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10:攻防
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「お騒がせいたしました。早く始めましょうか」
私がサロの力で魔力を無事封じ込め、やっとの事で、決闘が始まった。
ルール上の人数制限とかは特に無いが、礼儀と伝統にのっとって行う、という事になった。
お互いに八ルミナート(約二メートル)離れ、まず一歩退がる。刃を上にして剣を構え、お互いの剣の切っ先を軽く突き合せた。そしてまた一歩退がり、それぞれの構えをして戦闘が開始する。
今回の立会人はカイルディア殿下となった。事の発端を作っていしまった責任だという。
「これより、ヴィアン・ソロディアと『葵』の騎士ど……らによる決闘を開始する。互いに卑怯な行いをせず、堂々と勝敗を決する事をここへ誓えっ! 」
「はっ!」
「勝敗に関して異議を唱える事無かれ。では、双方構えっ! 開始っ!!」
いきなり血気盛んそうな若手の騎士が踏み込んできた。
「おんりゃあああああぁああぁ!!!!」
うん。その勇気は称賛に値するけど、無鉄砲すぎるよ?
「覚悟おおおおぉお!!」
微動だにしない私を見て取って、彼は勝利を確信したのだろう。ここまで近づいて何もしないんじゃ、防御のしようも、返しのしようもないと思っているのだろう。他の騎士は、彼の攻撃にどう反応するか高みの見物でもするつもりなのか、何も言わないし動かない。
「―――短絡極まりない」
私は悲しくなった。こんなのが――――こんなのが『葵』を戴く騎士なのか。
ここで初めて、私は剣を抜いた。
剣の切っ先は、相手の剣の刃を絡めとる。硬く鋭い金属音が響き、彼の剣は宙に舞った。
空を切るようにくるくると剣は宙を回り、鋭く床の石タイルの隙間に突き刺さった。ご婦人方の悲鳴が短く聞こえる。
一方、私に剣を吹き飛ばされた騎士は、呆然と剣を構えた格好のまま固まっていた。その他大勢の騎士さんも、開けた口が塞がらないようだ。随分と間抜けなお顔をしている。
「大丈夫ですか? 目、覚めてます?」
私は剣を鞘に収めて手を騎士の前で振る。
「………っ」
お? 気が付いたか?
「――――か?」
「はい?」
「―――弟子入り、していいですかっ!?」
あん?
「かんっどうしました!! 弟子入りしていいですか!? あなたのもとで剣の腕を磨きたいんですっ!!!」
何言ってんの? こいつ。脳筋なの? 馬鹿なの? 頭、大丈夫?
私の頭の中は「?」で一杯だった。本気でこの人の言っている事が、理解できない。それは彼以外は同じなようで、皆異口同音に驚きを隠せていなかった。
「おー。良かったなぁ、ヴィアン。初弟子だなっ!」
一人だけ、何故か喜んでいるお人がいたが無視させてもらう。
「ちょっと黙っていてくれませんか? キース」
「今回に限っては耳障りですわ」
「あ、はい」
そこまで言うのは可哀想な気がしない事も無いが、実際そうなので耳には入ってきたがスルーする。
咳ばらいを一つして、私は再度尋ねた。
「すみません、もう一回言ってくださいますか?」
「弟子入りさせてくださいっ!!」
……うん。うん、私の聞き間違いじゃない…………っ!
