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30_医療革命1
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私は、風邪を引いた。
頭が重く、鈍い痛みが続いている。
どうやら、熱も出ているらしい。
両親とヴァルディスとの対面を終え、
張りつめていた気が、ふっと緩んだせいだろうか。
「……ごほ、ごほ」
食堂のソファに身を沈め、私はうなだれていた。
「ほう、これはかわいそうに」
「今すぐ、回復魔法をかけてやろう」
クラウスが呪文を詠唱しようとした、そのとき。
「――ちょっと待て」
ヴァルディスが、静かに制した。
「なぜ止める?」
「いや……これは、好機でもあると思ってな」
……人が苦しんでいるのに、好機とは何事だろう。
私がむっとした顔をするより早く、
ヴァルディスは穏やかに問いかけてきた。
「エリシアよ」
「そなたは、これまで風邪を引いたり、病気になったとき」
「いつも回復魔法で治してもらってきただろう?」
私は、黙ってうなずく。
その通りだ。
「だが、世の大半の民は、回復魔法を受けられない」
「僧侶も神官も、誰にでも手を差し伸べられるわけではないからな」
一拍、置いて。
「そなたには一度」
「回復魔法なしで、風邪をどう治すのか」
「その過程を、体験してもらいたい」
……なんだか、
婚約者にとんでもなくひどいことを言われている気がする。
けれど――
確かに、みんなはどうやって風邪を治しているのだろう。
「私は、いつも我慢してます」
カエデが、胸を張って言った。
「それも不正解だ」
ヴァルディスは即座に切り捨てる。
「正しい風邪の治し方がある」
「私が、看病しながら教えよう」
彼のことだ。
決して思いつきや意地悪で言っているわけではない。
何か、考えがあるのだろう。
「……わかったわ」
「ヴァルディスの言うとおりにする」
◇
私は、寝室へ運ばれた。
カエデとセリスが、交代で看病についてくれる。
夜になるにつれ、熱はどんどん上がっていった。
「……さむい、さむい」
歯が、かちかちと鳴る。
カエデは毛布を重ね、
暖炉に薪を惜しげもなくくべた。
部屋の中は、むしろ暑いほどだ。
一方、セリスは私の枕元に座り、
少し温めた水を、何度も飲ませてくれた。
夜中。
ふいに、寒気がぴたりと止まった。
その代わり――
今度は、汗が噴き出すように出てくる。
カエデが、こまめに汗を拭き、着替えを手伝ってくれる。
クラウスは氷結魔法で氷を作り、
氷枕にしてくれた。
セリスが、冷たい水で絞った布を、
私の額にそっと当てる。
ひんやりとして、心地よかった。
◇
翌朝。
汗はすっかり引き、
体のだるさも、少し軽くなっている。
熱も、下がってきたようだ。
ヴァルディスが、パン粥の入った器を持ってきた。
「食欲がなくても、少しは食べねばならん」
そう言って、
彼はスプーンを差し出してくる。
「よし、あーん、だ」
「……あーん」
ぱく。
「よし、いい子だ」
「……あーん」
ぱく。
……魔王に、あーんをされている私。
これ――
意外と、悪くない。
昼頃には、熱はかなり引いていた。
「もう少し安静は必要だが」
「峠は越えただろう」
ヴァルディスが、そう告げる。
「ヴァルディス」
「風邪を引いたときは、こうするのがいいのね」
「治癒魔法に頼らなくても」
「ちゃんと、風邪は治せる」
「勉強になったわ」
カエデが、眠そうに目をこすりながら言った。
「……私も、勉強になりました」
◇
すっかり回復した私は、改めて思う。
「風邪を治すには」
「水を飲んで、体を温めて、汗をかいて」
「それから、栄養を取る」
「……とても、単純なことなのね」
ヴァルディスは、満足そうにうなずいた。
「さすが、我が姫」
「理解が早い」
「風邪や病気というものは」
「清潔な環境、水、食べ物を整えれば」
「本来、人の体は――自ら治るようにできている」
「人は、魔法に頼りすぎて」
「世界の単純な仕組みに、盲目になっている」
私は、ふと顔を上げた。
「ねえ、ヴァルディス」
「私に、こんな体験をさせた理由は……もしかして?」
彼は、静かに微笑んだ。
「そうだ」
「魔法で治癒を受けられない、大半の民を治療する場所」
「――医療院を、作ろうと思う」
胸が、少し高鳴る。
「それは、とても良い考えだわ」
「ぜひ、私にも手伝わせて」
こうして――
アウレリア医療院の設立は、
一人の王女の風邪をきっかけに、静かに決定したのだった。
◇
アウレリア医療院の候補地は、驚くほどあっさりと決まった。
王都ルクシオンの一角。
