君と初恋

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6、正反対な似た者同士

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「なこちゃんは勉強得意なんだねー」

 放課後、もう明日からは夏休みに入っちゃうからと借りていた本を図書室に返しに来たら思いがけず水瀬くんと遭遇した。
 彼はガラガラの図書室の中、隅の机で熱心に教科書とにらめっこしていた。
 すごく失礼だけど彼の勉強への姿はものすごく意外で、正直図書室に来て勉強するタイプだなんて思ってなかった。
 失礼な偏見に申し訳なく思って彼の後ろ姿に無言の謝罪だけしてその場を去ろうとしたら運がいいのか悪いのか彼が顔をあげた。
 目が合えば相変わらずのキラキラした笑顔で手を振ってくる。
 こっちは勝手に気まずいだけなんだけどね。
 こうなれば、反対方向に向けていた足を戻すしかないわけで、気持ち速足で水瀬くんのもとに向かった。

「声かけてくれればいいのに……。」

 私が立ち去ろうとしていたことは気が付いていたみたいで、すねたように唇を尖らせる水瀬くんが可愛い。
 こんなにイケメンなのに可愛いなんて言ったら失礼かもしれないけど。
 不覚にも心臓が跳ねるのを抑えられなかった。

「ごめんなさい。邪魔したら申し訳ないなって思って」

 つい、言い訳じみた答えになってしまった。

「ふーん。嫌われてないならよかった。ていうか、なこちゃんは何でここに?」
「あっ、本を!返そうと思って」

 水瀬くんの言葉の真意を知りたいけどあいにく聞ける勇気は持ち合わせていなかった。
 だって、そんな嫌われたくないみたいな言葉。でも、そんなこと言って勘違いだったら恥ずかしすぎるし、ていうか絶対勘違いだし。
 誰でも人に嫌われたら嫌だと思うのは当然じゃないか。

「そうなんだ。あのさ……この後、暇?」
「え?」

 もしかして何かに誘われたりする?
 確かに、今日は部活もないしこの後は家に帰って勉強するだけだけど、でも暇って答えたら水瀬くんと遊びたいみたいになっちゃう?

「忙しかったら全然いいんだけど、勉強教えてくれない?」

 ただ、暇か聞かれただけなのに意味の分からないところまで思考を飛ばした自分を誰か殴ってほしい。
 水瀬くんが私なんかと二人で遊ぶわけないじゃん。
 熱くなりかけてた頬が一気にクールダウンしたけど、今度は変な勘違いの恥ずかしさで青くなりそう。

「も、もちろんっ! 教えますっ」
「マジ? 無理してない? 忙しかったら全然断ってくれても……」
「大丈夫ですっ! どこですか?」

 変な妄想に水瀬くんを使った罪滅ぼしの意味もあって彼の提案を快諾する。
 断る理由だってないもの。
 私に教えられるところだったらだけどね。

「あ、ここはこっちの公式を使えばよくて……」

 隣に座って差し出されたのは数学の教科書で幸い私にもわかりそうなところだった。
 あんなに前のめりで頷いたのに私も分からないところだったらどうしようかと思ってたけど無駄は心配だったみたい。
 それから今まで水瀬くんが解いていたところで何問かわからないかったところを質問されて答えてを繰り返した。
 途中まで教えるのに夢中だった私も水瀬くんが問題を解いていくのを眺めているときに距離の近さに内心おののいた。
 二人で同じ教科書を見るわけだから当然顔を寄せ合うことになるし、図書室のボリュームを考えて少しささやくような声になるのにもドキドキした。
 水瀬くんは真面目にやってるんだからと気持ちを落ち着けても、シャーペンを握る綺麗な長い指を見ると今の状況を認識させられてしまう。
 酷使しすぎて心臓がいたい。
 図書室はいっそ寒いくらいに冷房が効いているのに私の体温は高くなっていくばかりだ。
 軽く一時間はやったかなというところで水瀬くんのわからない問題がひと段落つき、休憩することになった。

