秘密の恋

美希みなみ

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自分の恋

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「おはようございます。社長」

由幸は少しいつもより遅く出社してきた。

「おはよう」
にこやかに言った瑞穂をチラッと見た。

「笠井、何か付いてるぞ」

表情を変えずそう言うと、瑞穂の近くによると、肩にそっと触れた。

「糸くずだ」
急に近くなった由幸に瑞穂はドキンとした。

「あ、ありがとうございます」
瑞穂は下を向いて、書類を見ているふりをしながら、お礼を言った。

そんな瑞穂を見て、フッと由幸は笑いながら、自分のデスクへと戻った。


「笠井、今週の金曜日、ここを予約しといてくれ」

「……はい」
瑞穂は1秒返事に遅れた。

メモには、
Tokyo International Hotel 38F 
フレンチレストラン 20時
部屋番号1001 1泊

「めずらしいですね。社長が私に予約を頼むなんて」
瑞穂は作り笑いを浮かべながら聞いた。

「そうだったか?」
由幸はそれだけを答えた。

「そうですよ」

(初めてよ。私に他の女との予約頼むなんて。そろそろ潮時か……)

由幸の姿が見えなくなると、机の引き出しの辞表を見た後、大きくため息をつき、電話に手を掛けた。

金曜日

時計は18時を過ぎた。
「社長、お先に失礼します」

(今日はもう出て行く社長を見送らない。)
瑞穂は決心していた。

「ああ、お疲れさま。予約は大丈夫か?」

「はい」
それだけを答えると、瑞穂は踵を返し社長室を後にした。

エレベーターを降り、エントランスを抜け、まだ明るい空を見上げた。

(今日は雨は降らなさそうだな)

そう思い、瑞穂はあてもなく歩いていた。

「こんにちは」
瑞穂は不意に声を掛けられ、驚いてその声の主を見た。

「あ!詩織さん!」
にこやかに微笑んだその人を見て、瑞穂は声を上げた。


「今日はどこかお出かけですか?」
詩織は瑞穂に聞いた。

「いいえ。ちょっと気分転換に。詩織さんは?」

「私は、ちょっと買い物の帰りです」
詩織はじっと瑞穂を見た。

「えーっと……?」

「あ、瑞穂です。笠井瑞穂」
瑞穂は笑って答えた。

「瑞穂さん、よければ店でお茶でも飲んできませんか?」
詩織は笑顔で瑞穂を誘った。

瑞穂は、真っすぐ帰って一人になりたくなかった。

「いいんですか?ぜひ!」
そう答えると、詩織と並んで歩き出した。

ショップの前まで来ると、
「どうぞ」
と詩織は瑞穂を招き入れた。

「この服も可愛い……」
瑞穂は飾られていた服を見た。

「ありがとうございます。私が作ったんですよ。それ」

「え!詩織さんが!すごい……!」

「ふふ、ありがとうございます。あっ、じゃあ、ひとつお願いがあるんですけど」
詩織はいたずらっぽい瞳を瑞穂に向けた。

「?何ですか?」

「私のサンプルの服着てみてもらえませんか?着心地とか、脱ぎやすさとかを教えてもらいたくて」
そう言うと、詩織は裏から、綺麗なサーモンピンクのワンピースを持ってきた。

「うわー。かわいい!こないだのとは正反対の雰囲気ですね!」

「モニターしてもらえますか?」

「あたしでいいならぜひ。」
瑞穂もこんなかわいい服が着られるならとウキウキして答えた。

「じゃあ、着替えたら声を掛けてもらえますか?」
前回と同じフィティングルームに入ると、瑞穂はそのワンピースに袖を通した。

柔らかいシフォン生地のスカートがふわっと揺れた。
着てみると、落ち着いたピンク色という事もあり、可愛すぎることもなく、上品の中にも優しさがあった。

「素敵…。」
つい瑞穂も声が漏れた。

「やっぱり!よく似合う。じゃあ、座ってください」
詩織は後ろから声を掛けた。

「え?」

「いいから」
そっと、瑞穂の肩を押すと、メイク台の前に座らせた。

「帰りたくなかったんですよね?じゃあ、私に少し付き合ってもらえますか?」
そう言うと、慣れた手つきで瑞穂の髪をまっすぐのストレートにし、毛先だけを少し巻くと、ハーフアップにした。

「コンタクト、今日もありますか?」
その言葉に、瑞穂はカバンから、コンタクトを出すとコンタクトを入れた。
それを確認すると、慣れた手つきで、瑞穂の顔に化粧を始めた。

「何かあったんですか?」
そっと詩織に声を掛けられ、瑞穂はなぜかスラスラと言葉が出てきた。

「実は、会社の上司に3年間片思いしているんです。私の気持ちなんて全く知らない彼は、私にデートのホテルの予約を……。その予約の日が今日なんです」

瑞穂は悲しそうな表情をした。

特に何かをいう事もなく、メイクをしながら静かに詩織は瑞穂の話を聞いていた。

「だから……なんか落ち着かなくて。もう、潮時かなって思ってるんです。辞表……出そうかなと。でも毎日勇気が出なくて」
自嘲気味に笑った瑞穂に、詩織は、

「それはつらかったですね」
それだけ声を掛けた。

「さあ、できました。うん、キレイ」
満足げな表情で、詩織は鏡の中の瑞穂を見た。

「ぜひ、服の感想聞かせて下さいね」
詩織は笑顔を向けた。
「はい」

「ねえ、瑞穂さん。魔法ってあると思います?」
詩織の突拍子のない質問に、瑞穂は驚いて詩織を見た。

「……私は魔法ってあると思うんですよ。自分で自分にしか、かける事ができない魔法。」

「自分でしか掛ける事のできない魔法……?」
瑞穂は繰り返し呟いていた。

「これは、そのお手伝いの最後です」
そう言うと、詩織はふわりと瑞穂に香を纏わせた。

こないだとは違う、少しさわやかな、色にするとブルーをイメージする香。
ワンピースとは正反対の香だった。

(こないだもドレスと反対の香だったな……)

瑞穂はそんな事を思った。

そこに、携帯が鳴った。

瑞穂はカバンから携帯を出すと、画面を見てハッとした。

【着信 高倉由幸】

時間は19時22分

(仕事……出ないとまずいか。)

意を決して瑞穂は画面をタッチすると、携帯を耳に当てた。

「笠井です」

「笠井、大至急来てくれ!問題が起きた。」

「どこにですか?」
慌てた様子の由幸に、瑞穂も慌てて聞いた。

「ホテルのロビー。タクシー使っていいからすぐに来い!」
それだけ言うと、電話は切れた。

「な……に?いきなり」
瑞穂は唖然として、電話を切った。

「瑞穂さん、どうしたんですか?」
詩織は心配そうに声を掛けた。

瑞穂はギュッと手を握ると、
「詩織さん……。きっと魔法ですね。これも。」
瑞穂はすっと、立ち上がると言った。

「え?」

「今の電話、片思いの彼でした。仕事で予約したホテルのロビーに呼ばれました。玉砕覚悟で当たって砕けてきます!どうせ辞めるなら、せっかく詩織さんがきれいにしてくれたし、言いたい事いって辞めます!」
晴れやかな笑顔を瑞穂は見せた。

「うん!瑞穂さん。頑張って!」
詩織は笑顔で瑞穂を見送った。

「瑞穂さん、魔法は自分しか使えないから」
詩織は瑞穂の後姿にそっと、声を掛けた。


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