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第五章 アンヴィルヘム邸編
静寂な屋敷
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大きな時計が鳴る音、鳥のさえずりも聞こえる。執事もメイドも大勢いる。しかし、どこか静寂で冷たく、本能的に恐怖を感じる。薫は喉唾を飲み込んで冷や汗をかく。
「...目的は...なんですか...?」
一言発するだけで、薫は何とも言いようのない圧のようなものを感じる。しかし、ブリザはそれを意に介さず質問に答える。
「過去の清算だよ。これ以上は...言う気はない。だって...僕は君らの敵なんだから。」
ブリザはいやに優しい声で答えた。しかし、周りから感じる圧は更に強くなり、薫と光琳を苦しめる。
「...はぁ...はぁ...。」
薫は滝のような冷や汗をかいて息遣いが荒くなっていく。
「怖がることはないよ。確かに...敵の本拠地に閉じ込められたら怖いけれど...君らはそんなのどうでもよくなるほどの修羅場を潜ってきたはずさ。」
「...私たちを...どうする...気ですか...?」
「彼らの元...バラガラの元に引き渡す。それで...僕の仕事はお終いさ。」
更に息遣いが荒くなって辛そうにしていると、執事が声をかける。
「朝食をお持ちいたしました。」
薫と光琳は互いの目を合わせて席に着く。
「大丈夫。毒なんて入ってないよ。まして変な食材を使ってるわけでもない。食べても大丈夫だよ。」
「...い、いただきます...。」
「いただき.....ます...。」
そうしてブリザと共に朝食を済ませると、ブリザが立ち上がる。
「朝から昼の間はこの屋敷内は好きに見てくれていい。ずっとあの部屋だと不便だろう? ただし夜になったらあの部屋に戻ってね。」
そう言い残して部屋を出る。同じように執事とメイドも全員部屋から出る。その瞬間に圧のようなものが消えて薫と光琳は一気に力が抜ける。
「はぁ...うぅ...あはぁ...。」
「なに...あれ...体が固まった...。」
光琳がそう言うと、薫は何とか席を立ち上がる。
「極度に緊張して...動けなかったんだと思う...。私も...光琳も...あの人に...恐怖を感じたんだと思う。」
それを聞きながら光琳は席を立つ。
「とりあえず...好きに回っていいんだよね? 執事とメイドには...気をつけながら探索しよっか...。」
「うん...。」
2人はなるべく普通に部屋の扉を開けて廊下に出る。
「?」
さっきまであれだけいた執事やメイドの影も形もないどころか、気配すら感じない。薫はそれに違和感を持ちながらも、光琳を連れて廊下を歩く。
「普通の屋敷...だよね?」
「うん。そう見える。でも...。」
光琳の困惑に薫は同意しながらも屋敷全体に感じる違和感がずっと消えないことに居心地の悪さを感じている。
「薫。」
「?」
「部屋。」
光琳が指差す方向に扉が見えた。薫は自分が見逃したのかと首を傾げながら扉に近づいていく。ドアノブを触ると、鍵がかかってないことが確認できた。2人は目を合わせて頷いてからゆっくりと扉を開ける。
「...子供部屋...?」
そこには2つのベッドやテーブルや椅子など、2人兄弟が一緒使う部屋が見えた。
「ゲーム機とか...サッカーボールもある...。」
「こっちには本とか、ディスクとかあるよ。」
貴族の屋敷のような内装に反して以外に庶民的なものが置かれていることにギャップを感じながらもどこか親近感を感じる。しかし、この部屋も同様に寂しげな雰囲気がある。
「これ名前?」
「?」
光琳が学習ノートに裏に書かれた掠れた文字を指さしている。
「リズレット...? リズレット...アンヴィルヘム...?」
掠れた文字の綴りから見てそう思った名前を声に出してみる。
「そう読むの?」
「多分...。」
薫は学習ノートを開くと、小学生くらいが習う算数が書かれていた。
「小学生の...女の子...かな? すごいノートカラフルで...可愛い...。」
薫がそう呟くと、光琳は辺りを見回してから言う。
「ここにはもう何もなさそう...行こ。」
