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とろける琥珀と石油王
冷たい朝
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ユーシーが朝の訪れを知ったのは、部屋を包む青白い薄明かりと寒さでだった。
身体が冷えている。肩が冷たい。足先もだ。
寒いのは怖い。死がすぐそばにあるような感覚が、孤独感が膨れ上がる感覚が、ユーシーは苦手だった。
なんとかそれから逃れたくて、ユーシーは手探りでルイを探した。すぐそばにあった温もりに擦り寄ると、包み込むように抱きしめられる。
力強い腕の心地好い温もりに包まれて、冷えた身体にルイの温度が優しく滲んでいく。
「ユーシー」
甘い声に呼ばれる。それが意図したものなのか無意識のものなのかユーシーにはわからない。
それでも、その優しい声はユーシーに安堵を与えてくれる。優しく強い腕の中に収まって、ユーシーの意識は再び溶け出していった。
真っ白い光がユーシーを目覚めへと誘う。拒むように布団に潜るユーシーにちょっかいをかけるのは、猫のジェイだった。
柔らかな手先でユーシーの髪にじゃれつくので、ユーシーはまだ重たい瞼を擦りながら渋々起き上がる。
悪戯を仕掛けてきたジェイの姿を探すと、枕元にすました顔で座ってユーシーを見ていた。
もう起き出しているのか、隣にいたはずのルイの姿は見えなかった。
胸に生まれた寂しさを誤魔化すようにユーシーはジェイを抱き上げ、寝間着姿のままキッチンへと向かった。
なんだか身体が熱っぽい。喉の痛みも頭痛もないが、なんだか怠かった。
白を基調としたキッチンには、アダムの姿があった。アイランドキッチンになっていて、ダイニングもリビングも見渡せるようになっている。
白いカットソーにデニムというラフな格好でそこに立っているにもかかわらず、朝の白い光に照らされるアダムの姿は神々しさすら感じる。
キッチンに着くと、ジェイはユーシーの腕を抜け出して床に飛び降りた。ジェイの向かった先、キッチンの隅にはジェイの朝食が用意されていた。
「おはようございます、ユーシー」
「おはよ、アダム」
「よく眠れましたか?」
「うん」
ルイのベッドはホテルのようで気持ちよかった。よく眠れたはずなのに。身体にまとわりつく倦怠感と熱っぽさにユーシーはアダムを見上げる。
「アダム、俺、熱あるかも」
ユーシーの言葉に、アダムは少しだけ目を見開いてその手のひらをユーシーの額に押し当てた。家事をしていた冷たい手のひらが心地好い。
「これは……」
アダムの涼しげな瞳が心配そうにユーシーを覗き込んだ。
「喉は痛く無いですか? 頭痛は?」
「ん、大丈夫」
「それはよかった。でも、ベッドに戻りましょう」
アダムの穏やかな声に促され、ユーシーはベッドルームに連れて行かれた。
自分の部屋として与えられた部屋を見回す。明るいグレーの壁に、シンプルな家具が設えられた部屋。大きな窓からは明るい光が差し込んでいる。
ユーシーが香港で住んでいた部屋とは比べ物にならないくらい綺麗な部屋だった。自分がここで暮らすことになったなんて、まだ信じられないでいた。
ベッドに上がると、アダムが布団をかけてくれた。柔らかくて温かいベッドがユーシーの身体を優しく受け止めてくれる。
「きつそうなら医者を呼びますから、言ってくださいね」
アダムの白い手が優しく頭を撫でてくれた。
「季節の変わり目はいつもこうなるから。寝てたら治るよ」
少し心細かったユーシーは、撫でてくれる優しい手のひらに表情を緩めた。
いつもならジンが小言混じりに世話を焼いてくれるところだが、ここではアダムがそれをしてくれる。もちろんアダムは小言は言わないが。
