39 / 48
とろける琥珀と石油王
撮影
しおりを挟む
「ユーシー、深呼吸を」
リビングの、モダンなデザインのソファの上。深く腰掛けたアダムの脚を跨ぐように座ったユーシーは、うるさく鳴り響くばかりの鼓動に辟易しながら俯いた。
「うん」
アダムの優しい静かな声が聞こえて、言われるままに深呼吸を一回すると、うるさく鳴り響く鼓動が少しだけ静かになった。
「いい子ですね、では、私の目を見て」
「ん……」
おそるおそるアダムの瞳を覗き込む。淡いグレーのガラスのような澄んだ瞳が見える。冷たそうに見えるのに優しいアダムは、初めて会った時から、美しい目をしていると思っていた。
「緊張しますね。初めは誰でもそうですよ」
アダムが目を細めた。その美しい目は何もかもお見通しだ。
「ルイと同じようにとはいきませんが、今は私に委ねて、ユーシー」
穏やかな低音は甘やかにユーシーの鼓膜を揺らす。
言われるまま、ユーシーはアダムに身体を預けた。
シャッターの音が聞こえる。
布越しとはいえ、アダムの肌の温もりがわかる。うるさい鼓動も全部アダムに聞かれてしまいそうだった。
アダムとくっつくのも緊張しているユーシーを見かねて、アダムは優しくリードしてくれた。おかげで緊張も解けて、寝室のシーンを撮る頃にはエゼキエルから褒められるくらいだった。
無事に撮影を終え、着替えてリビングで一息つくと、エゼキエルは二人に温かいお茶を淹れてくれた。
「お疲れ様、アディ」
「アディ?」
「ここでの私の名前ですよ。さすがに本名を使うのはセキュリティ上よろしくないので」
「ユーシーも何か名前をつけようか」
エゼキエルの提案に、ユーシーは頷く。
「愛称はあるかい?」
「シャオユー。シャオは小さい、ユーは、雨っていう意味だよ」
「シャオユーか。うーん、それならプリュイはどうだろう。フランス語で、雨だ」
「ぷ……? 可愛すぎるよ。ユーでいい」
ユーシーは肩を竦めてみせた。
その日の撮影はそこでお開きになった。アルバイト代は手渡しで綺麗な白い封筒に入れて渡された。
「お疲れ様、ユー。これは君の初めてのお給料かな?」
「ん、ありがとう」
「予定が合ったらまたアディと来てくれると嬉しい。君とアディはいい刺激になってくれる」
「だそうですよ、ユー」
「ふふ、また来るよ」
二人がエゼキエルの家を出る頃には、陽は大きく西に傾いていた。
エゼキエルが撮った写真が思わぬ話題となったことを知らされたのは、その翌週のことだった。アダムから聞かされた話によると、SNSでアダムとユーシーが一緒に写った写真の反響が止まらないらしい。
エゼキエルには世界各地にファンがいて、エゼキエルは定期的に新しい写真を公開している。今まではサイトにひっそりとまとめていただけだったが、写真集にしてくれという声が多く、急遽写真集を作ることになったらしい。
エゼキエルの写真はニッチな層に受けが良いのだとアダムが言った。
エゼキエルから写真集の撮影スケジュールが届いたのはその翌日のことだった。
「また撮影?」
「ええ。写真集を出すそうで」
「写真集?」
それにはルイも興味があるようだった。
「今度の撮影は僕も行くよ」
そして、撮影にはルイも同席することになった。心強いような、見られたくないような、複雑な気分だった。
アダムと、密着したところを見られるのだろうか。ルイはやきもちを妬かないのか。ユーシーの頭の中にはそんなことがぐるぐると巡っていた。
そして当日。
丸一日、アダムと一緒にエゼキエルのカメラを向けられた。衣装は前回と同じだった。今回はそれにルイの視線が加わる。
何をしていてもルイの視線を感じる。時々追うと、その先には柔らかな笑みが見えた。
「この間よりもいい顔をするようになったね」
エゼキエルに褒められた。
心地好い緊張感の中、撮影は進んだ。
不思議な世界だった。
虚構を、本物みたいにする魔法みたいだとユーシーは思う。
映画は動くけれど、写真は動かない。なのに、エゼキエルの写真には確かに、息遣いや温度や声までも聞こえてくるように思えた。
