君の全てを

風音

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クリス

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「......?」
目を開けると、見知らぬ天井があった。
「...うー...」
寝起きのせいか、頭がぼんやりする。自分の部屋とは違うような?
周りを確かめようと、目をこする。
すると、シャンシャンと澄んだ微かな音が聞こえた。
「え......?---っ!!」
手首にあった細い金の輪飾りに、意識と記憶が一気に蘇ってきた。
その勢いで飛び起きようとして、あらぬ場所にぴりっとした痛みが走り、そのまま寝具に倒れ込む。
そのおかげで、今の記憶が間違いではなかったことが身をもってわかってしまった。
ついでに、自分が晒した痴態も思い出し、泣きたくなった。
そして、会話の内容も思い出した。
「アル...知ってたんだな」
本当なら、今日アルのもとへ挨拶に顔を出す予定だった。いつも顔を合わせている学園では話したくなくて、アルのところで挨拶をする予定だった。最初は挨拶だけ、のつもりだった。
もう一つ言わなければならないことができたせいで、アルのところに行くことになっていてよかったと思った。

話を聞かされたのは一週間ほど前のことだった。
侯爵家当主である父親から、ここから馬車で三日離れた西部を治めるサリュー伯爵家に向かうように、と言われた。
その名前は聞いたことがあったけど、今まで家族との会話などでは聞いたことがなく、不思議に思った。
なんでも、かの伯爵家には恩義があり、その恩に報いるため新しく始めた事業を手伝ってほしいのだという。
そのため、あちらにはしばらく滞在して手を貸してきなさい、と言われた。
そんな恩人のことなど今まで聞いたことがなかったし、事業の手伝いなどは身内に頼んだ方がいいのではないか、とか色々思うことはあったけど、当主の言いつけは絶対だ。例え息子とはいえ、簡単に逆らうことは許されない。
わかりました、と返事をしてその日は終わった。
ところがほどなくして、その本当の理由というのがわかってしまった。
学園でふいに呼び止められた。
顔は見たことあるけど、名前は知らない上級生だった。
「君が今度、叔父上のところに来る子かい?へぇ...」
「叔父上?」
なんだか、人を値踏みするような視線と態度に、居心地の悪さを感じながら聞き返す。
「ああ、聞いてるだろ?サリュー伯爵家といえばわかるかだろ」
こくりと頷く。
「なかなか、というか、かなり上等。叔父上もうまくやったもんだな」
言われた意味がわからず、眉を寄せて怪訝な顔をする。
「え、何も言われなかったのか?」
驚いたように言われたので、父から言われたことを話す。
すると今度は、ニヤニヤ笑いながら
「恩人、ねぇ。確かに恩人だな。なんてったって、侯爵家を”お救い”したわけだからなぁ」
「えっ?」
意外な言葉に思考が止まる。
「侯爵家を救ったって...」
「あれぇ、本当になにも知らないんだ。侯爵サマもひどいことするねぇ」
嘲笑うかのように言われたがそれどころではない。
「どういうことですか?なにかご存じなのですか?」
「言っちゃいけない、とか言われてないしねぇーーー」
そして聞かされた事実。それがもたらすかもしれない恐ろしい結果を考え、血の気が引いてくる。
「ま、それの見返りがこれなら、お互い様ってことか」
「お...ー私は一体なんのために...?」
震える声で呟くと、向こうの指が顎先に添えられ上向かせられた。手を振り払うこともできず相手と目が合う。
「だから、この顔で十分ってことーーーじゃ」
そういうと、指を離し、片手をあげて歩き去って行った。
冷水を浴びせられたように心と身体が冷えてゆく。どうやって屋敷に戻ったのか、まったく覚えていなかった。

父は本当の理由を告げなかった。
かといって、本当のことを言われても、結局は同じ結果にしかならない。
自分には”行かない”という選択肢はないのだから。
それに「しばらくの間」ということだったし、女性ならまだしも男の俺が出向いてもなんの興も乗らないだろう。
この顔で、と言われたが、まあ、別段どこにでもいそうな顔だし、ひょっとすると”侯爵家の人間”という立場が欲しかったのかもしれない。家業と聞いていたし、ならば”侯爵家”という肩書は結構有効に使えるのだろう。
とにかく、明日アルに会って挨拶だけはしとかないと。
アルには、本当の理由を説明すればわかってくれるだろう。

アルに友達になって、とお願いしたのは俺のほうだった。
出会い方がちょっと悪かったし、無表情な子供だったけど、なんだか放っておけなかった。
王太子だと知ったのは、結構後になってから。でも、その時は既に、王族だからとかいうこだわりは、自分の中にはなくて、アルもそれでいいと言ってくれた。
ひょろっとした体形と、この顔のせいで、時々他の子供たちに苛められたり、知らない人に絡まれそうになった時には、不思議とどこからか助けに来てくれた。王太子なんだから、守らないといけないのは俺の方なのに、守られることが多いのが、申し訳なかった。
金色の髪と金色の瞳は、とても綺麗でいつまで見ていても見飽きないくらいだ。
もちろん、整った顔は男らしくて、国内随一の剣の遣い手でもあるその身体はしっかりした筋肉が全身についていて、いくら鍛えても筋肉にならない自分とは比べるべくもない。
出会った頃は同じくらいの体格だったのに不公平だ!と言ったら笑われてしまった。
王立学園に入るころには、王族としての仕事も増えてきて、それまでのように会う時間は少なくなったけど、その分学園では同じ時間を過ごした。
この楽しい時間が、これからしばらくは過ごせなくなるのは、ちょっと というより大分淋しいけれど、しばらくしたら戻ってこれる。
とりあえず、明日のために早く寝ようーーー。
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