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34 剣なき支配
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商人ヴァルスの屋敷。
私とヴァルディスは、王宮から戻ったところだった。
銀行設立について、王国側との調整は滞りなく終わった。
制度としては、ほぼ理想形に近い。
――だが。
やはり問題は残る。
既得権益を持つ貴族たち。
金の流れが変わるとなれば、必ず反発が起きる。
事が表に出る前に、
彼らを“敵にしない”準備が必要だった。
ヴァルディスが、静かに切り出す。
「やはりな……エリシア」
「こういう役回りは、そなた以外に適任はいない」
「やってくれるか?」
――ええ、でしょうね。
私をこの計画に巻き込んだ時点で、
いずれそうなることは分かっていた。
私は、迷わず答える。
「いいでしょう。やりましょう」
◇
彼らを納得させる論点は、実は一つしかない。
この銀行は、
既存の貴族金融と“奪い合い”をしない。
むしろ、
最初から明確な住み分けを行う。
この銀行が相手にするのは――
農村。
職人。
新興商人。
小規模事業。
つまり、
貴族たちが見向きもしなかった層。
少額で、手間がかかり、
利幅も薄い。
「格に合わない」と切り捨ててきた分野だ。
彼らの取り分には、触れない。
それが、最大の説得材料だった。
◇
翌日から、私は動いた。
主だった貴族の屋敷を、
一軒一軒、訪ねて回る。
今回は、金が絡む話だ。
学院設立の時でさえ妨害があったのだから、
何が起きてもおかしくはない。
そのため、護衛はグラド。
……心強さの塊みたいな男だ。
ちなみに、勇者クラウスは不在だった。
ヴァルディスの依頼で、
隣国――ヴァルガリア大帝国へと旅立った。
アウレリアを属国と見なす大国。
ヴァルディスは、
そこに“きな臭さ”を感じ取っているのだろう。
◇
「グラド、ごめんなさいね」
「こんな役目、押し付けちゃって」
私がそう言うと、
彼はいつもの無表情のまま、
「かまわない」
それだけ答えた。
少しの沈黙。
そして、ふいに。
「……お前には、感謝している」
意外な言葉に、私は足を止める。
「おかげで、友人が増えた」
――カエデと、クラウス。
きっと、その二人のことだ。
もしかしたら、
私も、その中に含めてくれているのかもしれない。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
だが―
もし私が魔王と出会っていなければ、
皆、敵として刃を交えていたかもしれない。
想像するだけで、胸が詰まりそうになる。
◇
訪問先の貴族たちは、例外なく驚いた。
――王女自らが、説明に来たのだから。
しかも、
少女と、その背後に控える屈強な大男。
あまりに不釣り合いなその並びに、
誰もが言葉を失った。
最初は、
「小娘が何を」と侮る視線もあった。
だが――
説明が進むにつれ、
その空気は変わっていく。
論点は明確。
言葉は簡潔。
感情ではなく、利益で語る。
気づけば、
彼らは誰一人、反論できなくなっていた。
屋敷を辞する頃には、
どの顔にも、同じ表情が浮かんでいる。
――納得。
あるいは、
“受け入れるしかない”という諦観。
結果は、上々だった。
こうして私は、
貴族社会の“地雷原”を、
ほぼ無傷で踏破してみせたのだった。
◇
ほどなくして――
王都ルクシオンの中心部に、アウレリア信用銀行が誕生した。
石造りの重厚な建物。
だが、貴族の屋敷のような威圧感はない。
扉は広く、窓は明るく、
「入っていい場所だ」と、誰にでも分かる造りだった。
真っ先に足を運んだのは、
これまで、金を借りたくても借りられなかった者たちだ。
作付け前の種代に困っていた農民。
道具を新調できず、仕事を諦めかけていた職人。
志はあっても、後ろ盾のない新興商人。
彼らは皆、
初めて“条件を聞いてもらえる”という経験に、
戸惑いながらも目を輝かせていた。
担保ではなく、
家柄でもなく、
過去の実績と、これからの計画を見られる。
――それだけで、
救われた気持ちになる者も多かった。
金は、ただの数字ではない。
人の可能性を、未来へと運ぶものだ。
その流れが、
この街で、静かに――しかし確実に動き始めていた。
◇
アウレリア信用銀行の誕生により、
ヴァルディスが進めてきた一連の事業は、
ようやく揺るぎない基盤を得た。
物流、市場、教育、医療、そして金融。
すべてが結びつき、
アウレリア連合商業会社は、
これから飛躍的な発展を遂げていく――
そのように思われた。
その矢先、
商人ヴァルスの屋敷に、勇者クラウスが戻ってきた。
長旅の疲れを感じさせぬ足取りだったが、
その表情は、明らかに平時のものではなかった。
屋敷に入るなり、
彼は無駄な前置きを一切省いた。
「ヴァルディス」
名を呼ぶ声が低い。
「ヴァルガリア大帝国が、動いた」
