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竜と愛の在る処

竜と愛の在る処-1

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   プロローグ


「北方は雪が深いとは知っていたけど。……こうも降りやまないものだとは」

 吹雪ふぶきの合間、いっとき雪のやんだ曇天を確認するために、カイル・トゥーリは小屋から出た。
 吐く息は白い。
 油断すれば舌まで凍りそうで、カイルは口元を毛皮でおおった。
 吸い込んだ空気はとがって、肺を突き刺す気すらする。
 カイルは慎重に唇を閉じて防寒具を口元まで上げると、緋色の目を細めた。
 ざく、ざく、と音を立てて雪の上を沈みながら歩くたびに、雪にあしあとがつく。
 数歩歩いて――カイルは足元から空へと、ゆっくり視線を上げた。
 天に届きそうな高い山が、目の前にそびえ立っている。
 その山を越えれば目指すべき場所がある、のだが。

「どう……すっかなあ」

 はあ、とカイルは脱力して、その場にしゃがみ込んだ。
 ビュウと風が叩きつけるように吹いて、前髪がなぶられる。
 山の天気は変わりやすい。
 今は吹雪ふぶきがやんでいるとはいえ、また一寸先さえ見えない状態にならないとは限らない。
 困ったな、とカイルはため息をついた。
 ――カイルをここまで連れてきたドラゴンとははぐれてしまった。同行者とも。
 いや、置いて行かれた、と言うべきだろうか?
 小屋にあるのは、あと数日分の食糧と、防寒のためのまきだけ。
 その数日の間に誰かが助けに来てくれれば戻れるだろうが、冬が明けるのを待つほどの余裕は確実にない。一人孤独にするだろう。

「歩いてふもとまで戻るか?」

 ……それも、現実的ではない気がする。
 この天候が二日続けば、かろうじてふもとまで辿り着けるだろう。
 過労でカイルが動けなくならなければ、そして吹雪ふぶきが再び起こらなければ、というけに近い条件つきだ。

「ここで、死を待つか。それともふもとに帰るまでに力尽きるか……ってことか。笑えないな」

 嘆いている割に、呟く声は楽観的な色が濃い。まだそれほど現実としてこの危機を実感できていないからなのだが。
 実のところ、状況はひどく深刻だ。
 カイルはしばらくそこに立ち尽くして、己をここに放置した男を思い出していた。
 オーティス・フィエルマン。
 カイルは任務で彼を捜しに来て、見つけた。
 そして今、雪山に置き去りにされている。

「俺がここで死んだとして、理由は正しく、アルフレートに伝わるだろうか?」

 いいや、そうはなるまい。
 きっとオーティスは、あの美しい水色の双眸そうぼうを少しも揺るがせず、あっさりと嘘をつくはずだ。

「――カイル・トゥーリ? 彼とは会わなかったよ。私を捜しに来て行方不明になったとしたら、それはひどく残念なことだね」

 とでも、沈痛な面持ちで言うだろう。
 カイルは目を開けた。
 再び、ビュウ、と風が吹く。
 おろかな男だお前は、と。
 故郷から吹きつける風が、冷たく身体を押し戻しながらカイルをわらう。
 たたらを踏みながら風を受け、カイルはまだ決意できずに、先ほどよりいくらか暗くなった白い空を見上げる。
 進むべきか、とどまるべきか。
 ひとまず、それが問題だった。



   第一章 辺境伯領


「本当はお前を置いて行きたくない」

 王都での騒動があって、アルフレートが治める辺境伯領へとやってきて半年余り。
 夜半、寝室のベッドの上で、アルフレートはため息交じりに呟いた。
 カイルはアルフレートに引き寄せられて……こめかみに口づけられる。
 行為を終えたばかりの身体はしっとりと重い。カイルは半身を起こして、ベッドサイドにある水差しに手を伸ばした。
 喘がされすぎたせいで、声が変なふうにかすれている。

