騎士ヴィアンの訳アリ事情

カリノア

文字の大きさ
15 / 26

12:歓喜し、また悩める者たち

しおりを挟む
 サムはヴィアンの宣言後、人知れず会場を抜け出し、王都郊外にある森の屋敷を訪れていた。
「お久しゅうございます、主様」
 そう愛想よく挨拶したサムの容姿は、およそヴィアンの記憶にあるものとはかけ離れていた。
 日焼けしたのではない、浅黒い肌。少しばかり傷んだ、銀とまでは言えない灰色の髪。何よりその、人間を圧迫する―――緑眼。
 アレジセと男も、市井を歩き回っていた時とまるで変って、サムと似たような容姿に変貌している。
 顔はさほど変わらぬようだが、その風貌は、ロンネーナ国民の恐怖の記憶と一致するものがあった。
「この四年間、本当にご苦労だった。ファニジセ・・・・・
 館の主である男は、鷹揚に返した。男は続ける。
「お前が私の目となってくれていた事、本当に感謝している」
「いいえ、主様。俺は自分のためにやったまでの事。俺が感謝こそすれ、されるようなことは何一つしてはおりませなんだ」
 サムは皮肉っぽく言う。彼から受ける印象も、ヴィアンといた時とは異なって感じられた。
「だが………」
「主、こやつに何も言ってやる必要はありませんよ」
 厳しく言ったのは、アレジセだ。
「こやつは、基本自分のためにしか動かないんですから」
「そうですよ~、主様。我が『兄上』の言う通りです」
 アレジセはサムの言葉に、どの口が言うかと眉をひそめたが、当の本人はどこ吹く風だった。
「――ふむ、そうなのか。では、ファニジセは、心から我らと向かうべき所を共にしているのだな」
 そんなアレジセの険悪な雰囲気をよそに、男は満足げな笑顔を見せた。
「………」
「…………」
 男に仕える兄弟は、主人のこの抜けている(天然な)所を重々承知していたので、いまさら何も口にはしなかった。律儀に沈黙を取ったのである。たとえ、ある意味慈愛溢れる神父ようなのカオをしていたとしても、である。
 それに、主人のこの天然さに陰険な口喧嘩を幾度となく和されて来たのも事実であった。
「それで、どうであった? 我が従妹殿のご様子は?」
「はい。ご変化といたしましては、さらなる魔力の増幅、それに伴って瞳の色が濃くなっておられるように感じられます」
「そうかっ! それは喜ばしい事だ。順調に××となられるためにご成長なさっておいでなのだな」
 子供が手を叩いて喜びそうなほど、男は歓喜した。
「はい。あと一押し、でございますね。ですが、その一押しが中々に難かしいように思います」
 サムは懸念している事柄を指摘する。
「そうですね。『ヴィアコルドーナ』とおなり遊ばされるには、まだ『鍵』がそろっておりません」
 弟の指摘に、兄も事を付け加えながら同意した。
「全くもってその通りだ。僕にはさっぱり『鍵』の正体がわからない。従妹殿に、何が欠けているのか見当もつかないんだ」
 男はお手上げ、と文字通り両手を上げた。
「俺らもですよ、主様。『鍵』って言われてても、実際は何の形をしているかも分からないんですからねぇ」
 サムが文句ったらしく同意する。
「『鍵』とは比喩らしいですから」
「まぁ、そんな事かとは思っていたが…………」
 こう、何のヒントも隠されていない単語だけが手元にあるとは、ある意味ものすごく嫌な情報の入り方のではないだろうか。
 男は眉を八の字にし、頬杖をつく。酒のつまみのアーモンドを、一つ口に放り込んだ。
「あの方に足りないものとは何だ?」
「―――しいて言えば記憶、でしょうか」
 アレジセが神妙に言う。これはつい数日前にも話に上がった事だった。
「そう、だな……」
 男は顔を曇らせる。今度はカシューナッツをつまんだ。
 少しの間、男がナッツを咀嚼する音だけが部屋を支配する。
「―――そんなに記憶って、大事なもんなんですかね?」
 静寂を破ったのは、サムの軽い台詞だった。
「は?」
「いや、ですから、そんなに大事なもんなんですかねぇ。記憶って。だって、力を引き出すために必要なのは、ご本人の資質でしょう? あとは、『カシルリィザ』に認められるかどうか。こう考えると、記憶はそんなに『覚醒サンカリス』に重要な部品とは思えないんですよねぇ」
 アレジセの冷ややかな視線の無言の促しに、サムは手を頭の後ろに組みながら面倒臭そうに答えた。
「確かに、な。現段階ではそうなる。あくまで現段階では、だが………」
 我々には、手にしていない情報が多すぎる、と男は感じた。今初めて思ったわけではないが、いざそれを認めてしまうと、なかなか厳しい状況である。
「何せ、我々が積み重ねてきた歴史の中で、初めての事だからな……。手探り状態なのは否めない。この三百年間・・・・、あれだけ探し回っても、従妹殿の居場所さえつかめていなかったのだ。それを思えば、これしきの事、何の差支えもない」
 とりあえず、そう思っていないとやっていけない。最近、やっと小さいながらも進展があったのだ。たったそれだけで、なんと喜ばしい事か。これ以上を今望むのは、罰当たりな気がする。
 男に仕える兄弟も、その言葉に異論はないようだった。
「主様、現段階で出そろっている『鍵』は何がありましたっけ?」
 確認のために、サムが問うた。ここでまた、戦況を確かめておいた方がいいだろうと考えたのだ。
「ん? そ、だな……。アレジセ、書き出すから紙とペンを持ってきてくれないか」
「はい」
 アレジセに手渡された紙に、男は凝った細工の施してあるペンで幾つか書きだした。
 