「お断りします」
すっぱりきっぱりお断りするに限る。
私は、にこやかに、だが反論を許さぬ口調で丁重にお断りした。
「え。な、何でですかぁあぁっ!?」
「私は弟子を取らない主義なんです。それに、自分より年が上の人に剣をお教えするなんて恐れ多くてできません」
反論してくるとは、か。初めてだよ、反撃されたの。
「嘘だーっ! 年上の俺に向かってバンバン稽古つけてたくせにっ!!」
「今言う事じゃないですよ、サム。外野は黙っていてください」
意訳:余計な事を言うんじゃない(割とそのまんま)。
「というわけで、諦めてください。――ですが、そうですね。私が『葵』の団長になったら、いつでも稽古をつけて差し上げられますよ?」
明らかな誘導作戦。この人脳筋そうだから乗ってくれると思う。もはや確信している域。
「ああ、なるほどっ! それはいい案ですねっ! 早速同僚たちに話してきますっ!!」
……言い出したの私だが、この人は本当に大丈夫なのだろうか。『葵』なだけあって、顔も育ちもいいんだけど―――何と言うか、単純すぎる…………。さすが貴族のお坊ちゃん。
「ちょ、ちょっとおまっ…………こっち来い」
「へ? な、何を………俺は師匠の下で学ばせて頂くっ………!」
あ、あー。連れていかれたー(棒読み)。彼の、床に突き刺さった剣のついでに回収されていく。
そりゃあ、そうでしょうとも。本来の目的と完全に真逆の方向に突っ走ってましたもんね。ご苦労様です。ちょっとそこそこ、私を睨むのは筋違いってもんですよ。私はご希望通りに決闘しただけなんですからね。
ん? 師匠って誰がだ。私は弟子は取らないと言ったはずだが。
「き、気を取り直して、今度は私とお手合わせ願えますか?」
次に出てきたのは、先ほどの脳き……もとい若手騎士より年長そうな騎士だった。
「はい。喜んで」
私はまだ後ろの方で何か叫んでいる「自称」弟子をさっぱり無視して、にこやかに答える。
また、剣がかち合った。今度の騎士は、力任せではない、技術と経験により精度を増してきた剣だった。
二合三合打ち合う。
最初のがあんなんだったためか、たったこれだけで観客さんたちの歓声は強くなる。
更に、四合五合。火花が散る、とまではいかなかったが、傍から見たら白熱した試合に見えない事もない。あくまでも、傍から見たら、であったが。
「……っく」
騎士が喉を鳴らした。焦燥が顔からにじんでいる。
「どうしました? まだまだこれからでしょう?」
私は騎士を挑発した。これでお終いなんてつまらない。これだけでは弱すぎる……っ!
「……っ、はぁっ!」
騎士が手前に踏み込んでくる。突きの構えをし、私がわざと作っておいた隙に入れ込んでくる。
悲鳴が耳に入る。目の端で、キース父様が楽しそうに口の端を釣り上げたのが分かった。
「残念」
私はそう呟き、先ほどと同じように、鋭さの鈍った相手の剣を絡め取って跳ね返した。彼の剣は高々と空を舞い、美しい装飾に陽光を煌めかせながら、石畳の隙間に深く突き刺さった。
「……っあ」
それは一瞬の出来事。恐らく、会場にいたほとんどの人が、私が彼の剣に突き刺された未来を想像した事だろう。彼だって、そうだったに違いない。
「私の勝ちです」
私は意地悪くも、晴れやかに笑った。何の地意など無いとでも言うかのように、無邪気に。
「………っ」
騎士は若干蒼褪めた。何となく悪い事をした気分になってくる。
周りの反応も、この騎士さんとさほど変わらない。騎士のそれはさほどではないが、扇で恐怖にこわばる口元を隠したご婦人もいれば、手で吐き気を抑えようとしている紳士もいる。
って、ん? 恐怖でこわばるって、私そんな怖い事した覚えはありませんけど。血も出ていないし。相手の剣を弾き飛ばす方法は、一番平和的な勝利の仕方ですからね。至極平和的なはずです。
「ヴィアン―っ! お前楽しそうだなぁー!!」
「そうですか? 自分では全然そんな感じしませんけど」
「お前は楽しそうな時、悪魔的な笑顔をささやかにするからな。ささやかなのは懸命にその事を隠しているからだと思ってたが、無意識だったのか」
お一人で納得していらっしゃいますが、まったくの勘違いだと思います。ロゥガリヤの皆様も、「今気が付いたのか」みたい顔をしないでください。
「悪魔的とは酷いですね。私はそんな人の悪い顔はしていませんよ」
「冗談」
「私は至極温和な性格のつもりです」
「おんわ(笑)」
「馬鹿にしているんですか。怒りますよ?」
