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最終章3
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アウレリア王国
フェルディナ平原の最大都市、
グラン=フェルディナ。
城壁の外は、
すでに黒く埋め尽くされていた。
ヴァルガリア大帝国軍、十万。
四方を完全に包囲し、
逃げ場はない。
城内に残された兵力は限られている。
補給も、時間も、味方しない。
――ここが陥ちれば。
アウレリア王国は、
遅かれ早かれ、降伏を選ぶだろう。
そう判断するのに、
迷いはなかった。
◇
帝国軍総司令部。
天幕の中で、
ひとりの男が地図を見下ろしている。
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリア。
冷静沈着。
数多の属国を屈服させてきた、
帝国随一の将軍。
(時間は、かからん)
グラン=フェルディナは、
確かに堅城だ。
だが、十万の圧力の前では、
いずれ瓦解する。
(……総仕上げといくか)
そう思った、そのとき。
「将軍。伝令です」
幕が開かれ、
若い伝令兵が駆け込んできた。
「申せ」
「アウレリア王国の援軍が、
フェルディナ平原へ接近中とのことです」
マクシミリアンは、眉一つ動かさない。
「規模は」
「……三万」
ペンが、止まった。
(あり得ん)
アウレリアに、
それほどの兵力を動かす余力はない。
南部の防衛。
王都の守備。
各地の治安。
どれを切っても、
三万という数字は、重すぎる。
他国の援軍か?
いや、それも考えづらい。
(帝国に歯向かい、
アウレリアに肩入れする国など……)
「続けよ」
将軍の声は、
なおも冷静だった。
伝令は、一瞬、言い淀み――
それでも、報告を続ける。
「偵察の情報によれば……」
「勇者が――
魔王ヴァルディスの軍勢と、
行動を共にしているとのことです」
一瞬。
天幕の空気が、
凍りついた。
マクシミリアンは、
ゆっくりと顔を上げる。
「……何だと?」
勇者。
人族最強の切り札。
その存在だけで、
一個師団に匹敵する戦力。
だが――
(勇者は、
魔王との戦いに、
釘付けになっているはずだ)
帝国の想定では、
勇者と魔王は、
互いに消耗し合う存在だった。
それが――
(共に、参戦、だと?)
思考が、一瞬、止まる。
これは、
単なる想定外ではない。
前提そのものが、
崩れている。
「……あり得ん」
そう口にしながらも、
マクシミリアンは理解していた。
――これは、
帝国が一度も想定しなかった事態だ。
勇者と魔王。
敵同士であるはずの二つが、
同じ戦場に立つ。
それは、
力の問題ではない。
秩序そのものの崩壊だ。
マクシミリアンは、
地図上のフェルディナ平原を、
静かに見つめた。
(……面白い)
初めて、
胸の奥に、
得体の知れぬ感情が芽生える。
不安か。
いや――
(これは、
帝国の覇権を賭けた戦いになる)
将軍は、
ゆっくりと命じた。
「全軍、警戒態勢に移行せよ」
「想定を改める」
◇
まず、現れたのは――
ドラゴンだった。
轟音とともに、空を裂いて飛来する影。
十体あまり。
雲を押し分ける巨体に、
帝国軍の陣がざわめく。
本物のドラゴンを、
この目で見たことのある者は少ない。
それは瞬く間に、
ざわめきから――恐怖へと変わった。
次の瞬間。
ドラゴンが、
一斉に口を開く。
灼熱の炎。
平原の一帯が、
爆ぜるように燃え上がった。
悲鳴。
混乱。
隊列が、わずかに揺らぐ。
だが――
「慌てるな!」
帝国軍将軍、
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリアの声が響く。
「弓を射て!
