3IN-IN INvisible INnerworld-

ゆなお

文字の大きさ
上 下
41 / 58
五章【真実】

四十話 丘陵の宿事件簿

しおりを挟む

「俺の意見だが。そいつは連れて行かない方がいい。そもそも俺たちの任務の内容、分かっているな」
 グレイはそう言って全員の顔を見る。グレイと目が合ったザントは
「あ、ああそうか。外部に知られるっていうことか。たとえ小さな子供にせよ、うかつに話すわけにはいかないってことだね」
 と言う。グレイはうなずいた。
「でもよ、誰に預ける?」
 カルロがそう聞くと
「サウザント城に預ける」
 とグレイは言う。
「ええっ? まさか親父に任せるってんじゃないだろうな?」
 カルロが驚いた様子で聞くと
「それ以外にどこがある」
 とグレイは言う。カルロは
「それならせめてクレセアに預けよう。あいつは何気に子供の扱いに慣れてる。その間にでも親父にこの子供の住んでた場所を探してもらった方がいい」
 と提案する。
「そういやおちびさんよ。あんたの名前はなんて言うんだ?」
 カルロがそう聞くと少し間を置いて
「……ストナ」
 と答えた。
「聞いたことない名前だな。マジでどこ住まいか分からねぇやつだな、こりゃ。とりあえず俺と兄貴で城行ってから親父とクレセアに話つけてくっか。問題はストナが精霊と契約してるかだが、まあこんな小さな子供が精霊と契約してるわけないか」
 そう言ってカルロは
「誰か、城への転送一回分犠牲に出来るやついねーかな」
 と周りに聞く。手を挙げたのはティアスだった。
「私の分を使ってください。多分ですが、再転送が出来るようになるまでには街か村に着くでしょうし。私は少しの間、戻れなくても大丈夫だと思います」
 ティアスの言葉に
「姉貴、すまねぇな。じゃあ姉貴の一回分の転送、使わせてもらう。とりあえず今日はもう遅い。城の門も閉まってる。キーコインがなきゃストナも城に入れねぇ。明日の朝、俺と兄貴でストナを預けてくる」
 とカルロは言った。
「それじゃあ今日の夕飯作ろうぜ。今日は久々に俺も料理加わるぜ!」
 次の瞬間、グレイの目が光る。
「あの島で食べたカルロの料理が食える……」
 そんなグレイを見て
「うわぁ……。兄貴、よっぽど俺の作った飯が気に入ってたんだな。そんじゃあ張り切ってやりますかねぇ!」
 とカルロが中心となり料理を作って全員に振る舞った。食事を終えて後片付けをして休むことにしたが
「ストナっていうからには女の子、かな?」
 とスティアがストナに聞く。ストナはしばらく無表情でじっとスティアを見た後に小さくうなずいた。見た目では中性的で分かりづらいが、女の子ということで女性陣のテントで休むことにした。最初の焚き火の番はカルロとグレイとなった。二人は焚き火を挟んで向かい合う。
「なあ、兄貴」
 カルロがそう言うと
「どうした、カルロ」
 と名前で呼ぶ。すると
「いや、その呼ばれ方がすっげえ嬉しいんだ。今まで『王子』としか呼んでくれなかったのが、名前で呼んでくれるようになった。俺のことを『親父に頼まれた護る約束をされた息子』から『弟分』って思ってくれるようになったのがさ。とにかく嬉しくて嬉しくて……」
 とカルロは惚気のように嬉しそうに話す。若干引き気味のグレイだったが
「ま、まあもう王子として扱わなくていいだろうと思った。お前は俺の大事な弟だ。とはいえ俺は兄弟の感覚がまだつかめてないから、恐らく今まで通りの扱いだろう。ただ呼び名だけは名前にする。お前が国王になっても、な」
 と話した。
「やー! 兄貴もうそういうの恥ずかしいから止めてくれよ!」
 と言いつつもカルロはうれしさが隠しきれないようで、再びグレイがドン引きする。
「カルロ……。お前の気持ちは分かった。分かったらとりあえず落ち着け」
 グレイはそう言ってカルロをなだめる。それ以降は焚き火を消さないように、乾いた枝や葉を入れて燃やし続ける。
「魔除けの結界は光無きところでは発動しない。だからこうやって火を焚き続ける」
 グレイがそう言うと
「あの無人島で四属性の俺らが作った魔除けの結界は別だけどな。あれは四属性の力を合わせて魔法陣自体を発光させて維持してたからな。ただあれは長時間用だから、一泊だけの拠点向きじゃねぇ。だからこうして火を燃やして明かりを作る。でもこの大陸だと結界は必要ないかもしれねぇな」
 とカルロが言い
「今のところ魔物の発生する気配も、発生した気配もない。その証拠を掴むためにもまずは人が居るところを探さなければならない」
 とグレイが話す。
「まあ明日、ストナを城に預けたら戻ってきて先進もうぜ」
 カルロの言葉にグレイはうなずいた。こうして火の番を交代して、朝がきた。
「それじゃあ俺と兄貴はストナを連れて一回城に戻る。正直この距離のあるリュナ大陸に一瞬で戻れるか分からねぇが、皆しばらくここで待っててくれ」
 残る六人はうなずく。
「それじゃあ姉貴。ストナに転送分の魔力を移してくれ」
「はい。ではいきますよ」
 そう言ってティアスは自身の魔法転送分の魔力をストナに渡す。
「よし、それじゃあ城直通は無理だからサウザントの街の手前に行くぜ」
 そう言ってカルロとグレイは転送魔法を唱えてストナと共に消えた。
「これで二、三日は姫は転送魔法が使えない。くれぐれも事故を起こさないように気を付けてくださいよ」
 ミーンに念を押され
「はい。気を付けます」
 とティアスは返事をした。残された六人はカルロとグレイが帰ってくるのを待った。

