秘密の恋

美希みなみ

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切ないだけの恋2

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「社長、今日の会食は18時からです」
月曜日になれば瑞穂は秘書の仮面をかぶり、由幸に声を掛けた。
今日も空はどんよりとした曇り空だ。

(今日は傘を持ってきたから大丈夫……)
そんな事を思いながら、由幸の後ろに見える空を見た。

「ああ。お前も同行な」
由幸はさも当たり前のように言った。

空を見ていた瑞穂は慌てて思考を戻すと、
「え?今日は予定が……」

瑞穂の声に由幸は怪訝な顔を見せた。

「笠井でも予定あるの?」

「なんですか。そのバカにした言い方!あたしだって予定の1つや2つありますよ。社長みたいに毎週じゃなくても!」
つい、余計な言葉が口を付いた。

「ふーん。まあ、どうせ女友達と愚痴とかが落ちだろ?それは仕事より大切な事なのか?」
由幸は特に表情を変えることなく聞いた。

「それは……。でも、女友達と愚痴ではありません!でも……。仕事をきちんと優先します」
不貞腐れたように言った瑞穂に、

「女友達じゃないの?」

「合コンです!」
瑞穂はハッとして口元を手で覆った。

そして、バツの悪そうな顔をして、
「もっと、仕事を優先しないといけない予定ですね……。会食が終わってから行けたら行くからいいです」

そう呟くように言った瑞穂を見て、

「ふーん」
とだけ由幸は言った。


懐石料理屋の店先で瑞穂は頭を下げて、今日の会食相手の社長の車を見送った。

チラッと腕に目をやると21時。
そっと携帯を開けると、

【まだまだやってるから、仕事が終わったらおいで】
真美からのメッセージに軽く息を付いた。

「おい」
後ろから不意に掛けられた言葉に驚いて、振り返った。

「お疲れ様です……」
ペコリと瑞穂は頭を下げた。

「俺は帰るけどお前は?」

「あー。合コンここから近いみたいなので、顔だけ出してきます。私の為の合コンだし」

「お前の為?」

「はい」
瑞穂は俯いたまま返事をした。

「ふーん。じゃあお疲れ」

そう言うと、由幸は何も映していない黒い瞳を、一瞬瑞穂に向けると、踵を返し運転手の待つ真っ黒の車へと消えて行った。

「真美!ごめん遅くなって」
カジュアルなイタリアンのお店に入ると、小走りに席に向かった。

「あ!瑞穂遅いよ~」
すでに、出来上がっている人達を瑞穂は見た。

男性が3人、女性は瑞穂も数回会ったことのある、真美の会社の後輩の女の子だった。

「こんばんは~」
にこやかに一番手前にいた男の人が瑞穂に声を掛けた。

「こんばんは」
瑞穂も微笑み開いていた席に腰を下ろした。



注文していたビールが届くと、
「じゃあ、もう一度カンパーイ!」
きっとリーダー的存在なんだろう、真ん中に座っていた、明るく、すこし調子の良さそうな男性が音頭を取った。

「ねえ、ねえ、瑞穂たん!」
瑞穂の前に座っていた男性が声を掛けてきた。
(たんって……)
瑞穂は少し苦笑しながら、
「なんでしょう?」
微笑みを向けた。

「瑞穂ちゃんて、秘書なんだって~?」

「はい」

「へ~、かっこいい!俺たちはね、サラリーマンらよ」

「そうなんですね」
酔って呂律の回っていない彼を見た。

「そうなんよ~」

(ダメだ、話にならない……)

瑞穂は会話を合わせながら、ビールを飲むと、外を見た。
窓の外は雨が降り出していた。

(また、雨……)


それからしばらくして、会はお開きになり、酔った人たちがカラオケに誘うのを丁重に断り、瑞穂は傘をさして東京の眠らない街を歩いていた。

ふと、こないだ立ち寄ったショップの前に立ち止まった。
店先には、こないだとは違うドレスが飾ってあった。

店の中は小さな灯りだけが灯り、Closeの札がドアには掛けられていた。
傘にポツポツと当たる雨音がやたら大きく耳に響いた。

家に帰りシャワーを浴び、パジャマに着替え、冷蔵庫からミネラルウォータを出し半分ぐらい一気に飲むと、棚へと向かった。
そこに置いてあった小箱をそっと開けると、ピンクの小瓶を取り出した。

そっと、首元に香を纏うと、瑞穂は大きく息を吸い込んだ。

(やっぱりいい香り……)

その香りに包まれるように、眠りについた。


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