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ゆなお

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二章【分散】

十七話 恋する乙女の悩み事

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 スティアとナスティがたどり着いたのはどこかの街だった。
「え? ここどこ?」
「目を開けたら、いきなり知らない街に来てしまいました! 何が起こったんでしょう!」
 見かけない街に驚いている二人に女性が一人近づいてきた。三つ編みを左肩から前に下げ、セーラー帽を被った白いスカートの女性だった。

「あれ、見かけない方ですね? どちらからキレリアの街に来ましたか?」
 どうやらここはキレリアの街、つまりエアイアの街からかなり南に下ったところにある城下町だ。
「あ、キレリアかぁ。私たち、ちょっと事故っちゃったみたいで、ここに飛ばされたようなんです」
 とスティアが言う。すると女性は
「ああ、よくありますね。転送魔法を使ったら全然違う所に飛ばされたって。お二方もその事故ですか」
 と言うのでとりあえず辻褄合わせに二人は頷いた。女性は
「私はクリスと申します」
 と名を名乗った。
「えっと私はスティア」
「私はナスティです!」
 そしてなんとかエルフの森に行きたい話をクリスにする。すると
「んんー。今日すぐには難しいですね。地図上ではキレリアからエアイアまで直線で行けば、エルフの森があると言われている場所にすぐ行けるのですが、途中に巨大な砂漠地帯がありまして、馬車もかなり迂回して通るためとても時間がかかって遠いのです。でも、転送魔法が使えるのでしたら、お二方すぐに戻れるのでは?」
 と聞いてきたので慌てて
「ええとね! 私は使えるんだけど、ナスティが魔法使えなくて!」
「そうなんです! 転送魔法の実験をしているところで、私は巻き込まれてスティアさんと一緒に飛ばされてしまったんです!」
 となんとか話をしようとする。魔法に詳しい人にならバレるところだったが
「私は魔法のことは詳しくまでは知りませんが、そういうこともあるんですね」
 となんとかごまかすことが出来た。安堵している二人を見て
「そうだ! それじゃあエアイア行きの馬車の時間まで観光でもしていきませんか? お二方ともこの街は初めてのようですし」
 どうしようもない状況。ここは少し落ち着いて行動をしようと、クリスに街を案内してもらうことにした。まずは港から案内される。
「ここからユイノール大陸への船が出ています。残念ながら他の街への船はないんです。キレリアの街は深く切り込まれた入り江のような場所の奥ですので、ユイノール大陸へ向かう航路以外は海路より陸路の方が近いのです。特注で有れば航路外も走りますが、とてもお値段が高くて一般人には無理なのです」
 そしてクリスは次の場所へと向かう。
「こちらがキレリアの名所その一、渚通りです。港から少し離れて大きな一本道が続きます。この道の両サイドにはいろんなお店が並んでいます。あ! ちょうど今カフェでお得なサービスしてる時間です! よかったら一緒にスイーツでも食べに行きませんか? お金は私が払います、お客さんたちですもの」
 そう言ってクリスは二人の手を握り、カフェの中に入ろうとする。
「ま、待って! おごってもらうなんて、そんな。良くないわよ。お金はちゃんと払うわ」
 スティアがそう言うと
「いいんです。私、こう見えてもキレリアの名族イマニカ家の生まれです。そのためなかなか人が近寄りづらいらしく、お友達が少なくて。だからお二人とご一緒にお話がしたかったんです」
