3IN-IN INvisible INnerworld-

ゆなお

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二章【分散】

十六話 呪われた森

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 しとしとと降る雨の中、二人は森の中を走っていた。
「ひえぇ、なんか杖に触った途端、光って目開けたらこんな雨の降る森の中とか。マジで聞いてねぇ。他に誰もいないしよ。姫さん、大丈夫か?」
 ヴィッツが前を走り、姫は後ろからついてくる。
「彼とだいぶ離れてしまっている。早く戻らないと……」
 焦る姫だが
「大体この森がどこの森だかわかんねぇ。木が全然違うからエルフの森に入る森でもねーし。どこか雨がしのげる場所が欲しい」
 そう言って走っていると、少しずつ姫の走る速さが遅くなる。それに気づいたヴィッツは
「姫さん! 大丈夫か!? やっぱグレイと離れたのが原因か?」
 と聞くと
「まだ……そんな時間じゃないはず。でも、体がすごく、重くて、動きがどんどん鈍く……」
 息を上げて苦しそうにしている。このままではいけない、とヴィッツは姫を背負う。
「ちと走るのは遅くなるが、しっかり捕まっててくれよ」
 姫は申し訳なさそうに
「ご迷惑をおかけします……。今は、動くのが難しい……」
 そう言ってヴィッツに体を預けた。ヴィッツは姫を背負い森を彷徨う。何か目印はないか、大きな木で雨がしのげるような場所はないか。探しながら歩くが一向に見つからない。途方に暮れていたその時だった。ガシャンと足に何かが当たる。
「痛てぇっ。何だこれ? 罠?」
 それは小型の動物を捕獲するためのトラバサミだった。ヴィッツの右足にガッチリと食い込んでいる。その衝撃で背負っていた姫が背中から落ちた。するとどこからか火の玉が飛んでくる。
「やべぇ! まともに受けたらっ」
 そう思った瞬間、姫はヴィッツをかばうように姫が動いた。
「くあっ!」
 姫の背中に火の玉が直撃する。
「姫さん! 大丈夫か! しっかりしろ!」
 ヴィッツが声をかけるが、直撃した姫はその場に倒れ込む。そして
「なんだ、この眠気……。あ、罠に麻酔薬が……ついてたっての、か……」
 そう言いながらヴィッツもその場で気を失ってしまった。

 どれくらいが経っただろうか。ヴィッツはようやく目を覚ます。するとそこはどこかの小屋のようで、すぐ横の窓を見るに一階のソファの上だった。ぼんやりとした意識で周りを見渡す。すると右の方に人の姿が見える。ヴィッツが見ているとその人は視線に気づいたのか、ヴィッツの方に向いて歩いてきた。
「大丈夫かい? 意識はあるみたいだが、まだハッキリとはしてないみたいだね」

 と男性の声が聞こえる。ぼんやりと見えるだけ。男性は傍に椅子を持ってきてヴィッツの横に座り様子をうかがう。時間だけが過ぎていくが、徐々に意識がはっきりとしてきた。目の前には亜麻色の髪を後ろで短く括った、狩人のような格好をした三十過ぎくらいの男性が座っている。
「あ、俺……助かっ……た?」
「喋れるようになったか。よかった、獲物がかかったかと思って息子が魔法を撃ったが、それが君の連れに当たってしまった。本当に申し訳ない。この森は人が来ることがほとんどないから、君たちに迷惑をかけてしまった」
 と謝る。ヴィッツは
「あ、えっと……ここは、どこ?」
 と言い
「ん? 旅の人ではないのかな?」
 男性が聞き返すので事情は把握してないがエルフの森から突然ここに飛ばされたらしいと話す。もちろん世界を救う話や精霊の話はしなかった。
「なるほど……。何かに巻き込まれてずいぶんと遠くからここに飛ばされたんだね。ここはユイノール大陸。その中心にあるのがこの森だ。呪われた森とか迷いの森なんて世間では呼ばれている場所だよ。まあ呪われてると言われても魔法的なものは一切ないがね。エルフの森といえば、ここから北東に海を渡った場所にあるね。ただ行くとなると遠回りになるが」