「辺境伯の直々の視察に、所属の違う俺がついていくのは不自然だろ。どう考えたって」

 水を口に含んで、ぼやいたカイルが震えると、アルフレートは笑って手招きした。
 だんで火をたいていても、服を脱げば寒い。
 夜着を着込もうと思ったのに、アルフレートの手が邪魔をしてくる。まだ、満足していないらしい。
 カイルは裸のまま、すっぽりと後ろから抱え込まれた。

「……離れて平気なのか、冷たいな」
「……んっ……そうじゃ、ない……」

 ぎゅ、と乳首をつままれる。先ほど散々いじられたせいで、そこは赤くれ敏感になっていた。

「痛いから嫌だ、それ、やめ……っ」

 首を横に振るけれど、甘い声で啼きながら力なく抵抗することしかできない。
 どうにも被虐趣味があるらしい己の身体は、アルフレートから与えられる痛みを、簡単にいものに変換してしまう。
 先ほどまでアルフレートが散々なぶって好きにしていた後ろはまだ柔らかい。潤滑油なしでもやすやすと指を呑み込んで、小刻みに動かされ――指はほどなく、アルフレート自身に変わった。

「……うっ……あ、あ、アルフ……」

 圧迫感よりも、まだ十分に掻き出されてはいなかったざんが下りてくる感覚に羞恥しゅうちあおられて、カイルは歯を食いしばる。

「……んっ……ふっ」

 カイルはあっなく絶頂まで導かれて、くたりとアルフレートに背中を預けた。
 湿った肌同士がくっつくのが心地よい。
 アルフレートはカイルの中に入ったまま、腕を回した。
 先ほどまでの激しい動きではない。だが、最奥まで届いたそれに、まるで子供をあやすかのようにゆすゆすと突き上げられる。へその下あたりを上から指で押さえられると、アルフレートの形が嫌でもよくわかる。うめき声とともにカイルの肩が跳ねた。
 苦しさと、それをおおい隠す気持ちよさがいっぺんにせり上がってきて、カイルは唇を噛んで声を抑える。
 このままだと夢中になってしまうから、これ以上の快感を拾いたくない。
 前をいじろうとたくらむアルフレートの手をするべく、足を閉じようとする。
 だが、アルフレートはやすやすとカイルの抵抗を解いて、そこにれた。

「やっ……アルフ、だめだって……」

 先走りに濡れた先端に爪を立てられて、そこがぐちゅりといやらしい音をたてる。

「逃げるな」

 思わず浮かした腰を追いかけられて、突き上げられ、カイルは反射的に中を締めた。

「だからっ……まえと、うしろっ……! 一緒に、すんの、だめ……っ……」
「だめ、には思えないが?」

 抵抗はむなしく押さえられ、斜め後ろから口づけられる。喘ぎ声は食われてしまった。

「ん……っ、あっあ」

 口をふさがれたまま、アルフレートに下から腰を打ちつけられる。
 とめどない快楽にどこまでも翻弄ほんろうされて、カイルは再び全身を震わせたあと、アルフレートの腕の中に倒れた。

「アルフ………水、ほしい」

 しばらく息を整えてうらみがましい目で見上げると、恋人は涼しい顔で「どうぞ」とグラスをカイルの口のそばまで持ってきてくれた。
 少しも悪びれていないのに、腹が立つ。