自信を持って言える自身の性格を馬鹿にされて、私は少々腹が立った。私はこんなにも平和的で周りに被害がないように配慮しながら、受けたくもない決闘に応えていやっているというのに。何と言う侮辱だろうか。
「腹が立ったので、もう『葵』の皆さん全員でかかってきてください。なんか
面倒になってきました」
嗚呼、それともう一つ。私はサロを見やって一つ爆弾を投下する。
「サロ。本気出したいので、魔力を完全に封じてしまってくれて結構です」
『は?』
「何言ってんだ」
「ヴィ、ヴィアン?」
「先ほどの騒動を忘れてしまったわけではないでしょう?」
唐突に衝撃的な大爆弾が投下されたからか、皆さんの反応は思っていたより薄かった。
『え、え?』
サロは狼狽するあまり、ロゥガリヤを向き教皇聖下を向き国王陛下を向き、最後に私を見て止めた。
『ごめん。何の話?』
最終的に口にしたのはその一言だった。
「ですから、本気を出したいので私の魔力を完全封印してください、と言っているんです。というか、さっきあれほど言ったのにもかかわらず完全に魔力を封じていないのはどういう事でしょう?」
私は何の事も無いように、再度サロに要請する。
『ヴィー。君さ、自分が何言ってるのか、ちゃんと理解してるの?』
「子供の姿で言われると、ものすごく腹が立ちますが、私はちゃんと理解していますよ?」
『嘘つけ』
欠片も信じていない様子でサロが言う。まったく、心外である。
「嘘じゃないですよ」
『――だから、知ってるのと自覚があるのは違うからね?』
「自覚はあるつもりですが」
『つもりって………。それじゃダメだよ』
何で私は、見てくれ弱冠十歳の子供に呆れられ、幼い子供に説教するみたいに説明されているんだろうか。
サロは私同様にスルーしてくれる気はないようだ。
「『緑牙』ではよくやってましたよ?」
『は?』
「だから、サムとか副団長とか、その他にも団長とかと試合をする時はいつもそうしてましたし」
『ちょ、ちょっと待てぇええぇっ!! そんな事初めて聞いたよ。いつの間にそんな大それたことしてたわけっ!?』
サロは、とんだ大事にもう泣きそうだった。サロは心配性だな。
「いつの間に、と訊かれましても………」
もはや日常すぎてわからない。
『と言うか、ボクがいなくてもそんな事出来るようになってたのっ!?』
「あ、はい」
『どうやってっ!?』
「え? そうですねぇ………」
自分の魔力を半分に分けてから、半分をもう片方の半分で封じるようにイメージしながら試しにやってみたら完全封印できたので、それから多用するようになった。
「と、まあこんな感じでしょうかね」
『何、そのでたらめなっ!』
「で、でたらめってなんですかっ!」
正法でしょうが。
『うわーんっ! いつもいつもでたらめ人間な持ち主を見てきたけど、こんな怪物は初めてだよぉおおおぉおっ!!』
「か、カイブツ………ですかぁっ!?」
酷い。私はれっきとした人間だ。ただ少しばかり色々周りと桁外れなだけだ。
『ボクは生まれて初めて、己の存在意義を問う事になったよぉおおぉっ!!』
「そんな、言いすぎですよ」
『言いすぎなもんかっ! 魔力を封印する事がボクのある意味だったのにっ!! もう必要ないなんて言われたら、ボクはこれから何をしていけばいいていうのさっ!!』
「え? そうですねぇ………」
『そこ悩むトコなのっ!?』
「あ、いや、そうじゃないですよ。―――サロは私の子守をしてください」
『いぃいぃやぁああぁだぁああぁああぁっ!!!』
「や、そこまで絶叫しなくいくても」
子供の声は甲高くて、頭に響くから苦手なんですよねぇ。
『もう、ボクなんて必要ないんだ。ヴィーが一人で魔力をコントロールしてればいいんだよっ!!』
卑屈な。面倒臭いよ、君。
「出来ない事も無――――」
『出来るのかよっ!』
最後まで人の話を聞け。
「――いんですが、疲れるので出来ればしたくないんですよ」
『そんな、そんな理由のためだけに、ボクはこれまでこんな怪物の面倒を見てきたって言いうのか………』
あれ? なおさら、絶望させちゃった感じ?
それに、もうカイブツって事は確定なんデスネ………。ロィゼッタから見ても私は怪物なんですか。
サロさん。そんな人生(霊生?)の何もかもに絶望したような顔しないでくださいよ。
て、あれぇ? 何で父様型も陛下も教皇聖下も、そんなお顔をされてるんですか。いくら私だって、傷付きはするんですからね? しっかり覚えておいてくださいよ?
