悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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最終章3

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 アウレリア王国
 フェルディナ平原の最大都市、
 グラン=フェルディナ。

 城壁の外は、
 すでに黒く埋め尽くされていた。

 ヴァルガリア大帝国軍、十万。
 四方を完全に包囲し、
 逃げ場はない。

 城内に残された兵力は限られている。
 補給も、時間も、味方しない。

 ――ここが陥ちれば。

 アウレリア王国は、
 遅かれ早かれ、降伏を選ぶだろう。

 そう判断するのに、
 迷いはなかった。



 帝国軍総司令部。
 天幕の中で、
 ひとりの男が地図を見下ろしている。

 マクシミリアン・フォン=ヴァルガリア。

 冷静沈着。
 数多の属国を屈服させてきた、
 帝国随一の将軍。

(時間は、かからん)

 グラン=フェルディナは、
 確かに堅城だ。
 だが、十万の圧力の前では、
 いずれ瓦解する。

(……総仕上げといくか)

 そう思った、そのとき。

「将軍。伝令です」

 幕が開かれ、
 若い伝令兵が駆け込んできた。

「申せ」

「アウレリア王国の援軍が、
 フェルディナ平原へ接近中とのことです」

 マクシミリアンは、眉一つ動かさない。

「規模は」

「……三万」

 ペンが、止まった。

(あり得ん)

 アウレリアに、
 それほどの兵力を動かす余力はない。

 南部の防衛。
 王都の守備。
 各地の治安。

 どれを切っても、
 三万という数字は、重すぎる。

 他国の援軍か?
 いや、それも考えづらい。

(帝国に歯向かい、
 アウレリアに肩入れする国など……)

「続けよ」

 将軍の声は、
 なおも冷静だった。

 伝令は、一瞬、言い淀み――
 それでも、報告を続ける。

「偵察の情報によれば……」

「勇者が――
 魔王ヴァルディスの軍勢と、
 行動を共にしているとのことです」

 一瞬。

 天幕の空気が、
 凍りついた。

 マクシミリアンは、
 ゆっくりと顔を上げる。

「……何だと?」

 勇者。

 人族最強の切り札。
 その存在だけで、
 一個師団に匹敵する戦力。

 だが――

(勇者は、
 魔王との戦いに、
 釘付けになっているはずだ)

 帝国の想定では、
 勇者と魔王は、
 互いに消耗し合う存在だった。

 それが――

(共に、参戦、だと?)

 思考が、一瞬、止まる。

 これは、
 単なる想定外ではない。

 前提そのものが、
 崩れている。

「……あり得ん」

 そう口にしながらも、
 マクシミリアンは理解していた。

 ――これは、
 帝国が一度も想定しなかった事態だ。

 勇者と魔王。
 敵同士であるはずの二つが、
 同じ戦場に立つ。

 それは、
 力の問題ではない。

 秩序そのものの崩壊だ。

 マクシミリアンは、
 地図上のフェルディナ平原を、
 静かに見つめた。

(……面白い)

 初めて、
 胸の奥に、
 得体の知れぬ感情が芽生える。

 不安か。
 いや――

(これは、
 帝国の覇権を賭けた戦いになる)

