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降り立つ語り部
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昼過ぎ、アウファトはジェジーニアを伴って王宮へと足を踏み入れた。
リウストラに倣って作られた王宮は、白い柩の作りとよく似ていた。
ジェジーニアもそれは感じているようで、興味深そうに視線をあちこちへ彷徨わせていた。
衛兵に案内され、二人は玉座の間へと通される。
アウファトも、謁見は久しぶりだった。
玉座の間へと続く大きな扉が開く。
いつも、この瞬間は緊張する。開け放たれた扉の先には、玉座があり、そこに王がいる。
リガトラ王国の国王、ラタレラ・フェルタナト・リガトラ。今の国王である。
ジェジーニアとともに、玉座の前まで進んだアウファトは、膝をつき、深く頭を垂れる。
「国王陛下、この度の謁見許可、感謝いたします」
「よく戻ってくれた、アウファト。許可が遅くなってすまない。顔を上げてくれ」
アウファトは顔を上げる。
赤みの強い金の髪に、深い緑の瞳。精悍な顔立ち。は美しい王は、アウファトと同じくらいの年齢だ。
「追加の報告書です」
差し出した報告書は、控えていた衛兵が受け取り、王へと渡す。
「人払いを」
王が告げると、控えていた衛兵は玉座の間の外へと出る。
残されたのは、国王とアウファト、そしてジェジーニアの三人だけとなった。
「陛下、白い揺籠で見つけた、ジェジーニア……竜王の子です」
アウファトの声に王は目を見開く。無理もない。誰もが竜王の子と聞いて驚きを隠せない。神代の終わりに喪われたままの竜王の、子どもだ。
大陸の守護者が戻るのは、国の民としても喜ばしいことだった。
「竜王の、子」
王は玉座から立ち上がり、しっかりとした足取りでジェジーニアの前まで進むと迷いなく跪いた。
「お目にかかれて光栄です、黒き竜王。かつての人の非礼、心より謝罪いたします」
響く声は真摯なものだった。
王が深く頭を下げるなど、見たことがなかった。
深々と首を垂れる王を前に、ジェジーニアは、なぜ彼がそんなことをしているのかわかっていないようだった。
「あう……?」
ジェジーニアは不思議そうにアウファトを見た。これ以上、彼に隠しておくことはできない。
アウファトは覚悟を決めた。
「ジジ、実は」
ため息のように吐き出されたアウファトの声を遮るものがあった。
「そこから先は、調停者であり代行者、預言者である僕が教えてあげるよ」
人払いがされたはずの玉座の間に少年の明るい声が響く。自信と威厳すら感じる、美しく強い声だった。
聞き覚えがあった。つい最近、この声を聞いた記憶がある。
エンダールで会った、フィノという白い少年だ。
子供の声なのに、子供らしからぬ気配を纏った声。
玉座の間、アウファトの背後に旋風が巻き起こる。
振り返ったアウファトに強い風が吹き付ける。目をつぶると、風が止んだ。
おそるおそる目を開けると、風の起きた場所には、あの日見た白い少年の姿があった。しかし、彼の姿はあの日とは少し違った。
朝日のような眩い白金の鱗の長い尾と、大きな竜翼。緩く波打つ四本の角は淡い金色をしている。美しい朝日のような金色の瞳に、絹のような美しい白い髪が巻き起こる風にふわりと揺れた。
四本角。彼も竜王なのか。
彼の纏う純白の装束。立襟の羽織には美しい紋様が見える。それだけで、正体は知らずとも高貴なものだということはわかる。
柔らかく飜る裾を揺らし、少年はゆっくりとした足取りでアウファトとジェジーニアの前までやってきた。
「伝承だけでは、真実は伝わらない。竜王に聴かせるなら、相応の語り手が必要だろう?」
フィノと名乗った、エンダールで出会った少年。彼は、竜王だったというのか。
アウファトはまだ事態が飲み込めないでいた。
「ふふ、この間も会ったけど、はじめまして、トルヴァディアの子。僕はフィノイクス。白き竜王。君のお父さんの友人だ」
「ジェジーニアの、父、の?」
フィノイクスは確かに、ジェジーニアの父の友人だと言った。知り合いが四本角だと言っていたのは、そのことかと合点がいった。
「白鱗の君、フィノイクス」
咄嗟に声を上げたのは王だった。
この世界にいる、七人の竜王。そのうちの一人だ。
白き竜王、白鱗の君フィノイクス。ウィルマルトに借りた本にその名があったのを覚えている。
「そうだよ、人の子」
王の言葉に、フィノイクスは穏やかに微笑む。
「いま、ここを預かっているのは僕だからね。君を迎えにきたんだ。随分と長いお昼寝だったね。待ちくたびれたよ、ジェジーニア」
饒舌なフィノイクスは、少年のようなその姿には不釣り合いな威圧感を放つ。代行、と言っていた意味を、アウファトはようやく理解した。黒き竜王亡き後、この地を守ってくれていたのはフィノイクスのようだった。
「君の父上と母上のこと、君が眠っていた間のこと、教えてあげるよ。どこから話そうか。この話は、随分と長くなるけど」
ジェジーニアへと語りかけるフィノイクスの声は楽しげだった。
細められた暁色の瞳はアウファトへと向けられる。
「ああ、そこのお姫様には終わりの始まりから話してあげたほうがよさそうだね」