「……明日も早いから、一回だけって言わなかったか? アルフが」
「そうだったか? 忘れた」

 しれっと言うアルフレートをく。
 カイルは湯で湿らせた布で身体を手早く拭いて、夜着にそでを通す。

「それで、お前はやはり私にはついてこずに留守番する、と?」
「俺が一緒に行っても、反感しか買わないと思う」

 カイルは肩をすくめてそう答えた。
 ここのところ、アルフレートは忙しい。
 辺境伯領の南で、さいな反乱が起きていたからだ。
 アルフレートの説明によると、反乱を起こしたのはクリスティナ――アルフレートの姪の母方の実家に連なる家だという。
 現在アルフレート・ド・ディシスが継いでいるイルヴァ辺境伯家の家督事情というのは、ここ数代、少々複雑である。
 イルヴァ辺境伯家は元々初代国王の息子がほうぜられた土地。王家の傍系だが、より関係を強固にするために、先々代の時代、国王の娘が嫁いだ。
 つまり、先代の辺境伯――アルフレートの父は、国王の従弟いとこにあたる。
 彼の正嫡の息子であるアルフレートの兄がそのまま辺境伯家を継ぐはずが、事故で急逝した。
 アルフレートは庶子だ。母親は裕福な家の娘だが貴族ではなかったため、彼が辺境伯を継ぐ時に二つの条件がついた。
 一つは兄の娘であるクリスティナが成人したら、爵位を彼女に譲ること。
 二つ目はクリスティナの伴侶として現国王の第三王子を迎えて、共同統治すること、だ。

「辺境伯家を国王の傀儡かいらいにするのか」
「クリスティナ様の伴侶は領地内の門閥から選ぶべきだ」

 そんな反発が、辺境伯家の門閥貴族からおこった。
 クリスティナの許嫁いいなずけとして有力視されていた家門から特に――
 いさかいはすぐに鎮圧されたが、処罰はしなければならない。
 どう処罰するかは辺境伯とその側近、家の代表が協議して決定したので、その件でアルフレートが直々におもむくことになった。
 そのため、アルフレートに半月ばかり屋敷をあけるから一緒に来てほしいと言われたが、カイルは断った。
 カイルがどういう立場の人間か、辺境伯領に住む多くの人間が知っているだろう。
 物好きな辺境伯が連れてきた、半分魔族の孤児。愛人。
 あるいは辺境伯の側近であるユアンの部下。
 それ以外の立場をカイルは持ちえない。
 そんな一介の騎士がついていったら、ものさんだと批判されるのは火を見るよりも明らかだ。
 アルフレートは何か言いたげに口を開きかけたが、仕方ない、と肩を落とした。

「……お前を心配しているんだ、カイル」
「大丈夫、何にも巻き込まれないように息をひそめて過ごす」

 心配そうなアルフレートに、宣誓をする時のように片手をあげて言うと、辺境伯はぼうを曇らせて、はあっとため息をついた。

「……信じるしかないが、くれぐれも無茶はするな、わかったな?」
「勿論」
「知らない奴についていくなよ」
「俺をいくつだと思っているんだよ、あんたは……」

 カイルがると、アルフレートは困ったように笑った。

「……出会った時のまま、成長していないように錯覚さっかくする時がある」
「十五年以上も前だよ、アルフ」

 出会いはカイルが十三の年の時だ。さすがに頼りなさすぎではないだろうか。
 アルフレートは黙ってカイルの前髪をもてあそんでいたが、躊躇ためらいがちに、カイルの名を呼んだ。

「……カイル。私が戻ってきたら、ますます忙しくなるだろう」
「クリスティナ様の婚約の準備で?」

 カイルが聞くと、アルフレートは頷いた。

「そうだ。……それに、そろそろ、お前の立場も考えなければいけない」
「俺の立場……」

 カイルは思わず目をらした。この話題は、たまにアルフレートから出る。
 現在カイルはただの騎士でしかない。
 だが、アルフレートはカイルに自身の伴侶という地位を与えようとしている。
 同性と結婚するのは、ニルス王国では特段珍しいことではない。
 もしそうなればカイルはアルフレートの財産を半分有することになるし、貴族としての地位を得る。カイルには得しかない。
 だが――
 アルフレートは、固まったカイルのあごを掴んで蒼い目で覗き込んだ。

「嫌なのか」

 嫌ではない。……しかし、カイルの返答は歯切れが悪い。

「俺は……クリスティナ様が成婚されてから、考えてもいいと、思う」
「時期にこだわる必要がどこにある?」

 カイルは、アルフレートの手をそっと払った。

「むしろ、なんで急ぐ必要がある? 今の関係のままじゃだめなのか。俺は多くを望んでいるわけじゃないよ。アルフのそばにいられて、働けたらそれで……十分だ」
「カイル、何度も話したが、それでは……」

