君の全てを

風音

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遠い日

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遠くに見える山並みは、すっかり彩りを無くし、間もなくやって来る寒い季節に備えているかのようだった。
小高い丘の上は周りに遮るものもなく、冷たい風が吹いていた。
そこには二本の大きな木が生えていて、その根本には、蹲るように座り込んだ小さな影。
物思いに耽っていると、遠くから声が聞こえてきた。なにやら言い争うような声だ。そしてその声は段々近づいてくる。
「やだってば!離せよ!!」
「そんなに暴れるなって。別にいじめようってわけじゃないんだし」
「そうそう。むしろ、気持ちよくって、すぐに楽しくなるって」
二人の大柄な少年に挟まれ、引きずられるようにしてもう一人の少年がいた。
背丈も横幅も、そして力の強さも両隣の少年たちに到底敵わなそうな少年は、それでも必死に身体を捩らせ逃げようとする。
「…チッ」
一人の少年が舌打ちすると、暴れる少年を羽交い締めにしようとした。
「うわっ!」
しかし、一瞬の隙きをついて、小柄な少年が逃げ出した。
そして、大木の根本に座る人影のほうへ、必死に逃げてくる。
後ろから追いかけてくる少年たちを振り返りながら、懸命に足を動かすが下草に足を滑らせ転んでしまう。
「追いかけっこはお終いかなぁ」
ニヤニヤ笑いながら、二人の少年が近づいてきた。慌てて立ち上がって逃げ出そうとするその手を、一人が掴みあげる。
「痛っ!」
その捕まえた腕に思い切り噛み付き、怯んだ隙きにまた逃げ出す。
逃げる少年と、大木の下の少年、二人の視線が噛み合った。
その時、後ろから来た少年に、背中を突き飛ばされ倒れ込んだ。
「はいはい。もうこれで大人しくしろよ」
倒れ込んだ少年に、二人が近づく。尚も逃げようとすると、一人が大木の方を指差して言った。
「お前が俺たちの相手しないんなら、あいつに頼むわ」
「えっ」
恐る恐る指差した方を見れば、そこにいた少年と目が合う。おそろしく整った顔立ちの少年だった。
「お前、俺らの相手すんの嫌なんだろ。ならお前の代わりにあいつだ」
下卑た笑いを浮かべて、二人は木の方へ歩き出す。
そちらの少年は、あまりの出来事と成り行きに驚いたのか、まったく動こうとはしなかった。
「へぇ、こいつもなかなか上等じゃん」
「お兄さんたちと一緒に遊ぼうぜ」
そんな二人を、感情の伺えない金色の瞳で見上げる少年。
「待って!」
その背後から声がかかる。
「その子は関係ないでしょ?その子には何もしないで!」
震える両手を握りしめながら必死に訴える。
「じゃあ、お前がちゃんと相手してくれるんだ?」
青くなりながらも、小柄な少年は何度もうなずく。
「僕と遊んでください、って言ってみな」
「え?」
「そしたら、俺達はお前と遊んでやるから」
ニヤニヤ笑いながら、少年を追い詰める。
ガタガタと震えながら拳を握りしめ、口を開く。
「ぼ、僕と………」
どうしても続きを言えないでいると、一人が振り返って行こうとする。
「待って!僕と……僕と……遊んで………ください」
最後は消え入りそうになりながらも、なんとか言い切る。
「しょうがないなぁ」
「そんなに言われたんじゃ、一緒に遊んであげないとなぁ」
ニヤニヤ笑う少年たちに再び挟まれるようにして、もう一本の木の根本に歩き出す。
「こっから先はお子様には目の毒だな。お前はどっか行けよ」
金色の瞳の少年を追い払うように声をかけるが、そこから動かない。
「見たいのか?その歳でませてるな」
笑いながら少年を組敷いていく。
先程まで、あんなに嫌がって暴れていたのが嘘のように、おとなしくされるがままになった少年を、金色の瞳がじっと見つめている。