 そう言って男性は
「おっと、無礼を働いた身なのに自己紹介がまだだったね。私はスティーブ、見た通り狩人だ」
 と自己紹介をした。
「俺は、ヴィッツ。ダメだ、まだちょっと頭がボーっとする」
 ヴィッツがそう言うとスティーブは立ち上がり台所からグラス一杯の水を持ってきた。ヴィッツはゆっくり体を起こして水を飲む。少し気分がスッキリした。そして自分の右足首は靴を脱がされ包帯が巻かれていた。
「ああ、即効性の麻酔薬が塗られた罠だからね。それで急に眠くなったんだ。よく使われるハーブに交じって私たちにしか見分けがつかない麻酔薬の材料になるものがある。それを口にした者が突然昏睡したように深く眠ってしまうことがあるんだ。それと、君の連れの女性は魚人族の生まれ変わりかい? この森に降る雨は特殊でね。普通の人は一切問題ないんだが、魚人族の生まれ変わりがこの雨を浴びると体調を崩してしまうらしい。他にも色々あるが、主にこの二つが森が呪われた森と言われる由縁だ。森の外の人はこの森の生態を知らないみたいだがね」
 確かに魚人族そのものであるが、その話をするのは流石にまずいと判断したヴィッツは、姫が記憶喪失で名前を思い出せないとだけ言った。
「なるほど……記憶をなくして名前も覚えていないのか。それだと出生も分からないか」
 罪悪感を感じるが仕方ない。ヴィッツはソファから立ち上がろうと足を下ろした。
「おわっ!」
 右足に痛みが走る。
「ああっ! まだ駄目だよ、傷が深い。傷薬を使っているがまだ治るまで時間がかかる。回復魔法が使える息子は今二階の一室で連れの方を看ている。終わったら回復を頼むからそれまでは安静にしておくといい」
 そう言われヴィッツはグラスをスティーブに渡して、再びソファに横になった。一方二階の一室のベッドに上着を脱がされ、背中の傷跡が見える状態でうつ伏せに寝かされている姫がいる。横にはローブを着た黒い短髪の少年が立っている。少年は姫の背中の上に手を掲げ魔法を唱える。
「ヒーリングブレス!」
 少年がそう言うと緑の光が姫の背中に命中した炎の玉の跡に広がる。
「うわっ! なんだこれ、すっごい魔力吸われる! でもオレのやらかしたことだし、ちゃんと治さなきゃ」
 少年は魔力を全放出して回復魔法に集中する。こうしてようやく姫の傷が治った。
「ふぅーっ。この傷治すのにこんなに魔力消費するとは思わなかった。今日はもう魔法使えないや」
 そう言って姫にシーツをかけ、後ろの椅子に座る。傷の痛みが治まったのか姫の意識が戻った。
「こ、ここは……?」
 すると
「あ! まだダメだよ、起きちゃ。傷口は治ったけど、雨の影響でお姉さんの体も精神もかなり弱ってるから」
 と少年が言う。
「雨の、影響?」
 姫が聞くと
「うん。このあたりの森の雨は魚人族の生まれ変わりが浴びると体調を崩しちゃうんだ。お姉さんの具合から見て魚人族の生まれ変わりだよね」
 と少年が答えた。ここで何か言えばヴィッツと齟齬(そご)が発生するのでは、と自分のことは何も言わずに
「では少し眠らせていただきます」
 と姫は寝たふりをした。そして寝息を立てている姫を見て、少年は椅子から立ち上がり、部屋を出て一階へと降りて行った。
「父さんー。上の人の治療終わったよ」
 と少年が降りてきた。
「へぇ、黒髪って珍しいな」

 上半身だけ起こしていたヴィッツが、降りてきた少年を見て言った。黒髪は特定の地域に多い傾向のある髪色である。ヴィッツたちがいたザルド大陸やサウザント大陸だと珍しい部類に入る。すると
「母さんの家系が黒髪だからな。それよりお前、あのお姉さんに庇われるとか情けねー男だな」
 とヴィッツを挑発する。すると
「こら。お前が確認もせず獲物と間違えて魔法を撃ったんだろう。原因は誰だ」
 とスティーブが息子の頭をペチンと叩く。
「あー、うん。ごめん。それはオレが悪かったよ。罠にかかった音だけで判断して即撃っちゃったのはごめん……」
