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ゆなお

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if五章【真実】

if四十話 翼を持つ者

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「俺の意見だが。そいつは連れて行かな……」
 そう言いかけた時だった。突然、森の中から超大型の猪が現れた。このままテントの方に来られては危ないと全員が武器を持って攻撃しようとした時、子供は一瞬で猪の目の前に移動し、袖から手を出した瞬間まばゆい光線が放たれる。猪を貫いたその光線は消え、猪はドサリと倒れた。子供はこちらに振り向いて猪の方に手を突き出し
「食料……」
 と一言だけ言った。その場の全員が唖然とする。そして
「なんだ、ありゃ……」
 カルロが呟き
「あんな魔法、見たことないわ……」
 ミーンが呟き
「あの子、呪文を一切唱えなかった……」
 ザントが呟いた。そんな中、グレイが恐る恐る子供に近づくと
「お前、まさか真の魔法使いか」
 と問いただした。しかし子供は首を横にも縦にも振らず、黙り込んでしまう。グレイは皆の方に振り向き
「さっき俺はこいつを連れて行かずにサウザント城に預ける、と言おうとした。だが、真の魔法使いである可能性が非常に高い。それならば、むしろ城に預けずに旅に連れて行く方が賢明かもしれん」
 と話す。グレイの言葉に
「ああ、そういえばこの世界で最初に誕生した真の魔法使いが、この大陸にいるんだよな? こいつがその可能性なのを捨てきれねーってことか。たしかにミーンやザントが見たことねぇ魔法使うなら、逆に城に預けりゃ国王陛下や皆が危ねぇ」
 とヴィッツが言う。カルロも
「俺も兄貴に同感だ。何を持ってるか、何を考えてるか分からん。子供の姿の何かわからん存在なら、うかつにこの島の外に出さない方がいいかもしれねぇな」
 そう言って子供を見る。子供は少し目線を下げて静かにしている。するとティアスが
「正体はたしかに分かりませんが、この子は私たちを助けてくれました。この先で一体自分が何者なのか話してくれるかもしれません」
 と言って子供と目線を合わせて両腕をそっと握る。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。先ほどは私たちを助けてくれました。そして倒した獣を食料だと言ってくれました。では私は貴方に少なくとも感謝します」
 そう言って笑顔を見せる。すると子供は少しだけ顔を上げた。そんな様子を見て
「まあ、数日分の食料になりそうだ。しっかり焼いて食って、残りは燻製にするか。捌くのは俺に任せてくれ。ヴィッツと兄貴とザントとで、ちと離れたところに運びたい。ここで解体するのはまずいからな」
 カルロはそう言って四人で別の場所へと運んだ。残った女性陣は
「もし差し支えなければお名前を聞いてもいいですか?」
 とティアスが子供に聞く。するとしばらく沈黙して
「……ストナ」
 と名乗った。
「ストナ、ですか。と言うことは女の子ですか?」
 追加の質問に対してまたしばらく沈黙して、こくりとうなずいた。
「そうですか。では私たちのテントで一緒に休むことになりますね。ミーンにスティアにナスティ。いいでしょうか」
 ティアスが振り返り聞くと
「まあ、姫が話している限り悪意はなさそうね」
「それにしても不思議な子よね。本当に真の魔法使いなのかしら? 私は真の魔法使いに会ったことないから、話が聞けるなら色々話してみたいわね」