 ・勇者                      ・国王
 ・魔族                      ・王族
 ・『運命の導き手(グズナイサ・ローネ)』     ・国民
 ・ロゥガリヤ                   ・心棒者
 ・ロンネーナ
 ・ユーストリア教会

「こんなところか………」
 男はもう一度読み直してから、ペンをインク壺に戻した。
「こうして見てみると、結構あるんですねぇ」
 全部で十個だ、とサムは言った。
「かなり具体的なものもあるんですね」
「そうは言っても、『グズナイサ・ローネ』以外は、時代とともに変化するものばかりだがな」
 アレジセの指摘に、男は返す。
「まぁ、それもそうですか」
「その視点でものを見ると、大分抽象的だな。役どころが重要なのであって、その役をやる人間は誰でもいいようにも感じられる。並べてみると、まるで舞台の台本のようじゃないか」
「だとしたら、『ロンネーナ』や『ユーストリア教会』なんかはどうなるんです? どちらも一個の団体であって、誰にどうという役どころがあるとは思えませんが」
 そこが難しいところなんだ、と男はサムを諭した。
「『鍵』には、一貫性があるようでない。無いようである。ひとえには言えないんだ」
 意味深長に、男はサムの疑問に回答をやった。
「つまり、何にでも『鍵』たる可能性がある、と?」
「そうなるな」
 男はサムの結論にひとまず頷いた。間違ってはいまいだろう。
「あぁ、これじゃ何に手掛かりにもなりませんね。何でもいいんじゃ、具体的に何がいいんだか分からないんですから」
「全くもってその通りだ」
 サムは、思いっきり溜息をついてから、その場にあぐらをかいた。
「無礼なっ! ファニジセ、そんなところに座り込まないでください。行儀が悪い」
 アレジセが目をむいてサムを叱責する。サムは、兄の叱責を受けて、気怠そうに渋々立ち上がった。
「頭の堅いことで、兄・上・さ・ま」
「売っているケンカなら喜んで買うが?」
「やー、そんな怖い顔しないでくださいよぉ。俺が兄上に立ち向かって勝てたためしがないじゃないですか」
 ニヤニヤしながらいうものだから、いちいちアレジセの癇に障る。サムを見据える瞳は、もはや氷点下である。
「まぁまぁ、そんなにトゲトゲするものじゃない。我らは、主従以前に同志だろう?」
仲裁に入ったのは男だった。というより、この場にいる者だけで考えると、男しかいないのだが。
「主。同志と言えど、上下関係はしっかりしておくべきかと存じます」
「あまり堅苦しいのは好かん」
 アレジセが苦言を呈すと、男はそう跳ね返してしまった。反論しようとして口を開けると、先にサムが言葉を発す。
「そーですよー、兄上。主様はお堅いのがお嫌いなんです」
 サムが得意げに言うものだから、アレジセは顔をしかめた。主に言われるのならまだいいが、小生意気な弟に言われるのは腹が立つ。こめかみに血管が浮きそうになって、アレジセは必死にこらえた。
 その兄の様子を的確にとらえていた弟は兄と同様、必死に笑いをこらえていた。だが中途半端で、結局忍び笑いになっているのは否めない。それが余計に、アレジセの癇に障るのだ。
 二人の様子を目の前で一部始終見ていた男は、微笑ましいとでもいうかのようにふわりと笑った。これまた途中から部屋に来て扉を開けたものの、そのまま何と無くきちんと中に入れずにいる家守は、男の心理に深い疑問を抱くのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...