 と少年は父とヴィッツに対して謝った。
「バルナ、この方にも回復魔法を使ってくれ」
 バルナと呼ばれた少年は
「えー。もう今日の魔力使い果たしちゃったよ。なんか上のお姉さんの傷を回復するのに、すっごい量の魔力消費して空っぽになっちゃった」
 以前言っていた術者に負担がかかる回復の話は本当のようだとヴィッツは思った。
「本当なら急いでエルフの森にもどらなきゃならねーけど、こんな足と天気じゃ姫さんにも迷惑かけちまう。あっ、姫さんってあだ名みたいなもんだ、本名覚えてないから」
 とヴィッツは話せる部分だけ話した。
「ううむ、ここからエルフの森に行くとなるとかなりの距離になる。この森を北に抜けて、そこから北東の半島にある港から東のキレリアの街に行く。そこから北上してエアイアの街が見えたら西にずっと歩くとエルフの森のはずだ。でも君たち凄いな。普通の人は入れないエルフの森に入れるなんて」
 とスティーブが言うので
「ああ、エルフの仲間がいて、それで一緒に連れて行ってもらったんだ。でもここにいたのは俺と姫さんだけだから、正直一緒にいた他の皆がどうなったか分からないんだ」
 とヴィッツが答えた。
「精霊魔法使えたら転送魔法くらいは使えるけど、お前も上のお姉さんも使えないの?」
 バルナがそう聞いてくるので
「俺も姫さんも精霊を探してるところだ。俺は動の精霊、姫さんは光の精霊と契約する予定だ」
 と言うと
「えっ! 動と光って四色精霊より上位精霊じゃん! あのお姉さんはともかく、お前そんなすごいヤツなの?」
 そう言われても魔法のことに詳しくないヴィッツは答えに戸惑う。すると
「怪我をさせた客人をそう質問攻めにするんじゃない。さあ、傷の回復を早める薬草スープを作ったから飲んでほしい、あまり味は良くないけれど効果はかなりある。息子の回復魔法が使えれば早かったが、この薬草スープで基礎代謝を上げて、明日息子の魔法で治すことにしよう。天気が回復すれば港まで案内するよ」
 ヴィッツは渡されたいかにもな緑色の薬草スープを飲む。苦みが強くて正直吐き出しそうな味だが、とにかく今は痛みを抑え傷を治さなければと渋々全部飲み干した。こうして早く帰りたいものの、帰る手段もなく正規のルートをたどると大変時間がかかることが分かった。夕食の時間が来る。姫は朝まで寝ていたいとそのままベッドで寝て、ヴィッツは食事を持ってきてもらいつつ夕飯を終える。スティーブとバルナが片付けを終え、スティーブはテーブルの椅子にバルナはヴィッツの隣に椅子を置いて座る。
「おい、お前」
「なんだよ……ガキ」
「オレはバルナだ!」
「俺はヴィッツだよ。んで、バルナ、なんか用か」
「上のお姉さんとお前の関係って何だ」
 そう聞かれても正直困るので
「旅の仲間、だな」
 とだけ答えた。
「そっか。あの人お母さんに似てるなって思っただけ」
 バルナの言葉に
「お前もか。俺もあの人は母さんに似てるなって思った。五歳の時に死んじまったけどな」
 ヴィッツがそう話すと
「お前、お母さん死んじゃったの?」
 とバルナが聞き返す。ヴィッツは流行病で母が他界したことを話した。すると
「なんか、ごめん。お前のお母さんのこと思い出させるようなこと言っちゃって」
 と頑なに名前は呼んでくれないが謝ってきた。
「別にいいよ。それを父さんに伝えるために旅に出たんだ。よく聞かれる話だから気にしてねーよ」
 ヴィッツは気にしてないと言う。バルナは安心して自身の母親の話を始めた。
「オレのお母さん、合成魔術師でさ。違う魔法同士を掛け合わせることで凄い魔法を生み出すんだ。でも合成魔法って二つの精霊と契約するから、その分魔力が沢山いる。精霊の相性もあるから相反する属性は合成したらダメとか色々あるんだ。お母さんはここからとっても遠い東の方にある、キレリアよりももっともっと東にあるセルヴィーテ城で合成魔法の研究の仕事してる。オレが八歳の時に仕事で行っちゃったから、もう七年も会ってない。ここだと伝書鳩も使えないからさ、お母さんとずっと会ってない。オレもお母さんに憧れて火と風の精霊と契約して合成魔法使えるようになったの、早く見せたいなってずっと会えるの待ってる。だからあのお姉さん見たとき、髪色は違うけどお母さんみたいな人だなって……そう思ったんだ。そっか、お前のお母さんにも似てるんだ」
