悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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31_医療革命2

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 ある日、
 アウレリア国王は、密かに四人の腹心を呼び出した。

 理由は、ただ一言。

「見せたいものがある」
 それは、命令ではなく、要請だった。

 呼ばれたのは――

 宰相
 アルベルト・フォン=ライゼン

 財務卿
 マルクス・ヴェルナー

 王国軍総司令官
 ローデリヒ・シュタインハルト

 宮廷医長/王立学府総監
 エドガー・ルーメン

 いずれも、国王が絶対の信頼を置く人物たちである。



 一行は、平服に身を包み、
 人目を避けるようにして王都ルクシオンの一角へ向かった。

 案内されたのは、
 貴族街からわずかに外れた、静かな通りに建つ一軒の屋敷。

 外見は、いたって普通。
 だが――

 門をくぐった瞬間、
 空気が、わずかに違うことに誰もが気づいた。

 整然としている。
 それは、貴族の屋敷とも、軍の施設とも違う静けさだった。

「……ここは?」

 王国軍総司令官ローデリヒが、眉をひそめる。

「聞かぬ名だな」

 それに応えたのは、
 宮廷医長エドガーだった。

「ここは、最近設立された施設ですな」
「名を――『アウレリア医療院』と申します」

「医療院?」

「ええ。なんでも、治癒魔法に頼らず、病を治す場所だとか」

 一同の視線が、国王に集まる。

 国王は、静かにうなずいた。

「そのとおりだ」

「ここからは――」
「我が娘、エリシアに案内させよう」



 屋敷の中庭に進むと、
 そこに、白衣に身を包んだ一人の少女が立っていた。

「アルベルト卿、マルクス卿、ローデリヒ卿、エドガー卿」

 澄んだ声で名を呼ぶ。

「……おお、姫君」

 エリシア・フォン・アウレリア。

 魔王のもとから“救い出された”王女。
 その記憶は、四人の脳裏にも新しい。

 その彼女が、
 このような場所で彼らを迎えている――

 それ自体が、すでに異例だった。

「この施設について、ぜひ知っていただきたいのです」
「案内しながら、説明しますね」



 一行は、エリシアの先導で施設内を歩く。

 まず、目に入ったのは――
 整然と並ぶベッド。

 そこには、貴族ではない民間人が横たわっていた。
 農民、職人、行商人――

 その間を、
 白い衣を着た女性たちが、忙しなく行き来している。

「病気や怪我をしたとき、通常は治癒魔法で治療しますよね」

 歩きながら、エリシアが語る。

「でも、それを受けられるのは、ごく一部の人だけです」
「治癒魔法を使えるのは、長い修行を積んだ僧侶や神官、魔法使いだけですから」

 四人は黙って聞いている。

「それでは、多くの人を救えません」
「だから、ここは――治癒魔法を使わずに、病気を治す場所なのです」

 施設は、驚くほど清潔だった。

 床には埃一つなく、
 空気も澱んでいない。

「病気を治すために大切なのは」
「清潔な場所、きれいな水、そして十分な食事です」

 エリシアは、はっきりと言い切った。

「それだけを整えるだけで」
「この医療院では、すでに多くの命が救われています」

「……なるほど」
 エドガー・ルーメンが、低く唸る。

「経験的に、そうではないかとは思っていましたが」
「ここまで徹底し、体系として実行しているとは……」

 財務卿マルクスが、すぐに別の角度から口を開く。

「もしそれが事実なら」
「病気治療にかかる多額の費用が、大きく削減できるな」



 一行は、水場の前で足を止めた。

 女性スタッフ――
 エリシアが「看護師」と呼ぶ者たちが、
 手を洗っている。

 白い塊を手に取り、
 こすり合わせると、白い泡が立つ。

「石鹸です」
「洗濯に使われるものなので、ご存じの方も多いでしょう」

「これで、手や体の汚れを落とします」
「それだけで、多くの病気を防げるのです」

 誰も、すぐには言葉を発せなかった。



 巡回を終え、
 一同は応接室へ通された。

「……実に、珍しいものを見せていただきました」

 エドガーが、率直に言う。

「これが本当であれば」
「確かに、病で命を落とす民は、減るでしょう」

「すなわち」

 宰相アルベルトが、短く結論を出す。

「国力の増強につながる」

 そして、鋭く問いを投げた。

「だが――」
「この医療院に、我々を案内した理由は?」

 その瞬間、
 エリシアの瞳が、強く光った。

「はい」

「この施設を作ったのは」
「商人のヴァルスという人物です」

「……あの男か」

 ローデリヒが低く呟く。

「ゼオグリフの英雄とも呼ばれていたな」

「眠りの森に道を通した男だ」
 マルクスも続ける。

「学校も作っていたはずだ」
 エドガーが頷く。

「その通りです」

 エリシアは、まっすぐ四人を見据えた。

「彼は、アウレリアのために力を尽くしています」
「それが、自身と王国が共に発展する道だと、信じているのです」