柔らかく微笑むフィノイクスは、澄んだ声で静かに話し始めた。
神代の終わりの物語を。
リウストラに倣って作られた王宮は、白い柩の作りとよく似ていた。
ジェジーニアもそれは感じているようで、興味深そうに視線をあちこちへ彷徨わせていた。
衛兵に案内され、二人は玉座の間へと通される。
アウファトも、謁見は久しぶりだった。
玉座の間へと続く大きな扉が開く。
いつも、この瞬間は緊張する。開け放たれた扉の先には、玉座があり、そこに王がいる。
リガトラ王国の国王、ラタレラ・フェルタナト・リガトラ。今の国王である。
ジェジーニアとともに、玉座の前まで進んだアウファトは、膝をつき、深く頭を垂れる。
「国王陛下、この度の謁見許可、感謝いたします」
「よく戻ってくれた、アウファト。許可が遅くなってすまない。顔を上げてくれ」
アウファトは顔を上げる。
赤みの強い金の髪に、深い緑の瞳。精悍な顔立ち。は美しい王は、アウファトと同じくらいの年齢だ。
「追加の報告書です」
差し出した報告書は、控えていた衛兵が受け取り、王へと渡す。
「人払いを」
王が告げると、控えていた衛兵は玉座の間の外へと出る。
残されたのは、国王とアウファト、そしてジェジーニアの三人だけとなった。
「陛下、白い揺籠で見つけた、ジェジーニア……竜王の子です」
アウファトの声に王は目を見開く。無理もない。誰もが竜王の子と聞いて驚きを隠せない。神代の終わりに喪われたままの竜王の、子どもだ。
大陸の守護者が戻るのは、国の民としても喜ばしいことだった。
「竜王の、子」
王は玉座から立ち上がり、しっかりとした足取りでジェジーニアの前まで進むと迷いなく跪いた。
「お目にかかれて光栄です、黒き竜王。かつての人の非礼、心より謝罪いたします」
響く声は真摯なものだった。
王が深く頭を下げるなど、見たことがなかった。
深々と首を垂れる王を前に、ジェジーニアは、なぜ彼がそんなことをしているのかわかっていないようだった。
「あう……?」
ジェジーニアは不思議そうにアウファトを見た。これ以上、彼に隠しておくことはできない。
アウファトは覚悟を決めた。
「ジジ、実は」
ため息のように吐き出されたアウファトの声を遮るものがあった。
「そこから先は、調停者であり代行者、預言者である僕が教えてあげるよ」
人払いがされたはずの玉座の間に少年の明るい声が響く。自信と威厳すら感じる、美しく強い声だった。
聞き覚えがあった。つい最近、この声を聞いた記憶がある。
エンダールで会った、フィノという白い少年だ。
子供の声なのに、子供らしからぬ気配を纏った声。
玉座の間、アウファトの背後に旋風が巻き起こる。
振り返ったアウファトに強い風が吹き付ける。目をつぶると、風が止んだ。
おそるおそる目を開けると、風の起きた場所には、あの日見た白い少年の姿があった。しかし、彼の姿はあの日とは少し違った。
朝日のような眩い白金の鱗の長い尾と、大きな竜翼。緩く波打つ四本の角は淡い金色をしている。美しい朝日のような金色の瞳に、絹のような美しい白い髪が巻き起こる風にふわりと揺れた。
四本角。彼も竜王なのか。
彼の纏う純白の装束。立襟の羽織には美しい紋様が見える。それだけで、正体は知らずとも高貴なものだということはわかる。
柔らかく飜る裾を揺らし、少年はゆっくりとした足取りでアウファトとジェジーニアの前までやってきた。
「伝承だけでは、真実は伝わらない。竜王に聴かせるなら、相応の語り手が必要だろう?」
フィノと名乗った、エンダールで出会った少年。彼は、竜王だったというのか。
アウファトはまだ事態が飲み込めないでいた。
「ふふ、この間も会ったけど、はじめまして、トルヴァディアの子。僕はフィノイクス。白き竜王。君のお父さんの友人だ」
「ジェジーニアの、父、の?」
フィノイクスは確かに、ジェジーニアの父の友人だと言った。知り合いが四本角だと言っていたのは、そのことかと合点がいった。
「白鱗の君、フィノイクス」
咄嗟に声を上げたのは王だった。
この世界にいる、七人の竜王。そのうちの一人だ。
白き竜王、白鱗の君フィノイクス。ウィルマルトに借りた本にその名があったのを覚えている。
「そうだよ、人の子」
王の言葉に、フィノイクスは穏やかに微笑む。
「いま、ここを預かっているのは僕だからね。君を迎えにきたんだ。随分と長いお昼寝だったね。待ちくたびれたよ、ジェジーニア」
饒舌なフィノイクスは、少年のようなその姿には不釣り合いな威圧感を放つ。代行、と言っていた意味を、アウファトはようやく理解した。黒き竜王亡き後、この地を守ってくれていたのはフィノイクスのようだった。
「君の父上と母上のこと、君が眠っていた間のこと、教えてあげるよ。どこから話そうか。この話は、随分と長くなるけど」
ジェジーニアへと語りかけるフィノイクスの声は楽しげだった。
細められた暁色の瞳はアウファトへと向けられる。
「ああ、そこのお姫様には終わりの始まりから話してあげたほうがよさそうだね」
柔らかく微笑むフィノイクスは、澄んだ声で静かに話し始めた。
神代の終わりの物語を。
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