 そう言いながらバルナはヴィッツに自分のロッドを見せた。
「これ、お母さんがオレにってくれたロッド。もし魔術師を目指すならこれを使いなさいってお母さんがくれた。そしてセルヴィーテ城に仕事に行った。お母さんに憧れてオレはこうして合成魔術師になった。合成魔法って二つの精霊の力使うから通常の魔法より命中率が凄く下がるんだ。でもオレは父さんの弓使いの血が流れてるから正確さが高くて、その点合成魔術も高確率で当てられるんだ」
 ヴィッツが感心しながらバルナの話を聞いていると
「まあ、お前みたいな魔法知識のないヤツなんかには動の精霊は使いこなせないよ」
 と見下したように言う。その次の瞬間、スティーブがバルナの頭を掴む。
「こらバルナ。お客様に対してその態度はなんだ。彼らにも色々事情があるのだろう。詮索したりそういう態度をとるのを止めろ」
「あたたた! 父さん分かったよ、止めるから」
 バルナは慌てて父の手から逃れる。そして
「お前なんかにあのお姉さんは釣り合わねーよ!」
 と言葉を吐き捨てて二階の自室へと駆け上がっていった。あっけにとられるヴィッツとスティーブ。
「あ、ああ。すみません、うちの息子がご迷惑をおかけしました」
 スティーブは冷や汗をかきながらヴィッツに詫びる。それに対して
「えっと、スティーブさん。バルナがあんなに俺に対して態度が冷たいの、なんかあるんですか?」
 ヴィッツがそう聞くとスティーブは少しため息をつき
「恐らく『嫉妬』でしょう」
 と言う。
「嫉妬?」
 ヴィッツが聞き返すと
「あの子は母に似たあの女性の方が気になるのでしょう。だから一緒にいた君に対して嫉妬心を抱いた、そういうことだと思います」
 とスティーブが答える。
「嫉妬っつっても別に俺、姫さんと付き合ってるわけでもないですし……んー、敬語難しいな」
 慣れない敬語にヴィッツが戸惑う。すると
「ああ、もし私が年上で無理に敬語を使っているようなら普段通りで構わないよ。何なら名前も呼び捨てでも構わない。君が好きなように喋ってくれ」
 と気遣ってくれた。
「あ、えっと名前はスティーブさんでいいや。それじゃあ敬語は、わりぃどうも慣れないから普段のまま喋らせてもらうわ。俺は二十歳だけど、スティーブさんはいくつくらいなんだ? バルナは話しを聞いてる限り十五歳みたいだけど」
「私は三十五だね。息子は十五で合っている。妻は三十七だ」
「へぇ、奥さんの方が年上なんだな。俺の母さんは生きてたら四十二か。確か二十二の時に生まれたって言ってたから。父さんは分からねぇ、同じくらいかなぁ」
 ヴィッツは父の名前は聞いてたが、年齢は聞いてなかったことを思い出す。そして自分が母親の記憶が所々抜け落ちている話をした。
「そうか……。記憶が所々抜けるほどにショックな出来事だったのだね……。五歳の子供にとって唯一傍にいた母親が亡くなるのは辛いだろう。父親ですら生きてるかも怪しい、そんな状況の中よく旅に出ようと決心したね」
 スティーブはヴィッツ同情しつつ、決意を褒めたたえた。そして
「それに比べてうちの息子ときたら……。こんな森で生活しているせいで八歳からずっと友達もおらず、母も遠くに行って寂しいとずっと言っていて……」
 と言うのでふとヴィッツの中に疑問が浮かんだ。
「そういやこの森には親子三人でずっと暮らしてたのか? 八歳から友達がって話だと八歳まではどこかの村とか街で暮らしてたとか」
 そう聞くと