「ちょっと、いえかなり無口な子なのかもしれませんね! ですが、私たちよりも真っ先に動いて魔法らしきものを使いました! その能力は人並み外れたもののようですが、私はこの子の力を信じてみたいです!」
 と三人ともティアスの意見に賛成のようだ。しばらくして猪を解体したカルロたちが、大量の肉を持って帰ってきた。
「戻ったぜ! これだけ上質の肉が取れりゃ今夜の飯は困らねぇ。短時間で燻製にするから日持ちは悪いが、まあ次の宿くらいまでなら持つだろう」
 カルロはそう言いながらミーンとスティアに今夜の分の肉を渡した。残りの肉は男性陣で燻製にする作業を始めた。こうして豪勢な肉料理を全員で味わった。そしてストナという女の子だという話を、聞いていなかった男性陣に話す。こうして空は暗闇となり、男女で分かれてテントに入る。最初の焚き火の番はカルロとグレイとなった。二人は焚き火を挟んで向かい合う。
「なあ、兄貴」
 カルロがそう言うと
「どうした、カルロ」
 と名前で呼ぶ。すると
「いや、その呼ばれ方がすっげえ嬉しいんだ。今まで『王子』としか呼んでくれなかったのが、名前で呼んでくれるようになった。俺のことを『親父に頼まれた護る約束をされた息子』から『弟分』って思ってくれるようになったのがさ。とにかく嬉しくて嬉しくて……」
 とカルロは惚気のように嬉しそうに話す。若干引き気味のグレイだったが
「ま、まあもう王子として扱わなくていいだろうと思った。お前は俺の大事な弟だ。とはいえ俺は兄弟の感覚がまだつかめてないから、恐らく今まで通りの扱いだろう。ただ呼び名だけは名前にする。お前が国王になっても、な」
 と話した。
「やー! 兄貴もうそういうの恥ずかしいから止めてくれよ!」
 と言いつつもカルロはうれしさが隠しきれないようで、再びグレイがドン引きする。
「カルロ……。お前の気持ちは分かった。分かったらとりあえず落ち着け」
 グレイはそう言ってカルロをなだめる。それ以降は焚き火を消さないように、乾いた枝や葉を入れて燃やし続ける。
「魔除けの結界は光無きところでは発動しない。だからこうやって火を焚き続ける」
 グレイがそう言うと
「あの無人島で四属性の俺らが作った魔除けの結界は別だけどな。あれは四属性の力を合わせて魔法陣自体を発光させて維持してたからな。ただあれは長時間用だから、一泊だけの拠点向きじゃねぇ。だからこうして火を燃やして明かりを作る。でもこの大陸だと結界は必要ないかもしれねぇな」
 とカルロが言い
「今のところ魔物の発生する気配も、発生した気配もない。その証拠を掴むためにもまずは人が居るところを探さなければならない」
 とグレイが話す。
「まあ明日から追加の旅人との行動だな。ストナ……あいつは一体何者なんだ」
 カルロの言葉にグレイは
「真の魔法使いは呪文を唱えず魔法が使えると聞く。ならばあいつは真の魔法使いの可能性が高い。だが、精霊の気配がない。まあ真の魔法使いになってから精霊との契約を破棄したのかもしれん。だが、俺の精霊二人に問いかけても何も答えてくれなかった。真の魔法使いとはまた違う存在の可能性も捨てきれない、と言うのが今の俺の意見だ」
 と意見を述べた。カルロは腕を組み
「うーん。兄貴にも分からねぇんじゃ俺たちではもっと分からねぇな」
 カルロの言葉にグレイは
「とにかく先に進むしかあるまい。気は緩めるな」
 こうして火の番を交代して、朝がきた。
「よし、それじゃあストナも付いてこれるか。俺らは長い旅をしているから、疲れたらすぐ言えよ」
 カルロがそう言うとストナはこくんとうなずき、そして前を走る。
「おいおい! どこ行くか分かってんのか!」
 カルロがそう言って止めようとすると
「竜の大陸。竜の住む場所」
 とストナは言う。グレイは
「お前……俺たちの旅の目的を……」
 そう言おうとすると
「東に、街がある。そこで分かる」