 サウザントの街の手前に飛んだ三人。
「よしよし、ストナもちゃんと転送されたな。こいつがいなきゃ意味ねぇからな」
 カルロはそう言って街に入りグレイと共にストナを連れて城門に向かった。
「あっ! カルロ王子! どうなさいましたか?」
 門番が声をかけてきた。
「ああ、ちと親父と弟に用事がある。あと来客用のキーコインを一つくれ。この保護した迷子を中に入れるためだ」
 カルロに言われ門番はキーコインを渡し、カルロはストナに持たせた。
「これはこの城の出入りに大事なものだから無くすなよ」
 受け取ったストナは小さくうなずいた。こうしてカルロはディア王とクレセアを呼び、謁見の間に向かう。そしてディア王とクレセアにリュナ大陸での話をした。グレイもストナのことについて自分が知る限りの情報を話した。
「なるほどな。たしかに小さな子を連れての旅は難しい。それに……」
 ディア王はそう言ってカルロとグレイにアイコンタクトを送る。二人はうなずき
「ってわけで、俺たちが帰るまで預かってほしいんだ。それまでに住んでるところが分かりゃいいけど、多分難しいだろうし。クレセア、お前なら子供の面倒見るの得意だよな?」
 カルロはクレセアの方を向きそう聞くと
「はい! 僕は王位を継がない身でしたから、よく街で子供たちの面倒を見る形で遊んでました。子供の世話なら慣れてます」
 とクレセアは答えた。
「手間かけさせちまうが、他に頼めるやつがいなかった。だからクレセア、頼んだぜ」
 カルロにそう言われ
「兄上の旅の助けになるのならば、このクレセア頑張ります! 寂しいですが、この子を預けたらすぐに行ってしまうのですね」
 とクレセアは少し寂しそうにする。
「ああ、もうすぐ手がかりがつかめそうなんだ。帰ってきたら土産話もいっぱいある。そんときゃ色々語り合おうぜ」
 とカルロが言い
「兄上! 楽しみに待ってます!」
 とクレセアは笑顔を見せた。
「じゃあ親父! クレセア! 俺と兄貴はリュナ大陸に……帰れるのかな」
 とカルロが言うと
「距離はあるが大丈夫だろう。精霊の加護があれば一度行った場所ならどこでも行けるはずだ」
 とディア王が言った。
「ま、まあ物は試しだ。兄貴、さっきの場所目指して飛ぶぞ」
「ああ、カルロ。行こう」
 そう言うとカルロとグレイは転送魔法を使ってその場から消えた。
「あの子が息子を名前で呼んだ、か」
 ディア王は少し笑みを見せて玉座から立ち上がり、部屋へと戻った。クレセアは屈んでストナと目線を合わせ
「君の名前はストナですね」
 とストナに聞く。こくりとうなずく。
「じゃあストナ。今は眠いですか?」
 ストナは首を横に振る。
「では何かしたいことはありますか? おもちゃで遊びたいとか、外で遊びたいとか、絵本を読みたいとか」
 クレセアがそう聞くと
「お話聞きたい」
 と言う。
「どんな話が聞きたいですか?」
 クレセアの問いに
「この国のお話」
 とストナは言った。
「分かりました。では中庭に行きましょう」
 そう言ってクレセアはストナと手をつないで中庭へと向かった。

