1 / 3
序
しおりを挟む
地球は青かった。
かつて、人類史上初めて外から丸ごと地球を見た宇宙飛行士が発した言葉であ
る。
その地球の数百キロ上空の静止軌道上に、一機のスパイ衛星が浮かんでいた。
衛星のセンサーが、地上から上る異常な熱源を感知した。
レンズがペルシャ湾東部をズームアップしていく。
【沙河中ニ多クノ悪鬼、熱風アリ。遇エバ即チ皆死シテ、一トシテ全キ者無シ。
上ニ飛鳥ナク、下ニ走獣無シ……唯死人ノ骨ヲ以テ、標識と為スノミ】
かつて、経典を求めてここを通った高僧が伝えたとされる人跡未踏の地であっ
た。
枯渇して砂漠化した湖跡にできた風紋が映し出された。
黄昏に、廃墟の城邑が陽炎のように揺らめいた。
すり鉢状に崩れ落ちた中東の砂漠は、巨大なクレーターになっていった。
地下核実験が、行なわれたのだった。
NPT(核拡散防止条約)に加盟していないイスラム圏のその国は、IAEA
(国際原子力機関)による査察を頑強に拒否していた。
爆風に晒された砂丘には、小さな墳墓が見えた。
その墓が自動的に開き、カヌー型の柩が現れた。
数千年の歳月を経て、すでに風化している柩の表面は砂漠の乾いた風に一瞬に
して塵となって飛散した。
小さな窓らしきものから、まるで今眠りについたばかりのような、うら若い女
性の顔が見えていた。
研究所の周りは外部と遮断され、ゲートには厳重に武装した中東の兵士達が警
備していた。
そこは、核開発施設と噂されている秘密の研究所だった。地下数百メートル深
く潜った研究室では、所員達が運び込まれた棺を調査していた。
「所長。放射性元素の半減期の測定値によると、四千年以上前のモノだと判明し
ました」
二十代とおぼしき青年研究員が、検査数値のデータを見ながら説明した。
「まさに、オーパーツ(超古代文明)だな。核爆発に耐えた柩は、超科学技術的
な価値がある。この未知の技術を解明すれば、核を持つ以上に他国からの侵略に
対する抑止力になる」
白髪の混じった老齢の所長が答えた。
発掘される柩の主はミイラ化されて姿形を保持されている場合があるが、信じ
られない事に今回の遺物は完全な姿の仮死状態で保存されていた。
無菌室の手術台には様々なパッチやチューブを全身に貼り付けられた、まだ幼
さが残る十代位の若い女が蘇生手術を受けていた。
「彼女は、数千年の時を経て蘇った超人類だ。クローン再生を応用すれば、不老
不死の医療技術と共に、バイオ・ヒューマン(人造人間)を創造する事も夢では
ない。例えば、感情をコントロールされた戦うだけの人間の軍隊を作る事も可能
になるかもしれない」
外側からしか見えないマジックガラスで仕切れられた無菌室内で、昏睡状態の
まま寝ている若い女を観察しながら所長は冷徹に言った。
手術から三日が経ち身体的には蘇ったが、さすがに脳は機能していなかった。
青年研究員が、定時の心電図をチェックしていた時であった。
「っ!」
思わず、驚きの表情をした。
オシロスコープの波形が波打っていたのだ。
若い女は、数千年ぶりに夢から覚めたように目覚めた。
むっくりと起き上がると、自分が全裸なのに気付いて床マットを引き剥がして
身体に巻き付けた。
隔絶された室内を見渡した後、警戒しながら部屋の端にうずくまった。
女の透き通るような瞳に、青年研究員は吸い込まれるように魅かれた。
青年研究員は、マニュピレーターを遠隔操作しながら白い手術着を差し出した。
獣のように素早い動きで、女が着衣を取って身にまとった。
次に、食事のスープを載せたトレイが差し出された。
毒でも盛られるていると警戒しているのか、全く手をつけようとしない。
「俺が、行って見ます」
青年研究員が、勇んで言った。
「いかん。未知の細菌に拡大感染するバイオハザードに発展するリスクがある」
年配のベテラン研究員の制止を振り切って、青年研究員は防護スーツを着用し
て無菌室のエアロックを開いた。
「おい、危険だぞ!」
ベテラン研究員が、叫んだ。
無菌室に入った青年は、女にゆっくりと距離を置くようにして座った。
知能検査を計る目的で準備しておいた、ブロックの簡単なジグソーパズルをバ
ラしてから組立てて見せた。
焦点の定まらない表情で、女は無関心を装っていた。
次に積み木を試してみたが、全く興味を示そうとはしなかった。
女の腹がキューッと鳴った。
「腹が、減ってんだね」
微笑みながら警戒心を解くため、青年が防護ヘルメットをおもむろに脱いだ。
「な、何て事を」
マジックガラス越しに、ベテラン研究員が慌てふためいていた。
青年は、安全である事を証明するためにまず自身がスープを美味しそうに飲ん
でから勧めた。
それを見て女は恐る恐る舐めた後、青年の顔をじっと見つめた。
「っ」
と、女が何かを思い出したような表情をした。
「ルキア!」
初めて、女は言葉を発した。
「えっ?」
青年は、驚いた。
「忘れたの。あたしよ。蘭よ」
不思議な抑揚の古代語で、女が名乗った。
青年は、戸惑った。
「約束通り、迎えに来てくれたのね。変わった所だけど、ここはあなたの国なの
?」
思い出したのか、蘭は堰を切ったかのように一気に喋った。
「……」
言葉の意味も分からない青年は蘭が記憶障害を起こしていると思った。
「父は? 龍楼はどうなったの!」
四千年前の光景を、昨日の事にように想い出して蘭が言った。
「ロンロウ?」
ルキアと名指しされた青年は、どこかで聞いたような何か懐かしい響きの名だ
と感じた。
かつて、人類史上初めて外から丸ごと地球を見た宇宙飛行士が発した言葉であ
る。
その地球の数百キロ上空の静止軌道上に、一機のスパイ衛星が浮かんでいた。
衛星のセンサーが、地上から上る異常な熱源を感知した。
レンズがペルシャ湾東部をズームアップしていく。
【沙河中ニ多クノ悪鬼、熱風アリ。遇エバ即チ皆死シテ、一トシテ全キ者無シ。
上ニ飛鳥ナク、下ニ走獣無シ……唯死人ノ骨ヲ以テ、標識と為スノミ】
かつて、経典を求めてここを通った高僧が伝えたとされる人跡未踏の地であっ
た。
枯渇して砂漠化した湖跡にできた風紋が映し出された。
黄昏に、廃墟の城邑が陽炎のように揺らめいた。
すり鉢状に崩れ落ちた中東の砂漠は、巨大なクレーターになっていった。
地下核実験が、行なわれたのだった。
NPT(核拡散防止条約)に加盟していないイスラム圏のその国は、IAEA
(国際原子力機関)による査察を頑強に拒否していた。
爆風に晒された砂丘には、小さな墳墓が見えた。
その墓が自動的に開き、カヌー型の柩が現れた。
数千年の歳月を経て、すでに風化している柩の表面は砂漠の乾いた風に一瞬に
して塵となって飛散した。
小さな窓らしきものから、まるで今眠りについたばかりのような、うら若い女
性の顔が見えていた。
研究所の周りは外部と遮断され、ゲートには厳重に武装した中東の兵士達が警
備していた。
そこは、核開発施設と噂されている秘密の研究所だった。地下数百メートル深
く潜った研究室では、所員達が運び込まれた棺を調査していた。
「所長。放射性元素の半減期の測定値によると、四千年以上前のモノだと判明し
ました」
二十代とおぼしき青年研究員が、検査数値のデータを見ながら説明した。
「まさに、オーパーツ(超古代文明)だな。核爆発に耐えた柩は、超科学技術的
な価値がある。この未知の技術を解明すれば、核を持つ以上に他国からの侵略に
対する抑止力になる」
白髪の混じった老齢の所長が答えた。
発掘される柩の主はミイラ化されて姿形を保持されている場合があるが、信じ
られない事に今回の遺物は完全な姿の仮死状態で保存されていた。
無菌室の手術台には様々なパッチやチューブを全身に貼り付けられた、まだ幼
さが残る十代位の若い女が蘇生手術を受けていた。
「彼女は、数千年の時を経て蘇った超人類だ。クローン再生を応用すれば、不老
不死の医療技術と共に、バイオ・ヒューマン(人造人間)を創造する事も夢では
ない。例えば、感情をコントロールされた戦うだけの人間の軍隊を作る事も可能
になるかもしれない」
外側からしか見えないマジックガラスで仕切れられた無菌室内で、昏睡状態の
まま寝ている若い女を観察しながら所長は冷徹に言った。
手術から三日が経ち身体的には蘇ったが、さすがに脳は機能していなかった。
青年研究員が、定時の心電図をチェックしていた時であった。
「っ!」
思わず、驚きの表情をした。
オシロスコープの波形が波打っていたのだ。
若い女は、数千年ぶりに夢から覚めたように目覚めた。
むっくりと起き上がると、自分が全裸なのに気付いて床マットを引き剥がして
身体に巻き付けた。
隔絶された室内を見渡した後、警戒しながら部屋の端にうずくまった。
女の透き通るような瞳に、青年研究員は吸い込まれるように魅かれた。
青年研究員は、マニュピレーターを遠隔操作しながら白い手術着を差し出した。
獣のように素早い動きで、女が着衣を取って身にまとった。
次に、食事のスープを載せたトレイが差し出された。
毒でも盛られるていると警戒しているのか、全く手をつけようとしない。
「俺が、行って見ます」
青年研究員が、勇んで言った。
「いかん。未知の細菌に拡大感染するバイオハザードに発展するリスクがある」
年配のベテラン研究員の制止を振り切って、青年研究員は防護スーツを着用し
て無菌室のエアロックを開いた。
「おい、危険だぞ!」
ベテラン研究員が、叫んだ。
無菌室に入った青年は、女にゆっくりと距離を置くようにして座った。
知能検査を計る目的で準備しておいた、ブロックの簡単なジグソーパズルをバ
ラしてから組立てて見せた。
焦点の定まらない表情で、女は無関心を装っていた。
次に積み木を試してみたが、全く興味を示そうとはしなかった。
女の腹がキューッと鳴った。
「腹が、減ってんだね」
微笑みながら警戒心を解くため、青年が防護ヘルメットをおもむろに脱いだ。
「な、何て事を」
マジックガラス越しに、ベテラン研究員が慌てふためいていた。
青年は、安全である事を証明するためにまず自身がスープを美味しそうに飲ん
でから勧めた。
それを見て女は恐る恐る舐めた後、青年の顔をじっと見つめた。
「っ」
と、女が何かを思い出したような表情をした。
「ルキア!」
初めて、女は言葉を発した。
「えっ?」
青年は、驚いた。
「忘れたの。あたしよ。蘭よ」
不思議な抑揚の古代語で、女が名乗った。
青年は、戸惑った。
「約束通り、迎えに来てくれたのね。変わった所だけど、ここはあなたの国なの
?」
思い出したのか、蘭は堰を切ったかのように一気に喋った。
「……」
言葉の意味も分からない青年は蘭が記憶障害を起こしていると思った。
「父は? 龍楼はどうなったの!」
四千年前の光景を、昨日の事にように想い出して蘭が言った。
「ロンロウ?」
ルキアと名指しされた青年は、どこかで聞いたような何か懐かしい響きの名だ
と感じた。
1
あなたにおすすめの小説
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる