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二人きり

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「三文芝居の筋書きは置いておいて、今回の件はそうだな」

マックスはワイングラスをテーブルに置くと、腕を組んでソファーの背もたれに体を投げ出した。

「歌姫に身ごもったまま行方をくらまされたら面倒が増えるし……かといって本邸をウロチョロされるのも、また面倒……そして、どうにも怪しい行動……。本件の落としどころは歌姫は別宅で保護──という名の監視か」

「人員の選定は俺がやろう。ティーナが気を揉む必要はない」
「私は大丈夫よ、出来るわ」
「ティーナには別にやることがあるだろう。一人で抱え込むことはない」

問題から逃げているように見られているようで、焦ってしまう。
そんな気持ちも二人には気付かれているのではと、少し居心地が悪い。

「ジョエルの愛妾には笑えるほど不審な点が多い。諸々わかるまで泳がしておきたい。
 ジョエル自身は本邸で静養しつつ記憶が戻るようアプローチと同時に、今回の面倒事の責任をもって餌として働いてもらうか……。
 子どもの処遇については今後次第だな。はー、何から何まで面倒だ」

ずるりと更に深くソファーにもたれるマックスは、だいぶ酔いがまわってきているようだ。
顔色は変わっていないが、晒された首筋が赤くなっている。
対比して、同じ量を同じペースで飲んでいたクリフは顔色も姿勢も最初から変わっていない。

「何しろ、ミア嬢を本邸に置いたままにするのは止めた方がいい。別宅や人員の準備が整うまで、それまで俺もなるべくここに帰ってくるようにする。それでティーナは大丈夫か?」

「ええ、私は大丈夫よ」

クリフの視線を受け、大きく一つ頷いた。

「ティーナはすぐ大丈夫っていうからな~。最初に、助けて!って素直に言えば面倒が減るのに」

それを横目で見ていたのかマックスが、また面倒だとでも言うように肩をすくませ茶化した。

マックスはいつも面倒事を嫌がるが、決して起きてしまった面倒事に知らん顔をしたりしない。私の幼馴染は昔から二人とも優しいのだ。でも、やっぱり面倒な事は面倒だとぼやくのは昔から変わらない。

「面倒ってなによ」

忙しいだろうに王宮から執務服のままかけつけてくれた優しく面倒見の良い幼馴染へ、昔からのお約束のやり取りだというように軽く言い返すとニヤリといつもの笑みが返ってきた。

「ティーナ、面倒かは置いておいて何かあったら早く言ってほしい。いつでもいいから。マックスも素直じゃないな……」

「お、この三文芝居の要である、悲劇の公爵夫人の恋人は義弟か? もはや愛憎劇というよりミステリーだな! 真の黒幕は義弟で兄を退け長年の想い人を……」

「マックス。酔いすぎだ」

「ハハハ! 怒るなって。確かに久々にティーナに会ったら気が抜けて飲みすぎてしまったかな。……油断して魔に魅せられたら大変だ。ここでお暇するよ──ティーナも気を付けて。他人の言うことをすぐ信じてしまうんだから」

幼馴染たちとの語らいの時間はあっという間に終わり、マックスは護衛と共に王宮へ戻って行った。







「遅くなってしまったな。もう寝よう」

クリフと並び、暗い廊下を静かに歩く。
久しぶりに楽しい時間を過ごし、心が少し軽くなったのかワインを飲んでいないのに足取りがふわふわとしてしまう。

「ええ、クリフも早く眠って。もう明日になってしまうわ」
「あぁ。”長年の想い人”である”義姉上”を部屋まで送って行ったらな」
「やだもう」

ふふふ、と声を潜め静かに笑いあった。

静寂に包まれた邸。
クリフと私の存在だけが動いている。

本当に二人きりになってしまったかのような錯覚を覚えた。





自室の寝室に戻りベッドの上に腰をかけると、どっと疲れが襲ってきた。
ふー、と長く重い息を吐くと視線の先にドアを捉えた。

寝室の横にある、そのドアは旦那様の寝室へと繋がっている。

眠る前に旦那様の様子を見ておこうと、音を立てないようにそっと扉を開け身を滑り込ませた。

旦那様の消息がわからなかったとき。少しでも旦那様の気配を感じたくて、この部屋でしばらく寝起きさせてもらっていた。その部屋が今は旦那様の寝息だけが聞こえる空間になっていた。

昨日までは私しかこの部屋にいなかった。本来の主を取り戻した寝室は旦那様の香りに包まれていた。
いつもの旦那様の香りに、今日のことは悪い夢だったのではと錯覚する。

枕元に近づき顔をのぞき込むと、旦那様は眉間に皺を寄せ難しい顔で眠っていた。

「旦那様……」

苦しみがとれるわけではないとわかってはいるが、無意識のまま深い皺が寄っている額に手を伸ばした。

今までも隣で眠っている旦那様の難しい寝顔を見ては、そっと触れていた。
そっと触れればふわりと旦那様の寝顔がほどける様子が、なんだかたまらなく私の心までほぐれるように感じていたのだ。

いつの間にかこの役目は私だと、そう思っていたから。だから。

しかし、寝ているはずの旦那様に、差し出した手を素早い動きで捕まれたことで自分の無意識の行動に気付く。
驚き思わず手を引くが、それを許されないほどの力で握りこまれた。

それどころか、ベッドの向こうへ手を引かれ腰をすくわれた。
視界が一転し、旦那様の腕の中にいることに気付く。

旦那様の匂い、温もりが、今までのことは夢だったと錯覚させる。
こちらが夢なのだろうか。私の願望が見せている夢かもしれない。

ゆっくりと旦那様の背に手を回し、頬を胸に寄せる。
涙が出るほど、嬉しかった。

私を抱き寄せる腕の力がゆるりと抜けたことに不安がよぎる。
夢が醒めてしまいそうで、縋るように旦那様の顔を覗き込む。

「……ナ」

「はい」

「……クリスティーナ」

「はい」

「会いたかった……」

掠れた、ごくごく小さな声だった。
耳を疑い顔を寄せ、旦那様を覗き込むが目が開いていない。

眠っているのだろうか。

起きて、私を見てほしい。あの瞳に私を映してほしい。

そしていつものように旦那様の唇が私に近づき────

私は顔を逸らしてしまった。

旦那様にミア嬢を見てしまったから。感じてしまったから。

自分の心の揺れに驚いてしまう。
旦那様の腕の中にいることがどうしても嬉しいのに、ミア嬢の影に怯えるのか。

旦那様が頬に、首に、鎖骨にとキスを落としていく。

この感覚に以前はくすぐったさと、心をじわじわと満たす愛情と、安心感があったはずなのに。

今はどうしても悲しい。

たまらなく寂しい。

心が、ついてこない。


そして、これをミア嬢も感じたのだと想像すると鳥肌が止まらなかった。


また顔を寄せ、キスをしようとしてくる旦那様の唇を指で押さえ
旦那様の頭を胸に抱え広い背を撫でた。

旦那様の手がしばらく私の身体を這う感触があったが、私が乗り気でないことを察したのか
色めいた手つきは納まり、ゆっくりと腰に腕を巻き付けた。

胸に当たる旦那様の吐息が、熱い。

「──旦那様」

「会いたかった……土産があるんだ……」

「旦那様……私も……旦那様に」

「早く帰らないと……寂しがらせてしまう……」

「旦那様?」

「……」

「旦那様、」

「……」



起きてください。

帰ってきてください。



私の旦那様



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