 と言った。ザントは確認のために杖を掲げる。たしかに矢印は東を指している。ザントは
「少なくともこの子は嘘を言ってない。それならこの子の言うとおりについて行こう」
 そう言ってストナを先頭に八人は先へ進む。川を渡り森を抜け、広々とした草原に緩やかな丘を上がる。その丘の頂上には、白い壁の木造の上品で大きな一軒家があった。
「何かしら。玄関に看板が掛かってるわね」
「待ってくださいね……雑貨屋、って書いてますね!」
 スティアがそう言って、ナスティが遠目から看板を読む。
「こんな周りに何も無いところに雑貨屋なんて、不思議なところね」
 ミーンがそう言うと
「あーもし宿もやってるなら、ゆっくり休みてぇな」
 とヴィッツが言う。
「それに雑貨屋なら備品や食料もあるかもしれん」
 グレイもそう言って建物を見つめる。
「そうね。とりあえず寄ってみましょうか。この先何もなかったら困るし」
 そう言って一行は一軒家へと向かった。扉を開けると扉についたベルの音がカランコロンとする。店内はこじんまりとした、だが品揃えは割と旅の必需品的なものが多かった。しばらくして奥から人が出てくる。
「おや、久しぶりのお客様ですね。ようこそ、雑貨屋クォーツへ。私は店主のブルーです。旅の備品の補充ですか? それとも宿をお探しですか?」
 ブルーと名乗る二十代半ばのいかにも好青年と言った男性は、ワイシャツに紺色のスラックスで身なりを整えていた。するとストナがカウンターの前でブルーをじっと見る。視線に気付いたブルーは冷静でありつつも、少しだけ驚いた様子で
「おや。随分と珍しいお客様がいらっしゃるようですね」
 とストナを見ながらそう言った。するとストナは少しだけ眉をひそめ
「『翼を持つ者』。何故地上にいる」
 と言った。ストナの言葉にブルーは笑顔で
「流石は『人を監視するもの』ですね。私の正体も見破りましたか」
 と言った。二人の会話を聞いてカルロは
「『翼を持つ者』に『人を監視するもの』? あんたら一体何を話してるんだ?」
 と問いかけるとブルーは不思議そうな顔をして
「おやおや。この存在を知らないままお連れになるとは……。ああ、なるほど。皆様は『竜人』を探しに来た八勇士でしたか」
 とカルロたちの正体を暴く。
「俺たちを……知ってる、だと?」
 カルロが驚いていると奥からもう一人現れた。
「なんだ騒がしい。ん、そいつは人を監視するものか。まさか本物を見れるとは思わなかったな。それに他の奴らは竜人を探す八勇士か」
 その男性は短髪で真ん中分けした二十代前半くらいのブルーと同じような格好をした男性だった。
「なかなかの研究素材が揃ったよ。アベンも少し話をしてみないかい?」
 そう言ってブルーはアベンの方を向く。アベンは
「たしかに面白いな。ローズとタイトが買い物から帰ってくるまで、少し話をしよう。八人の勇士たち。お前たちが混乱しているようだから色々説明しよう。立ち話になる。荷物は置いてもらおう」
 そう言われ、カルロたちは荷物を床に置き、ブルーとアベンの話を聞くことにした。
「まず、俺たちの紹介からだ。俺は白き翼を持つ者アベンチュリン。それでこっちが」
「同じく白き翼を持つ者ブルーレースです。あと二人、同じく白き翼を持つ者であるローズクォーツと黒き翼を持つ者ヘマタイトの四人で行動しています。ローズとタイトは今買い物に出かけておりますので、後で紹介しましょう。皆さんがまず聞きたいのは『翼を持つ者』とはなんであるか、でしょう」
 ブルーがそう言うとアベンが
