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ついのかみ1
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張り詰めた弦を爪先で弾いたような微かな揺れにナオビは目を覚ました。
部屋には、ナオビがいるだけで、誰の姿もない。ただ、空気を震わす禍々しい気配だけがナオビを急かすようにざわめいて、消えた。
「マガツヒ……?」
名を呼んでも、それに応えるものはいない。そこにいるのはナオビだけだ。
それ以降、ナオビがその気配を感じることはなかった。
イザナギの寝所。イザナギの膝の上に抱かれ、脚を大きく広げたマガツヒの腹は、見たこともないくらいに膨らんでいた。
「い、あ……」
マガツヒが白く汚れた唇を震わせる。
「イザナギさま」
マガツヒは背後にいるイザナギの名を呼ぶ。その声は苦しげで、夜色の唇は不規則に浅い息を吐く。
「は、あぅ」
「マガツヒ、いい子だね。もう少しだよ」
張り詰めた夜色の腹を、イザナギは優しく撫でる。腹は、穏やかに脈動していた。
「あう、っく、うまれぅ」
マガツヒは甘い呻きを漏らす。
「う、あ、ァ」
マガツヒの限界まで開かれた蕾から、体液が溢れた。中から赤黒い塊が押し拡げ、粘液とともにずるりとまろび出た。
二つ続けて出てきたそれは、マガツヒによく似た姿をしていた。
「ふ、っあ」
閉じ切らない蕾は粘膜を晒し、戦慄く。
「よく頑張ったね、マガツヒ」
イザナギの白い手が、脱力し凭れかかるマガツヒの夜色の頬を撫でる。
「ヤソマガツヒとオオマガツヒだよ」
「あ、ぅ」
マガツヒは言葉にならない掠れた声をあげた。その表情は恍惚に蕩けて、ひどく満たされたように見えた。
「ナオビ、いるかい」
「イザナギさま」
イザナギがナオビのもとに一人の神を連れてきた。ナオビより少し小さいくらいの背丈の、まだ幼い神だった。
「ヤソマガツヒ。きみの対になる神だよ」
イザナギの声に、ナオビの背筋を冷たいものが走った。
「おれの、つい」
ナオビはひとりごちた。
喉が渇き、声が掠れる。
ナオビの目に映ったのは、夜色の肌の神。髪は血のように赤く、その瞳は夜明けのような眩い金色。指先には、銀色の爪がちらりと見える。
あいつによく似た姿をしている。ナオビはそう思って、そのあいつが誰かわからないことに気がついた。
あいつは?
確かに知っている、知っていたはずの名前が、ぼやけて思い出せない。
おれの、対になる、あいつは。
混乱するナオビの目にイザナギの穏やかな笑みが映り、背が冷えた。
「やめてくれ」
思わず声を漏らしていた。
あいつとおれを、切り離さないで。
その想いは、声にはならなかった。
ただ言葉が胸に溢れて、詰まったみたいに、喉から先には出てこなかった。
「カムナオビ」
イザナギの美しい声が響いた。
ナオビの頬を、温かいものが伝って落ちた。
「今から、きみはカムナオビだよ」
イザナギが名を告げる。それが、自分の名になったのだとわかった。
「イザナギさま」
ナオビはカムナオビとなり、ヤソマガツヒの対の神となった。
それ以降、ナオビはイザナギの寝所へ二度と足を踏み入れることはなかった。
部屋には、ナオビがいるだけで、誰の姿もない。ただ、空気を震わす禍々しい気配だけがナオビを急かすようにざわめいて、消えた。
「マガツヒ……?」
名を呼んでも、それに応えるものはいない。そこにいるのはナオビだけだ。
それ以降、ナオビがその気配を感じることはなかった。
イザナギの寝所。イザナギの膝の上に抱かれ、脚を大きく広げたマガツヒの腹は、見たこともないくらいに膨らんでいた。
「い、あ……」
マガツヒが白く汚れた唇を震わせる。
「イザナギさま」
マガツヒは背後にいるイザナギの名を呼ぶ。その声は苦しげで、夜色の唇は不規則に浅い息を吐く。
「は、あぅ」
「マガツヒ、いい子だね。もう少しだよ」
張り詰めた夜色の腹を、イザナギは優しく撫でる。腹は、穏やかに脈動していた。
「あう、っく、うまれぅ」
マガツヒは甘い呻きを漏らす。
「う、あ、ァ」
マガツヒの限界まで開かれた蕾から、体液が溢れた。中から赤黒い塊が押し拡げ、粘液とともにずるりとまろび出た。
二つ続けて出てきたそれは、マガツヒによく似た姿をしていた。
「ふ、っあ」
閉じ切らない蕾は粘膜を晒し、戦慄く。
「よく頑張ったね、マガツヒ」
イザナギの白い手が、脱力し凭れかかるマガツヒの夜色の頬を撫でる。
「ヤソマガツヒとオオマガツヒだよ」
「あ、ぅ」
マガツヒは言葉にならない掠れた声をあげた。その表情は恍惚に蕩けて、ひどく満たされたように見えた。
「ナオビ、いるかい」
「イザナギさま」
イザナギがナオビのもとに一人の神を連れてきた。ナオビより少し小さいくらいの背丈の、まだ幼い神だった。
「ヤソマガツヒ。きみの対になる神だよ」
イザナギの声に、ナオビの背筋を冷たいものが走った。
「おれの、つい」
ナオビはひとりごちた。
喉が渇き、声が掠れる。
ナオビの目に映ったのは、夜色の肌の神。髪は血のように赤く、その瞳は夜明けのような眩い金色。指先には、銀色の爪がちらりと見える。
あいつによく似た姿をしている。ナオビはそう思って、そのあいつが誰かわからないことに気がついた。
あいつは?
確かに知っている、知っていたはずの名前が、ぼやけて思い出せない。
おれの、対になる、あいつは。
混乱するナオビの目にイザナギの穏やかな笑みが映り、背が冷えた。
「やめてくれ」
思わず声を漏らしていた。
あいつとおれを、切り離さないで。
その想いは、声にはならなかった。
ただ言葉が胸に溢れて、詰まったみたいに、喉から先には出てこなかった。
「カムナオビ」
イザナギの美しい声が響いた。
ナオビの頬を、温かいものが伝って落ちた。
「今から、きみはカムナオビだよ」
イザナギが名を告げる。それが、自分の名になったのだとわかった。
「イザナギさま」
ナオビはカムナオビとなり、ヤソマガツヒの対の神となった。
それ以降、ナオビはイザナギの寝所へ二度と足を踏み入れることはなかった。
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