騎士ヴィアンの訳アリ事情

カリノア

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3:時期団長の受難

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 ガタゴトと揺れる馬車が、王都の隣に位置するアラレルール侯爵の領地へ入った。
 私――ヴィアンは、既に五日間ほど乗り続けている椅子の硬い馬車にうんざりしてきたところだ。馬車の中は私の荷物でいっぱいで、足を伸ばす幅も無い。
何日もじっと馬車の揺れに耐えてきたせいか、体のあちこちが固まっていた。時折り休憩のために馬車から降りると、よろよろまともに立てないほどだった。
 私は、ぐ~っと伸びをする。バキボキ可愛らしくない音が鳴った。首を回すついでに一刻ほど前に入った森をしげしげ見渡す。目に映るもの一面、緑と茶色と黒の集合体だ。はっきり言って不気味である。
 アラレルール侯爵領は、王都を守護せんばかりに巨大な木々に覆われ、天然の要塞と化した領地だった。その分人口が少なく、アラレルール侯爵領に住む人々は、腐るほど生息する人間の数より多い木々を伐採して売る林業を生業としていた。
 巨大樹の森は視界が悪く、昼間でも木々の葉に覆われていてうす暗い。この森を住みかとする動物も当たり前だがいて、その中には凶暴なものがいる事も当たり前だった。―――そう、当然の自然の理なのだ。
「うわあぁああぁああぁあっ!!」
 私が乗ってきた馬車の御者が、突然叫んだ。馬車を引いていた馬も、いななきを立てて暴れだす。
 何事かと、私は御者の方を見やる。
 黒い巨体に、ギラギラ黒光りする獰猛な瞳。首元にちらつく上弦の月。人の脚ほどもありそうな両腕を飾るのは、五本の野太い爪だった。

 ―――――――熊だ。

「ひえええぇえぇえっっ!!!」
 御者は錯乱し、何が何だか腕を無茶苦茶に振り回す。腰が抜けたのか、ずるずると後退していた。
 んんん? 御者さん。あなたは馬を何とかしなくていいんですか?
 背後で暴れた馬のせいで、馬車が馬ごと転倒した。普通にかなり痛い。
「落ち着いてっ!!」
 それでも私は、暴れる御者を引きずって倒れた馬車の裏手に隠した。熊の目に映らない角度だったが、嗅覚の長けたこの獰猛な動物には関係ないだろう。
 御者は、ひぃひぃ喘ぎ、頭を抱えてうづくまってしまった。
「そこにいて下さいね」
 私は、ガタガタと痙攣けいれんにも思える震え方をする御者の額に、つんと人差し指で触れた。たちまち、先までの悲鳴が嘘のように御者は静かになる。御者の焦点は既にあったいない。
 私は、静かになった御者を一瞥し、今度はくるりと馬に向き直った。
 暴れ狂う馬は自我を失っていて、騎士団に所属している気高き馬の欠片も見当たらない姿となっていた。私は、憐れみをたたえる目で馬を見る。私の愛馬である黒馬『ヴライアン』号なら、こんな風にはならなっかったろうに。 
 あの子は、ずば抜けて優秀だから。
「可哀想に。ごめんなさいね、少し、眠っていてください」
 私は、御者にしたようにつんと馬に触れた。馬は崩れ落ちる。かすかに泡を吹いて、馬は静かになった。
 しん…………と、辺りは静かになった。否、熊の唸り声だけが耳につく。
「こんにちは。森の主殿」
 私は、貴人に対する礼を黒い獣にして見せた。胸に手を当て、優雅に一礼する。最大の敬意を込めて。その際、後ろで長い三つ編みが舞う感触がした。
 元々の獲物を見失った熊は、私に牙を向ける。当然だ、私だって腹が空いてる時に美味しそうな肉が目の前に現れたら、迷わず食らうだろう。
 私は、熊ににっこり笑った。主導権を持つのは、あくまで私だと見せつける。
 熊は、牙のそろった真っ赤な口を開き、私に襲いかかる。地響きがしそうな走りっぷりだった。
「そんなに慌てなくとも、獲物わたしは逃げませんよ」
 荒れ狂った森の神さながらに突進してくる熊を見やって、私は呟いた。
 口を歪め、笑う。蒼い瞳が、危険な光をともすことに気が付いてはいたが、抑えようとは思わなかった。
 ―――久々だったのだ。ここまでの緊張感は。
 わざわざ独りになれるように<力>まで使った。楽しまなきゃ損というものである。
 私は、自分でも凶悪面だと分かる表情をたたえて、熊に対峙する。
フェ・デスンケイスさぁ、いつでもどうぞ
 私は、知らず知らずにうちに、古代ロンネーナ語で、そう言っていた。
 熊が私に肉迫する。その瞬間、私は、腰に下げた鞘から愛用の剣を抜き放った。
 剣は、空を切り裂き、クマの大きく開いた口に、深々と突き刺さる。
 熊の絶叫が、辺りにほとばしった。木々に跳ね返り、こだまする。やがて、熊は動かなくなった。ようやく、私は熊から剣を引き抜いた。
 剣は赤く濡れ、てらてらと夕暮れを反射させた。私は剣を一振りし、着いた血液を払う。辺りに、血痕(あか)が飛散する。
ショニールイ・カータールさようなら
 キンッ、冷たい金属音が静寂な森に響き渡った。
「森の王者と名高い大熊も、あっけないものですね」
 少々の物足りなさを残しつつも、私は剣を鞘に納めた。
 ―――まぁ、今日の夕食は手に入ったか。別に食べるわけでも無いが。と、熊料理の内容を考えたところで、御者と馬を眠らせたままな事を思い出した。
「ああ、そうでした」
 私は仕留めた熊をかたずけてから、眠らせた時と同じように、つんと人差し指で触れる。馬と御者はピクリと反応し、やがて寝ぼけた顔で動き出した。
「はれ? どうして眠っていたんだか……」
「大事無いですか?」
「ああっ! 申し訳ありませんっ!! 眠りこけてしまうなんて。お急ぎでしたのに」
「いえいえ、私も一興出来て良かったですよ? でも、ちょっと遅れてしまいましたね。先を急ぎましょうか」
 ふふ、と私は何でも無いように笑う。実際、御者には何の咎もないのだ。私の退屈凌ぎ、鬱憤晴らしだったのだから。御者は不思議そうな眼をしたが、何も言わず馬をなだめに行った。
 また、ガタガタと馬車は揺れながら悪路を進む。
 アラレルールの土地は、今日も平和だった。
 