貴族街から、ほんの少し外れた静かな通りに建つ、一軒の屋敷。
人通りは多すぎず、少なすぎず。
水路も近く、日当たりもよい。
「ここならいい」
ヴァルディスは、一目でそう判断した。
◇
医療院のスタッフは、
ヴァルディスがアウレリア連合商業会社の社員たちに声をかけ、
その妻や娘たちの中から志願者を募った。
患者を看病する役目。
ヴァルディスは、その役割を――
「看護師と呼ぼう」
そう定めた。
看護師たちには、
私が、ヴァルディスから教わった「看病の基本」を伝えていく。
とはいえ、やることは決して難しくない。
部屋を清潔に保つこと。
水をこまめに飲ませること。
体を冷やしすぎず、温めすぎず。
食べられるときに、無理のない食事を用意すること。
――ただ、それだけだ。
皆、拍子抜けしたような顔をしたが、
実際にやってみると、すぐに身についた。
「思ったより、できるものですね」
「これなら、私にも……」
そう言ってくれる人が増えていく。
◇
準備は、山ほどあった。
寝具、器具、水場、洗濯場。
動線の整理、当番の割り振り。
カエデも、セリスも、文句ひとつ言わず手伝ってくれた。
治療費と入院費は、
庶民でも無理なく払える額に設定する。
――いや、最初のうちは。
「無料でいい」
ヴァルディスは、そう言った。
「まずは、治るという事実を見せることが先だ」
それが、彼のやり方だった。
◇
寺院や修道院など、
日頃から病人を預かっている場所に声をかけると――
患者は、あっという間に集まった。
咳が止まらない者。
熱にうなされる子ども。
衰弱した老人。
用意していたベッドは、
開院からほどなくして、すべて埋まった。
◇
最初は、当然、試行錯誤の連続だった。
私も、カエデも、セリスも、
白衣に身を包み、看護師として現場に立つ。
夜通し、様子を見ることもあった。
うまくいかず、落ち込むこともあった。
それでも――
数日後。
ひとり、またひとりと、
自分の足で立ち上がる患者が現れ始めた。
「……楽になりました」
「息が、ちゃんと吸える」
その声が、
何よりの報酬だった。
◇
回復した患者たちは、
家へ戻ると、こう語った。
「治癒魔法じゃないのに、治った」
「水と、食事と、休む場所があっただけだ」
その噂は、
露のように静かに、だが確実に、
街中へと広がっていった。
こうして――
アウレリア医療院は、
誰にも気づかれぬうちに、
王都ルクシオンの片隅で、
確かな一歩を踏み出していた。
頭が重く、鈍い痛みが続いている。
どうやら、熱も出ているらしい。
両親とヴァルディスとの対面を終え、
張りつめていた気が、ふっと緩んだせいだろうか。
「……ごほ、ごほ」
食堂のソファに身を沈め、私はうなだれていた。
「ほう、これはかわいそうに」
「今すぐ、回復魔法をかけてやろう」
クラウスが呪文を詠唱しようとした、そのとき。
「――ちょっと待て」
ヴァルディスが、静かに制した。
「なぜ止める?」
「いや……これは、好機でもあると思ってな」
……人が苦しんでいるのに、好機とは何事だろう。
私がむっとした顔をするより早く、
ヴァルディスは穏やかに問いかけてきた。
「エリシアよ」
「そなたは、これまで風邪を引いたり、病気になったとき」
「いつも回復魔法で治してもらってきただろう?」
私は、黙ってうなずく。
その通りだ。
「だが、世の大半の民は、回復魔法を受けられない」
「僧侶も神官も、誰にでも手を差し伸べられるわけではないからな」
一拍、置いて。
「そなたには一度」
「回復魔法なしで、風邪をどう治すのか」
「その過程を、体験してもらいたい」
……なんだか、
婚約者にとんでもなくひどいことを言われている気がする。
けれど――
確かに、みんなはどうやって風邪を治しているのだろう。
「私は、いつも我慢してます」
カエデが、胸を張って言った。
「それも不正解だ」
ヴァルディスは即座に切り捨てる。
「正しい風邪の治し方がある」
「私が、看病しながら教えよう」
彼のことだ。
決して思いつきや意地悪で言っているわけではない。
何か、考えがあるのだろう。
「……わかったわ」
「ヴァルディスの言うとおりにする」
◇
私は、寝室へ運ばれた。
カエデとセリスが、交代で看病についてくれる。
夜になるにつれ、熱はどんどん上がっていった。
「……さむい、さむい」
歯が、かちかちと鳴る。
カエデは毛布を重ね、
暖炉に薪を惜しげもなくくべた。
部屋の中は、むしろ暑いほどだ。
一方、セリスは私の枕元に座り、
少し温めた水を、何度も飲ませてくれた。
夜中。
ふいに、寒気がぴたりと止まった。
その代わり――
今度は、汗が噴き出すように出てくる。
カエデが、こまめに汗を拭き、着替えを手伝ってくれる。