学習ノートを閉じて棚に片づけた後、深く頷いてからその部屋を後にする。
「やっぱり...人の気配がないね...。」
「うん。全然ない。あれだけ執事の人や、メイドの人がいたのに...影も形もないし...。」
2人は廊下を歩きながら、あれだけいた人の気配がないという事実に違和感を持ちながら恐れを抱く。
「扉だ。」
「入ろ。」
薫が扉を開けて中に入る。今度は幼稚園児の子供部屋。沢山のおもちゃや積み木などが転がっている。
「人がいないだけで...子供部屋でも寂しいもんだね...。」
「うん。何でこんなに人がいないんだろう...。」
薫はそう言いながら子供部屋を歩いていると、この部屋の違和感に気付いて立ち止まる。
「どうした?」
光琳がそう言うと、薫は周りを見回して言う。
「ここ...窓がない...。」
「え...?」
薫に言われて光琳は周りを見回すが、確かに窓がなく外からの光は全くない。
「......!!」
気づいた瞬間にとてつもない悪寒に襲われた薫は光琳を連れて部屋から出て、扉を閉める。
「薫?」
「はぁ...はぁ...。ごめん何でもない。」
そう言って振り向いた瞬間
「あら、お客人かしら?」
全く人の気配を感じなかった背後に青髪青目の白いフォーマルな婦人服を着た女性がいた。
「ブリザさんに...招待されまして...。」
薫が警戒しつつもできるだけ平静を保って言うと、女性は優しく微笑んで首を傾ける。
「あらそうだったの。ごめんね? 驚かせちゃったわね。ぜひ...〝お兄様〟に優しくしてね?」
「...兄?」
光琳がそう言うと、女性は驚いたような顔をして笑顔で名乗る。
「リズレット・アンヴィルヘムよ。」
「(さっき見た...ノートに書いてあった名前...!)」
「リズレットさん...お兄さんのブリザさんにはとても助けられました。」
薫が考えている間、光琳が何とかリズレットと話をしている。
「あらそう? 頼りになるでしょ? お兄様は...。」
リズレットはブリザのことを話そうとすると、いきなり自分の腕時計を見て笑顔で言う。
「ごめんなさいね? この後用事があるんだったわ。では失礼...。」
「はい。また会いましょう! リズレットさん!」
光琳の明るい言葉を聞いたリズレットは振り向いて2人に言った。
「図書室に行きなさい。この屋敷のこと...わかるわよ...。」
そうして、リズレットは立ち去った。
「図書室...。」
薫と光琳は互いの顔を見合わせると、時計の音が屋敷内に鳴り響いた。その瞬間向こうから執事が歩いてきて、薫と光琳に言う。
「橘薫様、入町光琳様。昼食のお時間になりましたので、お迎えに上がりました。」
「「...はい。」」
2人はまた案内されてあの部屋に入る。
「...ぇ?」
「...?」
部屋にいたのはブリザでもリズレットでもなく、群青色の髪と目をした女性だ。
「ブリザから先ほど話は聞いている。短い間だがよろしく頼む。私の名はフロス・アンヴィルヘム。ブリザとリズレットの姉に当たる。」
「...フロス...さん。」
「ああ。」
「ここってどこなんです?」
「ブリザから何も聞いていないのか...。言ってもいいだろうに...。ここは...ルーウィッド領を治める領主の屋敷だ。屋敷の主は父のコールド・アンヴィルヘム。」
「ルーウィッド領...。」
それを聞いて何か思い出せそうで思い出せない薫はもどかしさを感じる。そこで何か気づいた。リズレットやフロスと会話しているは、ブリザと会話している時の圧のようなものを感じない。
「昼食をお持ちしました。」
執事が昼食を持ってくると、フロスは笑って言う。
「さぁ客人。遠慮なく食べるといい。これ以外何のもてなしもできないのでな。」
「「はい。」」
薫と光琳は昼食を済ませて手を合わせると、フロスが立ち上がって2人の背後に立って耳元で言う。
「行動するなら早くすることだ...。」
「「...?」」
思わぬことを言われて戸惑った2人を見て、フロスは笑顔で部屋から出た。薫と光琳はそれを追うように部屋を出たが、フロスの姿は影も形もなかった。
「リズレットさんも...フロスさんも...何を伝えようと...?」
「とりあえず図書室探そ? 何かあるかもしれないし...。」
「...うん...そうだね。」
