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23:道化
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「あの娘も、愚かな事をしたものだ」
栄えある魔王城――ヴィア・ジュリの頂に、彼女はいた。
「あの娘――マシヴィアを止めなかったのは、貴女だろう。ライヴィア?」
苦笑の混じる声で、ライヴィアの呟きにナヤヴィアルは答える。
「ああ、そうだ」
あくまで淡々と、ライヴィアは続ける。
「こんな事も気が付けないようでは、我が後継に足りえぬ」
「本当に、貴女は昔から子供に厳しいな」
ナヤヴィアルの、穏やかに相槌を打つ。
向き合って座る二人の間には、卓の上に置かれた水盆があった。
「ヴィアルアースは、どうする気だい?」
ナヤヴィアルの言葉に呼応するように、水盆の水面が揺れる。
「どうもしない。この私に刃向かおうが、私は、何もしない」
「貴女らしくないな」
ぼんやりと頬杖をついて窓の外を見つめる伴侶の、横顔を見てナヤヴィアルはふっと柳眉を下げる。
「最近の貴女は、何処か虚ろげだ」
「………そう、だろうか」
「ああ。一体、どうしたというんだい? マシヴィア」
夫の問いに、ライヴィアはしばらく答えなかった。
「………分からない。――――分からなくなってしまった、そう表現するのが正しいのだろうか…………」
やはり淡々とした口調の中に、微かな不安を感じる。
「先王がいた頃、私には確固たる希望があった」
ライヴィアは、姉の事を先王と呼んでいた。あくまでも、もう彼女は過去の存在だったと己に言い聞かせているように、ナヤヴィアルには聞こえる。
「願いが、信念があった。だが、私は、あの日から何か―――何かを失ってしまった気がしてならない」
ゆるり――と、水盆がまた揺れる。
「私は、一体、何をしたかったんだろうか」
淡々と――いや、一切の感情の抜け落ちた声音で、誰ともなしにライヴィアは問いかけた。あるいは、己に答えてほしいのかもしれない。
少しの沈黙の後、しゃらりと、ナヤヴィアルの首から二の腕かけて身に着けていた宝飾品が揺れた。
「私の――我が至高の王よ。気を確かに持って。貴女はこんなところで立ち止まっているべき人ではないはずだ」
立ち上がるように身を寄せて、そっと、滑らかな伴侶の頬に手を添える。やっと気が付いたかのように、ライヴィアは彼に顔を向けた。
「そうだろう?」
優しく、真綿のような慈愛を持って、囁く。
「ナヤヴィアル―――」
ライヴィアが、瞠目した。
かつては野望という名の炎で常に輝いていた、深い緑色の瞳。彼が魅入られ、彼の生涯の指針とした炎。
だが、今はそのどちらもない。
あるのは、ただ流れず淀んだ川に似た、生気のない瞳。
残念な事だ。とても残念でならない。
もう、かつての300年前のような、眩しいばかりの炎は見れないのだろうか。あの、生きていると日々実感した日常は?
この300年、待っていた。またあの頃の彼女が見られると。
でも、待っても待っても来やしない。
自分が呑気に待っているうちに、子供たちは己の道に歩み始めているというのに。
もう待つのはやめた。
無いのなら、作ってしまえばいい。
思えば、何を人に頼っていたのだろうかと、息子を見ていて感じた。
欲しいものは自分で、作ってしまえばいい。
自分から行動を起こさなければ、何も起きないではないか。まかない種は芽吹かないのだ。
「ライヴィア。貴女は、魔王になりたかったのだろう?」
栄えある魔王城――ヴィア・ジュリの頂に、彼女はいた。
「あの娘――マシヴィアを止めなかったのは、貴女だろう。ライヴィア?」
苦笑の混じる声で、ライヴィアの呟きにナヤヴィアルは答える。
「ああ、そうだ」
あくまで淡々と、ライヴィアは続ける。
「こんな事も気が付けないようでは、我が後継に足りえぬ」
「本当に、貴女は昔から子供に厳しいな」
ナヤヴィアルの、穏やかに相槌を打つ。
向き合って座る二人の間には、卓の上に置かれた水盆があった。
「ヴィアルアースは、どうする気だい?」
ナヤヴィアルの言葉に呼応するように、水盆の水面が揺れる。
「どうもしない。この私に刃向かおうが、私は、何もしない」
「貴女らしくないな」
ぼんやりと頬杖をついて窓の外を見つめる伴侶の、横顔を見てナヤヴィアルはふっと柳眉を下げる。
「最近の貴女は、何処か虚ろげだ」
「………そう、だろうか」
「ああ。一体、どうしたというんだい? マシヴィア」
夫の問いに、ライヴィアはしばらく答えなかった。
「………分からない。――――分からなくなってしまった、そう表現するのが正しいのだろうか…………」
やはり淡々とした口調の中に、微かな不安を感じる。
「先王がいた頃、私には確固たる希望があった」
ライヴィアは、姉の事を先王と呼んでいた。あくまでも、もう彼女は過去の存在だったと己に言い聞かせているように、ナヤヴィアルには聞こえる。
「願いが、信念があった。だが、私は、あの日から何か―――何かを失ってしまった気がしてならない」
ゆるり――と、水盆がまた揺れる。
「私は、一体、何をしたかったんだろうか」
淡々と――いや、一切の感情の抜け落ちた声音で、誰ともなしにライヴィアは問いかけた。あるいは、己に答えてほしいのかもしれない。
少しの沈黙の後、しゃらりと、ナヤヴィアルの首から二の腕かけて身に着けていた宝飾品が揺れた。
「私の――我が至高の王よ。気を確かに持って。貴女はこんなところで立ち止まっているべき人ではないはずだ」
立ち上がるように身を寄せて、そっと、滑らかな伴侶の頬に手を添える。やっと気が付いたかのように、ライヴィアは彼に顔を向けた。
「そうだろう?」
優しく、真綿のような慈愛を持って、囁く。
「ナヤヴィアル―――」
ライヴィアが、瞠目した。
かつては野望という名の炎で常に輝いていた、深い緑色の瞳。彼が魅入られ、彼の生涯の指針とした炎。
だが、今はそのどちらもない。
あるのは、ただ流れず淀んだ川に似た、生気のない瞳。
残念な事だ。とても残念でならない。
もう、かつての300年前のような、眩しいばかりの炎は見れないのだろうか。あの、生きていると日々実感した日常は?
この300年、待っていた。またあの頃の彼女が見られると。
でも、待っても待っても来やしない。
自分が呑気に待っているうちに、子供たちは己の道に歩み始めているというのに。
もう待つのはやめた。
無いのなら、作ってしまえばいい。
思えば、何を人に頼っていたのだろうかと、息子を見ていて感じた。
欲しいものは自分で、作ってしまえばいい。
自分から行動を起こさなければ、何も起きないではないか。まかない種は芽吹かないのだ。
「ライヴィア。貴女は、魔王になりたかったのだろう?」
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