 アルフレートは眉間にしわを寄せ、わずかに逡巡しゅんじゅんしたあと再び口を開いた。

「私は、お前を日陰者にしたくて連れてきたわけじゃない。お前が世界で一番いとしいと、正式な伴侶だと一刻も早く宣言して、安全な地位を与えたい。それだけだ。それを何故躊躇ためらう?」

 カイルはアルフレートの問いに、沈黙で答えた。
 自分でもうまく……言葉にできないのだ。
 アルフレートの蒼い瞳が、かすかに失望と悲しみで揺れる。

「……今夜はもう遅い。寝ようか」

 アルフレートに言われて、賛同する。
 寝息が聞こえてきたのを確認して、カイルはそっと恋人に背を向けた。


 カイルは、昨夜のささやかないさかいを思い出してため息をついた。
 アルフレートは、早朝に出かけていった。それをカイルも笑顔で見送っては、みたが。
 気まずいまま、半月近くも離れることになったのが、つらい。
 アルフレートがカイルを一人辺境伯領においていきたくない理由もわかるし、カイルに地位を与えたい理由もわかっているのだ。
 カイルが考えていたよりも、辺境伯領の人々はカイルを受け入れてくれた。
 アルフレートが恋人だとカイルを披露した際には驚いたようではあるが、今は認めてくれる者もいる。北部の民は、皆ドラゴンが好きだから、ドラゴンと人間の言葉を通訳できるカイルの異能を、好意的に受け止めた者が少なくなかったのだろう。
 だが、辺境伯領の者が皆同じように考えてはいない。
 アルフレートに反目する一派にとってカイルは嘲笑の対象だし、かと思えば、あからさまにびてくる者もいる。
 カイルがどこの馬の骨なのかと信用していいのか迷う者や、辺境伯をたぶらかす魔族のかくではないか……というこうとうけいな理由で警戒する者さえいる。
 しかし、その疑いを晴らすほどの働きを、カイルは現状、できていないのだ。
 カイルにとってもこの地で信用できる人間は、アルフレートを除けば彼の側近であるテオドールと上司でもあるユアンくらい。
 人脈は自分でつくるしかないが、信用を勝ち取る機会もまだ得られていない。
 カイルには現在、辺境伯のちょうあいを振りかざす、無能な愛人という肩書しかない……ような気がする。
 そう言うとアルフレートは怒るだろうから、口にはできないが。
 アルフレートはカイルを辺境伯領で一人にすれば、皮肉どころではなく、実際に害されることをしているのだろう。

「辺境伯領に来る時に、嫌われるのはわかっていたつもりだったんだけどな……」

 カイルはぼやきつつ、王都でアルフレートと『再会』してからの目まぐるしい日々を思う。
 そもそも、カイルは王都の外れの孤児院の生まれだ。
 孤児院では十四歳になれば院を出て、独り立ちするのが決まりだった。
 ――だが、人にみ嫌われる魔族の血を引き、魔族の証であるあかい瞳をしたカイルを雇ってくれるところなど、どこにもなかった。
 そんな時に出会ったのが、アルフレートだ。
 彼はカイルが持つ「ドラゴンの言葉がわかる」という魔族としての異能を高く評価して、ニルス王国でも選ばれた者しか入団できないりゅうだんに所属できるように口添えしてくれた。
 騎士団での生活は、少年時代のカイルにとって天国のようなものだった。
 衣食住には困らないし、剣の訓練ができて、大好きなドラゴンとも関わることができる。
 カイルに生活基盤を与えてくれたうえに、何かと目をかけてくれるアルフレートにカイルはあこがれ、あこがれはいつしか恋慕に形を変え――
 きょくせつの末に、二人は恋人になりみつげつを送っていたの、だが。

「あの頃はまさか、アルフが辺境伯になるなんて、思ってもいなかったから」

 そもそも、アルフレートは辺境伯家の三男で本来ならば爵位を継ぐ身分ではなかった。
 それが兄たちの急逝で急遽、爵位を継ぐことになったのだ。
 共に辺境伯領に行こうと、その時もアルフレートは言ってくれた。
 だが、高貴な血筋の辺境伯と半魔族の孤児が共にあることをいとう者はやはりいて――結局、カイルは彼のもとを去ることになった。
 アルフレートを最低な形で裏切って、だ。