魔導部隊、詠唱開始!」
的確。
冷静。
将軍の号令により、
帝国軍は即座に体勢を立て直す。
無数の矢が、空を覆い、
対空魔法が次々と放たれた。
ドラゴンたちは、
それを察知すると――
深追いせず、
さっと高度を上げ、上空へ退く。
その動きは、
無謀な獣ではないことを、
はっきりと示していた。
そして――
刹那。
帝国軍の中央。
まるで、空間そのものが、
内側から引き裂かれたかのように――
大爆発が炸裂した。
《極大爆発魔法》。
帝国の魔術師の中でも、
使いこなせる者は、
数名しかいないとされる――
伝説級の魔法。
それを放ったのは。
――魔王。
光と衝撃が、
陣形のど真ん中を飲み込み、
兵士たちが、吹き飛ばされる。
叫び声。
粉塵。
一瞬で生じた、致命的な“隙”。
それが、合図だった。
黒き軍勢が、
雪崩を打って、前進する。
魔王軍。
重装の魔族兵が、
一糸乱れぬ隊列のまま、突撃する。
ゴーレムが、
地を揺らしながら前進し、
ベヒーモスが咆哮を上げる。
帝国軍は、
崩れてはいない。
だが――
主導権は、完全に奪われた。
フェルディナ平原に、
本当の戦いの幕が、
今、切って落とされた。
◇
数では、なおも帝国軍が圧倒的に有利だった。
だが――
魔族兵の並外れた膂力。
巨大魔獣の、常識を無視した破壊力。
戦線は、次第に押し返されつつあった。
それでも、帝国軍は崩れていない。
帝国軍将軍、
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリア。
彼の的確な指示により、
部隊は持ち直し、
損害を抑えながら陣形を再構築していた。
(……まだだ)
勝敗は、決していない。
◇
そのとき。
司令部――
マクシミリアンの天幕の外で、
不穏なざわめきが起きた。
敵襲か?
いや、あり得ない。
ここは、帝国軍の中枢。
何重にも張り巡らされた守備の内側だ。
帝国軍を全滅させでもしない限り、
たどり着ける場所ではない。
マクシミリアンは、
即座に外へ出た。
そして――
その場で、立ち尽くす。
そこにいたのは。
勇者クラウス。
剣を手に、
ただ一人。
その足元には、
折り重なるように倒れた、
帝国軍兵士の山。
血の匂い。
まだ、温かい。
(……そうか)
思い出す。
――勇者。
単独で魔族の領域を踏破し、
魔王のもとへたどり着く男。
正義の名を掲げる存在。
だが、その実態は――
暗殺者。
(この程度の軍勢の中を、
すり抜けてくるなど……)
造作もないことなのだろう。
背筋を、
冷たいものが走る。
(……化け物め)
マクシミリアンは、
剣を抜く。
将として、
逃げるという選択肢はない。
勇者クラウスは、
ゆっくりと視線を上げ、
マクシミリアンを見据えた。
「――大将は、お前だな?」
◇
前触れもなく、
帝国軍司令部からの指示が、途絶えた。
それは、合図だった。
統制を失った陣形は崩れ、
兵は各々に退路を求め、
やがて――
帝国軍は、総崩れとなった。
◇
気がつけば、
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリアは、
両手を縛られ、地面に伏せさせられていた。
「将軍。お目覚めかな?」
低く、落ち着いた声。
その声の主を見上げた瞬間、
理解する。
黒衣。
異様な存在感。
――魔王。
一目で、そうと分かった。
その隣には、
剣を肩に担いだ男。
勇者クラウス。
(……そうか)
マクシミリアンは悟る。
自分は勇者に生け捕られ、
魔王軍の陣地まで連れてこられたのだ。
◇
魔王ヴァルディスが、静かに口を開いた。
「将軍よ。
勝負は、ついた」
その声には、
勝者の驕りも、
敗者への侮りもなかった。
「皆殺しには、しない」
周囲が、しんと静まり返る。
「軍をまとめよ」
「そして、国へ帰るがよい」
それは、
慈悲であり、
同時に――
絶対的な宣告だった。
魔王は、
視線を落とし、
マクシミリアンを見据える。
「そして、そなたの王に伝えよ」
一拍。
「――アウレリア王国には、
魔王が付いている、と」
その一言で、
すべてを理解した。
(……負けたのだ)
戦術でも、
兵力でもない。
構図そのものに、負けた。
自分は、
生き証人として返される。
二度と、
アウレリアに手を出すな――
そう釘を刺すために。
(完敗だ)
マクシミリアンは、
