終末レンタル家族

井上シオ

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第2章:ほころびの家

第16話「名前を守る戦い」

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 音声が終わった後の端末画面は、しばらくのあいだ静止したままだった。

 何も表示されない黒いモニター。
 けれどヒカルの中では、数えきれないほどの想いが巡っていた。

 母が最後に願ったこと――
 「ヒカルという名前を消さないでください」

 それは制度への反抗ではなかった。
 怒りでも、復讐でもなかった。
 ただ一人の母が、ひとつの“存在”を守ろうとした、祈りのような言葉だった。

 
 おもちがヒカルの足元に寄り添い、小さな音で鳴く。
 それは「ここにいるよ」と伝えてくれるような、確かな音だった。
 

 そのとき、静かに近づいてきたのは、先ほどの仮面の“倫理判定者”だった。

「君には、選択肢がある」

「……選択?」

「この記録――君の母の声を、制度の外へ公開するか、個人保存に留めるか。
 公開すれば、社会の波紋は避けられない。
 制度は揺らぎ、反発も起きるだろう。
 だがもし君が、“家族とは何か”を世界に問いかけたいなら――その手で、始められる」
 

 ヒカルは、息をのんだ。

 制度を責めたいわけじゃない。
 でも、母のように“名前を消された誰か”が、この世界にはきっとまだいる。
 誰にも見つけられず、誰にも呼ばれず、消えていった声たち。

 ――あの声を、自分ひとりの胸にしまっていいのか?
 

 「俺……母さんのこと、ずっと“普通の人”だと思ってた」
 「怒ったり、失敗したり、泣いたり。完璧じゃなかった。
  でも……“あの人がいた”ってことだけは、絶対にほんとうなんだ」
 

 ヒカルは静かに立ち上がり、端末に手をかける。

 表示された画面には、二つの選択肢が並んでいた。


【この記録を】
▶ 公開する
▶ 非公開保存する


 少しの沈黙。
 そしてヒカルは、ボタンを押した。
 

 ▶ 公開する
 

 ピッという音とともに、画面が切り替わる。


【記録を共有しますか?】
→ ユーザー名義:「本間ヒカル」
→ 閲覧範囲:「全制度登録者/報道機関」
→ タイトル:「母が遺した祈り」
→ 備考:「これは、ひとりの“家族”の声です」



「……全部、残していい。
 母さんが“そうやって愛してた”ってことも、
 俺が“忘れかけてた”ってことも――隠さなくていいから」


 送信完了。
 

 その瞬間、中央記録庁の回線がざわめいた。
 未承認の記録が、正式ルートを通じて全制度ユーザーに向けて発信された。

 ニュースは速報で流れ、
 「レンタル家族制度の“裏にある削除”」という見出しが人々の目に触れ始める。
 

 その中で、ヒカルの名が記されていた。

 「本間ヒカル」――
 制度の中で消されかけた名前。
 けれど、今はもう誰にも消せない“生きた記録”。
 

 おもちが、嬉しそうにくるくると回る。
 そして、ヒカルの名前を、小さな声で、ゆっくりと呼んだ。
 

 「ヒカ……ル」
 

 涙が、またこぼれた。
 

 それでも、ヒカルはもう迷っていなかった。

 この名前が、母の声が、誰かの明日を救うなら――
 それは、もう“家族”の形になっている。
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