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君は私の妻なのだろう

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日差しが日ごと強くなっていくも、朝に限っては幾分か過ごしやすい。
爽やかな風がそよそよと髪を揺らした。

暫くいつものように少し開けたところで佇んでいると、期待していた通りの頃合で後ろから芝生を踏む音が聞こえた。

「──おはようございます、旦那様」

「毎朝、毎朝……君は早起きだな」

思った通りの人物が私の隣に立ったことを確認して、やっとそちらの方を見る。

「ええ。朝の庭が好きなので」

「……そうか」

あの日から、私が朝の散歩を始めると少し遅れて旦那様も庭に降りてくるようになった。
短い時間だけれど、二人で歩く朝の庭の空気はとても澄んでいた。

夜になると旦那様はふらりと私の寝室に現れ、言葉少なに”仲を深める”ようになった。
言葉を交わすでも無く、旦那様は何か鬱憤を晴らすかのように私を乱していく。

私が思い描いていた夫婦の絆の深め方とは真逆の方向に進んでしまっている。

何度か旦那様と話をしようと試みたものの、なんだかんだと流され有耶無耶になるのだ。
何も言わせないかのようにしているのではとすら思ってしまう。
まるで、怖がっているみたい。

そうだとしたら、私たちは似ているのかもしれない。

そして、朝が来るとこうして昨晩のことが嘘だったかのように
お互い体が触れない程度の距離で、朝の散歩をするのだ。

不思議とこうしてただ隣で歩いているだけの、この時間に確かに癒されている。

身体の距離が近づくほど、肌を重ねるほど、
心の距離を感じて、空しく癒されない寂しさがあった。

その部分が、なぜだか温かくなるのだ。

目も合わせず、ゆっくりとゆっくりと。
とくに何を話す訳でも無く、ただ、ゆっくりとしたこの時間に。

そんな静かな時間に、珍しく旦那様の声が耳に届いた。

「君は……あまり喋らないのか」

「はい?」

脈絡のない言葉に思わず、隣を見上げる。
いつからこちらを見ていたのか、蒼い瞳と視線がぶつかったがすぐ逸らされてしまった。
夜はあんなに鋭い目でこちらを見てくるというのに、まだ私の瞳は落ち着かないのだろうか。

「クリフの前ではよく話すだろう」

また、クリフの話題だった。何度目かになる話題に小さくため息が出る。

私を忘れてしまった旦那様との共通の話題といえば、旦那様の弟であり私の幼馴染のクリフしかないのだからしょうがないことなのかもしれないと、今日も自分を納得させた。

クリフの前では……とは、私とクリフが話すところを見ていたのだろうか。

クリフは私が落ち込んでいると誰よりも早く気付いてくれる。
昔からクリフには助けられてばかりだ。

騎士として日々忙しいだろうに、邸に顔を出しては気を配ってくれている。

その時のことをおっしゃっているのだろうか。
見ていたのならば、出てきてくださればよかったのに。

「クリフとは……幼いころから親しいので」

「私とは親しくないのか」

つい言葉に詰まってしまった。

「──どうでしょうか。旦那様と初めてお話ししたのは婚約を結んだ1年前のことですし、最近ではあまりお話しも……出来ていません、し」

夜ごとの出来事を思い出し、口にするのではなかったと唇を噛んだ。

気恥ずかしさから、無意識に左手でそっと旦那様から頂いた金の鎖を撫でていた。

その仕草を見ていた旦那様が唸るような声を出した。

「君は……いつもそのブレスレットをしているが、大事なものなのか」

普段よりも低い声にピクッと体が跳ねてしまった。
旦那様の顔をまじまじと見ると、とぼけている風でもなく本当にただ聞いただけのようだった。

「──ええ。大事なものですわ」

そうか……と、またお互い視線を前に戻しゆっくりと歩く。
なのに、まだ旦那様はチラチラとこちらに話しかけたそうに見てくる。

それに気付かないふりをして、ただゆっくりと歩いた。

「──クリフとは……」

「旦那様は先日からクリフのことばかり気になさいますね。クリフとお話しになりたいのなら、戻られた時にお呼びしますわ」

つい、可愛くないことを言ってしまったと気づいているのに。それなのに、なんだかチリチリした心が止まらない。

「いや、そうじゃない。君がクリフとばかり居るからだろう」

「旦那様はミア様とばかりいらっしゃるではありませんか!」

クリフ、クリフ、クリフ。もう、うんざりするほどクリフのことを気になさっていらっしゃるのね!
旦那様も私とクリフの関係を疑っているのかしら。

苛立ちが私の中でうねり、つい旦那様とミア嬢の関係に対して、ついに爆発して言葉が出てしまった。

爆発から次の瞬間には、どんどん顔が赤く染まっていくように頬が熱くなった。こんなに声を荒げたのも感情のまま話すのも子どもの頃ぶりで、恥ずかしいやら後悔やら自分の中にこんなにも強い感情があった事に驚く気持ちが心を支配していく。

感情をぶつけられた旦那様は、目を丸くすると一転気まず気な表情になった。

「いや、最近は──そうじゃない。君の、そのブレスレットはクリフからもらったものなのだろう。だからそんなに愛しそうに……身に着けるんじゃないのか。──君は私の妻なんだろう」

驚いた。

「旦那様……それは悋気に聞こえますわ」

「そうじゃない。それに、悋気は君もだろう」

旦那様は顔をしかめて横を向いてしまった。
その様子がなんだが可愛らしくて、胸がくすぐったくなった。
この方は、こんな表情もするのね。

なんだか旦那様が少し近くに感じられ、たまらない気持ちが顔を覗かせる。

ぎゅっと縮こまっていた肩から力が抜けていく。
右手を旦那様の前に差し出し、手首のブレスレットをゆっくりと撫でた。

「このブレスレットは、旦那様から頂いたものですわ」

「俺が」

「はい。詳しい話は……旦那様に思い出してほしいので今は内緒です」

ふふ、と思わず笑ってしまうと旦那様は困ったような、でもなんだか照れているようなお顔になった。

「──それに私はクリフと居るより、執務室に籠っている時間の方が長いですわ」

先ほどはつい旦那様とミア嬢の関係に対して、当てこする様な嫌味な言い方をしてしまった。
実際、間違ったことは言っていないつもりだ。
当主代理として仕事をしていたらクリフとなんて……まして、愛妾と遊んでいる時間なんて私には無いもの。

旦那様は俯いて俺は馬鹿だな、と呟いた。
視線で聞き返そうとするが、答えるつもりは無いようで長く息をつくと、髪をかき上げた。

「……そうだな。俺も調子が戻って来たし、働かなければね」

「あ、いえ。失礼いたしました。まだ休まれていて大丈夫です。ステファンもいますし……」
「いや、本当に最近は調子が良いんだ。……早起きのおかげかな」

そう言った旦那様の表情は、以前よりも年相応の笑顔だった。



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