「ヴィアン。それは、あった方がいいけれど別になくても大丈夫、という風に聞こえるぞ?」
と、殿下の呆れ声。
「え」
ミナサン、なんか考えが卑屈すぎません? もうちょっと、ポジティブに捉えましょうよ。
「いや、まさか。ソンナワケ無イデスヨ」
「恐ろしく棒読みだな。そして何故目を逸らしながら言った」
「やですね、逸らしてなんかいません」
「嘘をつけ、嘘を」
「嘘じゃないです。―――話が進まないので切ってもいいですか?」
私は、半ば強引に会話を打ち切った。殿下は不機嫌そうにお顔を歪めたが、気に留めずに私はサロに向き直る。
「ほら、サロ。不貞腐れていないで手伝ってくださいよぉ」
『ボクがいなくたって大丈夫なんでしょう? ヴィーが、一人でやってればいいんだ』
………メンドっ。
――――いや、いやいやいや。ゴホンゴホン。
私は、抱いてしまったつい先ほどの思いを顔に出さないよう押し込め、なおもサロを説得にかかる。
「お願いします、サロ」
『やぁだっ!』
サロは、あいも変わらず駄々っ子のように私のお願いを拒んだ。
私は一拍沈黙し、それからにっこり笑って言った。
「供給、止めてしまってもいいんですね?」
『………っ!?』
サロは私の一言で、この世には何の希望もないとでも言いたげな顔をして、石のごとく固まった。
まるで決断してからも躊躇している、と訴えているのか、石からブリキ人形になってサロはヤケクソに言い放った。
『やれば……やればいいんでしょっ!? やーれーばーっ!!』
「はい♡」
幼さの残る愛らしい顔を紅潮させ、眼に屈辱の丈を込めた涙を浮かべながら私の「お願い」を実行してくれた。
遠くの方から、「完っ全に脅しだな」とかなんとか聞こえたが、特に気にしない事にした。
私がサロの力で魔力を無事封じ込め、やっとの事で、決闘が始まった。
ルール上の人数制限とかは特に無いが、礼儀と伝統にのっとって行う、という事になった。
お互いに八ルミナート(約二メートル)離れ、まず一歩退がる。刃を上にして剣を構え、お互いの剣の切っ先を軽く突き合せた。そしてまた一歩退がり、それぞれの構えをして戦闘が開始する。
今回の立会人はカイルディア殿下となった。事の発端を作っていしまった責任だという。
「これより、ヴィアン・ソロディアと『葵』の騎士ど……らによる決闘を開始する。互いに卑怯な行いをせず、堂々と勝敗を決する事をここへ誓えっ! 」
「はっ!」
「勝敗に関して異議を唱える事無かれ。では、双方構えっ! 開始っ!!」
いきなり血気盛んそうな若手の騎士が踏み込んできた。
「おんりゃあああああぁああぁ!!!!」
うん。その勇気は称賛に値するけど、無鉄砲すぎるよ?
「覚悟おおおおぉお!!」
微動だにしない私を見て取って、彼は勝利を確信したのだろう。ここまで近づいて何もしないんじゃ、防御のしようも、返しのしようもないと思っているのだろう。他の騎士は、彼の攻撃にどう反応するか高みの見物でもするつもりなのか、何も言わないし動かない。
「―――短絡極まりない」
私は悲しくなった。こんなのが――――こんなのが『葵』を戴く騎士なのか。
ここで初めて、私は剣を抜いた。
剣の切っ先は、相手の剣の刃を絡めとる。硬く鋭い金属音が響き、彼の剣は宙に舞った。
空を切るようにくるくると剣は宙を回り、鋭く床の石タイルの隙間に突き刺さった。ご婦人方の悲鳴が短く聞こえる。
一方、私に剣を吹き飛ばされた騎士は、呆然と剣を構えた格好のまま固まっていた。その他大勢の騎士さんも、開けた口が塞がらないようだ。随分と間抜けなお顔をしている。
「大丈夫ですか? 目、覚めてます?」
私は剣を鞘に収めて手を騎士の前で振る。
「………っ」
お? 気が付いたか?