 転送魔法を使ったカルロとグレイは、拠点にしている六人のいるすぐ近くまで移動した。
「お、おお! ちゃんと城からここに戻れた!」
 感動するカルロに
「あら、早かったわね。その様子だと問題なく預かってもらえたのかしら」
 とミーンが問う。
「ああ、国王陛下にカルロの弟に、二人とも協力してくれた」
 グレイがそう答えミーンが
「それなら安心ね。あの子の住んでた場所に返すのも大事だけど、私たちの竜人を探し世界の均衡を保つ旅はこの世界自体に大事なこと。さあ、テントはすでに片付けたわ。先に進みましょう」
 そう言って八人揃ってザントを先頭に先へ進む。川を渡り森を抜け、広々とした草原に緩やかな丘を上がる。その丘の頂上には、白い壁の木造の上品で大きな一軒家があった。
「何かしら。玄関に看板が掛かってるわね」
「待ってくださいね……雑貨屋、って書いてますね!」
 スティアがそう言って、ナスティが遠目から看板を読む。
「こんな周りに何も無いところに雑貨屋なんて、不思議な感じね」
 ミーンがそう言うと
「あーもし宿もやってるなら、ゆっくり休みてぇな」
 とヴィッツが言う。
「それに雑貨屋なら備品や食料もあるかもしれん」
 グレイもそう言って建物を見つめる。
「そうね。とりあえず寄ってみましょうか。この先何もなかったら困るし」
 そう言って一行は一軒家へと向かった。扉を開けると扉についたベルの音がカランコロンとする。店内はこぢんまりとした、だが品揃えは割と旅の必需品的なものが多かった。しばらくして奥から人が出てくる。
「おや、久しぶりのお客様ですね。ようこそ、雑貨屋クォーツへ。私は店主のブルーです。旅の備品の補充ですか? それとも宿をお探しですか?」

 ブルーと名乗る二十代半ばのいかにも好青年と言った男性は、ワイシャツに紺色のスラックスで身なりを整えていた。そしてその後からもう一人
「誰か来たのか」
 と男性の声が聞こえた。声の主は短髪で真ん中分けした二十代前半くらいのブルーと同じような格好をした男性だった。

「ああ、アベン。私が担当するから君は勉強に集中していていいよ」
 ブルーがそう言うと
「お前に指図されるつもりはない。それはどうでもいい」
 そう言ってヴィッツたちの方を向き
「客人、俺はこの店に務めるアベンという。ここからもう少し東に行けば街があるが、今から向かうと、途中で夜になるだろう。ここは雑貨屋兼宿屋だ。休んでいくといい」
 とブルーに対しては反抗的だが、ヴィッツたちに対しては丁寧な対応をしてくれた。
「じゃあお言葉に甘えて八人泊めてほしい」
 カルロがそう言うと
「じゃあここに各自サインをお願いします」
 と言って用紙をカウンターに出した。
「街から離れの小さな宿ですからね。何かしら忘れ物をされる方も多いので、お客様のお手を煩わせてしまいますが、サインのご記入をお願いしております」
 そう言われて一人一人サインを書いていると、外から馬車の止まる音がした。その途端、扉が開き
「ねえねえ、ブルー! 今日特売日だったからいっぱい買ってきちゃった……ってお客さん?」

