105 / 113
スピンオフ/ネル家編
7
しおりを挟む
金色の髪をした麗人は困ったような表情を浮かべたがすぐに気を取り直すとルシアーノの束縛をするりと抜けて王女に一礼した。
「……リズ、あなたは出かけたのではなかったのですか?」
「その予定だったのですが、先方に用事が出来たようで……。ダンテ夫人から子爵が訪問したと伺いまして。挨拶に」
正直かつ空気を読まないリザベルの言葉に、ルシアーノはくっ、と喉を鳴らした。
ダンテ夫人はやはり屋敷にいて。
そしてリザベルにはルシアーノの訪問を報せていなかった。
王女は二重の嘘がばれて気まずそうに視線を彷徨わせた。
王女の動揺に気付いているのかはうかがい知れないが、リザベルは極めて事務的な口調で己の主人に頭を下げた。
「殿下。私は子爵に近況を報告する義務があります。――しばし、お側を離れてもいいでしょうか?」
「……構いません」
「では、庭の散策を許可いただけますか?」
それにも是と王女は鷹揚に頷いて見せた。
「王女殿下のように可憐で清楚な薔薇を拝見できて、光栄の限りでございます」
季節は秋。
ダンテ夫人の好みで庭園は淡い色の薔薇がさきほこっている。
ルシアーノはイグナシオとリザベル、それから侍女と騎士を伴って庭へと進む。
右手をあげるとイグナシオは胸に手をあてて優雅に一礼しその場にとどまった。侍女と騎士は困ったような視線をリザベルに送る。
「クルーゼ卿もこちらでお待ちください」
――思い出した、この凡庸な男の名前はクルーゼというのだった。
仄かに滲むリザベルへの憧れのようなものを煩わしく一瞥し、花園をすすみ、垣根を曲がる。
これで三人にはルシアーノとリザベルの姿も声も感じ取れないはずだ。侍女や騎士が近づかないようにイグナシオが笑顔で見張っている。
ルシアーノはくるりと振り向いて、視線があまり変わらないリザベルを見下ろした。
「元気にしていた?リザベル」
「相変わらずです。子爵」
「手紙を書いたのに、返事を少しもくれないんだね?」
「書くことが何もないので。定期的な報告ならしているはずですよ、当主」
「あなたの事ならなんだって知りたいよ。その日食べたもののことでもいいし、見た夢の事でも構わない。辛いことがあるなら僕に言ってくれて構わないし……そうしたら」
ルシアーノは手袋を外し、笑顔で彼女の手を取って口づけた。
かつては美しかった長い指は、今は剣を握るせいで節ばっている。
「辛いことなど何も」
素っ気なく言ったリザベルが手を引っ込めようとするのを、ルシアーノは笑顔のまま許さなかった。
「ねえ、リズ……僕に祝福は?」
「――」
「ずっと待っていたのに」
「何を」
「ひどいな、全部、僕に言わせるんだ?僕が叙勲されたことくらい知っているだろう。子爵と呼ぶんだから――ねえ、お祝いは?僕は優しいから、あなたからなら祝福の言葉だけで勘弁してあげる」
じっと見つめると、リザベルは、はあっと大きなため息をついた。
「ご当主に就任の由、誠におめでたく存じます。一族の者として心よりお祝いを申し上げます」
「リズ、いつまで他人行儀な態度を続けるつもり?」
「他人でしょう、私たちは……」
「そうじゃないことくらい、誰もが知っている」
頑是ないこどもの駄々を咎めるような視線をよこしてから、リザベルは諦めたように肩を落とした。
「……何がめでたいの?祝福などできるはずもない。ルシアーノ。当主になるなんて」
「リザベル」
「私は反対したのに。結局あなたは自分のしたいとおりにするのね」
「何がいけない?姉さん――」
「全部よ」