 とクリスは言った。スティアはウワサ程度には聞いた名前を思い出す。
「それなら本来ならお金を払うところだけど、ここはお言葉に甘えましょうか。ちょっと罪悪感はあるんだけど、そこまで言われたら付き合うわ」
「私もちょっと申し訳ない気持ちがありますね。でもそこまでおっしゃるなら楽しみましょう!」
 こうして三人はおしゃれなカフェに入った。白を基調としてアクセントに青のラインや飾りがある店内。港町のカフェらしく色を揃えているようだ。三人はそれぞれパフェにケーキにタルトにと頼む。そして口にしながら時折会話をする。
「私、知的な男性が好みなんです」
「そうなんだ。私は安心して一緒に居られる人がいいかな」
「んー。私はあまりそういうこと考えたことが無いんですよね。だって料理が下手ですし……」
「ナスティさんって料理が苦手なんですか?」
「はい、とんでもない見た目の料理が出来ちゃって。見た人みんな顔をそむけてしまうんです」
「あはは、ナスティって器用なのに料理下手なの変わってるよね」
「スティアさん、笑い事じゃないですよ。ナスティさんとしては由々しき事態ですよ」
「そうです! クリスさん、もっと言ってください!」
「あーナスティ! 私に悪者扱いするのね! そんな子はほらっ!」
「あっ! 私のタルト少し取りましたね!」
「じゃあ私はーっと」
「クリス! 私のケーキの一番おいしいところ取ったわね!」
「んふふ~。油断してるのがいけないのです。それにナスティさんの料理が苦手な所を笑った罰ですよ~」
「もー、仕方ないなぁ」
 こうして楽しい三人の会話が進んだ。
「あ、もうこんな時間ですね」
 クリスは腕時計を見る。
「わっ、腕時計! すっごい高級品じゃない! どうしたのこれ?」
 スティアが驚く。
「腕時計って確かセルヴィーテの城下町の一角にある精密機械工房で作られてるんですよね? とても繊細で、でも丈夫な時計とか作っているところだって聞きます」
 ナスティがそう言うと
「はい! セルヴィーテにお住いのとある方から頂きました。私の密かに慕っている人です」
「え、なになに? クリスが好きな人?」
 スティアが聞くとクリスは話し始めた。
「とても勉強熱心な方で、今はお師匠様と一緒に勉強している、と話は聞きました。お師匠様と呼ばれる方に関しては私は分かりません。お慕いするその方はこの街出身の方で、旅立つ前にご挨拶をしたところ、一年後にこの時計を送られてきました。私にとっては大事な宝物です」
「へー。好きな人からそうやって贈り物もらえるなんていいわねぇ」
「でもずっと会えないなんて悲しいですね」
「ええ、またもう一度お会いしたいです。ブライト様……」
 クリスは夢見る乙女の表情で上を見上げた。こうして三人はカフェを出て渚通りの突き当りまでやってきた。そこには大きな噴水がある。
「ここが第二の名所。噴水広場です。海も見えて山も見える。まさに風光明媚な場所なんです」
 そう言ってクリスが両手を広げて上げたときだった。クリスの腕時計が急に消えたのだ。
「えっ? 何っ? 腕時計が消えた!」
 大事な腕時計が消えてしまってオロオロするクリス。すると
「小さな人影が見えました! 恐らく精霊です! 私が探してきますのでスティアさんはクリスさんの側に!」
 そう言ってナスティが見た精霊の姿を追う。その精霊はスッと建物の隙間に入っていった。何とか人一人通れる幅の路地裏。走っていくとそこは行き止まりだった。
「その腕時計、返してもらいますよ! いたずらな精霊さん!」
 背中を向けていた精霊はゆっくりと振り向く。特徴的な右側に跳ねた太い髪の束と右肩に肩当を付けたローブを身にまとった精霊だった。そして精霊はゆっくりとした口調で話しかけてきた。
「ナスティ……貴女を待っていました。私の名は……アリシア。静の精霊……です」