「――――か?」
「はい?」
「―――弟子入り、していいですかっ!?」
あん?
「かんっどうしました!! 弟子入りしていいですか!? あなたのもとで剣の腕を磨きたいんですっ!!!」
何言ってんの? こいつ。脳筋なの? 馬鹿なの? 頭、大丈夫?
私の頭の中は「?」で一杯だった。本気でこの人の言っている事が、理解できない。それは彼以外は同じなようで、皆異口同音に驚きを隠せていなかった。
「おー。良かったなぁ、ヴィアン。初弟子だなっ!」
一人だけ、何故か喜んでいるお人がいたが無視させてもらう。
「ちょっと黙っていてくれませんか? キース」
「今回に限っては耳障りですわ」
「あ、はい」
そこまで言うのは可哀想な気がしない事も無いが、実際そうなので耳には入ってきたがスルーする。
咳ばらいを一つして、私は再度尋ねた。
「すみません、もう一回言ってくださいますか?」
「弟子入りさせてくださいっ!!」
……うん。うん、私の聞き間違いじゃない…………っ!
「お断りします」
すっぱりきっぱりお断りするに限る。
私は、にこやかに、だが反論を許さぬ口調で丁重にお断りした。
「え。な、何でですかぁあぁっ!?」
「私は弟子を取らない主義なんです。それに、自分より年が上の人に剣をお教えするなんて恐れ多くてできません」
反論してくるとは、か。初めてだよ、反撃されたの。
「嘘だーっ! 年上の俺に向かってバンバン稽古つけてたくせにっ!!」
「今言う事じゃないですよ、サム。外野は黙っていてください」
意訳:余計な事を言うんじゃない(割とそのまんま)。
「というわけで、諦めてください。――ですが、そうですね。私が『葵』の団長になったら、いつでも稽古をつけて差し上げられますよ?」
明らかな誘導作戦。この人脳筋そうだから乗ってくれると思う。もはや確信している域。
「ああ、なるほどっ! それはいい案ですねっ! 早速同僚たちに話してきますっ!!」
……言い出したの私だが、この人は本当に大丈夫なのだろうか。『葵』なだけあって、顔も育ちもいいんだけど―――何と言うか、単純すぎる…………。さすが貴族のお坊ちゃん。
「ちょ、ちょっとおまっ…………こっち来い」
「へ? な、何を………俺は師匠の下で学ばせて頂くっ………!」
あ、あー。連れていかれたー(棒読み)。彼の、床に突き刺さった剣のついでに回収されていく。
そりゃあ、そうでしょうとも。本来の目的と完全に真逆の方向に突っ走ってましたもんね。ご苦労様です。ちょっとそこそこ、私を睨むのは筋違いってもんですよ。私はご希望通りに決闘しただけなんですからね。
ん? 師匠って誰がだ。私は弟子は取らないと言ったはずだが。
「き、気を取り直して、今度は私とお手合わせ願えますか?」
次に出てきたのは、先ほどの脳き……もとい若手騎士より年長そうな騎士だった。
「はい。喜んで」
私はまだ後ろの方で何か叫んでいる「自称」弟子をさっぱり無視して、にこやかに答える。
また、剣がかち合った。今度の騎士は、力任せではない、技術と経験により精度を増してきた剣だった。
二合三合打ち合う。
最初のがあんなんだったためか、たったこれだけで観客さんたちの歓声は強くなる。
更に、四合五合。火花が散る、とまではいかなかったが、傍から見たら白熱した試合に見えない事もない。あくまでも、傍から見たら、であったが。
「……っく」
騎士が喉を鳴らした。焦燥が顔からにじんでいる。
「どうしました? まだまだこれからでしょう?」
私は騎士を挑発した。これでお終いなんてつまらない。これだけでは弱すぎる……っ!