「……僕たちが暗い場所から出る機会なのに?それをみすみす、指をくわえてみていろというのか、他の誰でもない、あなたが?僕に?」
リザベルは唇を噛んだ。
――形の良い唇。
髪の色も容姿もあまりにも似ていないルシアーノとリザベルが、唯一似ていると個所だ。
三十年ほど前。
東部ネル家には評判の令嬢がいた。
本家に、ではない。
南家と言われる分家に生まれた緑の瞳をした令嬢、ミアヴェラ。
美しく聡明で、そして親しみやすく――彼女は誰からも愛されて、誰をも愛した。
特に、容姿のいい若い男の事を。
時を同じくして、南家には平民にはめずらしく美しい金色の髪の青年がいた。
ミアヴェラはその青年を欲しがって、半ば無理やり手に入れてままごとのような、しかし熱烈な恋をし、秘密裏に子を産んだ。
「彼に似て、どこもかしこも美しい!」
娘の価値が地に落ちて嘆き悲しむ両親を横目に彼女は美しい赤ん坊を寿いで、そして美しい恋人と暮らして、結果、すぐに暮らしに倦んだ。
蜜色の髪の恋人も娘の事も愛していたが、贅沢もできない暮らしに親しむことができなかったのだ。
慈悲深い彼女は恋人と円滑に分かれて赤ん坊を信頼のおける乳母に託して、それまでの数年間を「無かった」ことにした。
そうして東部ではなく華やかな都に居をうつした彼女は水を得た魚のように社交界で名を馳せる。
美しく話術が巧みな、けれどどこか幼さを残した彼女は、時の権力者……老い狂王に愛された。
若く健康な彼女は子を孕み、躊躇することなく生んだ。
――だが祖父よりも年上の王との間の私生児など、誰も歓迎するはずがない。老王の数多いる私生児がそうであるように「彼」も本来の身分を奪われた。
赤ん坊はネル南家の子の無い夫婦の籍にいれられた。
名前は誰がつけたかさえ定かではない。
それでもミアヴェラは、戯れに彼をいつくしむとき、鈴を転がすような声で呼んだ。
美しいルシアーノ、私の光よ!と。
「……リズ、あなたは出かけたのではなかったのですか?」
「その予定だったのですが、先方に用事が出来たようで……。ダンテ夫人から子爵が訪問したと伺いまして。挨拶に」
正直かつ空気を読まないリザベルの言葉に、ルシアーノはくっ、と喉を鳴らした。
ダンテ夫人はやはり屋敷にいて。
そしてリザベルにはルシアーノの訪問を報せていなかった。
王女は二重の嘘がばれて気まずそうに視線を彷徨わせた。
王女の動揺に気付いているのかはうかがい知れないが、リザベルは極めて事務的な口調で己の主人に頭を下げた。
「殿下。私は子爵に近況を報告する義務があります。――しばし、お側を離れてもいいでしょうか?」
「……構いません」
「では、庭の散策を許可いただけますか?」
それにも是と王女は鷹揚に頷いて見せた。
「王女殿下のように可憐で清楚な薔薇を拝見できて、光栄の限りでございます」
季節は秋。
ダンテ夫人の好みで庭園は淡い色の薔薇がさきほこっている。
ルシアーノはイグナシオとリザベル、それから侍女と騎士を伴って庭へと進む。
右手をあげるとイグナシオは胸に手をあてて優雅に一礼しその場にとどまった。侍女と騎士は困ったような視線をリザベルに送る。
「クルーゼ卿もこちらでお待ちください」
――思い出した、この凡庸な男の名前はクルーゼというのだった。
仄かに滲むリザベルへの憧れのようなものを煩わしく一瞥し、花園をすすみ、垣根を曲がる。
これで三人にはルシアーノとリザベルの姿も声も感じ取れないはずだ。侍女や騎士が近づかないようにイグナシオが笑顔で見張っている。
ルシアーノはくるりと振り向いて、視線があまり変わらないリザベルを見下ろした。
「元気にしていた?リザベル」
「相変わらずです。子爵」
「手紙を書いたのに、返事を少しもくれないんだね?」
「書くことが何もないので。定期的な報告ならしているはずですよ、当主」
「あなたの事ならなんだって知りたいよ。その日食べたもののことでもいいし、見た夢の事でも構わない。辛いことがあるなら僕に言ってくれて構わないし……そうしたら」
ルシアーノは手袋を外し、笑顔で彼女の手を取って口づけた。
かつては美しかった長い指は、今は剣を握るせいで節ばっている。
「辛いことなど何も」
素っ気なく言ったリザベルが手を引っ込めようとするのを、ルシアーノは笑顔のまま許さなかった。
「ねえ、リズ……僕に祝福は?」
「――」
「ずっと待っていたのに」
「何を」
「ひどいな、全部、僕に言わせるんだ?僕が叙勲されたことくらい知っているだろう。子爵と呼ぶんだから――ねえ、お祝いは?僕は優しいから、あなたからなら祝福の言葉だけで勘弁してあげる」
じっと見つめると、リザベルは、はあっと大きなため息をついた。
「ご当主に就任の由、誠におめでたく存じます。一族の者として心よりお祝いを申し上げます」
「リズ、いつまで他人行儀な態度を続けるつもり?」
「他人でしょう、私たちは……」
「そうじゃないことくらい、誰もが知っている」
頑是ないこどもの駄々を咎めるような視線をよこしてから、リザベルは諦めたように肩を落とした。
「……何がめでたいの?祝福などできるはずもない。ルシアーノ。当主になるなんて」
「リザベル」
「私は反対したのに。結局あなたは自分のしたいとおりにするのね」
「何がいけない?姉さん――」
「全部よ」
「……僕たちが暗い場所から出る機会なのに?それをみすみす、指をくわえてみていろというのか、他の誰でもない、あなたが?僕に?」
リザベルは唇を噛んだ。
――形の良い唇。
髪の色も容姿もあまりにも似ていないルシアーノとリザベルが、唯一似ていると個所だ。
三十年ほど前。
東部ネル家には評判の令嬢がいた。
本家に、ではない。
南家と言われる分家に生まれた緑の瞳をした令嬢、ミアヴェラ。
美しく聡明で、そして親しみやすく――彼女は誰からも愛されて、誰をも愛した。
特に、容姿のいい若い男の事を。
時を同じくして、南家には平民にはめずらしく美しい金色の髪の青年がいた。
ミアヴェラはその青年を欲しがって、半ば無理やり手に入れてままごとのような、しかし熱烈な恋をし、秘密裏に子を産んだ。
「彼に似て、どこもかしこも美しい!」
娘の価値が地に落ちて嘆き悲しむ両親を横目に彼女は美しい赤ん坊を寿いで、そして美しい恋人と暮らして、結果、すぐに暮らしに倦んだ。
蜜色の髪の恋人も娘の事も愛していたが、贅沢もできない暮らしに親しむことができなかったのだ。
慈悲深い彼女は恋人と円滑に分かれて赤ん坊を信頼のおける乳母に託して、それまでの数年間を「無かった」ことにした。
そうして東部ではなく華やかな都に居をうつした彼女は水を得た魚のように社交界で名を馳せる。
美しく話術が巧みな、けれどどこか幼さを残した彼女は、時の権力者……老い狂王に愛された。
若く健康な彼女は子を孕み、躊躇することなく生んだ。
――だが祖父よりも年上の王との間の私生児など、誰も歓迎するはずがない。老王の数多いる私生児がそうであるように「彼」も本来の身分を奪われた。
赤ん坊はネル南家の子の無い夫婦の籍にいれられた。
名前は誰がつけたかさえ定かではない。
それでもミアヴェラは、戯れに彼をいつくしむとき、鈴を転がすような声で呼んだ。
美しいルシアーノ、私の光よ!と。
254
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。