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アル中とポンコツ命名式
しおりを挟む「それで、私に何の相談もなくパイロットを連れてきたわけですか。」
ポンコツが不機嫌そうに文句をたれる。
「仕方ないだろ、ユモト社からも協力要請来ちゃったし。それに、操縦テクならお前より上なんじゃないのか?」
「否定します。私の平均スコアは99.2、そこの酒臭い女性より実力は上です。」
ダメ人間ことマリナが絡んでくる。
「あ~!これって自立型AI?珍しいじゃん。これ高いんだよね~。地味君ってもしかしてお金持ち?ちょっとお金貸してくれない?」
「いや、これ空から降ってきたやつだから、元手は0なんだけど。そしてお金は貸さない。」
「ふ~ん、あんたがこの艦のAI? まあまあ動くじゃん」
マリナは勝手に艦内コンソールを操作しながら言った。
「不躾な評価ありがとうございます。“まあまあ”とはどの程度の性能を指しますか?」
「え、なんとなくの感想だけど?」
「なんとなく、は分析に値しません。感想で航行はできませんので、黙っててください」
「おいおい口の利き方ってもんがあるでしょ? なんでそんなにトゲトゲしてんの?」
「あなたのアルコール濃度と信用スコアに比例して、応答モードを“警戒”に設定しています。ご了承ください」
「うわぁ……あたし、AIにまで信用されてないんだ……」
「はい、統計的事実です」
「クソ真面目ロボめ! じゃあ聞くけどさ、緊急旋回の時、三軸制御にヒューズキャンセル入れて加速ブースト重ねたことある?」
「それは“人体に有害なG負荷”と“エンジン故障率32%”を同時に招く操作です。正気の沙汰ではありません」
「でも敵の弾は避けられるじゃん?」
「乗員が潰れたら意味がありません。艦は棺桶ではないので」
「やっぱり“バカ正直AI”じゃんか~! もっとこう、ギリギリを攻めていく熱さがさぁ──」
「はい、熱さが脳細胞を焼いていく様子が確認できました。冷却をお勧めします」
「だーっ! この艦、絶対わたしと相性悪い!!」
「その点については、すでに艦内意見が一致しております」
二人の(というか一人と一機の)言い合いを見ていた俺は、頭を抱えた。
「──頼むからお前ら、燃料より先に精神を削るのやめてくれ……」
「で、このAIの名前、なんていうの?」
マリナがコンソールをポンポン叩きながら振り返る。
「名前? ポンコツだけど」
「ぷーくすくす。“ポンコツ”って! いやいや、そのままじゃん!」
「否定。私はポンコツではありません。完璧です。艦長、訂正を求めます」
「いや、ポンコツはポンコツだろ。ちょいちょい計算ミスするし、起動時もよくフリーズするし」
「それは艦内メモリの初期損傷に起因する事象であり、私の責任では──」
「うわー、言い訳までポンコツくさい」
「……艦長、いいかげん私の“正式名称”を決定してください。“ポンコツ”は名前として認めておりません」
「マジで?じゃあ“ポンちゃん”は?」
「拒否。語感がすでに軽薄です」
「じゃあ“コツ江”とかどうだ。ポンとコツで」
「不快です。女性型人格ではありますが、“コツ江”はあまりに侮辱的です」
「ふふっ、あたしが決めていいなら、“データクラッシャー丸”とか?」
「それはもはや罵倒です。業務妨害としてログをギルドに送信しますよ?」
「やば、真に受けた!」
「というかお前が真面目に怒るとこがもうポンコツだろ……」
「艦長、最終通告です。正式名称を設定しない場合、自動的に“AI-000(仮)”に戻します」
「……」
「……」
「──じゃあ、“アイカ”でどうだ」
「……解析中。“AI”の語感を含みつつ、人間名に準拠した形式……」
「お、なんか今ちょっと嬉しそうじゃね?」
「そのような感情はありません。ただ──評価可能です。“アイカ”、正式名称として受理しました」
「うわ、認めた! やったね、アイカ!」
「……呼び捨て禁止です。“アイカさん”とお呼びください」
「調子のんなよポンコツ」
「“ポンコツ”は名誉毀損ワードに指定されました。以後、5回使用で“軽度制裁措置”を実行します」
「え、なにそれ怖い」
「地味くんもペナルティ対象に加えて。あたし傷ついてるから」
「うるさい二人とも」
──こうして、艦のAIには仮にも“人っぽい名前”がついた。
が、ポンコツ呼ばわりが消える日は──来そうにない。
ポンコツ命名式も終わり、スクラップ11外周セクターを出発する。ユモト社の要請に応えるため、パイロットによる新装備の試験評価だ。
「それじゃー、始めるよ~」
マリナが操縦桿を握り、ふわっとした声で告げる。
テンションは軽いが、指の動きに迷いはない。
シミュレーター通りなら、実力はある。問題は――性格と素行だ。
「えーっと、新装備ってのは……これか。小型レールキャノン。いいじゃん、ユモト社わかってる~!」
軽快にターゲットスキャンをかけ、近くの宇宙デブリにロックオン。
数秒後――
「発射ーっ!」
放たれたレールキャノンの光線が、デブリを正確に撃ち抜き、粉々に散らす。
「っしゃあ!どう?今の完璧じゃない?やっぱ私、天才!」
「天才がなんで無職やってんだよ……」
「否定します。彼女は天才ではありません。“自己評価過大の無職です”」
「誰が無職だってぇ!?」
「マリナさん、現在の職業登録:未定。信用スコア:Dマイナス。統計上、“コンビニの夜勤採用ライン”すら満たしていません」
「ちょっ……言い方ってもんがあるでしょ!? てか地味くん、このAI性格悪くない!? 名前なんだっけ?アイカ?」
「その通りです。私は艦長より“アイカ”の名を拝受しました。“ポンコツ”ではありません。念のため強調します、“ポンコツではありません”」
「いや、“元ポンコツ”でしょ!? その性格、ぜったい地味くんの悪影響だよ!」
「艦長の人格パターンに起因する影響は否定しませんが、私は最適化されたAIです。あなたよりは“まし”です」
「なによその言い方! ちょっと殴っていい!?」
「暴力行為はギルド規約第17条第3項により厳重に禁じられています。加えて、私はモニター越しです。無駄な努力はやめてください」
「うっわああああムカつくぅぅぅ!!」
「感情のコントロールができない時点で、あなたの操縦適性には懸念が生じます。艦長、再考の余地があります」
「いや、お前も相当煽ってるからな!? いい加減二人とも黙れ! 宇宙は静かにいこうって決めただろ!?」
──地味に疲れる。
でも、少しだけ笑える。
この宇宙に、今、賑やかなバカが増えた。
そう思いながら、俺はハイペリオンの艦橋から、遠ざかっていくスクラップ11を見送った。
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