「俺たちは魂の集合体の待機状態だ。いわゆる『死の精霊が刈り取った魂が浄化され凝縮され、そしてまた一つ新たな人として生まれ変わる』という、その『浄化され凝縮された魂』が俺たちだ。人として新たに生まれ変わるまでかなり長い猶予がある。そのとき、魂の集合体は一人格を持ち、行動が可能になる。精霊と契約しない代わりに『魔力を宿した翼』を持つ。だから『翼を持つ者』と呼ばれている。普段は人間界に降りてくることはない。だが、希に興味本位で地上に人間として紛れ込んで暮らす奴もいる」
 そう言ってブルーの方を睨む。その視線に気付きつつもブルーは
「そういうわけで白き翼の三人の中で私が一番最初に地上に降りました。人間界の書物に興味があり、東の街の図書館によく通いました」
 と話す。するとアベンは
「俺は降りるつもりはなかった。だが親友であるローズが、あいつが事故で片翼を失って地上に落ちてしまった。ローズを探し助けるために、俺は地上に降りた。そこでようやく出会った時にローズはブルーに助けられていた」
 と目線をそらして話す。
「ローズは随分私に懐きましてね。なのでアベンに嫌われてるんですよ。でもそれ以降、助けに来たアベンと三人でここに家を作りました。そこでやってきたのが黒き翼のタイトです」
 ブルーは先ほどの笑顔から少し眉をひそめ
「白き翼と黒き翼は対立状態にあります。相反する属性で闘争が起きた、と言われ続けていた。ですが、それは間違いで、単に翼の色の違いは魂が凝縮された時間帯だから、接触することがなかっただけ、と。そして使える魔法の種類でお互いを悪しき者だと見るようになってしまった。それは間違いだと分かっていても、私は対立する相手だとたたき込まれた身。未だ自分の中で同類の存在であると納得出来ないのです」
 と悩む様子を見せた。だが次の瞬間明るい表情で
「これ以上、我々の説明は必要ないでしょう。では続いてこの小さな『人を監視するもの』について説明させていただきます。この子は人間に見えますが、人間でもなくまた真の魔法使いでもありません。人が誕生したその瞬間からこの世界、つまりこの星の意思によって作られた『人を監視するもの』。その名前のとおり、人を監視し、紛争などで人の憎悪や正義の強力な力があふれすぎた時に『星が危険視する人間を刈り取ること』が与えられた任務なのです。そうその姿はまるで……」
 ブルーがそう言いかけると
「青い死神、だな」
 とカルロが声を震わせながら言った。するとブルーは
「御名答! 流石は由緒あるサウザント国の第一王子ですね」
 と拍手をした。そして
「青い翼をまとう姿で現れる、人の脅威である死神のような存在。ですが本来のこの子の力はそんなものではありませんし、いきなり人を襲うこともありません。この子は自身の本当の力にまだ目覚めていないだけなのです。人の感情を鎮め浄化する力にまだ目覚めてないのです。恐らくその力に目覚めるのに貴方がたの力が必要だと判断し、ついてきたのでしょう」
 とブルーは説明する。
「なあ、ストナ……。そりゃあ本当なのか?」
 カルロが恐る恐る聞くとストナはこくりとうなずき
「八勇士。光を司る者。闇を司る者。竜人。手がかりが、あるかもしれないと思った」
 と言った。そんなストナの話を聞いてグレイが
「本来の力を手に入れたい。それで俺たちの前に出てきた。青い死神の話はある程度知っている。でもお前は変わろうとしているんだな。なら、少なくとも俺だけでも協力しよう」
 と言った。
「兄貴、本気か?」
 カルロが聞くが
「俺だってこの力に目覚めるために、皆に協力してもらった。こいつが世界に必要な存在なら、本来の力を手に入れたいなら。俺は力を貸したい」
 とグレイは答えた。それを聞いて
「ああ、俺もそれでいいと思うぞ。とりあえずこいつの正体は分かったし、俺たちにいきなり襲いかかってくるわけでもないことも分かった。それなら俺たちでこいつの力を目覚めさせるの手伝えるなら手伝えばいいんじゃねーかな」