 ロンネーナ王国には、総じて五つの騎士団がある。
北を守護せし『白雪ノ騎士団はくせつのきしだん
南を守護せし『紅陽ノ騎士団こうようのきしだん
西を守護せし『黄砂ノ騎士団おうさのきしだん
東を守護せし『緑牙ノ騎士団りょくがのきしだん
―――そして。
王都を守護せし『葵ノ騎士団あおいのきしだん
 この五つの騎士団は、ロンネーナ建国当時から存在し、国を守り時には他国へ攻めいてきた。
 『白雪』は、北を守るだけあって寒さに強い者が揃っている。生真面目な風潮で有名で、お堅い人物が多い。コミュニケーションが苦手な人間のたまり場などと揶揄されるときもある。
 『紅陽』は、熱い者が多い、熱血集団だ。何事にも全力、何もしないで負けるのは人生の恥。負けるのなら全力で戦った後にしろ。そんな感じだ。ぶっちゃけ、他の騎士団から引かれている。
 『黄砂』は、ひょうひょうとしていて掴み所が無く、かなりいい加減な風潮をしている。団員たちがそろいもそろって女好きであることも悪評の一つだ。騎士団というより、傭兵団といった方がしっりくる集団である。
 『緑牙』は、規格外者が多い分、事なかれ主義者も多い。争いが嫌いで、平和に越した事は無い、というのがこの騎士団の言い分だった。また、『白雪』にも言える事だが、田舎者がかなりの数いて、自然が大好きである。
 『葵』は、王都を守るだけあって、身分が高く綺麗な顔をした美男子が多く在籍している。国賓などが来た時には、国の顔となる騎士団だからだ。それだけではない。『葵』は、近衛騎士団としての顔も持ってる。王族を守り、国の中枢を守る。騎士団の中でも(いろいろな意味で)トップクラスの実力者だけが在籍できる、いわばエリートコースである。
 ちなみに、女性の騎士はいない。女性は守られるものであって、守る側ではないのだ。
「―――か。下らない。面倒くさい。帰りたい」
 騎士団のイロハが書かれた羊皮紙を、私は馬車の床にぴしゃりと投げつけた。
 私――ヴィアンは、馬車に揺られて腰が痛くなってきたのも相まって、そうとうに口が悪くなっていた。御者席から、御者が不安そうにこちらを盗み見た。
(ええ、ええ、解ってますよ、自分でも。でも、腹立たしさがこみあげてくる
 んですよね。今更ながらっ!! )
 憤然と、私は腕を組んだ。肩パットが動きずらい。もうすぐ王都につくからって、礼服に着替えたが、動きずらい事この上ない。礼服は最高の拘束具だな。要人暗殺が簡単そうに思えてくる。
 ――――と、いうかっ!! 何で、王都到着と・う・じ・つ・に、就任式なんだ~~~~っ!!! 誰れだよ、こんな無茶苦茶な日程組んだのぉおぉおおっ!
 ああぁ、考えれば考えるほど負の感情が湧いてくる。これ以上御者に怖がられないように怒りを鎮めなくては。
  気高く誉れ高き騎士。それは名誉ある職で、王から賜る神聖なものだった・・・。―――あくまで過去形だ。
 今ではそんな風潮もどこへやら、騎士とはただの職業の名前と化している。
 貴族の家柄に生まれた男児は、一般的に十五歳から騎士団に入る事が義務付けられている。爵位をもらう前に叩き直そうというわけである。何を、とは言わないが。
 それから、まじめにやっていれば三年ほどで叙任される。叙任されれば、生家の領地に戻り親の元で政治について学ぶか、そのまま騎士団に残りそこで出世を狙うかである。親が王宮内で高官であれば、親の補助をしながら国政について学ぶ者もいる。
 貴族の次男三男は、二択目が多い。嫡男でなければ、親の財産を相続できないからだ。自力で生活していくしかない。
 ―――しかし、極稀に次男以降の男児が、爵位諸々を相続する場合がある。
