半魔の竜騎士は、辺境伯に執着される

矢城慧兎@中華BL完結しました

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スピンオフ/ネル家編

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 金色の髪をした麗人は困ったような表情を浮かべたがすぐに気を取り直すとルシアーノの束縛をするりと抜けて王女に一礼した。

「……リズ、あなたは出かけたのではなかったのですか?」
「その予定だったのですが、先方に用事が出来たようで……。ダンテ夫人から子爵が訪問したと伺いまして。挨拶に」

 正直かつ空気を読まないリザベルの言葉に、ルシアーノはくっ、と喉を鳴らした。
 ダンテ夫人はやはり屋敷にいて。
 そしてリザベルにはルシアーノの訪問を報せていなかった。
 王女は二重の嘘がばれて気まずそうに視線を彷徨わせた。
 王女の動揺に気付いているのかはうかがい知れないが、リザベルは極めて事務的な口調で己の主人に頭を下げた。

「殿下。私は子爵に近況を報告する義務があります。――しばし、お側を離れてもいいでしょうか?」
「……構いません」
「では、庭の散策を許可いただけますか?」
 それにも是と王女は鷹揚に頷いて見せた。
「王女殿下のように可憐で清楚な薔薇を拝見できて、光栄の限りでございます」

 季節は秋。

 ダンテ夫人の好みで庭園は淡い色の薔薇がさきほこっている。
 ルシアーノはイグナシオとリザベル、それから侍女と騎士を伴って庭へと進む。
 右手をあげるとイグナシオは胸に手をあてて優雅に一礼しその場にとどまった。侍女と騎士は困ったような視線をリザベルに送る。

「クルーゼ卿もこちらでお待ちください」

 ――思い出した、この凡庸な男の名前はクルーゼというのだった。
 仄かに滲むリザベルへの憧れのようなものを煩わしく一瞥し、花園をすすみ、垣根を曲がる。
 これで三人にはルシアーノとリザベルの姿も声も感じ取れないはずだ。侍女や騎士が近づかないようにイグナシオが笑顔で見張っている。
 ルシアーノはくるりと振り向いて、視線があまり変わらないリザベルを見下ろした。

「元気にしていた?リザベル」
「相変わらずです。子爵」
「手紙を書いたのに、返事を少しもくれないんだね?」
「書くことが何もないので。定期的な報告ならしているはずですよ、当主」
「あなたの事ならなんだって知りたいよ。その日食べたもののことでもいいし、見た夢の事でも構わない。辛いことがあるなら僕に言ってくれて構わないし……そうしたら」

 ルシアーノは手袋を外し、笑顔で彼女の手を取って口づけた。
 かつては美しかった長い指は、今は剣を握るせいで節ばっている。

「辛いことなど何も」

 素っ気なく言ったリザベルが手を引っ込めようとするのを、ルシアーノは笑顔のまま許さなかった。

「ねえ、リズ……僕に祝福は?」
「――」
「ずっと待っていたのに」
「何を」
「ひどいな、全部、僕に言わせるんだ?僕が叙勲されたことくらい知っているだろう。子爵と呼ぶんだから――ねえ、お祝いは?僕は優しいから、あなたからなら祝福の言葉だけで勘弁してあげる」

 じっと見つめると、リザベルは、はあっと大きなため息をついた。

「ご当主に就任の由、誠におめでたく存じます。一族の者として心よりお祝いを申し上げます」
「リズ、いつまで他人行儀な態度を続けるつもり?」
「他人でしょう、私たちは……」
「そうじゃないことくらい、誰もが知っている」

 頑是ないこどもの駄々を咎めるような視線をよこしてから、リザベルは諦めたように肩を落とした。
「……何がめでたいの?祝福などできるはずもない。ルシアーノ。当主になるなんて」
「リザベル」
「私は反対したのに。結局あなたは自分のしたいとおりにするのね」
「何がいけない?姉さん――」
「全部よ」
「……僕たちが暗い場所から出る機会なのに?それをみすみす、指をくわえてみていろというのか、他の誰でもない、あなたが?僕に?」

 リザベルは唇を噛んだ。
 ――形の良い唇。
 髪の色も容姿もあまりにも似ていないルシアーノとリザベルが、唯一似ていると個所だ。




 三十年ほど前。

 東部ネル家には評判の令嬢がいた。
 本家に、ではない。
 南家と言われる分家に生まれた緑の瞳をした令嬢、ミアヴェラ。
 美しく聡明で、そして親しみやすく――彼女は誰からも愛されて、誰をも愛した。
 特に、容姿のいい若い男の事を。
 時を同じくして、南家には平民にはめずらしく美しい金色の髪の青年がいた。
 ミアヴェラはその青年を欲しがって、半ば無理やり手に入れてままごとのような、しかし熱烈な恋をし、秘密裏に子を産んだ。

「彼に似て、どこもかしこも美しい!」

 娘の価値が地に落ちて嘆き悲しむ両親を横目に彼女は美しい赤ん坊を寿いで、そして美しい恋人と暮らして、結果、すぐに暮らしに倦んだ。
 蜜色の髪の恋人も娘の事も愛していたが、贅沢もできない暮らしに親しむことができなかったのだ。
 慈悲深い彼女は恋人と円滑に分かれて赤ん坊を信頼のおける乳母に託して、それまでの数年間を「無かった」ことにした。
 そうして東部ではなく華やかな都に居をうつした彼女は水を得た魚のように社交界で名を馳せる。
 美しく話術が巧みな、けれどどこか幼さを残した彼女は、時の権力者……老い狂王に愛された。
 若く健康な彼女は子を孕み、躊躇することなく生んだ。
 ――だが祖父よりも年上の王との間の私生児など、誰も歓迎するはずがない。老王の数多いる私生児がそうであるように「彼」も本来の身分を奪われた。
 赤ん坊はネル南家の子の無い夫婦の籍にいれられた。
 名前は誰がつけたかさえ定かではない。

 それでもミアヴェラは、戯れに彼をいつくしむとき、鈴を転がすような声で呼んだ。


 美しいルシアーノ、私の光よ!と。
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