何かとっかかりを感じながらも光琳の言葉に同意して図書室を探しに廊下を歩く。
現在。魔工車レグス内
アンヴィルヘム邸のある元ルーウィッド領を目指して車を走らせていると、後部座席でフレアがくつろいでいるのが見える。
「よくもまぁ人の車でそんなくつろげるものだな。」
「まぁ俺、肝太いからな。ってか元ルーウィッド領だろ? 結構遠くねえか?」
フレアが起き上がりながら訊くと、地図を見ていた清雅が答える。
「1日はかかりますね。地図を見た距離的にですけど。」
「シルヴァマジアからバルジェリアまでの距離と比べたら近い。」
「比べりゃな? でも1日かかる時点で相当遠いのには違いねえ。しかも3日経ってから助けに行くってハンデがある。つまり車中泊してる暇もねえ。寝不足で助け出すことになるな。」
フレアがまた後部座席に寝転びながら言う。
「別にいいだろう?」
「締まらねえぜ? 目に隈出して助け出すの。」
「締まる必要別にないだろ。」
この何とも言えない空気感に清雅が何度も瞬きをしてキョロキョロしていると
「気にするな。」
「気にしないで。」
全く同時にクリードとフレアが言う。清雅は無言で頷いて、地図を見る。
「薫ちゃんと光琳ちゃんは無事でしょうか...?」
「わからない。」
「無事だよ。無事な場合だけ考えてようぜ。」
フレアの言葉にクリードは怪訝そうな顔をする。
「無事じゃない場合もあるだろ?」
「無事じゃない場合何て考えて助けてられるか。物事はプラスな事を考えて動くタイプだ俺は。最悪な場合なんて考えたくないねぇ~。不安不安で自分の実力の100%発揮できねえし。」
「俺とは違うな。俺は物事を最悪な場合を考えて動くタイプだ。」
フレアの答えにやはり納得はしないが、受容することにしてクリードは自身の考えを言った。それを聞いてフレアは何度か頷いた後に清雅を見る。
「清雅さんは?」
「私は...。」
何とも答えを出せない清雅を見てフレアは手を振って
「いやいいんだよ。ないならないで。移動中の暇な時間にちょっとした話題だったってだからさ。真剣に考える必要はねえ。ほらあれだ世間話みたいなもんだ。」
と話を中断して、寝ようとする。
「はぁ...。」
「うちの仲間を困らせるな。」
「だってあんたと話してたらなんか変に真面目で疲れんだもん。いや真面目っつうか...効率的...?」
「俺が知るものか。」
そんな当たり障りのない会話をしながらしばらく走っていると無言の空気が過ぎていく。
「なぁあんた。」
「ん?」
「クローヴン・ドーンって知ってる?」
フレアがそう訊いた瞬間に車内の空気が張り詰める。全く名に心当たりのない清雅が困惑していると、クリードが口を開く。
「知ってる...。」
「...そうか。そんだけ。」
フレアは何かを感じ取ったようにそれ以上詮索はせず、先ほどのトーンで清雅に訊く。
「さて...敵ってどんな奴か訊いてなかったな。」
「白いスーツ姿の青髪の人です。氷使い。」
「白いスーツの青髪...?」
自分が過去に会った人に似た特徴をしてるなと思いながらフレアは頬杖をつく。
「どうしました?」
「いや? 過去に会ったやつに似た特徴をしてるな~と思っただけだ。まぁ気にするなよ。」
「情報共有は大事だ。」
「マジでこれ以上の情報はないんだけど? 強いて言えば...ユーフォリアの頭幸街って所で会ったぐらいだな。」
「...そうか。中々有用な情報だ。」
「ほんとかよ...。」
そうして、他愛のない話をして5時間が経った。
「そろそろ飯にしようぜ。」
「俺はどうやって食べるんだ?」
「ん? 車停めりゃいいだろ。」
「そんなこと言ってる場合か?」
「焦りは禁物って言葉あんだろ? 気楽にいこうぜ。余裕が無けりゃ肝心な時に思わぬミスをするぜ。特に、まだ万全じゃない清雅さんとかはな。最悪な場合を常に考えられるあんたは大丈夫だろうけどな?」
そう言われたクリードは清雅をちらりと見るが、清雅は手を振って大丈夫だと言おうとするところを見て
「すまない。気遣いが足りなかった。」
車を停車させる。
「ご飯にしよう。その後、車を走らせる。ある程度走らせた後は仮眠をとる。長くて1時間だけな。」
「充分充分。よし、飯食うか。」
そうして、車の住宅スペースでご飯を食べたのちに、座席に戻って車を走らせる。