「一生会わないつもりでいた。二度と会えなくても構わない、と」

 だが、カイルとアルフレートは再会した。いや、アルフレートが捜し出してくれた。
 ――苦難を共に乗り越える過程で互いの思いを確かめ合い、アルフレートが王都から辺境伯領に戻る際に、カイルもついてきたというわけだ。

「……覚悟を決めて、辺境伯領にきたつもりだったんだけどな」

 自分とアルフレートの間に身分の差があることは承知のうえで、一緒にいようと決めたのはカイル自身だが……どうしても、彼のかせになるのではないかという不安がぬぐえない。
 それがアルフレートの望むことではないことはわかっているのに。
 彼が出て行った時の寂しげな背中を思い出し、カイルは深いため息をついた。

「切り替えよう。仕事、しなくちゃな」

 カイルは手早く朝のたくを済ませる。
 竜厩舎を経由してから上司であるユアンの執務室へ行こうと渡り廊下を歩いていると、前から三人の女性が歩いてくるのが視界に入る。
 カイルはあわてて壁に寄って頭を下げた。
 近づいてきた先頭の人物は、柔らかな声の持ち主だ。

「……ため息が深いね、カイル卿」
「失礼いたしました、お嬢様」

 お嬢様と言われたその人物は、男装をした美しい少女だった。
 アルフレートの姪であり、次期辺境伯のクリスティナだ。
 彼女は侍女をふたり従えて、朝の日課の散歩をしているらしい。

「叔父上は無事に旅立たれた? 見送りをなさっていたんでしょう?」
「はい」
「カイル卿もついていけばよかったのに。いい経験になるし、きっと寂しがっておられるよ」

 くったくなく笑われて、カイルは苦笑しつつ顔を上げた。

「仕事がありますので」
「今から勤務がはじまるの?」
「はい。ユアン様の執務室に伺う前に、竜厩舎のドラゴンたちの様子を見ようかと……」
「じゃあ私も見学させてもらおうかな。構わない?」

 にこにこと頼まれたら、カイルに否やはない。
 侍女に「大丈夫ですか?」と視線で問うと、黒髪の筆頭侍女は穏やかに頷いた。
 クリスティナが許してくれたので隣に並んで歩き、当たり障りのない会話をわしながら竜厩舎に足を踏み入れる。
 すると、一頭の美しいドラゴンがはじかれたように顔を上げた。

『あ!! カイル!! お散歩なの?』
「やあ、ニニギ。今日も可愛いな」

 竜厩舎で、気のいいドラゴン――ニニギに声をかける。ニニギは、ユアンの相棒のめすのドラゴンだ。
 それを合図に、ドラゴンたちが次々に挨拶あいさつしてくる。

『カイル! ねえ、聞いて聞いて! 僕の歯がえかわったの。抜けた歯をあげようか』
『お散歩に行くって約束は? 今日は僕の番だよ!』

 嫌いな人間には見向きもしないドラゴンたちが、カイル相手だと一斉にキュイキュイと鳴いて歓迎し、甘える。
 カイルのドラゴン人気をの当たりにしたクリスティナは半ばあきれた。

「相変わらず、すごい人気! ……カイル卿はもう少し、自身の能力を誇ってもいいと思うよ」
「……言葉がわかるだけですよ……」

 カイルが恐縮すると、クリスティナは微笑んだ。

「そうかな。どんなドラゴンも、主人よりカイル卿のことが好きそうだ。それって、この北方ではあなたが最強だってことだよ。どんな騎士も上空から落とされたら生きていられない」
「……物騒ぶっそうなことをおっしゃらないでください、お嬢様」
謙遜けんそんは美徳だけど、あなたがあまりに控えめだと、叔父上だけでなく私も困る」

