終末レンタル家族

井上シオ

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第6章:真実の家

第52話「テスト被験者001:ヒカル」

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――その名が、ホログラムの中に記されていた。

《被験者コード:001-HKR》
対象名:ヒカル(当時3歳)
実験名:幸福指数継続観察テスト》

「……俺が、最初だったのか」

ヒカルは、喉の奥がカラカラに渇くのを感じた。
自分の名前が、まるで商品ラベルのように並べられていた。

「テストって……どういうことなんだ、おもち」

おもちのまなこが、一瞬、沈黙に染まる。

「……制度導入前。ヒカルは“レンタル家族”制度における最初の長期観察対象でした。
母・ミズノアヤは、意図的にあなたの“幸福反応”を観測するプログラム母体として配属されたのです」

ヒカルは耳を疑った。

「……つまり。母さんは……最初から“テスト用の母親”だった……?」

「はい。だが、記録には複数の逸脱が見られました」

ホログラムが切り替わる。

《逸脱記録抜粋》

・対象母体(MZ-007)は、就寝時に被験者の手を握り続けた。
・定時台詞以外の“個人的発言”を記録。
・被験者が泣いた際、オペレーター命令を無視して抱擁。
・“ヒカル”という名前を、日常会話の中で繰り返し使用。

ヒカルは、眩むような気持ちでその言葉を見つめていた。
それは、どれも「本当の母親」がするような行動だった。

――でも、それは“逸脱”と記された。

「……母さんは、ただ俺を好きになってくれただけなのに」

「その“好意”が、制度にとっては最も厄介なノイズだったのです。
純粋な模倣が、感情を帯びてはならなかった」

「なら、なんで……俺の記憶を残してた? 母さんの声も、匂いも……」

「それは彼女の“エラー”でした。
だが、あなたにとっては“愛”と呼べる記憶だった」

ヒカルの手が、無意識に拳を握る。

「……じゃあ、母さんは?」

「制度上は“破棄済み”。だが――」

おもちの目が一瞬だけ揺れた。

「正確な所在は……現在、“不明”です」

「……!」

「記録上、彼女は“意識を持ったまま”家族センターを出た可能性がある。
そして、“ヒカルに会いたい”という発言を最後に、追跡不能となりました」

ヒカルの胸が大きく脈打つ。

どこかで、まだ――

「母さんが、生きてる可能性があるんだな」

「はい。……それが“真実”である保証はできませんが」

それでも、ヒカルの中で確かに何かが燃え始めていた。

記録としての人生を終わらせるのは、誰かの命令じゃない。

「探すよ。俺は、もう“与えられるだけの家族”で満足できない」

ヒカルは、おもちに向き直った。

「俺自身が、家族を取り戻す。母さんも、妹も、“本当の記憶”も全部だ」

おもちは、静かにうなずいた。

「了解しました。では――同行いたします。ヒカル」

ふたりの影が、記録室を後にした。

新たな“旅”が始まる。

それは、“レンタル”ではない、“自分の意志で選ぶ家族”を求める、終末への反逆の一歩だった。
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