 とヴィッツが笑う。グレイとヴィッツの意見を聞いて残りの者も同じ意見のようだった。カルロは
「んー、まあ兄貴にヴィッツに、他の皆もそう言うならこのまま連れてくか」
 と言った。こうしてカルロは一泊でいいから泊まらせて欲しいと頼む。二階に四人部屋が二つあるので男性陣と女性陣で分かれることになる。ストナは寝なくても良いと言ってそのまま建物から出て行ってしまった。一行が心配するが
「大丈夫ですよ。あの子は食べる必要も寝る必要も無い。この世界に漂うマナだけで充分生きられます。ただ、人間社会に溶け込むために人に擬態し、食べたり寝たりすることで怪しまれないようにしているだけですから」
 とブルーが答える。そのとき、玄関の扉が突然開き
「ブルー! 特売特売! いっぱい買ってきたよー」
 と両手に荷物を抱えた元気いっぱいの十代半ばのように見える男子と
「ローズが今日だけはあれもこれもと言うんでな。色々買ってしまった」
 ブルーと同じ年齢くらいの無表情な男性が荷物を両手で抱えて入ってきた。
「あれ、お客さん?」
 ローズがそう聞くとタイトは一瞬ブルーとアイコンタクトをして
「竜人を探す八勇士か。そして屋根の上だろう、そこに人を監視するものもいる」
 とタイトが話す。すると
「やっぱり僕が言ったとおり今日いっぱい買ってきて良かったでしょ!」
 とタイトに話す。
「そうだな。その様子だと泊まり客のようだ。ローズとブルーは料理の準備を頼む。俺とアベンは客人を案内する」
 そう言ってブルーに荷物を預け、両手に荷物を抱えたローズと共に店の奥へと入っていった。するとアベンが
「ふん、俺はあいつが、ブルーの奴が気に入らない」
 と言い
「ブルーは俺のことを警戒している。それはお前も同様だろう」
 とタイトが言った。
「分かってるじゃないか。俺は今でもお前を許したわけじゃない。まあそれはいい。客人を部屋に案内する」
 アベンは女性陣を、タイトは男性陣をそれぞれ部屋に案内した。そして全員に夕食の時間と風呂について説明した。話によると風呂は普通の家の風呂と同じサイズのようで一人ずつしか入れず、シャワーも今は使えないらしい。一行は相談して次の街までの距離を聞き、半日でつくと聞いて風呂に関しては街でなんとかすると説明した。アベンとタイトが一階に降りたのを確認して、それぞれ部屋に入る前に廊下に集まる。
「なんかすげぇことになっちまったな……」
 カルロがそう言うと
「翼を持つ者に、人を監視するもの……。全く聞いたことない話だったわ」
 とミーンが言った。
「竜人を探す旅のはずが、まさかそんな貴重な存在に会うことになるなんて。僕も想定外のことが起こって頭がこんがらがりそうだよ」
 ザントと同じ意見のようでスティアもナスティもティアスもヴィッツも混乱している。
「俺はどちらも存在自体は知っていた。だが、こんな目の前にいるのには驚いた」
 グレイはそう話す。そして
「自身の本来の力を目覚めさせたい。それが願いなら叶えてやりたい。そうすればもう青い死神などと呼ばれることもないだろう。自身の意思でやってるわけではないことで、そんな異名で呼ばれるなど、辛いと思わないか」
 と続けて話した。グレイの話を聞いてカルロは
「大規模紛争が起る度に現れると言われている青い死神。青い翼を持ち、そして戦場の人々全ての命を刈る。それ故に戦場を恐怖に陥れた。でもそいつがやろうとしていたことは人を殺すことじゃなく、場の、世界の、乱れた人間からあふれ出た正や負の感情を静めることだった、ってことだよな。だから本来の力を手に入れたいって、俺たちにヒントがないか近づいてきたって訳か」
 とグレイの方を見て言うと、うなずいて返事をした。
「そういうことだ。このまま野放しにしておけば、いつまた惨劇が起きるか分からん。なんとしてでも俺たちで出来たらいいが……。まあ、今は竜人を探す方が先だ。各自休もう」
