悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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33 信用創造

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 商人ヴァルスの屋敷では、
 私とヴァルディスが、
 セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
 穏やかなひとときを過ごしていた。

 最近は、アウレリア医療院に出ずっぱりだったが、
 本日は久しぶりの休暇だ。

 柔らかな陽射し。
 静かな室内。
 このまま何事も起こらなければ、理想的な午後だったのだが――

 窓の外から、

「えいーーっ!」

 カエデの威勢のいい掛け声が、
 風に乗って微かに届いてくる。

 庭では、
 カエデとグラド、そして勇者クラウスが、
 そろって稽古に励んでいた。

 カエデにとっては、数日ぶりの稽古だ。
 きっと、力が有り余っているのだろう。

 ふと気づくと、
 ヴァルディスが、じっとこちらを見ていた。

 別に、私に見惚れているわけではない。
 ――この表情は知っている。

 頭の中で、
 何かろくでもない規模の企てが、
 静かに形を取り始めているときの顔だ。

「エリシア、実はだな」

「……ほらきた」

 私は、半ば諦めたように肩をすくめる。

「銀行を作ろうと思う」

「……銀行?」

 一瞬、言葉の意味を測りかねた。

 物流。
 市場。
 学院。
 医療院。
 次は……銀行。

「ええと、それは……
 お金を預かったり、貸したりする、あの?」

「その通りだ」

 あっさり肯定されてしまった。

「……ヴァルディス。
 それ、思いつきじゃありませんよね?」

「無論だ」

 彼は、当然だと言わんばかりに紅茶を一口飲む。

「むしろ、
 今まで作っていなかったのが不自然なくらいだ」

「不自然……?」

 私は眉をひそめる。

 すると、ヴァルディスは静かに語り始めた。

「物流を通した
 教育を整えた。
 医療院を作った。」

「だがな、エリシア」
「それらを、長く維持するための血液が、まだ足りていない」

「血液……?」

「金だ」

 あまりにも率直な答え。

「金が流れなければ、
 産業も、教育も、医療も、やがて干上がる」

 彼は、窓の外――
 稽古に励む三人の姿を一瞬だけ見やり、続けた。

「今のアウレリア王国では、
 金は貴族の蔵に眠り、
 商人は常に首を絞められ、
 民は、稼いでも貯める場所がない」

「それは……たしかに」

「銀行はな」
 ヴァルディスは、ゆっくりと私を見る。

「金を増やす場所ではない」
「金を、正しい場所へ流すための装置だ」

「銀行があれば、
 医療院は、寄付や善意に頼らずに回る」
「学校を出た者が、
 自分の店を持つこともできる」
「地方の村が、
 道や水路を整えるために、借り入れもできる」