「……っ、はぁっ!」
騎士が手前に踏み込んでくる。突きの構えをし、私がわざと作っておいた隙に入れ込んでくる。
悲鳴が耳に入る。目の端で、キース父様が楽しそうに口の端を釣り上げたのが分かった。
「残念」
私はそう呟き、先ほどと同じように、鋭さの鈍った相手の剣を絡め取って跳ね返した。彼の剣は高々と空を舞い、美しい装飾に陽光を煌めかせながら、石畳の隙間に深く突き刺さった。
「……っあ」
それは一瞬の出来事。恐らく、会場にいたほとんどの人が、私が彼の剣に突き刺された未来を想像した事だろう。彼だって、そうだったに違いない。
「私の勝ちです」
私は意地悪くも、晴れやかに笑った。何の地意など無いとでも言うかのように、無邪気に。
「………っ」
騎士は若干蒼褪めた。何となく悪い事をした気分になってくる。
周りの反応も、この騎士さんとさほど変わらない。騎士のそれはさほどではないが、扇で恐怖にこわばる口元を隠したご婦人もいれば、手で吐き気を抑えようとしている紳士もいる。
って、ん? 恐怖でこわばるって、私そんな怖い事した覚えはありませんけど。血も出ていないし。相手の剣を弾き飛ばす方法は、一番平和的な勝利の仕方ですからね。至極平和的なはずです。
「ヴィアン―っ! お前楽しそうだなぁー!!」
「そうですか? 自分では全然そんな感じしませんけど」
「お前は楽しそうな時、悪魔的な笑顔をささやかにするからな。ささやかなのは懸命にその事を隠しているからだと思ってたが、無意識だったのか」
お一人で納得していらっしゃいますが、まったくの勘違いだと思います。ロゥガリヤの皆様も、「今気が付いたのか」みたい顔をしないでください。
「悪魔的とは酷いですね。私はそんな人の悪い顔はしていませんよ」
「冗談」
「私は至極温和な性格のつもりです」
「おんわ(笑)」
「馬鹿にしているんですか。怒りますよ?」
自信を持って言える自身の性格を馬鹿にされて、私は少々腹が立った。私はこんなにも平和的で周りに被害がないように配慮しながら、受けたくもない決闘に応えていやっているというのに。何と言う侮辱だろうか。
「腹が立ったので、もう『葵』の皆さん全員でかかってきてください。なんか
面倒になってきました」
嗚呼、それともう一つ。私はサロを見やって一つ爆弾を投下する。
「サロ。本気出したいので、魔力を完全に封じてしまってくれて結構です」
『は?』
「何言ってんだ」
「ヴィ、ヴィアン?」
「先ほどの騒動を忘れてしまったわけではないでしょう?」
唐突に衝撃的な大爆弾が投下されたからか、皆さんの反応は思っていたより薄かった。
『え、え?』
サロは狼狽するあまり、ロゥガリヤを向き教皇聖下を向き国王陛下を向き、最後に私を見て止めた。
『ごめん。何の話?』
最終的に口にしたのはその一言だった。
「ですから、本気を出したいので私の魔力を完全封印してください、と言っているんです。というか、さっきあれほど言ったのにもかかわらず完全に魔力を封じていないのはどういう事でしょう?」
私は何の事も無いように、再度サロに要請する。
『ヴィー。君さ、自分が何言ってるのか、ちゃんと理解してるの?』
「子供の姿で言われると、ものすごく腹が立ちますが、私はちゃんと理解していますよ?」
『嘘つけ』
欠片も信じていない様子でサロが言う。まったく、心外である。
「嘘じゃないですよ」
『――だから、知ってるのと自覚があるのは違うからね?』
「自覚はあるつもりですが」
『つもりって………。それじゃダメだよ』
何で私は、見てくれ弱冠十歳の子供に呆れられ、幼い子供に説教するみたいに説明されているんだろうか。
サロは私同様にスルーしてくれる気はないようだ。
「『緑牙』ではよくやってましたよ?」
『は?』
「だから、サムとか副団長とか、その他にも団長とかと試合をする時はいつもそうしてましたし」
『ちょ、ちょっと待てぇええぇっ!! そんな事初めて聞いたよ。いつの間にそんな大それたことしてたわけっ!?』
サロは、とんだ大事にもう泣きそうだった。サロは心配性だな。
「いつの間に、と訊かれましても………」
もはや日常すぎてわからない。
『と言うか、ボクがいなくてもそんな事出来るようになってたのっ!?』
「あ、はい」
『どうやってっ!?』
「え? そうですねぇ………」
自分の魔力を半分に分けてから、半分をもう片方の半分で封じるようにイメージしながら試しにやってみたら完全封印できたので、それから多用するようになった。
「と、まあこんな感じでしょうかね」
『何、そのでたらめなっ!』
「で、でたらめってなんですかっ!」
正法でしょうが。
『うわーんっ! いつもいつもでたらめ人間な持ち主を見てきたけど、こんな怪物は初めてだよぉおおおぉおっ!!』