「なこちゃんは勉強得意なんだね」
「……少し好きなだけです。私は取り柄ないし勉強くらいできないと」

 瑠衣みたいに明るくないし美人でもないし、遊馬くんみたいに好きな人もいないし誰かに時間を使うこともない。水瀬くんみたいにバスケであんなにかっこよくゴールも決められない。
 いつもは全然気にしてないけどこういうとき突きつけられる。
 自分の平凡さが嫌なわけじゃない。だけどふと思ってしまうことがある。
 何か一つでも誇れるものがあればいいのに。
 別に誰かに褒められたいとか認めてほしいとか思っているわけじゃなくて、夢中になれるものが欲しいんだ。
 自分で自分を認められるものが一つでも。

「それが取り柄なんじゃないの?」
「え?」

 ちょっと空気が重くなったのに気づいて私が弁解するよりも前に水瀬くんが当然みたいに口を開いた。
 それが取り柄?

「勉強がなこちゃんの誇っていいことだと思う。勉強ってさ、もちろん頭の良さ春と思うけど結局は自分がどれくらい頑張ったかじゃん? 努力は誰が何と言おうとなこちゃんの取り柄だよ。実際、俺はなこちゃんの普段の努力のおかげで今日助かったわけだし」

 水瀬くんの瞳に同情とか哀れみとかいう類の感情は見られなくて、私に気を使っているばかりじゃないんだということが分かった。
 勉強が取り柄だなんて思ったことなかった。
 取り柄っていうのはもっと才能みたいなもので勉強は努力すればだれでもできるものだと思ってたから。
 だけど、水瀬くんが助かったと言ってくれたから、少しだけ自分の今までの努力に誇りを持ってもいいような気がした。
 本当に単純な話だけど、褒められたらやっぱりうれしかったんだ。

「ずっと、無意識に才能に憧れてたんです。勉強は好きだし自分の努力が点数として帰ってくるのは嬉しかった。だけど、どこかで劣等感みたいなのを感じていたんです。水瀬くんとかみたいなキラキラした人に憧れずにはいられなかった」

 こんなことを言うつもりはなかったのにどうしてか自分ですら知らなかった本音がこぼれてきた。
 分かってくれるような気が、確かにした。

「ないものねだりってやつかもね。お互いに。俺は憧れているよ。なこちゃんみたいな強さに憧れている。…………
自分を磨くために頑張れる強さが俺にもあれば」

 それから、二人で校舎を出て歩けば家の方向が一緒なことに驚いた。
 水瀬くんの家はこの前見かけた公園のすぐ近くみたいで公園の前でお別れだった。

「それじゃ、また夏祭りで」

 夏祭りまで登校日はないから水瀬くんと会うのはお祭りまでは今日が最後。

「なこちゃん、夏祭り二人で抜け出さない?」

 いけない雰囲気を帯びたいたずらっぽい笑顔。
 少しひそめるような心地よい声に私はやっぱり恋をしているのだろうか。
 いつまでも判別できない心のモヤモヤに思わず眉を顰める。
 また一つ水瀬くんの新しい顔にときめく一方、言われた言葉が信じられなくてフリーズしてしまった。

「……。」
「尊人と向坂さん、二人にしてあげたいじゃん?」

 あー、なんだ。そういうことか。
 さっきから、水瀬くんの言葉一つ一つに振り回され続けてる。
 きっと私なんかが水瀬くんの恋人になったりしたら心臓がいくつあっても足りないんだろうな。

「賛成ですっ!それじゃっ」

 一瞬感じた気がする胸の痛みをごまかして、大げさに頷いてみせる。
 水瀬くんは良かったと笑ってくれて、これでいいんだと自分に言い聞かせた。
 なんでか、残念に感じている自分は見なかったことにすればいい。
 せっかく仲良くなった、私の努力を見つけてくれた水瀬くんとの関係を壊したいだなんて私はみじんも思っていないもの。
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