干物な主と頑張ってる従者

カリノア

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籠城

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 アリシオは、礼儀上4回ドアをノックした。ノックの回数なんて正直クソどうでもいいが、やはりここは線引をきちんとすべきだろう。 

 
「主様、起きてください。朝ですよー」 

 からからとモーニングティーの用意が載っているワゴンを引いて、アリシオは主人の寝室に入った。 

 天蓋の降りた豪勢な寝台の中心は、こんもりと盛り上がっている。部屋の主人はまだ夢の中のようだった。 

「カーテン開けますね」 

 アリシオは天蓋の中身を一瞥して、一応断ってから容赦なくカーテンを開け放った。 

「いやー、今日もいい天気ですねぇ。雲の上だから当然ですけどねっ!」 

 冗談である。流石にそんなに高さはない。単に地上近い所に霧が溜まって、雲の上にいるかのような錯覚を覚えるだけだ。 

「………」 

「おお、神殿騎士の皆さんは今日も今日とて張り切ってますね。あ、1人転げ落ちた。怪我してないといいですね」 

 一本の綱を頼りに、この断崖絶壁を登破しようとするその気概は、褒められたものだろう。 

 それが馬鹿の一つ覚えだったとしても、それが無益な努力だったしてもである。 

「…………」 

 アリシオの実況は続く。 

「ここの壁、一人落ちるとその下にいる皆さんも落ちてしまうのが難儀ですよね。よく出来てます」 

 罠として。 

 アリシオはうっそりと口角を上げた。 

 彼らは本当に、この一本の綱しか道がないと思っているのだろうか。そうだとしたらとんだお笑い草である。 

 神殿騎士たちは、この裏に頂上まで続く昇降機があることを知らない。 

 ものぐさを極める我が主様が、まさか綱一本を頼って――いくら逃亡を図っているからと言って、崖を登ろうなんて考えるはずもないのである。 

 彼らは『エディリウス・アンガーファーソン』という人間を知らなすぎる。そこが彼らの敗因だ。 

 素直にアリシオを雇用し続けられるよう取り計らえばよかったのに、神殿はそうしなかった。 

 ザマァ見ろとはこのことだ。  

 断崖の上には目的の人物がいる。切り立つ壁にあるのは、わずかな窪みと、一本の綱のみ。 

 そんな状況に遭遇したなら、自分はどうするだろうか。ふと、そんな事が頭をよぎった。 

(さっさと諦める、の一択) 

 アリシオは真顔で頷いた。 

 そんな面倒臭いことこの上ないことを、何故自分がしなければならないのか。 

 さっさと見切りをつけて別のことをしたほうがよっぽど有意義だというものだ。 

 アリシオは「神殿騎士の皆さん、ご苦労さまです」と心の中で一応労っておく。後で恨まれたら面倒だから。 

「空気入れ替えましょうか。ちょっと下のほうが煩いかも知れないですが」 

 往生際悪くも、まだ布団の中に立てこもっている主に、アリシオはニッコリと笑いかけた。 
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