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第一章
第十二話 甘すぎる夜 1
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まったく訳が分からない。その後、私付きということでバネッサとマリアというふたりが部屋にやってきた。
どこからどうみて上流貴族だろう。立ち居振る舞いも言葉遣いも洗練されている。
殿下の本気を感じて、身震いしそうになる。
「アンネ様? まだ体調がすぐれませんか?」
結局なぜか彼の婚約者になってしまったから、悩んでいるなどもちろん言えず曖昧に微笑んで見せる。
そして、ふたりに私の部屋という部屋に案内された。
正式な婚姻もしていないのに、明らかに未来の正妃の部屋とわかるそこに、さらに落ち込みそうになる。
それにしても、私のような婚約者に、このふたりがいい感情を持つわけがない。
そんなことを思っていたが、意外にもふたりは私に友好的だった。
「アンネ様は本当にすごい方ですね」
さきほど眠ったことで体調も回復したため、夕食を一緒にとることになってしまった私は、湯殿で完璧に磨き上げられ、ドレスを着せられていた。
その時に聞こえた意外過ぎるセリフ。
「どうしてですか?」
「アンネ様、私たちにそのようなお言葉遣いは無用です」
私より年上のバネッサにビシっと言われてしまい、私は「努力、します」とだけ答えた。
しばらく身分を隠していることで、いつのまにか令嬢としてのふるまいは抜けてしまっているのも事実だが、私は殿下がどこからか拾ってきた得体も知れない婚約者だ。
どのように振舞うのが正しいのか、全く分からない。
「カルロ殿下は今までどれほどの縁談があったとお思いですか?」
ドレスの次は髪をと、華やかに結い上げながら、マリアがニコニコと口を開く。
たしかに、私が知っているだけでもかなりあった。どの令嬢とも適当な付き合いをしていると思っていた。
浮名を流す最低な王子、それが私の中の評価だった。
「そんな名だたる令嬢ではなく、アンネ様をお選びになったなど、本当に愛されている証拠ですわ」
最後のセリフに、私は驚きすぎて振り返りそうになり、それを阻止するように頭を前に向かされた。
まったく違うのに。事実はそんな甘さはまったくないし、ただ疑いを持った危険分子を近くに置きたいだけだろう。
きっと今頃、私のことは調べているはず……。
どこまで王家の力を持ったら知られてしまうだろうか。そう思ったが、私の中ではたぶん大丈夫。兄は攻撃魔法ももちろん使えるが、軍の中ではどちらかというと治癒や情報操作などを主に担当している。
社交界に出ていなかった私の情報の操作はお手の物だと思う。
アルバート家は昔、魔術を得意とし、魔女の家系とも言われている。
今では、そんなことは公にされていないし、身内だけしか知らないことだ。
『知られては、いろいろなところで争いが起こってしまう』
そう先祖は言い、その力はほとんど封印されてきた。しかし前世の記憶が戻り魔力が溢れた時に私ができるようになったこと。
それは”消す”ということだ。自分の魔力はもちろん、たぶん他人の魔力を消せる気がする。どの程度消すことができるのかなど、試したこともないし、試したいとも思わない。でも、こうして自分を隠すことはできる。
そんなことを考えていると、目の前に初めて見る女性がいた。
「アンネ様、お美しいですよ」
これは……。髪の色と瞳は違うが、飾り立てられたことで地味さはまったくなく、良いのか悪いのかわからない。
これで私の存在が露呈するわけはないが、噂にもなりなくない。
しかし、地味にして欲しいと言っても、彼女たちがきいてくれそうにもなかった。
ため息交じりで、案内をされ広間に向かうと殿下はすでにそこにいた。
広い、いかにも王族のサロンと言った場所で、長い机に豪華な装飾。そして、何人もの侍女が待機している。
こんな立派な場所で食事などするなんて。
「お待たせして申し訳ありません」
「かまわないよ」
そこにはいつもの嘘っぽい笑顔の殿下がいて、一瞬唖然としてしまう。
さすがというべきなのだろうか。料理はとても美味しく私はつい食べ過ぎてしまう。
「アンネ嬢、おいしいかい?」
殿下のことなど気にせず、料理を堪能していた私はその声にハッと我に返る。
「はい」
口元をそっと拭いながらそう答えると、殿下はクスクスと笑い声をあげた。
この騙し合いのような時間に何の意味があるというのだろう。
「聖女の儀が三日後に決まりました。私ひとりでいくことになります」
サラリと彼は爆弾発言を投下する。
「そんな!」
つい、声を発してしまい、しまったと心の中で後悔する。きっと私の反応を見るためだったのだろう。
「何か問題が? 聖女が現れたらきっと国もいい方向に行くと思うのですが」
顔は笑っているが、今度の瞳はまっすぐに私を射抜いていて、グッと息を飲む。
「そうでございますね……」
そう答えるだけしかできなかった。
その後、部屋に戻り少し疲れたから一人になりたいとお願いをした。
どうしよう。
いきなり三日後? 内密に行われるのだから、別に何カ月も前から決める必要はない。
準備が終わればすぐに行われるとは思っていたが、三日後?
儀式がただ行われ、聖女と殿下が出会うのをここで待っている?
