悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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34 剣なき支配

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 商人ヴァルスの屋敷。

 私とヴァルディスは、王宮から戻ったところだった。

 銀行設立について、王国側との調整は滞りなく終わった。
 制度としては、ほぼ理想形に近い。

 ――だが。

 やはり問題は残る。

 既得権益を持つ貴族たち。
 金の流れが変わるとなれば、必ず反発が起きる。

 事が表に出る前に、
 彼らを“敵にしない”準備が必要だった。

 ヴァルディスが、静かに切り出す。

「やはりな……エリシア」
「こういう役回りは、そなた以外に適任はいない」
「やってくれるか?」

 ――ええ、でしょうね。

 私をこの計画に巻き込んだ時点で、
 いずれそうなることは分かっていた。

 私は、迷わず答える。

「いいでしょう。やりましょう」



 彼らを納得させる論点は、実は一つしかない。

 この銀行は、
 既存の貴族金融と“奪い合い”をしない。

 むしろ、
 最初から明確な住み分けを行う。

 この銀行が相手にするのは――

 農村。
 職人。
 新興商人。
 小規模事業。

 つまり、
 貴族たちが見向きもしなかった層。

 少額で、手間がかかり、
 利幅も薄い。

 「格に合わない」と切り捨ててきた分野だ。

 彼らの取り分には、触れない。
 それが、最大の説得材料だった。


 
 翌日から、私は動いた。

 主だった貴族の屋敷を、
 一軒一軒、訪ねて回る。

 今回は、金が絡む話だ。
 学院設立の時でさえ妨害があったのだから、
 何が起きてもおかしくはない。

 そのため、護衛はグラド。

 ……心強さの塊みたいな男だ。

 ちなみに、勇者クラウスは不在だった。
 ヴァルディスの依頼で、
 隣国――ヴァルガリア大帝国へと旅立った。

 アウレリアを属国と見なす大国。
 ヴァルディスは、
 そこに“きな臭さ”を感じ取っているのだろう。



「グラド、ごめんなさいね」
「こんな役目、押し付けちゃって」

 私がそう言うと、
 彼はいつもの無表情のまま、

「かまわない」

 それだけ答えた。

 少しの沈黙。

 そして、ふいに。

「……お前には、感謝している」

 意外な言葉に、私は足を止める。

「おかげで、友人が増えた」

 ――カエデと、クラウス。

 きっと、その二人のことだ。
 
 もしかしたら、
 私も、その中に含めてくれているのかもしれない。
 
 胸の奥が、少しだけ温かくなる。

 だが―

 もし私が魔王と出会っていなければ、
 皆、敵として刃を交えていたかもしれない。

 想像するだけで、胸が詰まりそうになる。



 訪問先の貴族たちは、例外なく驚いた。

 ――王女自らが、説明に来たのだから。

 しかも、
 少女と、その背後に控える屈強な大男。
 あまりに不釣り合いなその並びに、
 誰もが言葉を失った。

 最初は、
 「小娘が何を」と侮る視線もあった。

 だが――

 説明が進むにつれ、
 その空気は変わっていく。

 論点は明確。
 言葉は簡潔。
 感情ではなく、利益で語る。

 気づけば、
 彼らは誰一人、反論できなくなっていた。

 屋敷を辞する頃には、
 どの顔にも、同じ表情が浮かんでいる。

 ――納得。

 あるいは、
 “受け入れるしかない”という諦観。

 結果は、上々だった。

 こうして私は、
 貴族社会の“地雷原”を、
 ほぼ無傷で踏破してみせたのだった。
 
 

 
 ほどなくして――
 王都ルクシオンの中心部に、アウレリア信用銀行が誕生した。

 石造りの重厚な建物。
 だが、貴族の屋敷のような威圧感はない。
 扉は広く、窓は明るく、
 「入っていい場所だ」と、誰にでも分かる造りだった。

 真っ先に足を運んだのは、
 これまで、金を借りたくても借りられなかった者たちだ。

 作付け前の種代に困っていた農民。
 道具を新調できず、仕事を諦めかけていた職人。
 志はあっても、後ろ盾のない新興商人。

 彼らは皆、
 初めて“条件を聞いてもらえる”という経験に、
 戸惑いながらも目を輝かせていた。

 担保ではなく、
 家柄でもなく、
 過去の実績と、これからの計画を見られる。

 ――それだけで、
 救われた気持ちになる者も多かった。

 金は、ただの数字ではない。
 人の可能性を、未来へと運ぶものだ。

 その流れが、
 この街で、静かに――しかし確実に動き始めていた。
 

 
 アウレリア信用銀行の誕生により、
 ヴァルディスが進めてきた一連の事業は、
 ようやく揺るぎない基盤を得た。

 物流、市場、教育、医療、そして金融。
 すべてが結びつき、
 アウレリア連合商業会社は、
 これから飛躍的な発展を遂げていく――
 
 そのように思われた。
 
 その矢先、
 
 商人ヴァルスの屋敷に、勇者クラウスが戻ってきた。

 長旅の疲れを感じさせぬ足取りだったが、
 その表情は、明らかに平時のものではなかった。

 屋敷に入るなり、
 彼は無駄な前置きを一切省いた。

「ヴァルディス」

 名を呼ぶ声が低い。

「ヴァルガリア大帝国が、動いた」

 室内の空気が、ぴたりと張りつめる。

「帝国軍だ」
「兵が、出撃の準備を整え始めた」
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