 そしてナスティに腕時計を渡す。
「貴女と契約するために……申し訳ないけれど、この腕時計を使わせていただきました。ナスティ……少しの間、目を閉じてください」
 ナスティは腕時計を握り、言われた通り目を閉じた。するとまるで過去に遡るように記憶がよみがえる。ディア王と初めて会った時のことが脳裏に鮮明に浮かぶ。逆光で見えないディア王の後ろに、今いる精霊アリシアの姿が見えた。その瞬間、ナスティは目を開け我に返る。
「私のこと……思い出してくれましたね。では契約の精霊石を渡します。空いてる方の手を……私の前に……」
 ナスティは言われた通り腕時計を握った右手とは違う左手を差し出した。そしてそっと手のひらに置かれた精霊石。握りしめると体の中に色々な時の流れが押し寄せる。
「エアイアの街で貴女と会って……そして貴女がこのキレリアの街に来るのを、ずっと……待っていました。さあ、契約は完了しました。今日一日はあの子と遊んで、明日には旅立つといいでしょう。では……」
 そう言ってアリシアは姿を消した。
「精霊……契約」
 握りしめた左手には確かに精霊石があった。

「ナスティ、遅いわねぇ。どこまで行ったのかしら」
「どうしよう……大事な腕時計、無くしてしまった……」
 落ち込むクリスに
「だいじょーぶ! ナスティが必ず持って帰ってくるから」
 と励ましていると、少しぼーっとした表情のナスティが噴水広場に帰ってきた。そして
「えっと、クリスさん。腕時計は持って帰りました」
 そう言ってナスティはクリスに腕時計を返す。
「あっ、ありがとうございますっ! 本当に、本当にありがとうございますっ!」
 クリスは頭を何回も下げて礼を言う。一方スティアは
「ナスティ、どうしたの? なんかボーっとしてるみたいだけど」
 と聞くと
「あ、スティアさん。これ……」
 と言って精霊石を見せた。
「え、それって精霊石……。ど、どうしたの?」
 スティアがそう聞くと
「詳しくは後で話します。とりあえず明日の朝まではこの街で過ごしましょう」
 ナスティには何か思惑があるようで、スティアもうなずき今日はこの街で一日を過ごすことを決めた。
「ナスティさん、そしてスティアさん。今日は本当にありがとうございます! どうしてもお礼がしたいので、よろしければ私の家で一晩泊っていただけませんかただきたいのです」
 クリスの言葉に甘え、二人はクリスの家に向かった。着いた先は見事なお屋敷であった。
「ここがクリスの家かぁ」
「他の家と比べても大きさが違いますね!」
 と特別驚いた様子もない二人に
「お二人共そんなに驚かないんですね。皆さん私の家に誘うと驚かれてしまうのに」
 不思議そうな顔をするクリス。
「あっ、うん! すっごい大きいお屋敷ね!」
「そうですそうです! こんな立派なお屋敷に泊めてもらえるなんて光栄です!」
 と自身が王女であることも、城勤めの国王直属の傭兵であることも言えないため、クリスの屋敷を褒めた。こうして二人はクリスにゲストルームに案内された。
「夕食の時間になりましたらまた呼びに来ます。それまでゆっくりしてください」
 そう言ってクリスは自分の部屋へと戻っていった。他に誰もいなくなったのを確認して
「で、ナスティ。その精霊石、どうしたの?」
 スティアに聞かれ事のいきさつを話した。
「……へぇ。ナスティと契約する精霊だったんだ。しかもナスティ、ディア王に初めて会った時にその精霊と会ってたのね」
 スティアに言われ
「私、ずっと忘れてたんです。確かにあのとき、座り込んだ私を覗き込むように膝をついて見ていたディア様の後ろに、小さい人影が見えていたの。今の今まで忘れていました。アリシアと今日会って、記憶をたどってようやく思い出せたんです。私は、十二の時から精霊に、選ばれていた……」
 とナスティは真面目な顔をして話す。
「そうよね、思い出したのねって言ったのなら、ナスティはすでに精霊に選ばれてたってことになるわよね。私の時はミーンに言われてナトルイア島の山の頂上に行って契約したけど、本当に契約の仕方も人それぞれなのね。精霊契約も、この旅の選ばれた理由も、もしかすると決まっている運命なのかしら」
「この旅、本当に色々起こりすぎて混乱してしまいます。本当に定めならヴィッツさんが選ばれたことにも大きな理由があるのかもしれません」
 ナスティの言葉に
「確かにナスティが『選ばれていた』のならヴィッツも何かしら『選ばれていた』理由があるのかもしれないわね」
 二人はクリスに夕食を御馳走してもらい、色々三人で話をしてゆっくりと休んだ。こうして一夜明けて朝食も食べ休憩し、そして屋敷の人々に礼を言って外に出た。クリスが
「これからエアイアへ行く馬車に乗りますか? 長旅になりますけど」
 と言うと
「ううん、もう大丈夫。ナスティも精霊契約出来たから、これで近くに戻れる方法が出来たの」
「クリスさん! 短い間ですがお世話になりました! こちらの方に来ることがあるかは分かりませんが、立ち寄った際はまたお会い出来たら嬉しいです!」
 と二人は言った。
「はい! また機会があれば遊びに来てください!」
 クリスの挨拶を最後に二人は精霊石を握り、事前に精霊石を手に入れた際に唱えることでサウザント城の転送魔法陣に飛ぶ祈りを捧げた。
「「我、彼の元に! ソルリルクス!」」
 唱えると二人の姿はあっという間に消えた。二人が消えたのを見て
「短い出来事でしたが、とても楽しかったです。お二人がどのような旅をしているか分かりませんが、またいつの日かお会い出来れば嬉しいです」
 クリスはそう言って青空を見上げた。
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