「仮眠に関してだけ言えば...お前が運転できればよかったんだが...。」
「そう嫌味を言うなよ。ってかこんな特殊な車の免許何て普通持ってねえよ。」
「車両全ての免許を持ってれば運転できるんだが。」
「車両全ての免許何てその手の仕事以外持ってねえだろ。」
2人が言い合っていると、清雅が呟く。
「私も車運転してみたいんですよね。シャインティアウーブで沢山車が走ってるところを病室の窓から眺めてただけだったので...。」
「終わったらちょいと運転してみるか? これ。」
「何でお前が提案するんだ。」
「ん? あんたなんも言わなそうじゃん。そんまま流そうとしたろ今の話。」
「いえ...危険運転で折角助け出したのに大怪我することになりかねませんよ。」
「そのままあの世行きの可能性も。」
「不謹慎なことぬかすな。」
そうしてある程度車を走らせた後に停める。
「1時間仮眠をとる。座席のままでいいな?」
フレアが清雅の椅子を倒して寝やすくする。
「え?」
「俺は外で仮眠をとるぜ。」
無言でクリードが椅子を倒して眠りに就く。
「いいんですか?」
「ついでに周り警戒しといてやるから寝ときな。」
「ありがとうございます。」
「おう。」
そのままフレアが車を出ると、クリードが礼を言う。
「すまないな。巻き込んでおいて面倒をかける。」
「いいのいいの。俺が勝手に選んで勝手にやってるだけだからよ。」
そうして1時間経ち、目を覚ましたクリードが椅子を戻して外を見ると、フレアがしゃがんで地面を見ていた。
「?」
車から出て近寄ると、氷の破片のようなものが落ちていた。
「これ...攫ったやつの痕跡だったりするのか?」
「可能性はある。だが...。」
氷の破片はかなり遠くまで続いている。
「なんで仮眠取った後に見つかって、こんなに破片落ちてんだろうな?」
「誘われてたりしてな? それか、どうせ間に合わないって慢心か...。」
そう会話をしているとちょうど清雅が起きた。
「起きたか。先を急ぐぞ。」
「へいへい。」
「どうすんだ?」
「あの破片が続いている先は...元ルーウィッド領のあるところだ。罠だったとしても行くしかない。」
「罠?」
「移動してる間に話すから。とりあえず走らせようぜ。」
そうして、車を起動して元ルーウィッド領のあった場所に車を走らせる。
「...目的は...なんですか...?」
一言発するだけで、薫は何とも言いようのない圧のようなものを感じる。しかし、ブリザはそれを意に介さず質問に答える。
「過去の清算だよ。これ以上は...言う気はない。だって...僕は君らの敵なんだから。」
ブリザはいやに優しい声で答えた。しかし、周りから感じる圧は更に強くなり、薫と光琳を苦しめる。
「...はぁ...はぁ...。」
薫は滝のような冷や汗をかいて息遣いが荒くなっていく。
「怖がることはないよ。確かに...敵の本拠地に閉じ込められたら怖いけれど...君らはそんなのどうでもよくなるほどの修羅場を潜ってきたはずさ。」
「...私たちを...どうする...気ですか...?」
「彼らの元...バラガラの元に引き渡す。それで...僕の仕事はお終いさ。」
更に息遣いが荒くなって辛そうにしていると、執事が声をかける。
「朝食をお持ちいたしました。」
薫と光琳は互いの目を合わせて席に着く。
「大丈夫。毒なんて入ってないよ。まして変な食材を使ってるわけでもない。食べても大丈夫だよ。」
「...い、いただきます...。」
「いただき.....ます...。」
そうしてブリザと共に朝食を済ませると、ブリザが立ち上がる。
「朝から昼の間はこの屋敷内は好きに見てくれていい。ずっとあの部屋だと不便だろう? ただし夜になったらあの部屋に戻ってね。」
そう言い残して部屋を出る。同じように執事とメイドも全員部屋から出る。その瞬間に圧のようなものが消えて薫と光琳は一気に力が抜ける。
「はぁ...うぅ...あはぁ...。」
「なに...あれ...体が固まった...。」
光琳がそう言うと、薫は何とか席を立ち上がる。
「極度に緊張して...動けなかったんだと思う...。私も...光琳も...あの人に...恐怖を感じたんだと思う。」
それを聞きながら光琳は席を立つ。