 私は、静かに息を吸った。

「……それって」

「そうだ」

「銀行は――
 国を強くするためのものだ」

 それは断言だった。
 利益のためでも、商売のためでもない。
 国家そのものを、長く生かすための器。

「だが、難しいのは――
 誰が、それを担うかだ」

 彼は紅茶の湯気を見つめながら、淡々と続ける。

「王国が直接運営するのは、悪手だ。
 いずれ必ず、政治に汚染される」

「では、完全な民間かと言えば――それも違う」

 ヴァルディスは、小さく肩をすくめた。

「既得権益を持つ貴族に潰されるのが、関の山だ。
 資金の流れを変える存在は、必ず嫌われる」

 だから――

「半公的・半民間。
 その中間に置くしかない」

 ここで、彼は初めて私を見た。

「重要なのは、ここだ」

 ヴァルディスは、指を一本立てる。

「私が作る銀行は――
 王国が信用を保証し、
 運営はアウレリア連合商業会社が行う」

 そして、間を置く。

「最終的な監査権は、私が持つ」

 権力の集中。
 だが、それは支配ではない。

「この三層構造でなければ、
 銀行は必ず歪む」

 その言葉を受けて――

「なるほど」

 ごく自然に、
 私たちの隣で紅茶を飲んでいた父――
 アウレリア国王が、満足そうに口を開いた。

「それで、私が呼ばれたわけか」

「適任者がいる。
 ヴァルディス卿に、引き合わせよう」

 ヴァルディスは、わずかに目を細める。

「陛下。
 それほど頼もしい言葉はない。
 ぜひ、お願いしたい」



 翌日。

 商人ヴァルスとして、
 ヴァルディスは王宮に呼ばれた。

 一室に案内され、扉が閉じられる。

 そこにいたのは――

 アウレリア国王。
 エリシア王女。
 そして、財務卿マルクス・ヴェルナー。

(……商人ヴァルス)

 マルクスは、静かに観察する。

(直接会うのは、これが初めてだな)
(この男が――魔王ヴァルディスか)

 外見は、あくまで商人。
 だが、漂う気配は、数字だけでは測れない。

 国王が、先に口を開いた。

「マルクスには、
 そなたの正体は、すでに明かしてある」

 ヴァルディスは、驚いた様子もなく頷いた。

「それは話が早い」

 マルクスが一歩進み、丁寧に一礼する。

「お初にお目にかかる。
 ヴァルディス卿。
 財務卿を務める、マルクス・ヴェルナーです」

 ヴァルディスは、軽く頭を下げた。

「こちらこそ。
 今日は時間をいただき、感謝する」

 形式ばった挨拶は、そこまでだった。

 マルクスは、すぐに本題へ入る。

「では、ヴァルディス卿」
「国王陛下から概要は伺っておりますが――」

 眼鏡の奥の目が、鋭く光る。

「改めて、卿の考える
 “銀行”とは、何なのか」

「――説明していただけますか?」

 その瞬間、
 部屋の空気が、わずかに張り詰めた。

 数字の男と、世界を見ている魔王。
 ここから先は、
 理念ではなく、設計の話になる。


 
 ヴァルディスとマルクスの議論は、予想以上に白熱した。

 感情論は一切ない。
 あるのは、数字、前提、想定リスク、そして代替案。
 言葉の応酬は速く、鋭い。
 だが、不思議と険悪さはなかった。

 ――似ているのだ。

 世界を感情ではなく、構造で見る者同士。
 問題を「善悪」ではなく「成立するか否か」で判断する者同士。

 ふと気づくと、二人ともどこか楽しそうですらあった。

 アウレリア国王は、腕を組み、黙ってそれを見守っていた。

 やがて――
 議論は、ひとつの形に収束していった。



 最終的に、彼らが合意した銀行の骨子は、こうだ。

 第一に。

 王国保証付き銀行であること。

 第二に。

 運営は、完全に民間。
 具体的には、アウレリア連合商業会社。

 第三に。

 融資対象は、貴族ではなく実体経済。
 商人、職人、農村、都市インフラ。
 「金を持つ者」ではなく、「金を回す者」に貸す。

 第四に。

 金利は低く、用途は限定。
 投機目的の借り入れは禁止。
 貸付金は、必ず事業・生産・公共整備に使われる。

 そして――

 第五にして、最重要事項。

 最終監査権は、商人ヴァルスこと、魔王ヴァルディスが持つ。

 不正があれば、即座に止める。
 圧力があれば、正面から潰す。
 歪みが生じれば、容赦なく切る。

 その力を、
 王国も、財務卿も、あらかじめ承認する。



「……正直に申し上げます」

 マルクスが、ゆっくりと息を吐いた。

「この銀行は、危険です」
「既存の貴族社会にとっては、劇薬でしょう」

 だが、と続ける。

「同時に――」
「これほど、王国経済を健全に変える仕組みも、他に思いつかない」

 眼鏡の奥の目が、はっきりと光った。

「私は、この設計に賛成します」
「責任は、財務卿として、私が引き受けましょう」

 その言葉に、父は静かにうなずいた。

「よろしい」
「では――始めよう」

 その場にいた誰もが理解していた。

 これは、
 新しい建物を作る話ではない。

 これは――
 王国の血の流れを、根本から作り替える決断なのだと。
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