「疲れた……」
「お疲れ様、ユーシー」
ルイに寄り添われソファに掛けると、片付けを終えたエゼキエルが飲み物とともにパソコンとタブレットを持ってきた。
「お疲れ様、ユー、ルイ。これが今日の写真だ」
ユーシーは隣にいるルイとともに渡されたタブレットの画面に表示される写真を眺める。
画面いっぱいに映るのは、ユーシーとアダムが映った写真だった。
「ピックアップはしてあるから、好きな写真があったら教えて。こうすると写真が変わるよ」
エゼキエルの指先が横向きに画面を撫でると、写真が切り替わった。
ユーシーは指先で画面を撫でる。自分の写真などほとんど見たことがなかったユーシーには新鮮だった。自分はこんな顔をしているのか。鏡で見るのとはまた少し違う自分の顔に、自分じゃないみたいだと思いながら眺める。ルイは静かに隣にいた。
「お疲れ様、アディ」
「お疲れ様でした。確認ですか」
顔を上げると、着替えを終えたアダムが戻ってきたところだった。
「アダム」
「お疲れ様です、ユーシー」
「お疲れ様」
「二人とも、素敵な写真だね」
「エゼキエルのおかげです」
「そう言ってもらえて光栄だ。ユーシーが来てくれたおかげで新しいインスピレーションが湧いた。礼を言うよ、ユーシー」
エゼキエルの言葉がユーシーの胸を優しくくすぐった。ユーシーは曖昧に微笑む。こんなとき、何と言えばいいのかわからないでいると、ルイがそっと手を握ってくれた。
「俺も、嬉しい」
ユーシーが躊躇いがちに口にした言葉に、エゼキエルは静かに微笑んだ。
「エゼキエル、写真集ができたらディアーナにあげたいんだけど」
「ディアーナ?」
「この刺青を彫った人」
皆が褒めてくれるユーシーの刺青は、ディアーナの作品だ。せっかくだから、ディアーナにも見せてやりたいと思った。
「構わないよ。送り先を教えてくれるかい。完成したらユーシーの名義で送るよ」
「ありがとう」
送り先をエゼキエルに伝え、撮影は無事に終わった。
リビングの、モダンなデザインのソファの上。深く腰掛けたアダムの脚を跨ぐように座ったユーシーは、うるさく鳴り響くばかりの鼓動に辟易しながら俯いた。
「うん」
アダムの優しい静かな声が聞こえて、言われるままに深呼吸を一回すると、うるさく鳴り響く鼓動が少しだけ静かになった。
「いい子ですね、では、私の目を見て」
「ん……」
おそるおそるアダムの瞳を覗き込む。淡いグレーのガラスのような澄んだ瞳が見える。冷たそうに見えるのに優しいアダムは、初めて会った時から、美しい目をしていると思っていた。
「緊張しますね。初めは誰でもそうですよ」
アダムが目を細めた。その美しい目は何もかもお見通しだ。
「ルイと同じようにとはいきませんが、今は私に委ねて、ユーシー」
穏やかな低音は甘やかにユーシーの鼓膜を揺らす。
言われるまま、ユーシーはアダムに身体を預けた。
シャッターの音が聞こえる。
布越しとはいえ、アダムの肌の温もりがわかる。うるさい鼓動も全部アダムに聞かれてしまいそうだった。
アダムとくっつくのも緊張しているユーシーを見かねて、アダムは優しくリードしてくれた。おかげで緊張も解けて、寝室のシーンを撮る頃にはエゼキエルから褒められるくらいだった。
無事に撮影を終え、着替えてリビングで一息つくと、エゼキエルは二人に温かいお茶を淹れてくれた。
「お疲れ様、アディ」
「アディ?」
「ここでの私の名前ですよ。さすがに本名を使うのはセキュリティ上よろしくないので」
「ユーシーも何か名前をつけようか」
エゼキエルの提案に、ユーシーは頷く。
「愛称はあるかい?」
「シャオユー。シャオは小さい、ユーは、雨っていう意味だよ」
「シャオユーか。うーん、それならプリュイはどうだろう。フランス語で、雨だ」
「ぷ……? 可愛すぎるよ。ユーでいい」
ユーシーは肩を竦めてみせた。
その日の撮影はそこでお開きになった。アルバイト代は手渡しで綺麗な白い封筒に入れて渡された。
「お疲れ様、ユー。これは君の初めてのお給料かな?」