室内の空気が、ぴたりと張りつめる。
「帝国軍だ」
「兵が、出撃の準備を整え始めた」
私とヴァルディスは、王宮から戻ったところだった。
銀行設立について、王国側との調整は滞りなく終わった。
制度としては、ほぼ理想形に近い。
――だが。
やはり問題は残る。
既得権益を持つ貴族たち。
金の流れが変わるとなれば、必ず反発が起きる。
事が表に出る前に、
彼らを“敵にしない”準備が必要だった。
ヴァルディスが、静かに切り出す。
「やはりな……エリシア」
「こういう役回りは、そなた以外に適任はいない」
「やってくれるか?」
――ええ、でしょうね。
私をこの計画に巻き込んだ時点で、
いずれそうなることは分かっていた。
私は、迷わず答える。
「いいでしょう。やりましょう」
◇
彼らを納得させる論点は、実は一つしかない。
この銀行は、
既存の貴族金融と“奪い合い”をしない。
むしろ、
最初から明確な住み分けを行う。
この銀行が相手にするのは――
農村。
職人。
新興商人。
小規模事業。
つまり、
貴族たちが見向きもしなかった層。
少額で、手間がかかり、
利幅も薄い。
「格に合わない」と切り捨ててきた分野だ。
彼らの取り分には、触れない。
それが、最大の説得材料だった。
◇
翌日から、私は動いた。
主だった貴族の屋敷を、
一軒一軒、訪ねて回る。
今回は、金が絡む話だ。
学院設立の時でさえ妨害があったのだから、
何が起きてもおかしくはない。
そのため、護衛はグラド。
……心強さの塊みたいな男だ。
ちなみに、勇者クラウスは不在だった。
ヴァルディスの依頼で、
隣国――ヴァルガリア大帝国へと旅立った。
アウレリアを属国と見なす大国。
ヴァルディスは、
そこに“きな臭さ”を感じ取っているのだろう。
◇
「グラド、ごめんなさいね」
「こんな役目、押し付けちゃって」
私がそう言うと、
彼はいつもの無表情のまま、
「かまわない」
それだけ答えた。
少しの沈黙。
そして、ふいに。
「……お前には、感謝している」
意外な言葉に、私は足を止める。
「おかげで、友人が増えた」
――カエデと、クラウス。
きっと、その二人のことだ。
もしかしたら、
私も、その中に含めてくれているのかもしれない。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
だが―
もし私が魔王と出会っていなければ、
皆、敵として刃を交えていたかもしれない。
想像するだけで、胸が詰まりそうになる。
◇
訪問先の貴族たちは、例外なく驚いた。
――王女自らが、説明に来たのだから。
しかも、
少女と、その背後に控える屈強な大男。
あまりに不釣り合いなその並びに、
誰もが言葉を失った。
最初は、
「小娘が何を」と侮る視線もあった。
だが――
説明が進むにつれ、
その空気は変わっていく。
論点は明確。
言葉は簡潔。
感情ではなく、利益で語る。
気づけば、
彼らは誰一人、反論できなくなっていた。
屋敷を辞する頃には、
どの顔にも、同じ表情が浮かんでいる。
――納得。
あるいは、
“受け入れるしかない”という諦観。
結果は、上々だった。
こうして私は、
貴族社会の“地雷原”を、
ほぼ無傷で踏破してみせたのだった。
◇
ほどなくして――
王都ルクシオンの中心部に、アウレリア信用銀行が誕生した。
石造りの重厚な建物。
だが、貴族の屋敷のような威圧感はない。
扉は広く、窓は明るく、
「入っていい場所だ」と、誰にでも分かる造りだった。
真っ先に足を運んだのは、
これまで、金を借りたくても借りられなかった者たちだ。
作付け前の種代に困っていた農民。
道具を新調できず、仕事を諦めかけていた職人。
志はあっても、後ろ盾のない新興商人。
彼らは皆、
初めて“条件を聞いてもらえる”という経験に、
戸惑いながらも目を輝かせていた。
担保ではなく、
家柄でもなく、
過去の実績と、これからの計画を見られる。
――それだけで、
救われた気持ちになる者も多かった。
金は、ただの数字ではない。
人の可能性を、未来へと運ぶものだ。
その流れが、
この街で、静かに――しかし確実に動き始めていた。
◇
アウレリア信用銀行の誕生により、
ヴァルディスが進めてきた一連の事業は、
ようやく揺るぎない基盤を得た。
物流、市場、教育、医療、そして金融。
すべてが結びつき、
アウレリア連合商業会社は、
これから飛躍的な発展を遂げていく――
そのように思われた。
その矢先、
商人ヴァルスの屋敷に、勇者クラウスが戻ってきた。
長旅の疲れを感じさせぬ足取りだったが、
その表情は、明らかに平時のものではなかった。
屋敷に入るなり、
彼は無駄な前置きを一切省いた。
「ヴァルディス」
名を呼ぶ声が低い。
「ヴァルガリア大帝国が、動いた」
室内の空気が、ぴたりと張りつめる。
「帝国軍だ」
「兵が、出撃の準備を整え始めた」
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