 これは長男の母親が身分の低い女性だったとかは一般的だが、そうでない場合も確かに存在する。
 次男以降が、魔術師だった場合だ。
 このロンネーナ王国では、魔術師の地位が他国に比べ、極めて高い。
 それは『闇夜の時代』当時の事情が関係するのだが、長くなるので省こう。知らなくともそんなに支障は無い。
 ロンネーナには、通称ロゥガリヤと呼ばれる三人の魔術師が存在する。ロゥガリヤは、宰相に準じる地位と権力を持っており、ロンネーナの国教ユーストリア教会の教皇の補佐をしている。 そして、この三人は、私の養い親である。
 私はロゥガリヤに育てられた魔術師だ。
 ロゥガリヤは、三人それぞれ魔元素三属性である『癒』・『水』・『焔』を司っていた。
 『癒』を司る『黄星ノ魔術師おうせいのまじゅつし』キース=カイン。
 キースは根っからの武人肌で、『癒』の属性を持つ者にありがちな医者然とした雰囲気は全くない(私の剣術の師である)。硬質な金茶色の髪。猛禽類か虎を思わせる、『癒』の者特有の琥珀色の瞳。バランスの取れた逞しい長身の体躯。不敵な笑みの美丈夫である。むしろ、何故この人が『焔』の属性でないのか、彼を知る者は皆首をかしげるのだった。
 『水』を司る『蒼星ノ魔術師そうせいのまじゅつし』アレク・ソロディア。
 アレクは、いかにも学者(というか、実際そう)、といった風貌をしている。少し長めの栗色の柔らかな髪。片眼鏡を掛けた、冴え冴えとした『水』の者特有の蒼い瞳。細い、男にしては貧相な体格。はっきり言うと、優男な美男子である。くたびれた白衣を常にまとっていることから、キースそっちのけで、彼の方が医者だと思われることの方が多かった。
 『焔』を司る『紅星ノ魔術師こうせいのまじゅつし』カリメア・アリストス。
 カリメアは、はっきりさっぱりとした貴婦人である。燃えるような深い赤髪に、『焔』を持つ者特有の紅色の瞳を持つ。体は小柄で、顔は童顔。ぶっちゃけ、貴婦人というよりご令嬢、といった方がしっくる来る。本人に言うと怒られるのだが。その見た目に反して、かなり大胆なところがあり、豪快な焔魔法を得意としていた。
 ロゥガリヤは、自身に取り込んだ魔力が強大なために、少々弊害へいがいを持っていたりする。 キースは、足が悪い。武人の癖に足が悪くていいのかとかいう問題は、今の所どうでもいい。アレクは、耳が聞こえない。難聴とかそういうレベルではなく、本当に全く聞こえない(本人は静かでいいとか思っていたりする)。カリメアは、極度の不眠症だ。夜は一睡もできず、やがて精神異常を起こす。小柄で童顔なのもこれが原因だろうといわれている。
 だから、魔力を変換し大気中に自然放出できる術式が埋め込まれた、属性ごとの色をした水晶の耳飾りをお揃いで左耳に付けている。ロゥガリヤの象徴みたいなものだ。
 この耳飾りを身に着けていると、一時的にだが弊害が収まる。キースは走れるようになるし、アレクはわざわざ筆談なんぞしなくとも、普通に声で会話できる。カリメアは夜に安眠できるようになるのだ。
 ついでに言うと、私も似たような物を身に着けている。
 そもそも、私は孤児だったのだそうだ。親の顔なんて知らないし、別に知りたいなんて思っていない。私は、親は誰かと問われたら、ロゥガリヤの御三方だと答える。私の親はロゥガリヤだった。
 私がロゥガイアに引き取られた経緯を説明すると、こうである。
 私は、魔王を打ち滅ぼした勇者カインキストを祭るサイナァール神殿遺跡に赤子の時、捨てられていたそうだ。
 サイナァール神殿遺跡は、勇者を神の生き写しとする――カインキストを神格化する――ユーストリア教会の管理する神殿で、ユーストリア教会教皇の管理下であった。この時、たまたま・・・・教皇の命令でサイナァール神殿遺跡を視察に来ていたロゥガイアは、偶然にも神殿遺跡に捨てられていた赤子の私を発見する。赤子の時から、ロゥガリヤでも目を見開くような莫大な魔力を保持していた私は、大慌てになったロゥガリヤに保護された。