「ああ。妻が遥か東のセルヴィーテ城に任務に就くことになるまでは、森の南西にあるアルハーナの街で私と息子と妻とその両親と親戚と、それはもう大所帯で暮らしていたよ。息子が話したと思うが、妻の家系は黒髪が強く出る。だから息子も黒髪なんだ。そして妻が合成魔法の研究でセルヴィーテ城から招待状が来てね。妻は研究熱心な人だから喜んで同意して合成魔法の研究に行った。それから妻が『私が帰ってくるまでこの森を守ってほしい』と言ってきた。この森は妻と出会った大事な森でね、思い出の場所なんだ。何度も呪われた森だから焼き払おうと街の人たちに言われていた。妻がそれを説得するために、私と息子をこの森に住まわせて『森の番人がいるからこの森は燃やしてはいけない』と街の人たちに訴え、何か唱えた。私も魔法に関しては詳しくないのだが、それ以降は街の人々も『森の番人がいるからこの森には不用意に入ってはいけない』と言うようになった。何が起こったかは分からないが、そういういきさつで私は妻との思い出の場所をずっと守っている。それに息子を付き合わせてしまって。友達と色々楽しむ時期を奪ってしまったから、あんな風に育ってしまったのかもしれない。いやはや、父親として情けない」
 スティーブはしょんぼりしながらヴィッツにそう話す。
「スティーブさん、そんなこたぁねーよ。バルナのやつはすげーよ。母親に憧れて合成魔術師の道選んで、こうやって森で生活して。俺なんか剣も魔法も知らない人間だった。知ってるのは農具の使い方ぐらいだよ。大人になったらやっぱ母親に会いに旅に出るのか、それとも母親の方が帰ってくるのが先か、どっちだろうな」
 ヴィッツがそう話すと
「そうだな……私も早く妻に会いたい」
 そう本音を漏らした。
「そういや姫さんと母親が似てるっつってたけど、そんなに似てるのか?」
 ヴィッツが不思議そうに聞く。
「ああ、髪の色こそ違うが顔も雰囲気もとても似ている。恐らく息子は直接話をしているから、喋り方なんかも似てたのだろう。だから近づきたいと思って、君を邪魔者扱いしてしまったのかもしれない」
 スティーブの話に
「ははっ、俺は姫さんとそんな関係じゃねぇからなぁ。まあ気にならないわけじゃないけど、色々あって俺は姫さんとは釣り合わない人間だと思ってる」
 ヴィッツも本音を話す。そうこうしているうちに外は真っ暗になっていた。
「この森は魔物が出る。そんなに頻繁に出ることはないが用心に越したことはない。夜はよっぽどのことがない限り外に出ないこと。君をベッドで寝かせたいが、二階の私の部屋で寝るかい? 客人用の部屋はあの人が寝ているから、もうベッドがないんだ」
 スティーブがそう言うと
「ああ、俺はこのソファでいいよ。スティーブさんこそベッドでちゃんと寝てくれ。俺はこんな足だ、二階に上がると色々不便だしこのままここで寝させてもらうよ」
 とヴィッツはこのままソファで寝ることにした。
「そうか、客人なのにソファに寝させてしまって悪いね。明日には息子も魔力が回復してるだろうから、その際にはちゃんと足の傷を治そう」
 こうしてそれぞれ夜を明かした。

 翌朝。早めに朝食を食べ終えたバルナがヴィッツの足元に椅子をもってきて座る。
「ちょっと痛いかもだけど、包帯外すよ。直接じゃないと回復通りづらいから」
 そう言ってバルナはヴィッツの右足の包帯を外す。時折動かすと痛みが走る。ほどかれた包帯には血の跡が付いている。傷口を見ながら
「やっぱあの罠結構深いんだな。じゃあ今から回復する。ちょっと風が吹くから傷口に沁みるかも。出来るだけ動かないようにね」
 と言う。
「お、おう」
 初めての治癒魔法にヴィッツは目を閉じ、じっと動かないようにした。バルナは
「ヒーリングブレス!」
 と風の回復魔法を唱える。傷口全体を風が包み込む。ヴィッツは痛みを我慢してじっと耐えた。しばらく魔法を当て続けたバルナが
「よし、これでもう大丈夫。完全に傷は消えたよ」
 と言う。目を開けてみると、さっきまであった罠の跡がすっかり消えて綺麗な肌になっていた。
「痛みもないと思うから立ってみて」
 バルナに言われてヴィッツは恐る恐るソファから降りて立ち上がる。
「お、おおおっ! すげぇ! 昨日みたいな痛みがない!」
 感動するヴィッツ。