「とりあえず...好きに回っていいんだよね? 執事とメイドには...気をつけながら探索しよっか...。」
「うん...。」
2人はなるべく普通に部屋の扉を開けて廊下に出る。
「?」
さっきまであれだけいた執事やメイドの影も形もないどころか、気配すら感じない。薫はそれに違和感を持ちながらも、光琳を連れて廊下を歩く。
「普通の屋敷...だよね?」
「うん。そう見える。でも...。」
光琳の困惑に薫は同意しながらも屋敷全体に感じる違和感がずっと消えないことに居心地の悪さを感じている。
「薫。」
「?」
「部屋。」
光琳が指差す方向に扉が見えた。薫は自分が見逃したのかと首を傾げながら扉に近づいていく。ドアノブを触ると、鍵がかかってないことが確認できた。2人は目を合わせて頷いてからゆっくりと扉を開ける。
「...子供部屋...?」
そこには2つのベッドやテーブルや椅子など、2人兄弟が一緒使う部屋が見えた。
「ゲーム機とか...サッカーボールもある...。」
「こっちには本とか、ディスクとかあるよ。」
貴族の屋敷のような内装に反して以外に庶民的なものが置かれていることにギャップを感じながらもどこか親近感を感じる。しかし、この部屋も同様に寂しげな雰囲気がある。
「これ名前?」
「?」
光琳が学習ノートに裏に書かれた掠れた文字を指さしている。
「リズレット...? リズレット...アンヴィルヘム...?」
掠れた文字の綴りから見てそう思った名前を声に出してみる。
「そう読むの?」
「多分...。」
薫は学習ノートを開くと、小学生くらいが習う算数が書かれていた。
「小学生の...女の子...かな? すごいノートカラフルで...可愛い...。」
薫がそう呟くと、光琳は辺りを見回してから言う。
「ここにはもう何もなさそう...行こ。」
学習ノートを閉じて棚に片づけた後、深く頷いてからその部屋を後にする。
「やっぱり...人の気配がないね...。」
「うん。全然ない。あれだけ執事の人や、メイドの人がいたのに...影も形もないし...。」
2人は廊下を歩きながら、あれだけいた人の気配がないという事実に違和感を持ちながら恐れを抱く。
「扉だ。」
「入ろ。」
薫が扉を開けて中に入る。今度は幼稚園児の子供部屋。沢山のおもちゃや積み木などが転がっている。
「人がいないだけで...子供部屋でも寂しいもんだね...。」
「うん。何でこんなに人がいないんだろう...。」
薫はそう言いながら子供部屋を歩いていると、この部屋の違和感に気付いて立ち止まる。
「どうした?」
光琳がそう言うと、薫は周りを見回して言う。
「ここ...窓がない...。」
「え...?」
薫に言われて光琳は周りを見回すが、確かに窓がなく外からの光は全くない。
「......!!」
気づいた瞬間にとてつもない悪寒に襲われた薫は光琳を連れて部屋から出て、扉を閉める。
「薫?」
「はぁ...はぁ...。ごめん何でもない。」
そう言って振り向いた瞬間
「あら、お客人かしら?」
全く人の気配を感じなかった背後に青髪青目の白いフォーマルな婦人服を着た女性がいた。
「ブリザさんに...招待されまして...。」
薫が警戒しつつもできるだけ平静を保って言うと、女性は優しく微笑んで首を傾ける。
「あらそうだったの。ごめんね? 驚かせちゃったわね。ぜひ...〝お兄様〟に優しくしてね?」
「...兄?」
光琳がそう言うと、女性は驚いたような顔をして笑顔で名乗る。
「リズレット・アンヴィルヘムよ。」
「(さっき見た...ノートに書いてあった名前...!)」
「リズレットさん...お兄さんのブリザさんにはとても助けられました。」
薫が考えている間、光琳が何とかリズレットと話をしている。
「あらそう? 頼りになるでしょ? お兄様は...。」
リズレットはブリザのことを話そうとすると、いきなり自分の腕時計を見て笑顔で言う。
「ごめんなさいね? この後用事があるんだったわ。では失礼...。」
「はい。また会いましょう! リズレットさん!」
光琳の明るい言葉を聞いたリズレットは振り向いて2人に言った。
「図書室に行きなさい。この屋敷のこと...わかるわよ...。」
そうして、リズレットは立ち去った。
「図書室...。」