 あっけにとられるヴィッツたちをよそに
「ローズ、落ち着いて。お客様の前だよ」
 とローズと呼ばれた十代中半のように見える男子をなだめる。その後ろからブルーと同じ年齢くらいの無表情な男性が荷物を両手で抱えて入ってきた。
「あ、タイト! 僕が荷物持つね!」
 そう言ってローズはタイトの荷物を受け取り、店の奥へと入っていった。そんな様子を見ていると、サインを書くのが止まってた八人を見て
「客人、サインを」
 とタイトが低い声で言った。慌てて残りの人数分のサインを書き終える。サインを確認したブルーは
「それでは客室に案内いたします。四人ずつの二部屋になりますがいいですか?」
 そう聞かれうなずき二階へと案内された。男性陣と女性陣に分かれて部屋へと入る。ミーンは
「なんだか不思議な雰囲気の人たちだったわね」
 と言う。
「そうかしら? まあこんな辺鄙な場所に割と顔の良い男が四人揃ってるのは変な感じするけども。でも特別変な感じは私はしなかったわ」
 スティアがそう話すと
「いえ、恐らく魔力的な何か……だと思います」
 とティアスが言った。
「魔力的な……何か、ですか?」
 ナスティがティアスとミーンの顔を見る。
「はっきりとは分からないんだけど、不思議な感覚がするの。何かしら、この感覚」
 ミーンはそう首をかしげる。
「んー、ザントとグレイはどうだったか聞いてみましょうよ」
 そう言ってミーンとスティアは男性陣の部屋の扉をノックする。
「ん? 誰だ?」
 カルロの声に
「私とミーンよ。ちょっとザントとグレイに話があるんだけど、入ってもいいかしら」
 とスティアが答えた。
「ちと待て。俺とヴィッツが着替え中だ。兄貴とザント、よかったら廊下で話してくれ」
「分かった」
「じゃあちょっと部屋出るね」
 そう言ってグレイとザントが部屋から出てきた。
「スティアにミーン。何かあったの?」
 ザントが聞くと
「実はミーンがね……」
 とスティアはミーンが覚えた違和感を話す。すると
「あっ……あー、なるほど……」
 と心当たりがあるらしく、ザントは考え込んだ。一方、グレイは特に心当たりがないようで、首を横に振った。ザントは
「あの人たち、精霊と契約してないのに魔力を微かに感じたんだよね。しかもその魔力って魔法が使えることを示す魔力だった。精霊と契約してなくても魔力自体は誰でも持ってる。なのに魔法が使えるっていう魔力をどこからか感じたから変に思ったんだよ。その違和感ってミーンもだったんだ」
 と話す。
「ザントも私と同じ感覚がしたのね。でもその正体がわからないわね」
 ミーンがそう言うと
「まあ泊めてもらってる身だし、あまり人様のことを詮索するのは良くないと思うんだ」
 とザントが言う。
「そうよね。私たち、せっかく宿に泊まらせてもらってるんだもの。あまり失礼の無いようにしたいわよね」
 とスティアが言った。
「俺は寝る場所と飯があればいい」
 とグレイが言う。
「ははっ、グレイは相変わらずだね。じゃあ要件は終わった感じかな?」
 ザントがミーンに聞き、ミーンはうなずく。そんな話をしているところにタイトがやってきた。
「客人、食事の時間は何時頃がいい? 食べられない物や苦手な物はないか? あと風呂の件だが、申し訳ないが一人ずつしか入れない。その代わり湯は毎回入れ替えて沸かす。特に今回は人数が多いから風呂を沸かし直すのに時間がかかる」
 そう言ってタイトが食事の希望と風呂の話をする。
「あ、ちょっと聞いてもいいですか」
 スティアが手を挙げるとタイトはうなずいた。
「ここから少なくとも半日弱歩けば街があるんですよね? その街に行けば、大きい宿とか大浴場とかありますか?」
 スティアの質問に対してタイトは
「ある」
 と一言だけ答えた。スティアは少し考えて
「せっかく泊めてもらってる身ですもの、お風呂に入りたい気持ちはあるけれど八人分沸かし直してもらうなんて大変よ。ここは最低限『絶対お風呂入らなきゃダメ!』って人だけ入って、それ以外は次の街の大浴場でゆっくり入りましょうよ」
 とその場にいる三人に提案する。
「寝る場所も確保してもらって、ご飯まで用意してもらえる。それだけでも充分だと思うのよね。お風呂も大事だけど、どうせ今までだって野宿生活してたんだし、お風呂はちょっと我慢しましょう」
 スティアの話に
「そうだね。贅沢は言ってられない。僕は最悪食べることだけでも出来れば充分だよ」
 とザントは笑う。ミーンとグレイも同様の意見のようで、伝達へとそれぞれの部屋へと戻った。四人の話を聞いてタイトは残ったスティアとザントに
「もてなす側なのに、客人に気を遣わせてしまってすまない」
 と謝る。
「いえ、謝ることなんてないですよ。あ、食事の件ですが……」
 こうして食事の要望をタイトに伝え、タイトは一階へと戻っていった。スティアとザントは
「最初、ちょっと怖い雰囲気の人かなってあの人のこと思ったけど、とても丁寧な人だったね」
「そうね。残りの三人はまだ分からないけど、少なくともあの人はいい人みたいね」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ僕も部屋に戻るよ。食事の時間にまた」
 そう言ってザントは部屋に戻り、スティアも自室に戻った。こうして時間が過ぎ、夕食の時間となり男性陣の部屋にはタイト、女性陣の部屋にはアベンが呼びに来た。それぞれ一階の食堂に案内される。八人ギリギリ座れる感じでテーブルを囲む。出された料理もおいしくいただき、ザントとグレイは相変わらずのおかわりを要求する。宿の主である四人が隣のキッチンで料理の準備や食器の後片付けをしているため、一行は当たり障りのない雑談をして過ごす。こうして食事が終わり後片付けが終わった直後のことだった。突然、ドサリと何かが倒れる音がキッチンから聞こえた。そして直後にブルーの声で
「ローズ! しっかりしろ、ローズ!」
 と声がする。一行は慌ててキッチンをのぞき込む。そこには顔色が悪く息が上がった状態で倒れ込んでいるローズがいた。とっさにティアスが駆け寄り回復魔法を唱える。しかし、ローズの様子は変わらなかった。全員が回復魔法を使おうとしたが
「これは怪我じゃない、病気だ。魔法は、恐らく効かない」
 と冷静な様子でアベンが言う。そして
「客人、急病人が身内に出た。だが皆は心配しなくていい。我々でなんとかする。俺は医学の知識があるから大丈夫だ。まずはローズを部屋へ、タイト連れて行ってくれ」
 アベンに言われたタイトはローズを抱きかかえると、キッチンから部屋へと向かっていった。
「俺は治療の準備をしてくる。客人の対応は……ブルーやっておけよ」
「…………」
 重い雰囲気が伝わる。アベンもキッチンを出て行った。残されたブルーは
「お客様。お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
 と頭を下げた。それに対してカルロは
「いやいや、あんたが頭下げることじゃねぇ。それよりローズだったか、あいつは大丈夫なのか?」
 とローズのことを心配する。ブルーは
「アベンとタイトがいれば大丈夫でしょう。お客様、申し訳ありませんが用事が無ければ極力一階の我々の個室へは近寄らないようにお願いできますか。治療のための準備など色々ありますので……」
 と言う。
「あ、ああ。分かった。ローズが早く良くなることを祈っとくよ」
 とカルロが言い
「では私は店の方の確認をしたらローズの様子を見に行きますので。お客様、あまりお気になさらずにゆっくり休んでください」
 と一礼してブルーはその場を離れた。残された一行は
「流石にあんな状況見ちゃったら」
「心配するなとか気にするなって方が無理だよなぁ」
 とスティアとヴィッツが話す。
「でも僕らの魔法じゃどうにもならないし」
「ここは医学の知識があるとおっしゃってたアベンさんに任せるしかないですね」
 とザントとティアスも話す。
「悔しいな。怪我は治せても病気は治せない。それが魔法の弱点だ」
「そうですね……。私たちの無力さを感じてしまいます」
 グレイとナスティも自身の魔法ではどうにもならないことを嘆く。
「かといって心配したところでローズが治るわけでもなし」
「ここは彼らの言うとおり任せましょう」
 カルロとミーンの言葉を聞いて、それぞれ部屋に戻って一夜を過ごした。

