夜街迷宮

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夜街迷宮

ひとりの夜と嵐*

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 ルイのホテルを出て、ユーシーが部屋に帰ってきたのは夜になってからだった。さすがに三日もルイの部屋に入り浸っていると、家に置いたままの電話のことが気になった。

 ベッドサイドのキャビネットの上、無造作に放られた小銭の側で充電コードに繋がったままのスマートフォンは、静かなものだった。画面のロックを解除したが特に通知は届いておらず、ユーシーは安堵してその身をベッドに投げ出した。
 ジンに連絡用にと持たされたスマートフォンは、いつも部屋に置いたままだった。失くしたり壊したりすれば怒られるし、操作もあまり得意ではなかったのであまり触りたくなかった。だから、よほどのことがない限りはベッドの側のキャビネットの上が定位置になっていた。
 ひとまず帰ってきた目的であるスマートフォンの確認が何事もなく済んで、ユーシーはぼんやりと天井を見上げた。

 三日間たっぷりとルイに愛された身体からは、ずっと触れ合っていたせいか、微かにルイの匂いがする。同じシャンプーを使っていたので髪も同じ匂いで落ち着かない。
 ユーシーはそんな甘いざわめきを振り切るように起き上がると腕立て、腹筋、背筋、スクワットをして、ランニングに出た。

 いつの間にか通り雨でも降ったのか、街には無数の水溜まりができていた。
 日が暮れてなお湿度の高い街を、人の少ない道を選んで走る。
 路上のあちこちにできた水溜りは輝くネオンを眩く反射していた。
 横切った大通りは深夜なのに人が多かった。
 ざわめきの絶えない夜の街。消えないネオン看板が空を覆い、賑やかに街を彩る。
 雨上がりの街は、水溜まりに乱反射するネオンのせいでいつもより眩しい。
 喧騒を聞きながら一時間ほどのランニングから戻ると、すっかり汗だくだった。
 ルーティンを終えたユーシーはシャワーを浴びて、ベッドに寝そべる。

 ルイに愛される快感を、身体はまだ鮮明に覚えていた。甘えるような低い声、温かな手のひら、弾力のある唇。
 身体が覚えているルイの記憶を探るたびに腹の奥が疼く。
 ユーシーはベッドサイドのキャビネットからローションのボトルとシリコン製のディルドを手探りで取り出した。
 後孔を指で解して、ローションを塗り込め、シリコン製のディルドにローションをまぶして後孔に擦り付ける。

「っあ、ルイ、して」

 声が止められない。乳首が尖り、性器は腹につきそうなくらいに反ってカウパーをだらだらと零す。 
 ディルドを押し込むと、蕾はひくつきながら簡単に飲み込んでいく。

「ルイ、うあ」

 潜り込んだディルドは窄まった肉襞に引っかかる。捏ね回しているうちに、肉襞を捲り上げ、シリコン製の弾力のあるディルドが最奥まで埋まった。
 最奥の肉壁を、ディルドの先端が小突く。

「ひ、あ」

 喉が引き攣り、視界が白く弾けた。
 腹に熱い飛沫が散る。
 甘い快感が背筋を駆け上がり、脳まで甘く痺れる。
 それでも物足りなさを感じるのは、腹の奥に放たれるものがないからだとわかっていた。
 どうせ孕む心配のない身体なのだ。思い切りぶちまけてほしい。腹の中を満たす熱い質量も最奥を熱く濡らす迸りも何もかもが足りない。
 ひくひくと震える腹筋。
 中で快感を貪りながら、ユーシーは物足りなさに身体を捩る。

「っあ、るい、るい……ッ」

 甘く鼓膜を震わせる低音が恋しい。自分だけに向けられる温かな笑みが恋しい。
 名前を口にするだけで、身体が熱くなって、胸が痛んだ。
 はあ、と深く息を吐く。
 吐精の後の気怠さが全身にまとわりついている。思考はぼんやりと霞んで、何も考えられない。
 ユーシーは後孔に咥え込んだままのディルドをゆっくりと引き抜く。

「ん、ぅ」

 萎えることのないそれは出て行く時も容赦なく中をこそいでいく。漏れる喘ぎを噛み殺しながら全部引き抜いて、ユーシーはようやく脱力した。
 今から片付けをしようという気にはならなかった。全部明日やろうと思いながら、足元に丸まったタオルケットを引き寄せる。
 空調とは別の、自分一人で過ごす夜の寒さにユーシーは小さく身震いした。
 一人の夜をどう過ごしていたか思い出せない。こんなに冷たく、寂しいものだっただろうかと、ユーシーはぼんやり考える。
 名前を呼ぶとまた寂しくなる気がして、ユーシーは黙ったままごわつくタオルケットにくるまって目を閉じた。



 それから数日、部屋と地下闘技場を往復する日が続いた。
 ルイは忙しいのか、地下闘技場で顔を合わせることもなかった。
 たまにジンの部屋に顔を出しても、部下がいるだけでジンの姿はなかった。部下にジンの行方を訊いても忙しいの一点張りで、何も教えてもらえなかった。
 ユーシーは渋々家に帰って一人で過ごした。
 胸がざわつく。
 寂しいからではなかった。静かなのに、自分から見えない場所で力の及ばない何かが動いているような、そんな感じだった。
 淡い焦燥感が、胸を炙る。
 ルイも、ジンも、レイもいない。
 嵐が来るような、そんな胸騒ぎを感じながら眠りに落ちて、起き出した夕暮れ前の窓の外は薄曇りだった。
 それでもなんとなく誰かに会いたくて、ユーシーは家を出て、ディアーナのスタジオへ向かった。

 夜へ向かう街は、闇が迫る中、ざわめきが濃くなり始める。ユーシーは歩き慣れた裏通りの道を辿り、ディアーナのスタジオのドアを開けた。

「あら、いらっしゃい」

 ドアベルが涼やかに鳴り、次いでディアーナの明るい声がした。
 暗いブラウンの内装で統一された上品な雰囲気のスタジオには、ディアーナの姿があるだけだった。

 長身のすらりとした体躯に、長い髪はハーフアップ にされている。はっきりとした整った顔立ちには華やかな化粧が施され、中性的な雰囲気を作っている。

 いつもなら日が暮れても客が誰かしらいるのだが、珍しく今日は誰もいなかった。
 ディアーナは快くユーシーを招き入れてくれた。

「今日はもう店仕舞いだから、ゆっくりしていって」

 通されたのは、ウェイティング用の応接セットだった。ヴィンテージ風のソファに座って待っているとディアーナはチャイを出してくれた。マグカップに注がれた湯気の踊るチャイ。ユーシーはディアーナの作るチャイが好きだった。

「どうぞ、ユーシー。熱いから気をつけて。最近みんな忙しいみたいで、あたしも暇だったのよ」

 ディアーナはユーシーの向かいに座った。

「例の人とは順調?」

 話題はもちろんルイのことだった。前に会ってから、ディアーナには会っていなかった。だから、ちゃんとルイの話をするのは今回が初めてだ。

「うん、まぁね」

 ユーシーはチャイを一口飲んだ。スパイスの香りが鼻に抜ける。ディアーナの作るチャイの香りが好きだった。ほんのり感じる甘味が喉に優しく染み渡る。

「ならよかったわ」
「俺、話したんだ。殺し屋だって。でも、あいつ、それでも、好きだって」
「愛されてるのね、そこまで言ってくれるなら、絶対捕まえときなさい。大当たりよ」
「うん」

 それからしばらく、他愛無い話をした。ジンの愚痴だったり、飲み屋で出会した変な客の話だったり。辺りがすっかり暗くなっても、話が途切れることはなかった。

 ひとしきり話し終えた頃には、三杯目のチャイヲ飲み終えて、外はすっかり夜の色に染まっていた。

「またね、ユーシー。嵐が来るみたいだから、気をつけて」
「うん、ディアーナも」

 ユーシーは晴々とした気分で手を振ってディアーナと別れた。久しぶりにたくさん人と話した気がする。いい気分転換になった。
 このところ感じていた息苦しい閉塞感のようなものが無くなった気がした。



 それから三日後、街に嵐がやってきた。
 ユーシーは家に閉じこもったまま、過ぎ去るのを待った。
 轟々と唸る風の音、窓ガラスに打ち付ける硬い雨粒の音。
 ベッドの上でひとりで丸まっていると、昔のことを思い出す。

 風の音に怯えた夜。
 空腹に耐えた夜。

 心臓が煩く鳴って、なのに、胸の奥は恐ろしく冷たい。胸に鉛でも詰まったみたいに、息がうまくできない。

「……っ、う、やだぁ」

 苦しくて、涙が零れた。
 ずっとほったらかしにしていた身体が熱を持っている。
 早く会いたい。

「るい……」

 涙を溢しながら、ユーシーはか細い声でルイを呼んだ。
 嵐の夜をひとりで越えることなんて、なんでもないと思っていた。布団を被って眠ってしまえば大丈夫だと思っていた。
 だから、こんなふうになるなんて、思いもしなかった。
 ルイに会いたい。
 溢れた涙が、タオルケットに染み込んでいく。
 ユーシーは身体を小さく丸めて涙に濡れた目を閉じた。
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