こんなとき、誰かがいてくれるのは安心する。ユーシーは小さく息を吐いた。
涼しげなアダムの目は慈愛に満ちている。どこかジンを彷彿とさせる涼しげな目に、ユーシーの胸は少しだけざわめいた。
「今日はここでゆっくりしていてください。食事を持ってきます」
アダムは微笑みを残して部屋を出ていった。
夏の終わり、ユーシーは決まって体調を崩す。日記をつけているわけではないが、夏が終わる頃には必ず、だった。香港ではいつも、ジンが世話をしてくれた。ジンが普段より少しだけ優しくなるので悪くないと思っていた。
いつもは一人でも大丈夫なのに、体調を崩すと途端に誰かが恋しくなる。朝からずっと姿を見ていないルイのことを思い出して胸の奥が小さく痛んだ。
きっと仕事をしているのだろう。
天井を眺めてベッドでぼんやりしていると、部屋に足音が近づいてきた。
「ユーシー、食事です」
アダムが持ってきてくれたのは湯気のゆらめくスープボウルだった。覚えのある匂いがして、ユーシーはゆっくりと身体を起こす。
「熱いので、気をつけて」
渡されたトレイに乗ったスープボウルには、温かな中華粥が入っていた。
「初めて作ったのであなたの口に合うかはわかりませんが」
「どうしたの、これ」
「ルイにユーシーの好物だと聞いていたので」
ルイと一緒に行ったシン婆の店を思い出す。ルイはあれを覚えていてくれたのだろうか。
まさか中華粥を作ってもらえるとは思っていなかったユーシーからは自然と笑みが零れる。
アダムが自分のためにわざわざ作ってくれたのが嬉しかった。
「ふふ、嬉しい。ありがとう。アダム」
「こんな時は好きなものを食べて休むに限りますから。飲み物を持ってきます。火傷しないように、ゆっくり食べていてください」
アダムはまたキッチンに戻っていった。
アダムの作った中華粥は美味しかった。シン婆の店で食べたのとは違う味付けだが、鶏の味がしてユーシーの好きな味だった。
食事の後、ユーシーは少し眠った。まだ時差ボケがあるようで、眠かったのですぐに寝ついてしまった。
身体が冷えている。肩が冷たい。足先もだ。
寒いのは怖い。死がすぐそばにあるような感覚が、孤独感が膨れ上がる感覚が、ユーシーは苦手だった。
なんとかそれから逃れたくて、ユーシーは手探りでルイを探した。すぐそばにあった温もりに擦り寄ると、包み込むように抱きしめられる。
力強い腕の心地好い温もりに包まれて、冷えた身体にルイの温度が優しく滲んでいく。
「ユーシー」
甘い声に呼ばれる。それが意図したものなのか無意識のものなのかユーシーにはわからない。
それでも、その優しい声はユーシーに安堵を与えてくれる。優しく強い腕の中に収まって、ユーシーの意識は再び溶け出していった。
真っ白い光がユーシーを目覚めへと誘う。拒むように布団に潜るユーシーにちょっかいをかけるのは、猫のジェイだった。
柔らかな手先でユーシーの髪にじゃれつくので、ユーシーはまだ重たい瞼を擦りながら渋々起き上がる。
悪戯を仕掛けてきたジェイの姿を探すと、枕元にすました顔で座ってユーシーを見ていた。
もう起き出しているのか、隣にいたはずのルイの姿は見えなかった。
胸に生まれた寂しさを誤魔化すようにユーシーはジェイを抱き上げ、寝間着姿のままキッチンへと向かった。
なんだか身体が熱っぽい。喉の痛みも頭痛もないが、なんだか怠かった。
白を基調としたキッチンには、アダムの姿があった。アイランドキッチンになっていて、ダイニングもリビングも見渡せるようになっている。
白いカットソーにデニムというラフな格好でそこに立っているにもかかわらず、朝の白い光に照らされるアダムの姿は神々しさすら感じる。
キッチンに着くと、ジェイはユーシーの腕を抜け出して床に飛び降りた。ジェイの向かった先、キッチンの隅にはジェイの朝食が用意されていた。