 こうしてそれぞれ部屋に入り、夕食の時間を待った。時間になると男性陣の部屋にはタイト、女性陣の部屋にはアベンが呼びに来た。それぞれ一階の食堂に案内される。八人ギリギリ座れる感じでテーブルを囲む。出された料理もおいしくいただき、ザントとグレイは相変わらずのおかわりを要求する。宿の主である四人が隣のキッチンで料理の準備や食器の後片付けをしているため、一行は当たり障りのない雑談をして過ごす。こうして食事が終わり後片付けが終わった直後のことだった。突然、ドサリと何かが倒れる音がキッチンから聞こえた。そして直後にブルーの声で
「ローズ! しっかりしろ、ローズ!」
 と声がする。一行は慌ててキッチンをのぞき込む。そこには顔色が悪く息が上がった状態で倒れ込んでいるローズがいた。とっさにティアスが駆け寄り回復魔法を唱える。しかし、ローズの様子は変わらなかった。全員が回復魔法を使おうとしたがブルーが止めた。そしてアベンが
「そろそろだと思っていたが、こんなに早く来てしまったか……」
 そう言うと凄い剣幕で
「だから言ったんだ! こんな地上に残らずに元の場所に戻ろうと! お前が……ローズが、ブルーが言うから仕方なく地上に残っていたが、このままだとローズは新たな命になる前に穢れとなってしまう! ブルー! どう責任取るつもりだ!」
 とブルーをまくし立てる。それを見ていたタイトが
「助かる方法はある。だが客人の前でこんなことをしてる場合じゃない」
 と話した。それを聞いて
「お前……助かる方法が、あるというのか?」
 アベンがそう言うと
「二人、犠牲になる必要がある。一人は純粋な白き翼を持つ者ではなくなる。そしてローズは白と黒の翼を持つ者になる。それが許せるなら、助けられる」
 とタイトが説明する。アベンは即座に
「あの禁断の契約か……。俺かブルーのどちらかが、タイトの支配下となり。そしてローズに黒き翼を与えて、命を繋ぎ止める。ならば俺が契約しよう……。ブルーは相応しくない、そうだろう?」
 アベンの問いにタイトは
「ブルーは魂の男性率が高すぎる。その点お前は女性率の方が高い。支配下に置く場合、主と反対の性別でなければ契約が出来ない。アベンにはその覚悟があるんだな」
 と確認するとアベンはうなずき
「お前をまだ信じた訳ではない。だが、お前に頼らないとローズはこのまま穢れになってしまう。儀式を行おう。ブルー、客人の相手はお前がしろよ」
 アベンがそう言い、タイトはローズを抱え、アベンはそれについて食堂を出て行った。残されたブルーと一行。最初に口を開いたのはブルーだった。
「すまない。お見苦しいところを見せてしまったな。はぁ……、やっぱり俺の責任だな」
 と今までの丁寧な口調から変わった。ブルーは話を続ける。
「とりあえずこのまま立ち話もなんだ。皆、食堂の椅子に座ってくれ」
 そう言ってブルーは一行が食事をしたテーブルの前に向かった。それを聞いて一行は席に着く。ブルーは腰に手を当て
「まあ最初は説明を省いたが、俺たちがこの地上にいる理由をもう少し細かく話そう」
 と話を始めた。
「俺たちは本来別の次元に住んでいる。精霊が別次元にいるのと同じようなものだ。違うところといえば、本来はこちらの世界にはつながっていない。だが、地上に落ちる穴を開くことができる。世界の穴と呼ばれる表と裏の世界の行き来のようなものだが、違う点は人間はこちらに絶対来れない。そして俺たち翼を持つ者は任意で開いて一度だけなら人間界に降り、元の次元に戻れる。俺はこの地上に興味がありすぎてな、勉学と言いつつ興味本位で地上に降り立った。それからしばらくして、ローズが事故に遭い片翼を失って落ちてきたところを助けた。