薫と光琳は互いの顔を見合わせると、時計の音が屋敷内に鳴り響いた。その瞬間向こうから執事が歩いてきて、薫と光琳に言う。
「橘薫様、入町光琳様。昼食のお時間になりましたので、お迎えに上がりました。」
「「...はい。」」
2人はまた案内されてあの部屋に入る。
「...ぇ?」
「...?」
部屋にいたのはブリザでもリズレットでもなく、群青色の髪と目をした女性だ。
「ブリザから先ほど話は聞いている。短い間だがよろしく頼む。私の名はフロス・アンヴィルヘム。ブリザとリズレットの姉に当たる。」
「...フロス...さん。」
「ああ。」
「ここってどこなんです?」
「ブリザから何も聞いていないのか...。言ってもいいだろうに...。ここは...ルーウィッド領を治める領主の屋敷だ。屋敷の主は父のコールド・アンヴィルヘム。」
「ルーウィッド領...。」
それを聞いて何か思い出せそうで思い出せない薫はもどかしさを感じる。そこで何か気づいた。リズレットやフロスと会話しているは、ブリザと会話している時の圧のようなものを感じない。
「昼食をお持ちしました。」
執事が昼食を持ってくると、フロスは笑って言う。
「さぁ客人。遠慮なく食べるといい。これ以外何のもてなしもできないのでな。」
「「はい。」」
薫と光琳は昼食を済ませて手を合わせると、フロスが立ち上がって2人の背後に立って耳元で言う。
「行動するなら早くすることだ...。」
「「...?」」
思わぬことを言われて戸惑った2人を見て、フロスは笑顔で部屋から出た。薫と光琳はそれを追うように部屋を出たが、フロスの姿は影も形もなかった。
「リズレットさんも...フロスさんも...何を伝えようと...?」
「とりあえず図書室探そ? 何かあるかもしれないし...。」
「...うん...そうだね。」
何かとっかかりを感じながらも光琳の言葉に同意して図書室を探しに廊下を歩く。
現在。魔工車レグス内
アンヴィルヘム邸のある元ルーウィッド領を目指して車を走らせていると、後部座席でフレアがくつろいでいるのが見える。
「よくもまぁ人の車でそんなくつろげるものだな。」
「まぁ俺、肝太いからな。ってか元ルーウィッド領だろ? 結構遠くねえか?」
フレアが起き上がりながら訊くと、地図を見ていた清雅が答える。
「1日はかかりますね。地図を見た距離的にですけど。」
「シルヴァマジアからバルジェリアまでの距離と比べたら近い。」
「比べりゃな? でも1日かかる時点で相当遠いのには違いねえ。しかも3日経ってから助けに行くってハンデがある。つまり車中泊してる暇もねえ。寝不足で助け出すことになるな。」
フレアがまた後部座席に寝転びながら言う。
「別にいいだろう?」
「締まらねえぜ? 目に隈出して助け出すの。」
「締まる必要別にないだろ。」
この何とも言えない空気感に清雅が何度も瞬きをしてキョロキョロしていると
「気にするな。」
「気にしないで。」
全く同時にクリードとフレアが言う。清雅は無言で頷いて、地図を見る。
「薫ちゃんと光琳ちゃんは無事でしょうか...?」
「わからない。」
「無事だよ。無事な場合だけ考えてようぜ。」
フレアの言葉にクリードは怪訝そうな顔をする。
「無事じゃない場合もあるだろ?」
「無事じゃない場合何て考えて助けてられるか。物事はプラスな事を考えて動くタイプだ俺は。最悪な場合なんて考えたくないねぇ~。不安不安で自分の実力の100%発揮できねえし。」
「俺とは違うな。俺は物事を最悪な場合を考えて動くタイプだ。」
フレアの答えにやはり納得はしないが、受容することにしてクリードは自身の考えを言った。それを聞いてフレアは何度か頷いた後に清雅を見る。
「清雅さんは?」
「私は...。」
何とも答えを出せない清雅を見てフレアは手を振って
「いやいいんだよ。ないならないで。移動中の暇な時間にちょっとした話題だったってだからさ。真剣に考える必要はねえ。ほらあれだ世間話みたいなもんだ。」
と話を中断して、寝ようとする。
「はぁ...。」
「うちの仲間を困らせるな。」
「だってあんたと話してたらなんか変に真面目で疲れんだもん。いや真面目っつうか...効率的...?」
「俺が知るものか。」
そんな当たり障りのない会話をしながらしばらく走っていると無言の空気が過ぎていく。