 本来、ロゥガイア並みに魔力を保持する者は、大人でも極一握りである。はっきり言って、それだけ魔力を体内にため込むことができる者は、異端者だ。簡単に言って、化け物である。勿論のこと、弊害の事もある。いくら大いなる力を手に入れられようと、その力を望む者は意外と少ない。日常生活では、そんなに役に立つものでもないのだ。
 それが、ほんの赤ん坊が、ロゥガリヤ程の―――いや、それ以上の魔力を体内に宿していたとは、そりゃびっくりするだろう。大慌てになるのも無理はない。何かの拍子に魔力が暴走でもすれば、周りだけでなく赤子の命までも危ないのだ。
 そんな危険な存在だった赤子の私を保護したロゥガリヤは、早々に私に強力な(最早、封印レベルの)封魔具を取り付けた。それが、今も私が身に着けている『運命の導き手グズナイサ・ローネ』と呼ばれる封魔具である。
 『グズナイサ・ローネ』は、他のどんな封魔具よりも強力な封魔具だ。決定的な違いがあった。
―――石だ。
 封魔具には、魔力を封印する要となる石が必ず埋め込まれている。ロゥガリヤの物だったら水晶。私の場合だったらグリーンダイヤモンドである。グリーンダイヤモンドは、古来よりエメラルドと同様に忌み嫌われる宝石だった。
 グリーンダイヤモンドとエメラルドは共に緑色の宝石。宝石は良く瞳の代名詞にされている。
 緑色の瞳。それは、古来よりロンネーナの人々に恐怖と憎悪と嫌悪を植え付けていた。
 すなわち、魔族の瞳の色なのである。人間にも緑の瞳の者は普通にいる。私だって左目は緑色だ。
 緑の瞳の者は、魔族顔負けの魔力を体内に保有できる。よって、国によっては王族直々に保護するところもあるほどだ。ロンネーナでも、その事は広く知られている。だが、そんな生易しいものではない。この国には、他国とは決定的に違う歴史があった。
 ロンネーナ王国は、世界で一番、魔族および魔族が支配する通称魔族領ヴィアクルトルフの恐ろしさを知っている国だった。そして、世界で一番、魔族を忌み嫌う国だった。
それもそのはず、ロンネーナ王国は、世界で唯一魔族と直接戦った国だったからだ。そして、唯一勝った国でもある。
 だからこそ、ロンネーナ王国の世界的地位は高いのだ。
 そんな歴史があるからこそ、ロンネーナでの緑の瞳の者への迫害は厳しい。
 魔族の瞳には、それと分かるモノがあった。
 言葉では言い表せないが、なんだか直感で分かるらしい。
―――曰く、怪しい光が宿っている、だの。曰く、目を合わせるだけで魂が吸い取られる、だの。曰く、一睨みするだけで人間を服従させる力がある、だの。
もはや関心するほど陳腐な話ばかりなのである。そんな力を魔族が持っていたのなら、とっくにロンネーナだけでは飽き足らず、世界が魔族に統治下になっている事だろう。
 そう。私は、全くその話を信じていない。最早、あっぱれだといえるほどに。
 何故信じられないんだとかいう事じゃない。私は、魔族にそんな力が無いと『知っている』。
 どんな経由で知ったのか、それは知らない。けれど、確かに私は知っていた。
 余談だが、日常生活では、幻覚魔法で右目と同じ青色にしてごまかしている。勿論のこと、(全魔術属性が扱えるくせに)使える公表しているのは『水』だけだ。
 ―――おっと、話が大分ずれてしまった。元に戻そう。
 以上の事を要約と、つまりこうなる。緑の瞳や石は、多大な魔力を保持出来る資質が備わったモノである。