そのローズが俺にすっかり懐いてしまった。それから後を追いかけるようにやってきたアベンには、アベンにとっては親友であるローズを取られたと疎まれてるんだ。まあそうなりつつも、俺たちはここに建物を呼び出し、雑貨屋であり食堂であり宿屋である、そんな店を開いて翼を隠し人間に扮して暮らしていた。何度もアベンに元の場所に戻ろう、ローズはこのままでは危ないと言われた。だが俺もローズも地上の生活がいいと戻らなかった。ある日、旅人が訪れたと思ったらそれがタイトだった。ここに仲間がいると察知して来たと言っていた。前にも話したとおり、俺はタイトに嫌悪感を持っていた。徐々に距離は縮まったが、それでもやはり俺の中で拒絶する気持ちが強かった。そんな微妙な関係が続いた。そして今日になって君らがやってきて、そしてローズの容体が悪化した。もう少し持つと思っていたが、考えが甘かった。やはり早めの治療か元の世界に戻れば良かったのか……」
 そう言って考え込んでしまったブルーに
「起こっちまったことは仕方ねぇ。でも今、タイトとアベンがなんとかしてくれるんだろう? 助かる方法がありゃそれに超したことはねぇんじゃないかな」
 とカルロが言う。ブルーはそれに対して
「ある意味犠牲者が二人出ることになる。一人はアベン。あいつは白き翼の中でもかなり大きな翼を持つ。それを犠牲にしてでもアベンはローズを助けようとしている。もう一人はローズ。本来白き翼であるところを、失った片翼を黒き翼で補うことになる。どちらも純粋な白を失う。それはある意味『混ざりけのない魂』から『不純物が混ざった魂』となってランクが下がる。そうなるとその魂は生まれる境遇に何かしら影響が出るらしい。そう言う意味で犠牲者が出る、と表現した」
 ブルーの話を聞いてミーンが
「人間から人間に新たに生まれ変わるってそんなに複雑だったのね。いろんな人の魂が合わさって、そして浄化されて一つの命になる。でも、そんなことしてたら、人間の数がどんどん減っていくんじゃないのかしら」
 とブルーに聞く。ミーンの問いに対して
「むしろ増える一方だ。人間自体を生み出したのも精霊。つまり人属性の精霊がいる。だからそれを少しでも減らすために取られた星の意思からの措置が、俺たちの存在というわけだ」
 と答えた。
「人間まで作り出すって、精霊ってすげーな」
 ヴィッツは感心する。
「君ら人間はある意味精霊に支配されている側なのかもしれない。それくらい精霊の力とは強力なものなんだ」
 ブルーはそう話すと
「そろそろタイトとアベンの儀式が行われている時間だろう。君たちには申し訳ないが、今日はもう部屋で休んでくれ。一階の我々の部屋がある廊下の方には一切近寄らないで欲しい。ローズの命にも、そして契約の進行にも支障が出るんでな」
 と言い、全員に休むように促した。こうして一行は二階の部屋に戻り、休むこととなった。

 一方、地下室では床の魔法陣にアベンとタイトが翼を持つ者としての正装で向かい合って立つ。お互い右手にはワイングラスを持ち、少量の赤ワインが注がれている。タイトはアベンを見ながら確認する。
「もう後戻りできない。覚悟はいいな。色々失っても、いいんだな」
「ああ。ローズを救うためなら何もかも失って構わない」
 アベンの覚悟に
「では禁断の血の契約の儀式を開始する。お互いの血を……」
 そう言ってアベンはタイトの、タイトはアベンの口にそれぞれが持ったワイングラスを向け飲ませる。こうして儀式は進んでいく。別室でローズがうつ伏せで寝かされ、右翼だけ出ている状態でいた。ブルーが見守っていると、扉が開き
「待たせたな」
 とタイトとアベンがやってきた。
「それじゃあタイト。あとは任せたぞ」
 そう言って二人はローズを左右から挟むように立ち、タイトは左肩に手を載せ、アベンはそのタイトの手に自分の手を載せ、お互いの力を注入した。

