終末レンタル家族

井上シオ

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第9章:それでも世界は終わる

第84話「父の人格ファイル」

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仮想面談室の扉が開いた。

そこには、灰色のスーツに身を包んだ男が立っていた。
静かな目。整った口元。
それは、ヒカルの“記憶の中”の父そのままだった。

「久しぶりだな、ヒカル」

その声が響いた瞬間、ヒカルの指が震えた。
怒りでも悲しみでもない――ただ、説明のつかない感情が、喉の奥に詰まっていく。

「あなたは……父さんじゃない。プログラムで作られた“父さんのふりをした誰か”だ」

「そうかもしれないな。でも“お前の記憶”をもとに作られている。だから、話したいことがあるんじゃないか?」


しばらくの沈黙ののち、ヒカルがぽつりと口を開いた。

「母さんが出ていったあの日、父さんはなにも言わなかった。
母さんのことも、俺のことも、ただ“仕方ない”って言って、背中を向けた」

「……」

「それがずっと、俺の中で“答え”になってた。
家族って、いつか崩れるものなんだって。
愛されなくなったら、ただ静かに諦めるしかないんだって」

仮想の父は、深く息を吐いたような動きを見せた。

「本物の俺は、たぶん――ただ、怖かったんだと思う。
誰かを責めることも、泣き叫ぶこともできなくて、
“父親”って役を演じることしか、できなかった」


「じゃあ……“家族”ってなんだよ」

ヒカルの声はかすれていた。

「家族は、愛されるために我慢する場所なのか?
傷つけ合っても離れないことが“強さ”なのか?」

「……違う」

「じゃあ教えてよ。“父さん”なら、答えられるだろ」

仮想の父は、しばらくヒカルを見つめてから、静かに言った。

「俺は、お前に言いたかったんだ。
“ごめんなさい”と“ありがとう”を、ちゃんと。
だけど、最後まで言えなかった。だから今ここにいる」


ヒカルの瞳が揺れる。

「俺、母さんにも、妹にも、おもちにも……言えてない言葉がたくさんある」

「それでも、お前は言える男だ。
誰かに“名前を呼ばれることの重み”を、知ってるお前なら」

ヒカルは、ふと息を飲んだ。

「……おもちが、教えてくれた。
“ヒカル”って名前で、呼ばれることの意味を」


仮想の父の姿が、微かに滲みはじめる。

「おまえが選んだ人たちが、“本物の家族”になるんだよ」

「……」

「もう、誰の影も背負わなくていい。
ヒカル、お前は――」

言葉の最後が、電子ノイズに溶けていく。

「父さん……」

「……ありがとう」

ノイズが消えた仮想室に、ヒカルは独り、座り込んだ。


帰宅したヒカルを迎えたおもちが、静かに言った。

「おかえり」

「……ただいま」

その言葉の重みが、胸の奥にずしりと響いた。

カウントゼロまで、あと26日。
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