 と、言うわけで(どういうわけで?)、グリーンダイヤモンは他のあらゆる石とは別格なのである。
 そんな石を身に着けている私はというと、魔力が足りないわけじゃない。先の話から想像できるかとも思うが、私は魔力が足りすぎている。何かの拍子に魔力が暴走すれば、自分だけでなく最低でも半径三十ルイカルーア(約二十五キロメートル)にある、ありとあらゆモノが消えてなくなる。残るのは、荒地のみだ。ちなみに、前科は私の記憶にははっきりと無いが、いくつかあるらしい。
 と、言う感じで、最上級の封魔具が、私には与えられていた。これは、王命だったらしい。ヴィアンという行ける災害を野放しにしておくな、と。『グズナイサ・ローネ』も、王から賜った。国宝の一つだったという話は、大分後になってから聞いて飛び上がったのはいい思い出だ。
 さらに、ロゥガリヤは駄目押しとばかりに私に二人の従者をつけた。
 二人はヤシェタ(人間と獣人の混血)の姉弟で、その事をずっと隠しながら城下町でスリをしながらなんとか生活していたそうだ。魔族に対する恐怖と嫌悪がロンネーナ国民にあるかぎり、半獣人――祖先に魔族を持つ魔族と混血の人間――への迫害もなくならないだろう。そのせいか、私の家――ロゥガリヤが王家から与えられた王宮内にある住居スリンヤ宮――に二人が来た頃は、「誰一人信用ならない、信用できない」みたいな顔をしていた。幸い、私が緑の瞳の者だと証明すると、何をどう思ったのか生涯たがうことの無い忠誠を誓ってくれた。私が、十の時だったと思う。
 私が騎士になると宣言した時は、カリメア母様やアレク父様と組んで何とか阻止しようと画策していた。結果的には、キース父様とドルッセン様が私に協力してくれたおかげで、無事に騎士になれたが。
 それでも、就任先にまでついて来ようとした時にはちょっと焦った。あの二人は、キース父様に隠密行動――つまり『影』と呼ばれる者の身のこなしを学んでいたのだ。人知れず『緑牙ノ騎士団』寮内に入り込み、ずっと私を監し……もとい、護衛をしようと企んでいた。過保護にも限度がある。発見した時には大騒ぎになった。「密偵が騎士団寮にっ!!」と。大変だった。二度とあってほしくはない。切実に。
 そう、あの二人、潜り込む事になんか知らないが成功してしまっていたのである。さすがはキース父様仕込みの……と感心したが、余計なお世話だったので即刻送り返した。後日、アレク父様から無事に到着して説教をしておいたと手紙が届いた。
 あの二人の忠誠心はどこかずれている気がする、そう感じているのはおそらく私だけじゃないと思う。
 無表情なだけに主人にどこまでも忠実な人間かと思われがちだが、全っ然そんなことないのがこの姉弟であった。忠誠心が人一倍あるがゆえに、いろいろ暴走し、やらかすのだ。

「我が君―――――っ!!!」

 そうそう、こんな風に。
 ってぇええ!?
 どぉおおぉんっ! と横壁から衝撃が走る。何者かが馬車に体当たりしたようだ。
「――――っ!?」
 馬車に体当たりされた衝撃で、勢い余って私は頭をぶつけた。結構痛い。
「何事ですか!?」
 私は打った頭をさすりながら御者に叫ぶ。
「そ、それが、黒い影が見えただけで……っ」
 御者も混乱しているようだ。声が裏返っていた。
「黒い影?」
「はぃい」
 馬がいななく。ガタガタと馬車が揺れて、立ち上がろうにも転倒してしまう。
「全くあの二人はぁああぁっ!」
 私は、ありったけの苛立ちを込めて思い当たるモノに叫んだ。ピシッと、青筋が額に浮かぶ感触がする。

「ターニャ!! ヘルド!! いい加減にしなさいっ!!!」



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