 将軍は、
 ゆっくりと命じた。

「全軍、警戒態勢に移行せよ」

「想定を改める」



 まず、現れたのは――
 ドラゴンだった。

 轟音とともに、空を裂いて飛来する影。
 十体あまり。

 雲を押し分ける巨体に、
 帝国軍の陣がざわめく。

 本物のドラゴンを、
 この目で見たことのある者は少ない。

 それは瞬く間に、
 ざわめきから――恐怖へと変わった。

 次の瞬間。

 ドラゴンが、
 一斉に口を開く。

 灼熱の炎。

 平原の一帯が、
 爆ぜるように燃え上がった。

 悲鳴。
 混乱。
 隊列が、わずかに揺らぐ。

 だが――

「慌てるな!」

 帝国軍将軍、
 マクシミリアン・フォン=ヴァルガリアの声が響く。

「弓を射て!
 魔導部隊、詠唱開始!」

 的確。
 冷静。

 将軍の号令により、
 帝国軍は即座に体勢を立て直す。

 無数の矢が、空を覆い、
 対空魔法が次々と放たれた。

 ドラゴンたちは、
 それを察知すると――
 深追いせず、
 さっと高度を上げ、上空へ退く。

 その動きは、
 無謀な獣ではないことを、
 はっきりと示していた。

 そして――

 刹那。

 帝国軍の中央。

 まるで、空間そのものが、
 内側から引き裂かれたかのように――
 大爆発が炸裂した。

 《極大爆発魔法》。

 帝国の魔術師の中でも、
 使いこなせる者は、
 数名しかいないとされる――
 伝説級の魔法。

 それを放ったのは。

 ――魔王。

 光と衝撃が、
 陣形のど真ん中を飲み込み、
 兵士たちが、吹き飛ばされる。

 叫び声。
 粉塵。
 一瞬で生じた、致命的な“隙”。

 それが、合図だった。

 黒き軍勢が、
 雪崩を打って、前進する。

 魔王軍。

 重装の魔族兵が、
 一糸乱れぬ隊列のまま、突撃する。

 ゴーレムが、
 地を揺らしながら前進し、
 ベヒーモスが咆哮を上げる。

 帝国軍は、
 崩れてはいない。

 だが――
 主導権は、完全に奪われた。

 フェルディナ平原に、
 本当の戦いの幕が、
 今、切って落とされた。
 


 数では、なおも帝国軍が圧倒的に有利だった。

 だが――
 魔族兵の並外れた膂力。
 巨大魔獣の、常識を無視した破壊力。

 戦線は、次第に押し返されつつあった。

 それでも、帝国軍は崩れていない。

 帝国軍将軍、
 マクシミリアン・フォン=ヴァルガリア。

 彼の的確な指示により、
 部隊は持ち直し、
 損害を抑えながら陣形を再構築していた。

(……まだだ)

 勝敗は、決していない。



 そのとき。

 司令部――
 マクシミリアンの天幕の外で、
 不穏なざわめきが起きた。

 敵襲か?

 いや、あり得ない。

 ここは、帝国軍の中枢。
 何重にも張り巡らされた守備の内側だ。

 帝国軍を全滅させでもしない限り、
 たどり着ける場所ではない。

 マクシミリアンは、
 即座に外へ出た。

 そして――
 その場で、立ち尽くす。

 そこにいたのは。

 勇者クラウス。

 剣を手に、
 ただ一人。

 その足元には、
 折り重なるように倒れた、
 帝国軍兵士の山。

 血の匂い。
 まだ、温かい。

(……そうか)

 思い出す。

 ――勇者。

 単独で魔族の領域を踏破し、
 魔王のもとへたどり着く男。

 正義の名を掲げる存在。
 だが、その実態は――
 暗殺者。

(この程度の軍勢の中を、
 すり抜けてくるなど……)

 造作もないことなのだろう。

 背筋を、
 冷たいものが走る。

(……化け物め)

 マクシミリアンは、
 剣を抜く。

 将として、
 逃げるという選択肢はない。

 勇者クラウスは、
 ゆっくりと視線を上げ、
 マクシミリアンを見据えた。

「――大将は、お前だな?」



 前触れもなく、
 帝国軍司令部からの指示が、途絶えた。

 それは、合図だった。

 統制を失った陣形は崩れ、
 兵は各々に退路を求め、
 やがて――
 帝国軍は、総崩れとなった。



 気がつけば、
 マクシミリアン・フォン=ヴァルガリアは、
 両手を縛られ、地面に伏せさせられていた。

「将軍。お目覚めかな?」

 低く、落ち着いた声。

 その声の主を見上げた瞬間、
 理解する。

 黒衣。
 異様な存在感。

 ――魔王。

 一目で、そうと分かった。

 その隣には、
 剣を肩に担いだ男。

 勇者クラウス。

(……そうか)

 マクシミリアンは悟る。

 自分は勇者に生け捕られ、
 魔王軍の陣地まで連れてこられたのだ。



 魔王ヴァルディスが、静かに口を開いた。

「将軍よ。
 勝負は、ついた」

 その声には、
 勝者の驕りも、
 敗者への侮りもなかった。

「皆殺しには、しない」

 周囲が、しんと静まり返る。

「軍をまとめよ」
「そして、国へ帰るがよい」

 それは、
 慈悲であり、
 同時に――
 絶対的な宣告だった。

 魔王は、
 視線を落とし、
 マクシミリアンを見据える。

「そして、そなたの王に伝えよ」

 一拍。

「――アウレリア王国には、
 魔王が付いている、と」

 その一言で、
 すべてを理解した。

(……負けたのだ)

 戦術でも、
 兵力でもない。

 構図そのものに、負けた。

 自分は、
 生き証人として返される。

 二度と、
 アウレリアに手を出すな――
 そう釘を刺すために。

(完敗だ)

 マクシミリアンは、
 ゆっくりと、首を縦に振った。

「……わかった」
「言われたとおりにしよう」



 拘束は解かれ、
 マクシミリアンは、
 護送のもと、陣地へと送り返された。

 去り際。
 ふと、足を止める。

「……ひとつだけ、
 教えてくれまいか」

 振り返らずに、問いかけた。

「なぜ、
 魔王と勇者が、
 手を組むなどということが……」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間――
 くつくつと、
 笑い声が重なった。

 魔王ヴァルディスと、
 勇者クラウスが、
 顔を見合わせている。

「そうだな」

 魔王が、肩をすくめる。

「ひとりの――」

 勇者が、言葉を継いだ。

「少女の、悪知恵だ」

 呆気に取られたまま、
 マクシミリアンは、その場を後にする。

 その背に、
 戦争の終わりを告げる風が、
 静かに吹いていた。
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