ゆっくりと、首を縦に振った。
「……わかった」
「言われたとおりにしよう」
◇
拘束は解かれ、
マクシミリアンは、
護送のもと、陣地へと送り返された。
去り際。
ふと、足を止める。
「……ひとつだけ、
教えてくれまいか」
振り返らずに、問いかけた。
「なぜ、
魔王と勇者が、
手を組むなどということが……」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
くつくつと、
笑い声が重なった。
魔王ヴァルディスと、
勇者クラウスが、
顔を見合わせている。
「そうだな」
魔王が、肩をすくめる。
「ひとりの――」
勇者が、言葉を継いだ。
「少女の、悪知恵だ」
呆気に取られたまま、
マクシミリアンは、その場を後にする。
その背に、
戦争の終わりを告げる風が、
静かに吹いていた。
フェルディナ平原の最大都市、
グラン=フェルディナ。
城壁の外は、
すでに黒く埋め尽くされていた。
ヴァルガリア大帝国軍、十万。
四方を完全に包囲し、
逃げ場はない。
城内に残された兵力は限られている。
補給も、時間も、味方しない。
――ここが陥ちれば。
アウレリア王国は、
遅かれ早かれ、降伏を選ぶだろう。
そう判断するのに、
迷いはなかった。
◇
帝国軍総司令部。
天幕の中で、
ひとりの男が地図を見下ろしている。
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリア。
冷静沈着。
数多の属国を屈服させてきた、
帝国随一の将軍。
(時間は、かからん)
グラン=フェルディナは、
確かに堅城だ。
だが、十万の圧力の前では、
いずれ瓦解する。
(……総仕上げといくか)
そう思った、そのとき。
「将軍。伝令です」
幕が開かれ、
若い伝令兵が駆け込んできた。
「申せ」
「アウレリア王国の援軍が、
フェルディナ平原へ接近中とのことです」
マクシミリアンは、眉一つ動かさない。
「規模は」
「……三万」
ペンが、止まった。
(あり得ん)
アウレリアに、
それほどの兵力を動かす余力はない。
南部の防衛。
王都の守備。
各地の治安。
どれを切っても、
三万という数字は、重すぎる。
他国の援軍か?
いや、それも考えづらい。
(帝国に歯向かい、
アウレリアに肩入れする国など……)
「続けよ」
将軍の声は、
なおも冷静だった。
伝令は、一瞬、言い淀み――
それでも、報告を続ける。
「偵察の情報によれば……」
「勇者が――
魔王ヴァルディスの軍勢と、
行動を共にしているとのことです」
一瞬。
天幕の空気が、
凍りついた。
マクシミリアンは、
ゆっくりと顔を上げる。
「……何だと?」
勇者。
人族最強の切り札。
その存在だけで、
一個師団に匹敵する戦力。
だが――
(勇者は、
魔王との戦いに、
釘付けになっているはずだ)
帝国の想定では、
勇者と魔王は、
互いに消耗し合う存在だった。
それが――
(共に、参戦、だと?)
思考が、一瞬、止まる。
これは、
単なる想定外ではない。
前提そのものが、
崩れている。
「……あり得ん」
そう口にしながらも、
マクシミリアンは理解していた。
――これは、
帝国が一度も想定しなかった事態だ。
勇者と魔王。
敵同士であるはずの二つが、
同じ戦場に立つ。
それは、
力の問題ではない。
秩序そのものの崩壊だ。
マクシミリアンは、
地図上のフェルディナ平原を、
静かに見つめた。
(……面白い)
初めて、
胸の奥に、
得体の知れぬ感情が芽生える。
不安か。
いや――
(これは、
帝国の覇権を賭けた戦いになる)
将軍は、
ゆっくりと命じた。
「全軍、警戒態勢に移行せよ」
「想定を改める」
◇
まず、現れたのは――
ドラゴンだった。
轟音とともに、空を裂いて飛来する影。
十体あまり。
雲を押し分ける巨体に、
帝国軍の陣がざわめく。
本物のドラゴンを、
この目で見たことのある者は少ない。
それは瞬く間に、
ざわめきから――恐怖へと変わった。
次の瞬間。
ドラゴンが、
一斉に口を開く。
灼熱の炎。
平原の一帯が、
爆ぜるように燃え上がった。
悲鳴。
混乱。
隊列が、わずかに揺らぐ。
だが――
「慌てるな!」
帝国軍将軍、
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリアの声が響く。
「弓を射て!