 翌朝、食堂に降りると
「あ、皆さん! おはようございます!」
 と昨日とは裏腹に元気いっぱいに挨拶するローズがいた。ローズは一行の前に行くと
「昨日は僕が倒れたせいでご心配をおかけしました! 今はこの通り元気なので大丈夫です!」
 とペコリとお辞儀をした。
「お、おお……。あんなに具合悪そうだったのに、もう治っちまったのか?」
 カルロがそう言うと
「はいっ! ただ、アベンが徹夜で診てくれてたので……。アベンはまだ寝てます」
 と申し訳なさそうに話す。
「そういや医学の知識があるって言ってたもんな。まあローズが元気になったなら、俺たちも安心して次の街に行ける。よかったよ。アベンにもお疲れさんって伝えといてくれ」
 カルロの言葉にローズは
「はいっ! ちゃんと伝えておきます!」
 と答えた。そこにブルーがやってきて
「お客様。その、申し訳ないのですが、昨夜の騒動で朝食の用意が間に合ってなく……」
 と言う。カルロは
「いいって、いいって! 一晩泊めてもらっただけでも充分だ。あんま騒がしくするのもなんだ。俺たちはもう次の街に進む」
 と言って泊めてもらった感謝を伝えた。一行は旅の準備をして店を出る。玄関にはブルーとローズとタイトが見送りに来た。
「この道なりに進めば街に到着します。皆様、お気を付けて。良い旅を」
 お互いお辞儀をして一行は雑貨屋クォーツを後にした。一瞬だけ、一階の窓からアベンがこちらを見ているのに気付き、全員で手を振るとアベンも軽く手を振って姿を消した。
「なんか一晩だけなのに色々あったな」
 ヴィッツがそう言うと
「まさか宿の人が倒れるとは思わなかったわ」
 とスティアが言った。
「でも元気になったみたいでよかったですね!」
 ナスティは安堵の表情を見せ
「そうだな。俺たちは何も出来なかったが、無事で何よりだ」
 グレイも目を閉じて口元を緩ませる。
「本当に魔法って病気とか死には無力だよね」
 ザントの言葉に
「精霊界の決まりなのでしょう。病気と死は救えない、と言うのが」
 ティアスはそう答える。
「だから親父は魔法科学でより人体に近い義手義足の研究やってんだろうなぁ」
 カルロが考えながら言うと
「そのおかげでグレイは助かった。国王のおかげね」
 とミーンはグレイに話題を振る。グレイは
「ああ。俺は国王陛下に命を救われた。だからこの命をかけてでも国王陛下に仕えると決めた。だが、今はもう一つ守りたいものが増えた」
 と言う。
「もう一つ守りたいもの?」
 スティアが聞くと
「それは……秘密、だ」
 と笑う。
「ちょっと! そこまで言っといて秘密とかモヤモヤしちゃうじゃない!」
 スティアがそう言って拳をあげると、グレイはスッと消えるように前に走っていった。
「あー! あたしが荷物持ちだからって逃げるのナシよー!」
 とスティアはプンプンと怒った。答えが分かってるカルロとザントは二人顔を合わせて笑う。一方、無自覚なヴィッツは何事もなかったような顔をして荷物を運んだ。
しおりを挟む

処理中です...