クラウスは氷結魔法で氷を作り、
氷枕にしてくれた。
セリスが、冷たい水で絞った布を、
私の額にそっと当てる。
ひんやりとして、心地よかった。
◇
翌朝。
汗はすっかり引き、
体のだるさも、少し軽くなっている。
熱も、下がってきたようだ。
ヴァルディスが、パン粥の入った器を持ってきた。
「食欲がなくても、少しは食べねばならん」
そう言って、
彼はスプーンを差し出してくる。
「よし、あーん、だ」
「……あーん」
ぱく。
「よし、いい子だ」
「……あーん」
ぱく。
……魔王に、あーんをされている私。
これ――
意外と、悪くない。
昼頃には、熱はかなり引いていた。
「もう少し安静は必要だが」
「峠は越えただろう」
ヴァルディスが、そう告げる。
「ヴァルディス」
「風邪を引いたときは、こうするのがいいのね」
「治癒魔法に頼らなくても」
「ちゃんと、風邪は治せる」
「勉強になったわ」
カエデが、眠そうに目をこすりながら言った。
「……私も、勉強になりました」
◇
すっかり回復した私は、改めて思う。
「風邪を治すには」
「水を飲んで、体を温めて、汗をかいて」
「それから、栄養を取る」
「……とても、単純なことなのね」
ヴァルディスは、満足そうにうなずいた。
「さすが、我が姫」
「理解が早い」
「風邪や病気というものは」
「清潔な環境、水、食べ物を整えれば」
「本来、人の体は――自ら治るようにできている」
「人は、魔法に頼りすぎて」
「世界の単純な仕組みに、盲目になっている」
私は、ふと顔を上げた。
「ねえ、ヴァルディス」
「私に、こんな体験をさせた理由は……もしかして?」
彼は、静かに微笑んだ。
「そうだ」
「魔法で治癒を受けられない、大半の民を治療する場所」
「――医療院を、作ろうと思う」
胸が、少し高鳴る。
「それは、とても良い考えだわ」
「ぜひ、私にも手伝わせて」
こうして――
アウレリア医療院の設立は、
一人の王女の風邪をきっかけに、静かに決定したのだった。
◇
アウレリア医療院の候補地は、驚くほどあっさりと決まった。
王都ルクシオンの一角。
貴族街から、ほんの少し外れた静かな通りに建つ、一軒の屋敷。
人通りは多すぎず、少なすぎず。
水路も近く、日当たりもよい。
「ここならいい」
ヴァルディスは、一目でそう判断した。
◇
医療院のスタッフは、
ヴァルディスがアウレリア連合商業会社の社員たちに声をかけ、
その妻や娘たちの中から志願者を募った。
患者を看病する役目。
ヴァルディスは、その役割を――
「看護師と呼ぼう」
そう定めた。
看護師たちには、
私が、ヴァルディスから教わった「看病の基本」を伝えていく。
とはいえ、やることは決して難しくない。
部屋を清潔に保つこと。
水をこまめに飲ませること。
体を冷やしすぎず、温めすぎず。
食べられるときに、無理のない食事を用意すること。
――ただ、それだけだ。
皆、拍子抜けしたような顔をしたが、
実際にやってみると、すぐに身についた。
「思ったより、できるものですね」
「これなら、私にも……」
そう言ってくれる人が増えていく。
◇
準備は、山ほどあった。
寝具、器具、水場、洗濯場。
動線の整理、当番の割り振り。
カエデも、セリスも、文句ひとつ言わず手伝ってくれた。
治療費と入院費は、
庶民でも無理なく払える額に設定する。
――いや、最初のうちは。
「無料でいい」
ヴァルディスは、そう言った。
「まずは、治るという事実を見せることが先だ」
それが、彼のやり方だった。
◇
寺院や修道院など、
日頃から病人を預かっている場所に声をかけると――
患者は、あっという間に集まった。
咳が止まらない者。
熱にうなされる子ども。
衰弱した老人。
用意していたベッドは、
開院からほどなくして、すべて埋まった。
◇
最初は、当然、試行錯誤の連続だった。
私も、カエデも、セリスも、
白衣に身を包み、看護師として現場に立つ。
夜通し、様子を見ることもあった。
うまくいかず、落ち込むこともあった。
それでも――
数日後。
ひとり、またひとりと、
自分の足で立ち上がる患者が現れ始めた。
「……楽になりました」
「息が、ちゃんと吸える」
その声が、
何よりの報酬だった。
◇
回復した患者たちは、
家へ戻ると、こう語った。
「治癒魔法じゃないのに、治った」
「水と、食事と、休む場所があっただけだ」
その噂は、
露のように静かに、だが確実に、
街中へと広がっていった。
こうして――
アウレリア医療院は、
誰にも気づかれぬうちに、
王都ルクシオンの片隅で、
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