「バルナ、ありがとな! あと姫さんのことも助けてくれてありがとな。あの人は特殊な体してっから、魔力結構吸われたろう」
 ヴィッツの言葉に
「あ、気のせいじゃなかったんだ。すっごい魔力吸われて空っぽになったから、最初びっくりしたんだ。あの怪我ならもっと簡単に治せるのに、二倍以上魔力吸われたから何事かと思ってた」
 とバルナが言う。ヴィッツは靴下とブーツを履きながら
「詳しいことは俺も知らねーんだけどな」
 知っているけど話せない内容。ヴィッツはそれとなくごまかす。そうこうしていると姫も二階から降りてきた。
「あ、皆さん。えっと私を治療してくれた……」
「バルナです!」
 そう言ってバルナは姫のそばに駆け寄る。
「バルナさんでしたか。昨日は本当にお世話になりました。私の怪我の治療、とても魔力使いましたよね。ご迷惑をおかけしました。でも本当にありがとうございました」
 と姫はバルナに一礼する。
「あっ、そんな頭下げなくていいよ! お腹空いてない? 何食べる? 嫌いなものとかあるかな?」
 とバルナは姫の手を引く。
「えっと、ごめんなさい。私、食べることが出来ないんです」
 と姫が言う。すると
「食べることが出来ないって……もしかして、半実体?」
 とバルナが言う。姫とヴィッツに冷や汗が流れる。すると
「バルナ。半実体とはなんだ?」
 とスティーブが聞く。バルナは
「ああ、父さんは知らないのか。オレはお母さんから聞いてたんだけど。世の中には肉体があるオレたちみたいなやつと。実体化っていって肉体はないんだけど魔法か何かでほぼ肉体を再現してる体を持ってるやつと。その実体化が上手くいかなくて体の形は再現できてるんだけど人間でもなく実体化でもないやつといるんだ。んで、その半実体ってのが外側だけ人間の姿してるけど中身が魔力のゼリーみたいなので形状保ってるっていう説明で分かるかなぁ。世界に漂うマナの力だけで生きていける存在だって聞いてる。その代わりオレたちみたいに食って回復するってのが出来ない。あ、もしかしたら回復魔法で魔力の消耗が激しくなるのもそのせいだったのかも? 回復魔法に関してはお母さんから聞いてなかったからな」
 どうやら半実体と言う存在は身近ではないものの、魔法界隈ではある程度は知られている存在のようだ。そしてこれで姫以外にも半実体化している者もいるということが分かった。そして姫はその話を聞いて状況を説明する。
「え、ええと。恐らくそうだと思います。私、記憶がないせいで自分の生まれも育ちも知らなくて。それでバルナさんにも大きな負荷をかけてしまいました。助けていただいて本当にありがとうございました」
 姫がそう言うとバルナは姫の手を握り
「やっぱりお母さんにそっくりだ! ねぇねぇ、お姉さん! こんなヤツなんかと旅に行かないでここに一緒に……」
 そう言ってるとスティーブがバルナの頭を掴み
「こら、こちらの方々は大事な目的があって旅に出ている。それを足止めするなんてとんでもない。すみません、息子がご迷惑をおかけしました」
「あたた! 父さんわかった、やめてよ」
 スティーブに引っ張られてバルナはようやく姫から離れた。スティーブはバルナを少し離れたところに連れて行き説教を始める。あっけに取られていた姫は近づいてきたヴィッツに
「バルナさんは何の話をしていたのでしょうか」
 と聞いてきた。そして一部始終を話した。
「私がバルナさんのお母さんに雰囲気が似てらしたのですね。ヴィッツさんと同じですね」
 と姫が言うと
「あのガキと一緒にするのはやめてくれよ……」
 とヴィッツは不満そうな顔をする。それを見て姫はくすくすと笑った。スティーブがヴィッツの分の朝食を作り、ヴィッツが食べている間にすでに食事を終えたスティーブとバルナは狩りに出掛けていった。今日は雨が降っていない。そう言えばとヴィッツは姫にこのあたりの雨の話をした。姫もバルナからその話を聞いたことをヴィッツに話す。とりあえずお互いなるべく話を出さないことで、何とか二人に誤解を招くようなことは避けられた。食事を終え食器を洗い、二人は家から外に出た。木々の隙間から眩しい朝日が差し込む。すると目の前に小さな人影が二つ現れた。一つはこちらから見て左に太い一本の跳ねた毛の束がある短髪の少年、もう一つは肩が出た白いドレスを着た白色の長い髪の女性の精霊だった。