魔導部隊、詠唱開始!」
的確。
冷静。
将軍の号令により、
帝国軍は即座に体勢を立て直す。
無数の矢が、空を覆い、
対空魔法が次々と放たれた。
ドラゴンたちは、
それを察知すると――
深追いせず、
さっと高度を上げ、上空へ退く。
その動きは、
無謀な獣ではないことを、
はっきりと示していた。
そして――
刹那。
帝国軍の中央。
まるで、空間そのものが、
内側から引き裂かれたかのように――
大爆発が炸裂した。
《極大爆発魔法》。
帝国の魔術師の中でも、
使いこなせる者は、
数名しかいないとされる――
伝説級の魔法。
それを放ったのは。
――魔王。
光と衝撃が、
陣形のど真ん中を飲み込み、
兵士たちが、吹き飛ばされる。
叫び声。
粉塵。
一瞬で生じた、致命的な“隙”。
それが、合図だった。
黒き軍勢が、
雪崩を打って、前進する。
魔王軍。
重装の魔族兵が、
一糸乱れぬ隊列のまま、突撃する。
ゴーレムが、
地を揺らしながら前進し、
ベヒーモスが咆哮を上げる。
帝国軍は、
崩れてはいない。
だが――
主導権は、完全に奪われた。
フェルディナ平原に、
本当の戦いの幕が、
今、切って落とされた。
◇
数では、なおも帝国軍が圧倒的に有利だった。
だが――
魔族兵の並外れた膂力。
巨大魔獣の、常識を無視した破壊力。
戦線は、次第に押し返されつつあった。
それでも、帝国軍は崩れていない。
帝国軍将軍、
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリア。
彼の的確な指示により、
部隊は持ち直し、
損害を抑えながら陣形を再構築していた。
(……まだだ)
勝敗は、決していない。
◇
そのとき。
司令部――
マクシミリアンの天幕の外で、
不穏なざわめきが起きた。
敵襲か?
いや、あり得ない。
ここは、帝国軍の中枢。
何重にも張り巡らされた守備の内側だ。
帝国軍を全滅させでもしない限り、
たどり着ける場所ではない。
マクシミリアンは、
即座に外へ出た。
そして――
その場で、立ち尽くす。
そこにいたのは。
勇者クラウス。
剣を手に、
ただ一人。
その足元には、
折り重なるように倒れた、
帝国軍兵士の山。
血の匂い。
まだ、温かい。
(……そうか)
思い出す。
――勇者。
単独で魔族の領域を踏破し、
魔王のもとへたどり着く男。
正義の名を掲げる存在。
だが、その実態は――
暗殺者。
(この程度の軍勢の中を、
すり抜けてくるなど……)
造作もないことなのだろう。
背筋を、
冷たいものが走る。
(……化け物め)
マクシミリアンは、
剣を抜く。
将として、
逃げるという選択肢はない。
勇者クラウスは、
ゆっくりと視線を上げ、
マクシミリアンを見据えた。
「――大将は、お前だな?」
◇
前触れもなく、
帝国軍司令部からの指示が、途絶えた。
それは、合図だった。
統制を失った陣形は崩れ、
兵は各々に退路を求め、
やがて――
帝国軍は、総崩れとなった。
◇
気がつけば、
マクシミリアン・フォン=ヴァルガリアは、
両手を縛られ、地面に伏せさせられていた。
「将軍。お目覚めかな?」
低く、落ち着いた声。
その声の主を見上げた瞬間、
理解する。
黒衣。
異様な存在感。
――魔王。
一目で、そうと分かった。
その隣には、
剣を肩に担いだ男。
勇者クラウス。
(……そうか)
マクシミリアンは悟る。
自分は勇者に生け捕られ、
魔王軍の陣地まで連れてこられたのだ。
◇
魔王ヴァルディスが、静かに口を開いた。
「将軍よ。
勝負は、ついた」
その声には、
勝者の驕りも、
敗者への侮りもなかった。
「皆殺しには、しない」
周囲が、しんと静まり返る。
「軍をまとめよ」
「そして、国へ帰るがよい」
それは、
慈悲であり、
同時に――
絶対的な宣告だった。
魔王は、
視線を落とし、
マクシミリアンを見据える。
「そして、そなたの王に伝えよ」
一拍。
「――アウレリア王国には、
魔王が付いている、と」
その一言で、
すべてを理解した。
(……負けたのだ)
戦術でも、
兵力でもない。
構図そのものに、負けた。
自分は、
生き証人として返される。
二度と、
アウレリアに手を出すな――
そう釘を刺すために。
(完敗だ)
マクシミリアンは、
ゆっくりと、首を縦に振った。
「……わかった」
「言われたとおりにしよう」
◇
拘束は解かれ、
マクシミリアンは、
護送のもと、陣地へと送り返された。
去り際。
ふと、足を止める。
「……ひとつだけ、
教えてくれまいか」
振り返らずに、問いかけた。
「なぜ、
魔王と勇者が、
手を組むなどということが……」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
くつくつと、
笑い声が重なった。
魔王ヴァルディスと、
勇者クラウスが、
顔を見合わせている。
「そうだな」
魔王が、肩をすくめる。
「ひとりの――」
勇者が、言葉を継いだ。
「少女の、悪知恵だ」
呆気に取られたまま、
マクシミリアンは、その場を後にする。
その背に、
戦争の終わりを告げる風が、
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