「なぁあんた。」
「ん?」
「クローヴン・ドーンって知ってる?」
フレアがそう訊いた瞬間に車内の空気が張り詰める。全く名に心当たりのない清雅が困惑していると、クリードが口を開く。
「知ってる...。」
「...そうか。そんだけ。」
フレアは何かを感じ取ったようにそれ以上詮索はせず、先ほどのトーンで清雅に訊く。
「さて...敵ってどんな奴か訊いてなかったな。」
「白いスーツ姿の青髪の人です。氷使い。」
「白いスーツの青髪...?」
自分が過去に会った人に似た特徴をしてるなと思いながらフレアは頬杖をつく。
「どうしました?」
「いや? 過去に会ったやつに似た特徴をしてるな~と思っただけだ。まぁ気にするなよ。」
「情報共有は大事だ。」
「マジでこれ以上の情報はないんだけど? 強いて言えば...ユーフォリアの頭幸街って所で会ったぐらいだな。」
「...そうか。中々有用な情報だ。」
「ほんとかよ...。」
そうして、他愛のない話をして5時間が経った。
「そろそろ飯にしようぜ。」
「俺はどうやって食べるんだ?」
「ん? 車停めりゃいいだろ。」
「そんなこと言ってる場合か?」
「焦りは禁物って言葉あんだろ? 気楽にいこうぜ。余裕が無けりゃ肝心な時に思わぬミスをするぜ。特に、まだ万全じゃない清雅さんとかはな。最悪な場合を常に考えられるあんたは大丈夫だろうけどな?」
そう言われたクリードは清雅をちらりと見るが、清雅は手を振って大丈夫だと言おうとするところを見て
「すまない。気遣いが足りなかった。」
車を停車させる。
「ご飯にしよう。その後、車を走らせる。ある程度走らせた後は仮眠をとる。長くて1時間だけな。」
「充分充分。よし、飯食うか。」
そうして、車の住宅スペースでご飯を食べたのちに、座席に戻って車を走らせる。
「仮眠に関してだけ言えば...お前が運転できればよかったんだが...。」
「そう嫌味を言うなよ。ってかこんな特殊な車の免許何て普通持ってねえよ。」
「車両全ての免許を持ってれば運転できるんだが。」
「車両全ての免許何てその手の仕事以外持ってねえだろ。」
2人が言い合っていると、清雅が呟く。
「私も車運転してみたいんですよね。シャインティアウーブで沢山車が走ってるところを病室の窓から眺めてただけだったので...。」
「終わったらちょいと運転してみるか? これ。」
「何でお前が提案するんだ。」
「ん? あんたなんも言わなそうじゃん。そんまま流そうとしたろ今の話。」
「いえ...危険運転で折角助け出したのに大怪我することになりかねませんよ。」
「そのままあの世行きの可能性も。」
「不謹慎なことぬかすな。」
そうしてある程度車を走らせた後に停める。
「1時間仮眠をとる。座席のままでいいな?」
フレアが清雅の椅子を倒して寝やすくする。
「え?」
「俺は外で仮眠をとるぜ。」
無言でクリードが椅子を倒して眠りに就く。
「いいんですか?」
「ついでに周り警戒しといてやるから寝ときな。」
「ありがとうございます。」
「おう。」
そのままフレアが車を出ると、クリードが礼を言う。
「すまないな。巻き込んでおいて面倒をかける。」
「いいのいいの。俺が勝手に選んで勝手にやってるだけだからよ。」
そうして1時間経ち、目を覚ましたクリードが椅子を戻して外を見ると、フレアがしゃがんで地面を見ていた。
「?」
車から出て近寄ると、氷の破片のようなものが落ちていた。
「これ...攫ったやつの痕跡だったりするのか?」
「可能性はある。だが...。」
氷の破片はかなり遠くまで続いている。
「なんで仮眠取った後に見つかって、こんなに破片落ちてんだろうな?」
「誘われてたりしてな? それか、どうせ間に合わないって慢心か...。」
そう会話をしているとちょうど清雅が起きた。
「起きたか。先を急ぐぞ。」
「へいへい。」
「どうすんだ?」
「あの破片が続いている先は...元ルーウィッド領のあるところだ。罠だったとしても行くしかない。」
「罠?」
「移動してる間に話すから。とりあえず走らせようぜ。」
そうして、車を起動して元ルーウィッド領のあった場所に車を走らせる。
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