終末レンタル家族

井上シオ

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第3章:幸福プログラム

第26話「帰宅、そして警告」

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 帰り道の空は、やけに静かだった。
 街灯の色が薄い琥珀色ににじみ、風はなく、誰も歩いていなかった。

 ヒカルはおもちを抱えたまま、ゆっくりと自宅のドアを開けた。

 「……ただいま」

 小さくつぶやいた声に、返事はなかった。
 

 リビングの灯りがついていた。
 律子はソファで寝ていた。白い毛布をかけたまま、規則正しい呼吸をしている。
 人工の眠り。ヒカルはそう思った。

 彼女はレンタル家族だ。契約時間が過ぎると、自動的に“省電力”モードに入る。

 でも、それでも――ヒカルは、そっと毛布を直した。
 

 「……帰ってきたよ。今日、変なもの見た」

 おもちは無言でヒカルの膝に飛び乗る。いつも通り、まるで何も起きなかったように。

 その瞬間、リビングの天井スピーカーが「ピッ」と小さく鳴った。
 

 《通知:不正な接触履歴を検知しました》

 《警告:未登録集会への参加は評価を下げる可能性があります》

 《再発防止のため、観察ドローンの増設を申請中》
 

 ヒカルは無言で立ち上がった。

 冷蔵庫の上にある黒いスピーカーを見上げる。
 それが“監視の目”であることは、もう知っている。
 

 「記録されてない人に会っただけで……俺の家族、終わりってこと?」

 返事はなかった。ただ機械音声のような無音が空間を支配していた。
 

 おもちが、ヒカルの袖をちょん、と引っ張る。
 見上げるその目は、まるで「ここにいるよ」と言っているようだった。
 

 「……大丈夫。俺は俺の家族、信じるって決めたから」
 

 ヒカルはタブレットを起動する。制度専用のアプリを開いて、設定ページに入る。
 “家族登録情報”という項目を開くと、そこに「律子」「ナオト(削除済)」「ミオ(仮)」と表示されていた。

 その横に、見慣れないボタンがひとつ――

 《再申請/再評価を希望する》
 

 ヒカルは指を止める。

 そのボタンを押せば、監視が強化され、何もかも“正しい”形に戻されるかもしれない。
 でも、それはきっと、“誰かの記憶”を再び消すことと同じだ。
 

 「俺……ボタン、押さないよ」

 おもちは、コクンと小さく頷いたように見えた。
 

 そのとき、律子が目を覚ました。

 「……あら、おかえりなさい。遅かったのね」

 その声はいつも通りだった。少しだけ疲れていて、でもあたたかい。
 

 ヒカルは答えた。

 「ただいま。……今日さ、ちょっとだけ昔の夢、見た気がする」

 「夢?」

 「うん。たぶん、“消される前の家族”の夢」
 

 律子は少しだけ微笑んだ。

 「夢の中でも、家族はあなたのこと、忘れてないと思うわ」
 

 ヒカルは頷く。おもちは律子の足元に寄っていき、そっと丸まった。

 その夜、警告音もなく、静かな闇が彼らを包んだ。
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