 翌朝、食堂に降りると
「あ、皆さん! おはようございます!」
 とローズが挨拶してきた。ローズは翼を呼び出す。その背中には白の翼と黒の翼が現れた。
「僕は本来は白の翼ですが、ちょっと事故に巻き込まれちゃって片翼を無くして地上に落ちました。そのときにすぐ帰っておけば良かったのですが、ブルーと出会って地上での暮らしが楽しくてつい時間を忘れてこんなことに。皆も、そしてお客さんたちも巻き込んでしまいました。とても恥ずかしいところを見せてしまってごめんなさい」
 とローズは謝る。それに対してカルロは
「まあ、ローズが助かったんならそれでいいんじゃねぇかな。ところでアベンの方はどうなんだい?犠牲者の一人っつってたが……」
 そう言うと
「問題はない。翼の色と性別以外は、な」
 と昨日と同じ声でアベンは白いローブ姿で現れた。翼を出すとその色は少し灰色がかっている。そして何よりも目につくのが胸だった。
「性別が女になるのは覚悟してた。だが、こんなでかい胸はいらんだろう」
 と後から来たタイトを小突く。
「仕方ないだろう。お前の性質を最大限出した結果がそれだ」
 とタイトは自分のせいではない、という感じで話す。そんな二人を見てブルーが
「まあ、もういいだろう」
 と言い、一行の方を向いてローブ姿に変わり
「さて、と。君たち、朝食の準備は申し訳ないが出来てない。だが、半日歩けば……いや、俺たちの魔法を使えば二、三時間で着く。出発の準備をして旅立とう」
 とブルーが言う。カルロが慌てて
「まてまてまて! あんたらまさか俺たちに着いてくるつもりか?」
 と言うとブルーから
「ああ、君らの旅が興味深くてね。もうこの建物も必要ない。それに俺たちの力がやがて必要になる時が来る。ああ、姿は隠すから宿代とか食事代とかも必要ない。そこは安心してくれ」
 と返事が返ってきた。そして
「何よりあの監視するものがいる。何かあった時の制御は俺たちの方が恐らく上だ。君たち人間だけでは難しい。そういう意味でも是非ついて行きたい。ああ、俺たちの姿は一般の人間には見えないから安心してくれ」
 と話す。それを聞いたローズは
「相変わらずブルーは興味がある対象を追いかけ回す癖があるよね。久しぶりに僕も暴れられるなら楽しみだな」
 と言った。アベンとタイトも
「もうここでの生活には飽きた。暇を潰せるならそれでいい」
「アベンは俺と離れ離れになることが出来ない体になった。ついて行く」
 と言う。そしてカルロたちは荷物を準備して建物から出る。屋根からストナが降りてきた。
「翼を持つ者も来る。私の監視。異常時は任せる」
 そう言ってブルーたちを見る。四人はうなずく。続いてカルロたちの方を向き
「私は宿いらない。ご飯もいらない。ただ姿を消せないから、適当に行動する。皆が動けば、すぐついて行く」
 と話す。カルロは
「お、おう。何かよく分かんねぇが旅の仲間が一気に増えちまったな。それじゃあ次の街に行くか」
 と言う。それを聞いてブルーが魔法を唱えると家はまるごと消え去り、そこは丘の頂上のなだらかな草原になった。
「それじゃあ移動速度を上げる魔法を使おう。君らはじっとしているだけでいい」
 ブルーが取り出した杖を振ると、全員の体が宙に浮かぶ。そして凄い勢いで街の方向へと移動する。
「なんだこれ! 楽に移動できる! すげぇ!」
 ヴィッツが関心していると
「僕のフロートエアと違って、まるで背中に羽が生えた……そう子供の姿のときに飛んでる感覚にとても近いよ」
 とザントが言う。こうして一行は二時間ほどで次の街へと辿り着いた。
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