そんなことを考えながら窓の外の空を眺めていた時だった。
いや、 答えは否だ。
殿下が聖女に盲目的な恋をするのを阻止しなければならないのだ。
そのためにできることは……。
「何を悩んでるんだ?」
幾分低い声が聞こえて私は一気に後ろを振り返った。
「ツっ」
どこからどうみて上流貴族だろう。立ち居振る舞いも言葉遣いも洗練されている。
殿下の本気を感じて、身震いしそうになる。
「アンネ様? まだ体調がすぐれませんか?」
結局なぜか彼の婚約者になってしまったから、悩んでいるなどもちろん言えず曖昧に微笑んで見せる。
そして、ふたりに私の部屋という部屋に案内された。
正式な婚姻もしていないのに、明らかに未来の正妃の部屋とわかるそこに、さらに落ち込みそうになる。
それにしても、私のような婚約者に、このふたりがいい感情を持つわけがない。
そんなことを思っていたが、意外にもふたりは私に友好的だった。
「アンネ様は本当にすごい方ですね」
さきほど眠ったことで体調も回復したため、夕食を一緒にとることになってしまった私は、湯殿で完璧に磨き上げられ、ドレスを着せられていた。
その時に聞こえた意外過ぎるセリフ。
「どうしてですか?」
「アンネ様、私たちにそのようなお言葉遣いは無用です」
私より年上のバネッサにビシっと言われてしまい、私は「努力、します」とだけ答えた。
しばらく身分を隠していることで、いつのまにか令嬢としてのふるまいは抜けてしまっているのも事実だが、私は殿下がどこからか拾ってきた得体も知れない婚約者だ。
どのように振舞うのが正しいのか、全く分からない。
「カルロ殿下は今までどれほどの縁談があったとお思いですか?」
ドレスの次は髪をと、華やかに結い上げながら、マリアがニコニコと口を開く。
たしかに、私が知っているだけでもかなりあった。どの令嬢とも適当な付き合いをしていると思っていた。
浮名を流す最低な王子、それが私の中の評価だった。
「そんな名だたる令嬢ではなく、アンネ様をお選びになったなど、本当に愛されている証拠ですわ」
最後のセリフに、私は驚きすぎて振り返りそうになり、それを阻止するように頭を前に向かされた。
まったく違うのに。事実はそんな甘さはまったくないし、ただ疑いを持った危険分子を近くに置きたいだけだろう。
きっと今頃、私のことは調べているはず……。
どこまで王家の力を持ったら知られてしまうだろうか。そう思ったが、私の中ではたぶん大丈夫。兄は攻撃魔法ももちろん使えるが、軍の中ではどちらかというと治癒や情報操作などを主に担当している。
社交界に出ていなかった私の情報の操作はお手の物だと思う。
アルバート家は昔、魔術を得意とし、魔女の家系とも言われている。
今では、そんなことは公にされていないし、身内だけしか知らないことだ。
『知られては、いろいろなところで争いが起こってしまう』
そう先祖は言い、その力はほとんど封印されてきた。しかし前世の記憶が戻り魔力が溢れた時に私ができるようになったこと。
それは”消す”ということだ。自分の魔力はもちろん、たぶん他人の魔力を消せる気がする。どの程度消すことができるのかなど、試したこともないし、試したいとも思わない。でも、こうして自分を隠すことはできる。
そんなことを考えていると、目の前に初めて見る女性がいた。
「アンネ様、お美しいですよ」
これは……。髪の色と瞳は違うが、飾り立てられたことで地味さはまったくなく、良いのか悪いのかわからない。
これで私の存在が露呈するわけはないが、噂にもなりなくない。
しかし、地味にして欲しいと言っても、彼女たちがきいてくれそうにもなかった。
ため息交じりで、案内をされ広間に向かうと殿下はすでにそこにいた。
広い、いかにも王族のサロンと言った場所で、長い机に豪華な装飾。そして、何人もの侍女が待機している。
こんな立派な場所で食事などするなんて。
「お待たせして申し訳ありません」
「かまわないよ」
そこにはいつもの嘘っぽい笑顔の殿下がいて、一瞬唖然としてしまう。
さすがというべきなのだろうか。料理はとても美味しく私はつい食べ過ぎてしまう。
「アンネ嬢、おいしいかい?」
殿下のことなど気にせず、料理を堪能していた私はその声にハッと我に返る。
「はい」
口元をそっと拭いながらそう答えると、殿下はクスクスと笑い声をあげた。
この騙し合いのような時間に何の意味があるというのだろう。
「聖女の儀が三日後に決まりました。私ひとりでいくことになります」
サラリと彼は爆弾発言を投下する。
「そんな!」
つい、声を発してしまい、しまったと心の中で後悔する。きっと私の反応を見るためだったのだろう。
「何か問題が? 聖女が現れたらきっと国もいい方向に行くと思うのですが」
顔は笑っているが、今度の瞳はまっすぐに私を射抜いていて、グッと息を飲む。
「そうでございますね……」
そう答えるだけしかできなかった。
その後、部屋に戻り少し疲れたから一人になりたいとお願いをした。
どうしよう。
いきなり三日後? 内密に行われるのだから、別に何カ月も前から決める必要はない。
準備が終わればすぐに行われるとは思っていたが、三日後?
儀式がただ行われ、聖女と殿下が出会うのをここで待っている?
そんなことを考えながら窓の外の空を眺めていた時だった。
いや、 答えは否だ。
殿下が聖女に盲目的な恋をするのを阻止しなければならないのだ。
そのためにできることは……。
「何を悩んでるんだ?」
幾分低い声が聞こえて私は一気に後ろを振り返った。
「ツっ」
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