なぜこの少年は急に言うことを聞いたのだろうか?
もしかして、本当はこういうふうにされるのが趣味なのかもしれない。
少年の服を脱がせようと馬乗りになられた下で、少年は固く目を瞑り、紙のような顔色をしていた。握りしめた拳は小刻みに震え、眦には涙が溜まりだす。
そこにきてようやく、なぜこの少年が抵抗しないのか気がついた。
自分がいるからだ。
この子が抵抗すれば、自分が身代わりにされてしまうと思っているのだ。
紅い唇を噛み締め、服を開けられるのをじっと堪えている姿を見て、身体の中になにか温かいものと、どす黒い何かが渦巻くのがわかった。
「うわぁっ」
突然悲鳴を上げて、少年に馬乗りになったほうが吹き飛ばされた。少年の頭の方で座り込んでいた片方は、何が起こったかわからないでいた。
しかし次の瞬間、座ったまま強い力で後ろに弾き飛ばされた。そのまま、背後の木の幹に身体を打ち付け、ズルズルと崩れ落ちた。
急に身体が軽くなり、周りが静かになったのに気がついた少年が、恐る恐る見を開ける。
すると、自分を覗き込む金色の瞳がそこにはあった。
「あの…えっと……」
驚いたような困ったような表情で、視線がウロウロと彷徨っている。
「もう大丈夫だから」
そう告げると驚いて起き上がる。
「あなたは?あなたは何もされていない?大丈夫?怪我はしていない?」
開けた服もそのままに、こちらを心配しだす少年に笑みがこぼれる。
「アディエイルだ」
突然告げられた名前に、少年がきょとんとする。黒曜石のような大きな瞳を真ん丸にして小首をかしげている姿は、小動物のようだ。
「アティ……アディ……」
名前を告げられたとわかって、なんとか復唱しようとするが、発音がうまくいかないのか、口の中でモゴモゴと繰り返す。
その様子が可愛くて、ついぎゅっと抱きしめた。
「アル、でいいよ」
抱きしめたまま、そう告げる。
急に抱きしめられてびっくりしたが、自分はまだ名乗っていないことに気が付く。
「クリス……です」
先に立ち上がっていたアディエイルに手を差し伸べられ、それに捕まりながらクリスも立ち上がる。
そして、木の根本に自分を襲ってきた二人が重なり合うように倒れ込んでいるのを見て、クリスが駆寄ろうとした。
「なんで?」
急に冷たい声を出したアディエイルに驚きながら
「だ、だって、怪我とかしていたら…」
どうやら割と本気で相手を心配しているらしいクリスに、ため息をついてしまう。
「君は今、こいつらにヤラれそうになったんだよ。わかってる?」
「あ、う……、そうだけど」
「こいつらは、これくらいしないと反省なんかしない。後で誰か人を寄越すから」
そう言うとようやく安心したようににっこり笑う 。
「でもなんで この人達こんなになっちゃったのかな 」
「さぁ、急に仲間割れみたいなこと始めたけどね。気がついたらこうなってたよ」
素知らぬふりで告げると、そっかー、と呑気にうなずく。
他人の言葉を容易く信用してしまうクリスが心配になってくる。
「ねぇ、あなたと僕、お友達になれるかな?」
開けられた衣類を整えてやるアディエイルの顔を覗き込んで、クリスが無邪気に尋ねてくる。
「ともだち…?」
怪訝そうに聞き返すアディエイルに、慌てて手を振りながら言う。
「む、無理ならいいからね。急にごめんなさい。図々しいよね……」
クリスの意図がわからず、アディエイルはクリスをじっと見つめる。
友達になりたい、と言ってくる類はとても多い。しかし、その友達とは必ず何らかの利害関係やらしがらみやらが絡んできて、鬱陶しいことこの上ない。故に友達と呼べる相手は一人もいなかったし、必要ないとも思っていた。
「いいよ」
思いとは裏腹の返事をした自分に驚きながらも、その返事にとても嬉しそうに歓声をあげるクリスを見て、友達も悪くない、と思った。
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