終末レンタル家族

井上シオ

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第2章:ほころびの家

第17話「揺れる社会とヒカルの選択」

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 翌日。
 ヒカルが目を覚ますと、世界は変わっていた。

 ナオトの隠れ家で借りた小さなタブレット端末には、ニュース速報が絶えず流れていた。


《政府のレンタル家族制度に“記録削除”の実態》
《少年・本間ヒカル氏が音声データを公開》
《「名前を消さないで」母の声に、SNSで数百万の反響》


 見知らぬ誰かが書いたコメントが、次々と画面に流れていく。

「涙が止まらなかった」
「私も、同じように母を“制度”に奪われました」
「あの声は……本物だった」
「家族を、考え直さなきゃいけない」

 多くの賛同とともに、一部では制度擁護の声や激しい反発も上がっていた。
 だが確かに、あの記録が、社会の何かを揺さぶっていた。
 

 ナオトが静かに言った。

「……お前、もう“個人”じゃいられないかもしれないな」
 

 ヒカルは頷いた。
 でも、不思議と怖くなかった。
 

 あの記録を公開してから、自分の名前をネットで検索すると、
 「ヒカル」という響きが、誰かの“勇気”になっていることに気づいた。

 誰も呼んでくれなかったその名が、
 今は画面の中で、誰かの口に乗って呼ばれていた。
 

「ヒカルくん、君のもとに会いたい人がいる」

 ナオトが、穏やかな声で言った。

「本間律子さん。……君の、母さんだ」
 

 その言葉に、ヒカルは息を呑んだ。

「ほんとに……母さん、生きてたの?」

「確証はない。
 けど、記録を見た何人かが“似た人を見た”と名乗り出てる。
 おそらく、制度から削除された後、再登録不可能な“匿名者”として非登録区域にいる可能性が高い」
 

 非登録区域――
 制度の恩恵を一切受けられず、名前もなく暮らす人々の世界。
 そこに、母はいるかもしれない。
 

 ヒカルは静かに立ち上がった。

 名前を取り戻した次は――
 “呼び返す”番だと思った。
 

「行くよ。母さんに、もう一度名前を呼ばせてあげたいんだ」

「……“ヒカル”ってね」
 

 おもちはくるくると一回転して、ヒカルの後をついてくる。

 あの白い身体は、最初から最後までずっとヒカルの名前を忘れなかった。

 ――あの日、誰にも呼ばれなかった名を。
 

 ヒカルは街へ出る。

 すれ違う人が、彼の顔を見て声をひそめる。
 画面の中でしか知らなかった名が、実体を持って歩いている。

 でも、それでいいと思えた。
 

 だって、それが、母の望んだことだったから。
 

 ――「この子は、ヒカルです。私の、たしかな記憶です」
 

 名前を取り戻すことは、過去を“残す”ことじゃない。
 それを“未来へ渡す”ことなんだと、今ならわかる。
 

 ヒカルの旅は続く。
 今度は、“名前を呼び戻す”ために。

 母のいる場所へ。
 まだ誰も知らない、本物の家族が待つ場所へ。
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