「エリシア王女」

 宰相が、慎重に言葉を選ぶ。

「功績は理解している」
「だが……その言い方」
「少々、含みがあるように聞こえる」

「つまり?」



 その先は――
 国王が引き取った。

「実は、私は商人ヴァルスと」
「内密に、何度か会っている」

 四人の視線が、鋭くなる。

「そこで確認した」
「彼は、敵ではない」
「共に歩める存在だと、私は判断している」

「……すなわち?」

 宰相が、低く促す。

 国王は、ゆっくりと四人を見渡した。

「ここに集まった者は」
「私の腹心だ」
「私利私欲なく、この国の行く末を案じている者たちだ」

 だからこそ――

「皆にだけ、打ち明ける」
「冷静に、聞いてほしい」

 そして。

「商人ヴァルスの正体は――」

 一瞬の静寂。

「魔王ヴァルディス・レグナールだ」

「――!」

 空気が、凍りついた。
 
 ――沈黙。

 国王の言葉が、応接室の空気を完全に凍りつかせていた。

 最初に動いたのは、
 王国軍総司令官ローデリヒ・シュタインハルトだった。

 彼は、椅子の肘掛けに置いていた手に、わずかに力を込める。

「……なるほど」

 声は低く、抑えられている。

「それで、あの道、この物流、この施設か」
「魔王が裏にいるなら、説明はつく」

 一拍。

「だが――」
「最悪の場合、我々は、王都の心臓部に“敵”を招き入れていることになる」

 軍人らしい、即座のリスク評価。
 だが、剣に手を伸ばすことはなかった。

「確認したいのは一つだけだ、陛下」
「――彼は、今この瞬間、我々に牙を剥くつもりはないのか?」

 国王は、即答した。

「ない」

 ローデリヒは、短く息を吐く。

「……了解した」
「ならば、今は“敵”ではない」
「少なくとも、刃を向ける理由はない」

 それが、彼なりの受容だった。

 次に、ゆっくりと眼鏡を外したのは、
 財務卿マルクス・ヴェルナーだった。

 彼は、しばし机の上を見つめてから、ぽつりと呟く。

「……魔王、か」

 そして、顔を上げる。

「正直に言おう」
「驚きはしたが……恐怖はない」

 三人の視線が集まる。

「むしろ、腑に落ちた」
「これほど巨大な事業を、短期間で、しかも破綻なく回す」
「人間の商人一人にできる芸当ではない」

 淡々と、しかし確信を込めて。

「もし彼が魔王であるなら」
「我が国は、“史上最大の投資先”を得たことになる」

 一瞬の沈黙。

「もちろん、管理と監視は必要だ」
「だが、拒絶する理由は――数字の上では、存在しない」

 それが、財務卿の結論だった。

 宮廷医長/王立学府総監エドガー・ルーメンは、
 しばらく言葉を失っていた。

 だが、次の瞬間。

 彼の目が、研究者特有の光を帯びる。

「……魔王が」
「“医療”という概念を持ち込んだ、と?」

 誰にともなく問いかけるように。

「治癒魔法に頼らず」
「清潔と水と食事で病を防ぐ」
「しかも、それを制度として……?」

 小さく、震える息。

「これは……」
「戦争よりも、革命です」

 はっきりと、断言した。

「もしこれが事実であれば」
「人の寿命が延び、人口が増え、学問が進み」
「世界の在り方そのものが変わる」

 エドガーは、国王を見据える。

「陛下」
「この事実は、軽々しく扱ってはなりません」
「――これは、“人類史”の話です」

 最後まで沈黙を守っていたのは、
 宰相アルベルト・フォン=ライゼンだった。

 彼は、全員の反応を見届けてから、ようやく口を開く。

「……魔王、か」

 感情の揺れは、ほとんどない。

「陛下が、この事実を」
「この四人にのみ明かした理由は、理解しました」

 そして、静かに言う。

「恐怖で剣を抜く者」
「利で飛びつく者」
「理念に酔う者」
 ――そのいずれでも、国は滅びる。

 彼は、深く一礼した。

「私は、賛成でも反対でもありません」
「ただ一つ、提言を」

 国王が頷く。

「この事実は」
「この場限りのものとすべきです」

 はっきりと。

「墓まで持っていく覚悟がなければ」
「この事実を、扱う資格はない」

 重い沈黙。

 国王は、静かに言った。

「――その覚悟がある者だけを、ここに呼んだ」

 四人は、同時にうなずいた。

「この件を、これ以上、公にするつもりはない」

 それは、迷いのない断言だった。

 だが、国王は一拍置き、続ける。

「ただし――」

 空気が、張りつめる。

「もしも」
「どうしても、魔王の名を世に出さねばならぬ時が訪れたなら」

 四人を、順に見渡して。

「その時は、王ではなく、この国のために――」
「その決断を、共に背負ってほしい」

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 だが、次の瞬間。

 四人は、静かに、しかし確かにうなずいた。

 言葉はない。
 それで、十分だった。

 この日、
 王と四人の腹心は、
 剣でも、金でも、命令でもない――
 覚悟による盟約を、交わしたのだった。
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