「か、カイブツ………ですかぁっ!?」
酷い。私はれっきとした人間だ。ただ少しばかり色々周りと桁外れなだけだ。
『ボクは生まれて初めて、己の存在意義を問う事になったよぉおおぉっ!!』
「そんな、言いすぎですよ」
『言いすぎなもんかっ! 魔力を封印する事がボクのある意味だったのにっ!! もう必要ないなんて言われたら、ボクはこれから何をしていけばいいていうのさっ!!』
「え? そうですねぇ………」
『そこ悩むトコなのっ!?』
「あ、いや、そうじゃないですよ。―――サロは私の子守をしてください」
『いぃいぃやぁああぁだぁああぁああぁっ!!!』
「や、そこまで絶叫しなくいくても」
子供の声は甲高くて、頭に響くから苦手なんですよねぇ。
『もう、ボクなんて必要ないんだ。ヴィーが一人で魔力をコントロールしてればいいんだよっ!!』
卑屈な。面倒臭いよ、君。
「出来ない事も無――――」
『出来るのかよっ!』
最後まで人の話を聞け。
「――いんですが、疲れるので出来ればしたくないんですよ」
『そんな、そんな理由のためだけに、ボクはこれまでこんな怪物の面倒を見てきたって言いうのか………』
あれ? なおさら、絶望させちゃった感じ?
それに、もうカイブツって事は確定なんデスネ………。ロィゼッタから見ても私は怪物なんですか。
サロさん。そんな人生(霊生?)の何もかもに絶望したような顔しないでくださいよ。
て、あれぇ? 何で父様型も陛下も教皇聖下も、そんなお顔をされてるんですか。いくら私だって、傷付きはするんですからね? しっかり覚えておいてくださいよ?
「ヴィアン。それは、あった方がいいけれど別になくても大丈夫、という風に聞こえるぞ?」
と、殿下の呆れ声。
「え」
ミナサン、なんか考えが卑屈すぎません? もうちょっと、ポジティブに捉えましょうよ。
「いや、まさか。ソンナワケ無イデスヨ」
「恐ろしく棒読みだな。そして何故目を逸らしながら言った」
「やですね、逸らしてなんかいません」
「嘘をつけ、嘘を」
「嘘じゃないです。―――話が進まないので切ってもいいですか?」
私は、半ば強引に会話を打ち切った。殿下は不機嫌そうにお顔を歪めたが、気に留めずに私はサロに向き直る。
「ほら、サロ。不貞腐れていないで手伝ってくださいよぉ」
『ボクがいなくたって大丈夫なんでしょう? ヴィーが、一人でやってればいいんだ』
………メンドっ。
――――いや、いやいやいや。ゴホンゴホン。
私は、抱いてしまったつい先ほどの思いを顔に出さないよう押し込め、なおもサロを説得にかかる。
「お願いします、サロ」
『やぁだっ!』
サロは、あいも変わらず駄々っ子のように私のお願いを拒んだ。
私は一拍沈黙し、それからにっこり笑って言った。
「供給、止めてしまってもいいんですね?」
『………っ!?』
サロは私の一言で、この世には何の希望もないとでも言いたげな顔をして、石のごとく固まった。
まるで決断してからも躊躇している、と訴えているのか、石からブリキ人形になってサロはヤケクソに言い放った。
『やれば……やればいいんでしょっ!? やーれーばーっ!!』
「はい♡」
幼さの残る愛らしい顔を紅潮させ、眼に屈辱の丈を込めた涙を浮かべながら私の「お願い」を実行してくれた。
遠くの方から、「完っ全に脅しだな」とかなんとか聞こえたが、特に気にしない事にした。
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アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
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ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
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「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
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※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
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神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
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