悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

文字の大きさ
36 / 40

最終章2

しおりを挟む
 アウレリア王国は、混乱の極みにあった。

 ヴァルガリア大帝国軍は、
 フェルディナ平原の都市を、
 ひとつ、またひとつと占拠していく。

 工業都市は沈黙し、
 鉱山は帝国の旗に覆われた。

 王都ルクシオンには、
 北から逃れてきた避難民があふれかえっていた。

 着の身着のまま。
 家も、仕事も、未来も失った人々。

 戦線は、じりじりと後退している。
 それは、誰の目にも明らかだった。

 やがて、囁かれる声が、大きな流れとなる。

 ――これ以上の抵抗は無理だ。
 ――領土の一部を譲り、和平を結ぶしかない。
 ――多額の賠償金を払ってでも、生き延びるべきだ。

 それが、唯一の選択肢なのだと。

 国民の大半が、
 苦渋の覚悟を決めかけた、そのときだった。



 王都の広場。

 ひとりの男が、
 人々の前に姿を現した。

 勇者クラウス。

 剣を掲げ、
 群衆を見渡す。

 ざわめきが、一瞬で静まった。

 勇者クラウスは、
 魔王討伐のため、
 すでに魔族領の奥深くへ向かった――
 人々は、そう聞かされていた。

 その勇者が、
 今、王都にいる。

 青天の霹靂とは、まさにこのことだった。

「――聞け!」

 クラウスの声が、広場に響く。

「俺は、魔王軍の援軍を得ようと思う」

 どよめき。

「魔王は、俺の敵だ」
「だが――」

 剣を握る手に、力がこもる。

「帝国は、俺たち全員の敵だ」

 一拍。

「きっと、俺の願いを聞き入れてくれる」

 困惑。
 疑念。
 だが、同時に――期待。

「魔王と話をつけて、戻ってくる」

「それまで、踏ん張れ」
「生きていろ」

 そして、はっきりと告げた。

「俺が――
 勝ち筋を、持って帰る」
 
 正直に言えば、
 何を言っているのか、よく分からない。

 平たく言えば、
 魔族に援軍を頼む、ということなのだろう。

 平時の冷静な頭で考えれば、
 そんな馬鹿げた話があるものかと、
 一蹴されていただろう。

 だが――
 今は、平時ではない。

 抜き差しならぬ危機の中で、
 ひとりの英雄の言葉は、
 理屈を超えて、人々の心をつかんだ。

『本当に、魔王が味方になってくれるのなら……』
『それは、とても、すごいことではないか』
『よく分からないが……』
『あの勇者が言うのなら、信じてみてもいいのではないか』

 不安と希望が、入り混じる。

 だが、確かに――
 流れは、変わった。

 勇者クラウスは、
 民衆の声援に背を押されながら、
 再び、魔族領へと旅立った。

 その背に、人々は託す。

 最後の希望を。



 ――わずか、一週間後。

 それは、あまりにも早すぎる帰還だった。

 勇者が、戻ってきた。
 魔王軍を、率いて。

 眠りの森を貫く幹線道路。
 その先、王都ルクシオン郊外に――
 黒い波が現れた。

 数、三万。

 魔王軍。

 その姿を目にした瞬間、
 人々は息を呑んだ。

 もっと――
 身の毛もよだつ異形の集団を、
 想像していたからだ。

 だが、現実は違った。

 そこにいたのは、
 黒い鎧に統一された、
 規律の取れた軍隊。

 隊列は正確で、
 一糸乱れぬ行進。

 魔族の兵士たちは角を生やしてはいるが、
 その姿は、人間と大きく変わらない。
 無言のまま、静かに待機している。

 ざわめきが、戸惑いへと変わる。

 さらに、その後方。

 巨人。
 ドラゴン。
 ゴーレム。
 ベヒーモス。

 圧倒的な存在感を放つ、
 大型の魔獣たちが、
 従順に控えていた。

 恐怖と畏敬が、同時に胸を打つ。

 そして――
 その先頭。

 勇者クラウスの隣に、
 ひときわ強い“気配”を纏う存在が立っていた。

 黒衣。
 揺るぎない威圧感。
 ただ、そこに立っているだけで、
 空気が変わる。

 ――魔王。

 魔王ヴァルディス。

 本当に、勇者は魔王軍を連れて戻ってきたのだ。

 その事実が、
 ゆっくりと人々の胸に浸透していく。

(……勝てるかもしれない)

 誰かが、そう思った。

 次の瞬間、
 それは、周囲にも伝播していく。



 魔王軍は、そのまま、
 王都ルクシオンを通り過ぎていった。

 城門の内には、入らない。
 市場にも、広場にも、立ち寄らない。

 ただ、
 〈フェルディナ平原〉へと向かい、
 進路を北へ取る。

 黒き軍勢が、
 王都を背に進んでいく光景を、
 ルクシオンの人々は、
 遠巻きに、そして息を潜めて見守っていた。

 角を持つ兵士。
 重厚な鎧。
 そして、後方に控える巨大な魔獣たち。

 身構えたままの者もいた。
 祈るように手を組む者もいた。

 恐怖は、消えていない。

 だが――

 誰一人として、
 刃を向けられることはなかった。

 誰一人として、
 家を壊されることも、
 命を奪われることもなかった。

 それだけで、
 人々の胸に、
 小さな変化が生まれる。

 希望が、
 確かに芽生えていた。

 人々は、固唾をのんで見つめる。

 この黒き軍勢が、
 アウレリア王国の敵となるのか。

 それとも――
 救いとなるのか。

 答えは、まだ分からない。

 だが、
 その背が向かう先が、
 王都ではなく、
 戦場であることだけは、
 誰の目にも明らかだった。

 そして、
 その事実が、
 静かに――
 民の心を、前へと押し出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...