「ん、ありがとう」
「予定が合ったらまたアディと来てくれると嬉しい。君とアディはいい刺激になってくれる」
「だそうですよ、ユー」
「ふふ、また来るよ」
二人がエゼキエルの家を出る頃には、陽は大きく西に傾いていた。
エゼキエルが撮った写真が思わぬ話題となったことを知らされたのは、その翌週のことだった。アダムから聞かされた話によると、SNSでアダムとユーシーが一緒に写った写真の反響が止まらないらしい。
エゼキエルには世界各地にファンがいて、エゼキエルは定期的に新しい写真を公開している。今まではサイトにひっそりとまとめていただけだったが、写真集にしてくれという声が多く、急遽写真集を作ることになったらしい。
エゼキエルの写真はニッチな層に受けが良いのだとアダムが言った。
エゼキエルから写真集の撮影スケジュールが届いたのはその翌日のことだった。
「また撮影?」
「ええ。写真集を出すそうで」
「写真集?」
それにはルイも興味があるようだった。
「今度の撮影は僕も行くよ」
そして、撮影にはルイも同席することになった。心強いような、見られたくないような、複雑な気分だった。
アダムと、密着したところを見られるのだろうか。ルイはやきもちを妬かないのか。ユーシーの頭の中にはそんなことがぐるぐると巡っていた。
そして当日。
丸一日、アダムと一緒にエゼキエルのカメラを向けられた。衣装は前回と同じだった。今回はそれにルイの視線が加わる。
何をしていてもルイの視線を感じる。時々追うと、その先には柔らかな笑みが見えた。
「この間よりもいい顔をするようになったね」
エゼキエルに褒められた。
心地好い緊張感の中、撮影は進んだ。
不思議な世界だった。
虚構を、本物みたいにする魔法みたいだとユーシーは思う。
映画は動くけれど、写真は動かない。なのに、エゼキエルの写真には確かに、息遣いや温度や声までも聞こえてくるように思えた。
「疲れた……」
「お疲れ様、ユーシー」
ルイに寄り添われソファに掛けると、片付けを終えたエゼキエルが飲み物とともにパソコンとタブレットを持ってきた。
「お疲れ様、ユー、ルイ。これが今日の写真だ」
ユーシーは隣にいるルイとともに渡されたタブレットの画面に表示される写真を眺める。
画面いっぱいに映るのは、ユーシーとアダムが映った写真だった。
「ピックアップはしてあるから、好きな写真があったら教えて。こうすると写真が変わるよ」
エゼキエルの指先が横向きに画面を撫でると、写真が切り替わった。
ユーシーは指先で画面を撫でる。自分の写真などほとんど見たことがなかったユーシーには新鮮だった。自分はこんな顔をしているのか。鏡で見るのとはまた少し違う自分の顔に、自分じゃないみたいだと思いながら眺める。ルイは静かに隣にいた。
「お疲れ様、アディ」
「お疲れ様でした。確認ですか」
顔を上げると、着替えを終えたアダムが戻ってきたところだった。
「アダム」
「お疲れ様です、ユーシー」
「お疲れ様」
「二人とも、素敵な写真だね」
「エゼキエルのおかげです」
「そう言ってもらえて光栄だ。ユーシーが来てくれたおかげで新しいインスピレーションが湧いた。礼を言うよ、ユーシー」
エゼキエルの言葉がユーシーの胸を優しくくすぐった。ユーシーは曖昧に微笑む。こんなとき、何と言えばいいのかわからないでいると、ルイがそっと手を握ってくれた。
「俺も、嬉しい」
ユーシーが躊躇いがちに口にした言葉に、エゼキエルは静かに微笑んだ。
「エゼキエル、写真集ができたらディアーナにあげたいんだけど」
「ディアーナ?」
「この刺青を彫った人」
皆が褒めてくれるユーシーの刺青は、ディアーナの作品だ。せっかくだから、ディアーナにも見せてやりたいと思った。
「構わないよ。送り先を教えてくれるかい。完成したらユーシーの名義で送るよ」
「ありがとう」
送り先をエゼキエルに伝え、撮影は無事に終わった。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる