異世界はつらいよ~この聖剣が目に入らぬか!~

コーヒー牛乳

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お見事でした

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「────ようこそ。聖女様」

 恭しく手を差し伸べられた聖女──ユミはその差し出された手にゆっくりと、自分の手を乗せた。
 ユミを見つめる派手な舞台俳優。そしてうっとりと見つめ返すユミ。

何が起きたのだと止める間もなく派手な衣装を着た人たちに連れられていく親友の背中を目で追った。
なぜ私がその人たちについて行かなかった……ついていけなかったのかは、やっぱりあのグレイと呼ばれた軍人さんに睨まれたままだからである。

よく見たら誰もかれもモンゴロイド、ネグロイド、オーストラロイド、コーカソイドでも無い。ついでに私は「聖女様」ではなく、もちろん「ようこそ」の対象ではないことが伝わってくる。

残るのはファンタジーな杖を持った数人と多数の軍人っぽいお兄さん集団である。

私に向けられる視線には好意的なものは無く──先ほど仲間を目の前で吹き飛ばしたのでそりゃそうなのだけど──ただただ戸惑うばかりだ。
自分の意志でもなんでもない、突然こんなことになっただけなのに理不尽にもほどがある。お玉を振り回したのは私なのだけれど、お兄さんを吹き飛ばすつもりはなかったのだ。

戸惑いから怒りに変わろうとした時。あの、視線で人を殺しそうなほど怖い顔をしたグレイさんが一歩距離を詰めてきた。怖い。

海に囲まれた島国の中、長年同一民族でコミュニティを築いてきた閉塞的な日本人である私は、同じような倫理観を持っていなさそうなグローバルな人間を見ると緊張してしまうのだ。

その怖い顔をしたネイティブ外国人は、やはり体つきが日本人とは違ってかなりデカイ。目の前まで来られたら、ほぼ壁である。鼻筋なんて山脈である。なんと立体的な頭蓋骨だろうか。平たい顔の自分とは全く違う。

いよいよその腰にぶら下げた剣で切られてしまうのではと、左手に持っていた鍋の蓋を体の前に構え! 右手のお玉を壁ことグレイさんの前に突き出した!

思い出してほしい。このお玉は前科のあるお玉だ。大変危険なものなのだ。使っているのが私で、これは調理器具のお玉だが、大変危険な凶器なのだ。わかったらそれ以上近づかないで欲しい。もう誰も傷つけたくない。ついでに自分も傷つきたくない。

ちなみに今の装備は右手に攻撃のお玉、左手には守りの鍋の蓋、胴衣を守るのは990円で買ったエプロンだ。赤いストライプ模様でポケットが大きいところがお気に入りです!

素手でも私なんて一ひねりしてしまいそうな相手に対し、何をしているのかと私も苦笑いしそうだが戦うつもりなのだと示すだけでも何か違う気がする! 全く勝てる気はしないが、お玉を振り回すヤバイやつだと思って離れてほしい!

ちゃんとこちらの意図は通じたのか壁(グレイさん)は両手をこちらに見せ、少し離れた位置で立ち止まった。

「……何もしない」

日本語だ。日本語を喋った。
そういえば、最初のおじいさんも、二次元舞台俳優さんも、最初から日本語だった。外国人顔だから言葉は通じないと思い込んでいたが、そういえばどうやらここはテンプレ異世界。日本語も通じる設定なのかもしれない。

「先ほども殿下から話があったように、君はしばらく第三騎士団預かりとなる。案内したいのだが、良いだろうか」

先ほどの話とやらは聞いてないが、壁──グレイさんは私を切るつもりで近づいたわけではないらしい。前に構えた蓋の陰からジトリと睨み付ける。
グレイさんはゆっくりと膝を折り、私より視線を低くして(そんなに低く見えるのだろうか)ゆるりと手を差し出した。

「ここは寒いだろう。おいで」

グレイさんは相変わらず怖い顔だし、口調も固く「おいで」というより「来い」と命令されているように聞こえる。

「……部屋には食事もあるぞ」

 そういえばお腹は空いている。なんせスイーツを作っていたのだ。しかし、人を殺めたり人を吹き飛ばしたり魔法なんて使っちゃったりして、全くそんな気分では無い。
 警戒を解かない私を見てグレイさんは凛々しい眉を少し下げた。

「……ユミはどこに行ったんですか」
「それは聖女様の名か。聖女様は安全だ。安心してほしい」
「信じられません」

 どこの世界にハイソウデスカと信じるやつがいるというのだろうか。睨んだまま動かない私をキョトンとした目で見ると「本当に似ている」と小さく呟いた。その時の表情があまりにも切なげで、少し警戒心を解いてしまったかもしれない。
 グレイさんはその表情を一瞬で落とすと、また平坦な声色で続けた。

「……それは信じてもらうしかないが、この国には聖女様を害そうとする者はいない。そして、君の先ほどの聖女様を守る姿勢には感心した。幼い身でとても勇敢だ。聖女様の騎士として立派だった。だが、残念だが聖女様の騎士でしかない君の安全は保障できない。だから騎士団が君を保護する。諸々の説明をしたい。まずは俺を信じてもらえないだろうか。頼むよ」

頼む、と聞いてまた私の悪い癖が出てきた。頼られるとなんだか頑張らないといけない気になってくる怖い癖だ。

蓋の影からグレイさんをまじまじと見返す。
グレイさんは少し紺色っぽい黒髪に、瞳の色はやっぱり紺色っぽい色だった。まだ表情は怖いが、最初の時ほどは怖くなくなっていた。よく見たら男前である。かなり怖いが、かなりの男前である。なんだ。私の夢には美形しか出ないのか。

私の作り出した夢だろうが願望だろうが、痛いのは嫌なので疑いは解かない。
差し出されたグレイさんの手をチョンチョンとお玉で突いてみたが、何もなさそうだ。
そしてグレイさんも手をお玉でチョンチョン突かれても怒らず、じっと真摯な表情で待っている。

構えていた鍋の蓋を、自慢のエプロンの大きなポケットに差し込み、お玉を左手に持ち直す。そして差し出された手にちょこんと指先を乗せた。
 そして、グレイさんは私の手を──手首を掴んだと思った次の瞬間、ぐるりと回されどうやったのか両腕を拘束して何かを巻き付けられた。
 えっ、えっ、と思っていたら周りにいたお兄さんの一人が「確保―――――‼」と雄叫びを上げた。

「さすがです団長。お見事でした」
「意外とチョロかったですね」
「お前、さっきもそうやってナメて吹き飛ばされたんだろ」
「あれは‼」

 と、ワイワイガヤガヤお兄さんたちが集まって来た。あ、さっき吹き飛んだお兄さんは無事だったんですね。それはよかったが、なんだこの和気あいあい加減は。これではたまにニュースでやる逃走した野生動物捕獲の一幕ではないか。

「さあ、お前ら撤収だ‼解散‼持ち場に戻れ‼」

 グレイさんはさっきまでの丁寧な話し方とは打って変わって乱暴な口調だ。片腕で人を荷物のように担ぎ、遠慮なく歩き始めた。

「騙したな!」

担ぐグレイさんに足をジタバタとぶつけると、足まで何かを巻き付けられてしまった。ひどい。

「──暴れるな。落とされたいか」

 ピタリと止まる。本当に躊躇なく落としそうな口調だった。なんなら静かになるなら何度か落としてもいいかもな、なんて思ってもいそうだ。こんな高さから落ちたら痛いでしょう。見てごらんなさい、この高低差。そして先ほどユミはお芝居のように手を引かれて行ったのに、私は荷物運び。なんなら逃走する野生動物扱いである。ひどい。

「それでいい」

 グレイさんはとても悪そうな声色で、おとなしくなった私のお尻をバシンと叩いた。痛い。ひどい。
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