「待ってたよ! ヴィッツ! 俺の名前はビスト、動の精霊さ!」
「よく来ましたね、光を司る者となる方。私の名前はルーラ、光の精霊です」

 精霊たちが挨拶をしてきた。
「俺の名前、知ってんのか?」
「私のことも知っているのですか?」
 不思議そうにする二人に
「俺とルーラは君たち二人が来るのを待っていた」
「導きによりようやく会うことが出来ました」
 そしてビストとルーラは
「これが俺の精霊石。大事にしてくれよ!」
「私の精霊石。扱いは慎重に」
 と言って二人の胸の前に精霊石を移動させる。手を差し出しヴィッツはビストの、姫はルーラの精霊石をそれぞれ受け取り握りしめる。体に湧き上がる不思議な力。
「契約出来たね! それじゃあ!」
「何かあったら呼んでください」
 そう言ってビストとルーラは姿を消した。突然のことに驚きを隠せない二人。
「今のって」
「精霊契約……ですよね」
「こんな簡単でいいのか?」
「それに私たちを待ってたって……。精霊たちは私たち二人が共にここに来るのを分かっていたのでしょうか」
「ん、んんー。わかんねぇけど、まあ俺も姫さんもこれで精霊と契約出来たってことか」
「では一刻も早くエルフの森に向かわなければいけませんね」
 姫に言われてヴィッツはここから通常の移動となると、とても長旅になることを思い出して話したが姫は
「そういえば精霊との契約をしたので、城の転送魔法陣が使えるかもしれません」
 と言う。強制的に帰らされることも知っているが、自分から帰還する場合の言葉を聞いている。
「でもさ、流石に何も言わずに帰っちまうのもなんだから、ちょっと二人が帰ってくるの待とう。ちゃんと挨拶してから帰ろうぜ」
 とヴィッツが言い、姫も頷いた。一時間ほどしてからスティーブとバルナが帰ってきた。どうやら獲物を捕らえたようだ。そして一階のソファに座って待っていたヴィッツと姫を見たバルナが精霊を察知して
「あ、ええ? 二人とも精霊契約してる?」
 と驚く。ヴィッツと姫は精霊石を取り出しバルナに見せた。
「オレと父さんが狩り行ってる間に何があったの? しかも光と動の精霊、本当に契約してる!」
 そんなバルナにこの旅の詳細は内緒なので二人揃って
「「ないしょ」」
 と答えた。こうして二人は帰る手段を手に入れた。昼前にヴィッツと姫は城に戻ることを決め、スティーブとバルナに挨拶をした。
「なんか色々あったけど助けてくれてありがとうな。スティーブさん、バルナ。本当一日もないくらい短かったと思うけど世話になったよ」
「私の怪我も治していただきありがとうございました。お礼らしいことが何もできないままですが、私たちは一度戻ります」
 挨拶する二人に
「むしろこちらこそご迷惑をおかけした。もしこのあたりに来る予定があれば立ち寄ってくれると嬉しい。君たちなら大歓迎だ」
「お姉さん! また会えたら嬉しいな。それとヴィッツ……元気でな」
 最後の最後でバルナがようやく名前を呼んでくれた。
「ははっ、やーっと名前で呼んでくれたか。姫さんも連れて近くに寄ることがあったら来るからさ。それまで元気出な」
「それではさようなら、お元気で」
 ヴィッツと姫は精霊石を両手で握りしめ、転送魔法陣に自分たちから飛ぶ祈りを捧げる。二人は声を揃え
「「我、彼の元に! ソルリルクス!」」
 そう唱えると一瞬にして二人の姿は消えた。
「久しぶりのお客さん、だったな」
「あーあ、お姉さん残ってくれたらよかったのになぁ」
 スティーブとバルナはそう言って家の中に入っていった。
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