天才魔術師、ヒロインになる

コーヒー牛乳

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ヒロイン、裁く3

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 ベンお父さまの落ち着いた声が掠れて響く。
 緩んでいた腕が、一度だけアリアお母さまを抱きしめる。

 そして、その腕はずるりと落とされた。

「ぼくはこの子を消そうとした。君の中から消したかった」

 アリアお母さまがストンと表情を消して、見上げた。

「私は、そんなこと望んでないわ」

 望んでない、という言葉の意味をどうとらえたのか。ベンお父さまは苦しそうに視線を下げた。

「そうだ、アリアはこの子と一緒に公爵家に行くつもりだったんだものな。結果、ぼくは失敗した。でもこれでアリアを縛る枷は無くなった。これでよかったんだ。馬鹿なことをして迷惑をかけてごめん」

 吐き出す泥をかけてしまわないように、一歩一歩と下がるベンお父さまに「違うわ」という細い声が追いかける。

「もういいんだ!もう無理するな。ぼくはアリアの邪魔をしたくない。またアリアは飛び立つんだ。幸せな時間をありがとう」

 世界を拒絶するように、もういいと繰り返しつぶやく声が苦しそうに床を這う。
 アリアお母さまは無表情でそれを見ていた。


 思わず頬が持ち上がっていくのが抑えられない。
 地獄のような二人の様子を見て、ついにはクスクスと笑いが漏れてしまった。

 それを幽霊かのように見やるアリアお母さまの顔を覗き込んだ。

「……アリアお母さまが、今、何を考えているか当てましょうか」

 アリアお母さまの顔には力や感情のようなものは残っていなかった。初めて見る表情だ。媚びてもいない、傲慢でも、怒りもない。

「ベンお父さまの告白を聞いて、アリアお母さまが今なにを考えているのか。娘の私にはよくわかりますよ」

 ええ、この天才ヒロインである私ならね。
 両の手で弧の字をつくり、弧と弧を合わせ中心に力を込め心臓の前で構える。

 これは古武術の構えではない。『愛のポーズ』である。

「ベンお父さまのこと、可愛いと思っていますね!!!」

 『愛のハンドサイン』をアリアお母さまに突き出し、ウインクをお見舞いする。

 刮目せよ。このヤンデレ仕草。
 ベンお父さまはアリアお母さまからの最後通牒を恐れて、自分の殻に閉じこもったのである。自分んの殻の中にアリアお母さまを引き込んでしまいたいと思っているのにも関わらず、最後はアリアお母さまの心を守ろうとしたのだ。

 天才ヒロインにはズバッとお見通しである。


「は?」
「え?」

 ヒロイン偏差値が低い凡人夫妻は、照れて誤魔化そうとしているのかキョトン顔である。

「アリアお母さまったら以前おっしゃっていたじゃないですか。『ベンが不安になっているところを見るのが好き』と!!」

「は?」
「え?」

 は?と言ったアリアお母さまは、頭を傾げ、何のことだか思い当たったのか眉間に触れ頭を抱えた。
 え?と言ったベンお父さまの視線が戸惑ったように、アリアお母さまに注がれる。

「今まさにベンお父さまは不安が爆発してますよ!しかも、アリアお母さまが幸せになるならと勝手に早とちりして怯えて震えています!こういうところがアリアお母さまはたまらないと、そういうことなんですね!」

 天才ヒロインたる私が理路整然と状況を解説しているというのに、凡人夫妻はそれぞれ顔を覆ってしまっている。

「愛し合う夫婦は仕草まで似てくると聞きますが、本当なのですね」

 アリアお母さまにキッと赤い顔で睨まれたが、ニヤニヤと『愛のハンドサイン』を向けておく。照れるなって。


「いい加減にしなさい!」
「そうですね、話を戻しましょう。今回の顛末を説明します」

 キリッと顔に力を入れ、話と空気を戻す。
 今回の顛末とは、もちろん私の考えた筋書きのことである。

「ベンお父さまは、最近のアリアお母さまご様子が変わられたことに気付いていたそうです。その上で、アリアお母さまの心を守ろうとしてプレゼントを贈ることにしたのです」

 プレゼントは【私を消す】ということだったが。

「私もずっと部屋にいるのは嫌だったので、ユーリも入れて三人で街へ行きました。私から一緒に連れて行ってほしいとお願いしたのです。そして運悪く巷で問題になっていた人さらいに遭遇して、偶然通りがかった騎士団の方に助けて頂きました」

 嘘は言っていない。言っていないことはあるが。

「そして、ベンお父さまは自分の行動が裏目に出てアリアお母さまが離れていくんじゃないかと怖がっているのです」

 これも嘘ではない。要約の問題である。
 あくまでアリアお母さまとベンお父さまには仲違いしてもらっては困るのだ。
 だって、二人が男爵家からいなくなってしまったら、男爵家を中心としてつくられていた使用人家族たちはどうなるのだ。

「違うんだ、アリア、ぼくは……」
「違いません」

 予想通り、だいぶベンお父さまの都合の良いように脚色……じゃなかった、情報の切り取られ方をした筋書きを訂正しようとしてきた。

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