。

「お父様、もうあなたに会いたくなったみたいよ?」
「い、いや。魔法陣の試運転を兼ねてだな」

 そう言って、父はわずかに視線を逸らす。

 そんな両親のやり取りを目にした瞬間――
 胸の奥から、懐かしい感覚が一気によみがえった。

 そうだ。
 私―エリシアは、姉たちと年の離れた末っ子だった。
 内気で、引っ込み思案で、いつも姉の影に隠れていた私を――
 この二人は、溺愛した。

 欲しいものは、何でも与えられた。
 ……いや、正確には、それ以上だった。

 木馬がほしいと言えば、本物の白馬。
 ドールハウスがほしいと言えば、湖畔の別荘。

 目に入れても痛くない、とは、まさにこのこと。

 ――すっかり、忘れていた。

 この人たち、度し難い「親バカ」だった……!

 転移魔法陣も――
 娘の最後の逃げ道、などと、もっともらしい理由をつけて。
 本当は、自分たちが気軽に遊びに来るための手段だったのでは……?

 なにが、最後の逃げ道だ……!

「おっと、もうこんな時間か」
「朝食の時間に遅れてしまいますわね。そろそろ戻らないと」
「そうだな。エリシアの顔も確かに見届けた。
 では――また会おう、エリシア」
 
 ――毎日でも来そうな勢いだ。

 両親は、あわただしく立ち上がり、
 名残惜しそうにしながらも、転移魔法陣へと向かっていった。

 光が走り、二人の姿が消える。

 私は、その場に立ち尽くしたまま、
 ヴァルディスの顔を見ることができなかった。

「……思っていたより、気さくな父君だな」

 苦笑交じりの声。

「ヴァ、ヴァルディス……」
「ご、ごめんなさいーーーーー!!」
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