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急
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核実験を蛮行した中東の国に対して、世界中のメディアによるバッシングが巻
き起こっていた。
「…滅びたのね……」
現代にタイムスリップした蘭王女は、無菌室の中で落胆しながら呟いた。
蘭は、ルキアと瓜二つの青年研究員を同一人物だと信じて疑わないようだった。
青年研究員が、缶コーラを差し入れた。何気無く上下に振ってから蘭が開けた。
「っ!」
蘭は、炭酸が噴出するのに驚いた。
少し飲んで不味そうな表情の蘭を見て、青年研究員が微笑んだ。
数日が経つと、蘭は現代の環境に適応していった。
蘭が、壺作りの仕草をした。
その意を汲んで、青年研究員が粘土とろくろを用意した。
無心でろくろを回しながら蘭は、粘土で壺の形を整えていった。
後ろから青年研究員が、蘭を抱くようにして互いの両手をからめていった。
互いの指の温もりが一つになっていった。
そして、熱い口付けを交わした。
マジックガラス越しに、ベテラン研究員がやれやれといった表情でラブシーン
を見ていた。
完成した壺に、花が活けられた。
今度は機を織る仕草を蘭がした。
紡織機を、青年研究員は手配した。
一心に蘭は、機を織って絹を紡いだ。
仲睦まじい二人の時間が、静かに流れていった。
CIA(アメリカ中央情報局)。
長官が、大統領からの電話を受けていた。
世界の軍事バランスにおいて、常に優位に立ちたい米国は新たな核保有国には
警戒をしていた。
CIAから上がってきた諜報活動によると、未知の金属で組成された人口冬眠
装置をイスラム圏の国が入手しているとの情報がもたらされた。
NPTやIAEAにも加入していない国家によって軍事技術に転用され、世界
をリードしてきたと自負する米国を上回る軍備を保持される事にタカ派で知られ
る大統領は危機感を募らせていた。
台頭する悪の芽を摘んでおく必要があった。
任期満了が近い大統領は国連の承認など待っていられず、単独での極秘作戦を
敢行した。
「核施設の除去を口実に、例のサンプルを奪取します」
そう言うと、CIA長官は電話を静かに置いた。
「作戦実行の許可が下りた。コード・ネームは砂漠のプリンセス」
CIA長官が、部下に軍の出撃を命じた。
インド洋上を航海していた第七艦隊の空母から、最新鋭のステルス戦闘機が三
機発艦した。
このタイプの戦闘機による実戦は、今作戦が初めてであった。
相手のレーダーに捕捉されない特殊な機体で作られた、新しい戦闘機の性能の
データを採取する目的もあった。
ステルス機はペルシャ湾を越えて、砂漠上空に難無く飛来した。
コクピットのモニターに、ゲーム画面のような映像でレーダー施設が映し出さ
れた。
【ロックオン】
パイロットが、赤いボタンを押した。
両翼の下部に搭載されたミサイルが数発発射されていった。
レーダー施設に命中し、爆発炎上した。
制空権を取った米軍は武装ヘリを差し向けた。
未明に武装ヘリが向かったのは柩を収納した研究所であった。
暗視ゴーグルを装着した完全武装の特殊部隊が、ヘリからワイヤーを伝って降
下していった。
瞬く間に研究所施設の警備が突破され、制圧されていった。
「敵にデータを渡すなっ」
研究室では、所長が叫びながら機密隠滅のための消去装置を起動させた。
機密データが爆破され、完全破壊された。
「あれの消去を!」
所長が、青年研究員に指示をした。
「………」
青年研究員は、躊躇して押し黙った。
「今、処分しなくても、いずれ解剖されるモルモットなのだ」
冷たく、所長は言い放った。
「そんな…」
薄々分かっていた事とはいえ、青年研究員が絶句した。
その時、地下への防御線を突破した侵入者を知らせるアラームがけたたましく
鳴り響いた。
「さあっ、早くするのだ。一刻を争う」
急かす所長に、青年研究員は不本意ながらも行動に移った。
防音された無菌室には、外部の喧騒は届いていなかった。
「ルキア」
入室して来た青年研究員を見て、蘭が顔をほころばせた。
「ラン。ここから逃げるんだ」
青年研究員は、思いつめたた様子で話した。
「?」
不思議がる蘭を、青年研究員が連れ出した。
急いで廊下に出ると、現代の環境への適応不全から蘭がめまいを起こして立ち
すくんでしまった。
「大丈夫かい」
心配そうに、青年研究員が蘭を気遣いながら声をかけた時だった。
外気に触れたため、彼女の身体が急速に老化し始めているのが見て取れた。
「見ないでっ!」
両手で顔を覆うようにして蘭が叫んだ。
その叫び声を聞きつけて、特殊部隊が迫って来た。
突入して来る米兵の姿が、蘭には匈奴兵によって落城する龍楼の光景と重なっ
て見えた。
「わあああああ」
半狂乱になりながら蘭は、黒い防弾ジャケットで全身を包んだ異様な姿の米兵
を指差した。
特殊部隊の隊員達は、発砲してくると勘違いしてか銃撃を始めた。
とっさに、蘭が青年研究員をかばって倒れた。
「ラン!」
介抱されながら別室にあった研究室の柩が、彼女の目に止まった。
負傷した蘭を抱えて、青年研究員がエアロックを閉じた。
「無菌室に戻れば、体力が安定するはずだ」
青年研究員は、言った。
「待って…柩に案内して……」
肩で息をしながら蘭が要求した。
老化による体力低下のため、蘭は青息吐息ながらも懸命に柩のカプセルに這う
ようにして向かった。
カプセルの保管所に着くと、かつてルキアが操作していた事を思い出しながら
蘭は自身の手を識別盤に当てた。
とたんに、カプセルが作動し出した。
「生体認証…キミにしか反応しないようになっていたんだね」
研究所の博士達が躍起になって解読しようとしていたカプセルの動かし方が、
今解明されたのであった。
蘭は、青年研究員の手を取って識別盤に当てさせた。
そして、“∞”(無限)にセットし直した。
「あなたは、約束を守ってくれた…」
熱い接吻をしながら青年研究員を押し倒すと、蘭は装置を作動させた。
スーッと、青年研究員を乗せたカプセルの扉が自動的に閉じた。
「何してるんだ!」
ドンドンと、カプセル内に閉じ込められた青年研究員が内側から扉を叩いた。
「再び、逢えて嬉しかった。一緒に歳をとりたかったけど……私は十分に生きた
わ……あなたには、この先も生きていて欲しい……さようなら」
目の前にいる青年がルキアでは無い事を、蘭は知っていた。
しかし、古来龍楼に伝わる輪廻転生という生まれ変りを信じてもいたのだった。
外部からエアロックが爆破された。
「また…逢える時を、待っているわ……永遠に…………」
外気にされされた蘭は、一瞬ミイラになった後、風化して塵となり雲散霧消し
た。
「蘭」
青年研究員が、最後に彼女の名を呼んだ時、タイムカプセルマシンが作動して
時空の狭間に消えた。
特殊部隊が突入して来た。
悠久の時を経て、黄昏の龍楼が陽炎のように幻影となって柩に反射して映って
いた。
終。
き起こっていた。
「…滅びたのね……」
現代にタイムスリップした蘭王女は、無菌室の中で落胆しながら呟いた。
蘭は、ルキアと瓜二つの青年研究員を同一人物だと信じて疑わないようだった。
青年研究員が、缶コーラを差し入れた。何気無く上下に振ってから蘭が開けた。
「っ!」
蘭は、炭酸が噴出するのに驚いた。
少し飲んで不味そうな表情の蘭を見て、青年研究員が微笑んだ。
数日が経つと、蘭は現代の環境に適応していった。
蘭が、壺作りの仕草をした。
その意を汲んで、青年研究員が粘土とろくろを用意した。
無心でろくろを回しながら蘭は、粘土で壺の形を整えていった。
後ろから青年研究員が、蘭を抱くようにして互いの両手をからめていった。
互いの指の温もりが一つになっていった。
そして、熱い口付けを交わした。
マジックガラス越しに、ベテラン研究員がやれやれといった表情でラブシーン
を見ていた。
完成した壺に、花が活けられた。
今度は機を織る仕草を蘭がした。
紡織機を、青年研究員は手配した。
一心に蘭は、機を織って絹を紡いだ。
仲睦まじい二人の時間が、静かに流れていった。
CIA(アメリカ中央情報局)。
長官が、大統領からの電話を受けていた。
世界の軍事バランスにおいて、常に優位に立ちたい米国は新たな核保有国には
警戒をしていた。
CIAから上がってきた諜報活動によると、未知の金属で組成された人口冬眠
装置をイスラム圏の国が入手しているとの情報がもたらされた。
NPTやIAEAにも加入していない国家によって軍事技術に転用され、世界
をリードしてきたと自負する米国を上回る軍備を保持される事にタカ派で知られ
る大統領は危機感を募らせていた。
台頭する悪の芽を摘んでおく必要があった。
任期満了が近い大統領は国連の承認など待っていられず、単独での極秘作戦を
敢行した。
「核施設の除去を口実に、例のサンプルを奪取します」
そう言うと、CIA長官は電話を静かに置いた。
「作戦実行の許可が下りた。コード・ネームは砂漠のプリンセス」
CIA長官が、部下に軍の出撃を命じた。
インド洋上を航海していた第七艦隊の空母から、最新鋭のステルス戦闘機が三
機発艦した。
このタイプの戦闘機による実戦は、今作戦が初めてであった。
相手のレーダーに捕捉されない特殊な機体で作られた、新しい戦闘機の性能の
データを採取する目的もあった。
ステルス機はペルシャ湾を越えて、砂漠上空に難無く飛来した。
コクピットのモニターに、ゲーム画面のような映像でレーダー施設が映し出さ
れた。
【ロックオン】
パイロットが、赤いボタンを押した。
両翼の下部に搭載されたミサイルが数発発射されていった。
レーダー施設に命中し、爆発炎上した。
制空権を取った米軍は武装ヘリを差し向けた。
未明に武装ヘリが向かったのは柩を収納した研究所であった。
暗視ゴーグルを装着した完全武装の特殊部隊が、ヘリからワイヤーを伝って降
下していった。
瞬く間に研究所施設の警備が突破され、制圧されていった。
「敵にデータを渡すなっ」
研究室では、所長が叫びながら機密隠滅のための消去装置を起動させた。
機密データが爆破され、完全破壊された。
「あれの消去を!」
所長が、青年研究員に指示をした。
「………」
青年研究員は、躊躇して押し黙った。
「今、処分しなくても、いずれ解剖されるモルモットなのだ」
冷たく、所長は言い放った。
「そんな…」
薄々分かっていた事とはいえ、青年研究員が絶句した。
その時、地下への防御線を突破した侵入者を知らせるアラームがけたたましく
鳴り響いた。
「さあっ、早くするのだ。一刻を争う」
急かす所長に、青年研究員は不本意ながらも行動に移った。
防音された無菌室には、外部の喧騒は届いていなかった。
「ルキア」
入室して来た青年研究員を見て、蘭が顔をほころばせた。
「ラン。ここから逃げるんだ」
青年研究員は、思いつめたた様子で話した。
「?」
不思議がる蘭を、青年研究員が連れ出した。
急いで廊下に出ると、現代の環境への適応不全から蘭がめまいを起こして立ち
すくんでしまった。
「大丈夫かい」
心配そうに、青年研究員が蘭を気遣いながら声をかけた時だった。
外気に触れたため、彼女の身体が急速に老化し始めているのが見て取れた。
「見ないでっ!」
両手で顔を覆うようにして蘭が叫んだ。
その叫び声を聞きつけて、特殊部隊が迫って来た。
突入して来る米兵の姿が、蘭には匈奴兵によって落城する龍楼の光景と重なっ
て見えた。
「わあああああ」
半狂乱になりながら蘭は、黒い防弾ジャケットで全身を包んだ異様な姿の米兵
を指差した。
特殊部隊の隊員達は、発砲してくると勘違いしてか銃撃を始めた。
とっさに、蘭が青年研究員をかばって倒れた。
「ラン!」
介抱されながら別室にあった研究室の柩が、彼女の目に止まった。
負傷した蘭を抱えて、青年研究員がエアロックを閉じた。
「無菌室に戻れば、体力が安定するはずだ」
青年研究員は、言った。
「待って…柩に案内して……」
肩で息をしながら蘭が要求した。
老化による体力低下のため、蘭は青息吐息ながらも懸命に柩のカプセルに這う
ようにして向かった。
カプセルの保管所に着くと、かつてルキアが操作していた事を思い出しながら
蘭は自身の手を識別盤に当てた。
とたんに、カプセルが作動し出した。
「生体認証…キミにしか反応しないようになっていたんだね」
研究所の博士達が躍起になって解読しようとしていたカプセルの動かし方が、
今解明されたのであった。
蘭は、青年研究員の手を取って識別盤に当てさせた。
そして、“∞”(無限)にセットし直した。
「あなたは、約束を守ってくれた…」
熱い接吻をしながら青年研究員を押し倒すと、蘭は装置を作動させた。
スーッと、青年研究員を乗せたカプセルの扉が自動的に閉じた。
「何してるんだ!」
ドンドンと、カプセル内に閉じ込められた青年研究員が内側から扉を叩いた。
「再び、逢えて嬉しかった。一緒に歳をとりたかったけど……私は十分に生きた
わ……あなたには、この先も生きていて欲しい……さようなら」
目の前にいる青年がルキアでは無い事を、蘭は知っていた。
しかし、古来龍楼に伝わる輪廻転生という生まれ変りを信じてもいたのだった。
外部からエアロックが爆破された。
「また…逢える時を、待っているわ……永遠に…………」
外気にされされた蘭は、一瞬ミイラになった後、風化して塵となり雲散霧消し
た。
「蘭」
青年研究員が、最後に彼女の名を呼んだ時、タイムカプセルマシンが作動して
時空の狭間に消えた。
特殊部隊が突入して来た。
悠久の時を経て、黄昏の龍楼が陽炎のように幻影となって柩に反射して映って
いた。
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