「おはようございます、ユーシー」
「おはよ、アダム」
「よく眠れましたか?」
「うん」
ルイのベッドはホテルのようで気持ちよかった。よく眠れたはずなのに。身体にまとわりつく倦怠感と熱っぽさにユーシーはアダムを見上げる。
「アダム、俺、熱あるかも」
ユーシーの言葉に、アダムは少しだけ目を見開いてその手のひらをユーシーの額に押し当てた。家事をしていた冷たい手のひらが心地好い。
「これは……」
アダムの涼しげな瞳が心配そうにユーシーを覗き込んだ。
「喉は痛く無いですか? 頭痛は?」
「ん、大丈夫」
「それはよかった。でも、ベッドに戻りましょう」
アダムの穏やかな声に促され、ユーシーはベッドルームに連れて行かれた。
自分の部屋として与えられた部屋を見回す。明るいグレーの壁に、シンプルな家具が設えられた部屋。大きな窓からは明るい光が差し込んでいる。
ユーシーが香港で住んでいた部屋とは比べ物にならないくらい綺麗な部屋だった。自分がここで暮らすことになったなんて、まだ信じられないでいた。
ベッドに上がると、アダムが布団をかけてくれた。柔らかくて温かいベッドがユーシーの身体を優しく受け止めてくれる。
「きつそうなら医者を呼びますから、言ってくださいね」
アダムの白い手が優しく頭を撫でてくれた。
「季節の変わり目はいつもこうなるから。寝てたら治るよ」
少し心細かったユーシーは、撫でてくれる優しい手のひらに表情を緩めた。
いつもならジンが小言混じりに世話を焼いてくれるところだが、ここではアダムがそれをしてくれる。もちろんアダムは小言は言わないが。
こんなとき、誰かがいてくれるのは安心する。ユーシーは小さく息を吐いた。
涼しげなアダムの目は慈愛に満ちている。どこかジンを彷彿とさせる涼しげな目に、ユーシーの胸は少しだけざわめいた。
「今日はここでゆっくりしていてください。食事を持ってきます」
アダムは微笑みを残して部屋を出ていった。
夏の終わり、ユーシーは決まって体調を崩す。日記をつけているわけではないが、夏が終わる頃には必ず、だった。香港ではいつも、ジンが世話をしてくれた。ジンが普段より少しだけ優しくなるので悪くないと思っていた。
いつもは一人でも大丈夫なのに、体調を崩すと途端に誰かが恋しくなる。朝からずっと姿を見ていないルイのことを思い出して胸の奥が小さく痛んだ。
きっと仕事をしているのだろう。
天井を眺めてベッドでぼんやりしていると、部屋に足音が近づいてきた。
「ユーシー、食事です」
アダムが持ってきてくれたのは湯気のゆらめくスープボウルだった。覚えのある匂いがして、ユーシーはゆっくりと身体を起こす。
「熱いので、気をつけて」
渡されたトレイに乗ったスープボウルには、温かな中華粥が入っていた。
「初めて作ったのであなたの口に合うかはわかりませんが」
「どうしたの、これ」
「ルイにユーシーの好物だと聞いていたので」
ルイと一緒に行ったシン婆の店を思い出す。ルイはあれを覚えていてくれたのだろうか。
まさか中華粥を作ってもらえるとは思っていなかったユーシーからは自然と笑みが零れる。
アダムが自分のためにわざわざ作ってくれたのが嬉しかった。
「ふふ、嬉しい。ありがとう。アダム」
「こんな時は好きなものを食べて休むに限りますから。飲み物を持ってきます。火傷しないように、ゆっくり食べていてください」
アダムはまたキッチンに戻っていった。
アダムの作った中華粥は美味しかった。シン婆の店で食べたのとは違う味付けだが、鶏の味がしてユーシーの好きな味だった。
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