 カイルはニニギを撫でていた手の動きを止めた。

「お嬢様が?」

 クリスティナはくすりと笑った。それからニニギに近づいてキスをする。

「今日も可愛いね、ニニギ」
『まあ! クリス様ありがとう。私もあなたみたいな綺麗な子、大好きよ』

 クリスティナにはニニギの言葉はわからないはずだが、ご機嫌であることは伝わったらしい。
 仲良さそうにたわむれたあと、クリスティナはカイルを見つめた。

「叔父上はあなた以外見えていないんだから、隣にいて当然って顔をしてくれないと困る。いまだにあの人に有力氏族の娘を送ろうとするやからがいるのだから」

 アルフレートは、クリスティナに家督を譲ると明言している。
 ニルス王国の法律では女性でも家督を継げるが、保守的な北部ではやはり反対する者も多い。第三王子が共同統治者となるなら、なおさらだ。
 アルフレートに子がいれば、情勢は彼女に不利になるだろう。
 その機会を狙っている貴族は少なくない。

「……申し訳ありません」

 カイルが素直に謝ると、クリスティナはほがらかに笑った。

「私の勝手な事情だけどね。叔父上があなたに公的な立場を与えようとするたびに振られてばっかりで可哀想だなと思うのも本音だし、私に遠慮しているんだったら申し訳ないな、と思って」
「……いいえ、そのようなことは」

 カイルはアルフレートとのいさかいを思い出してうつむいた。
 アルフレートがカイルに爵位を与えて伴侶にすると宣言して調印してしまえば、すべてすっきりする話なのだ。それに二の足を踏んでいるのは、いつもカイルのほうだ。
 十代の少女にまで気を遣わせて申し訳ない、と言うしかない。
 消沈するカイルの様子を見て、クリスティナは話題を変えようとする。

「仕事には慣れましたか、カイル卿」
「ええ。ユアン様のもとでいろいろと学ばせていただいております」

 カイルが答えた時、突然あわただしい足音が聞こえてきた。

「何事だ?」

 クリスティナがけわしい顔をして竜厩舎から出る。
 やってきたのは見覚えのある騎士たちだ。彼らはクリスティナに気付いて礼をする。

「どうした?」
「クリスティナ様、それが……オーティス様が」

 騎士たちはあおめた顔で告げた。
 辺境伯家の分家の者がどうやら視察に出た先で、遭難したようだ……と。
 彼の鳥だけが助けを求める伝言を足に結わえて戻ってきたというのだ。
 カイルは眉間にしわを寄せて空を見上げた。
 雪は降っていないが……冬の天気は変わりやすい。救出まで時間が経つと、命にかかわるかもしれない。
 騎士はクリスティナに報告を続ける。

「オーティス様は足を傷めて動けないと」
「……救援をやりましょう。現在わかっていることをすべて教えて」

 クリスティナはそう言ったあと、小声でカイルに指示をした。

「ここは私が聞くから、カイル卿はユアンにも伝えて」
「承知いたしました」

 辺境伯が不在の城はにわかに騒がしくなった。
 カイルがユアンの執務室におもむくと、そこには先客がいた。
 白い神官服に身を包んだ美青年は、彼にしては珍しく神官服をかっちりと着込んでいる。

「キース、こんなに朝早くからどうした?」
「お前は俺様が何様か忘れたのか、カイル。辺境伯家の礼拝堂が新しくなるというので、その打ち合わせに来たんだよ」

 キース・トゥーリはカイルと同じ孤児院の出身で、兄弟同然に育った青年だ。その利発さを評価されて孤児でありながら神殿に仕え、学ぶことを許された。成長してからは神官となり、以前は王都で働いていたが、今は神殿本部から辺境伯領の神殿を任されている。
 カイルはずっとキースは下位の神官なのかと思っていたのだが、神殿の筆頭神官の補佐というそれなりの地位を与えられているというから驚いた。
 辺境伯家と神殿の交渉事は少なくない。
 カイルがいるからなのか、交渉事のたびにキースが来るのだが、どうやらこの幼馴染はユアンが気に入ったらしい。
 カイル以外とはあまり親しくしないキースが、いつも執務室に邪魔しては雑談をわして機嫌よく帰っている。今日もそうなのだろう。


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