終末レンタル家族

井上シオ

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最終章:最初で最後の家族

第92話「空の下の会話」

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春の風が、少しだけ冷たかった。
ヒカルはミオと並んで歩いていた。向かう先は、少し遠くの公園。

「今日は、行きたかったんだ」
ミオがぽつりとつぶやいた。

「うん、わかる気がする」
ヒカルも応えた。

彼らが向かったその場所は、かつて“家族ごっこ”をしていた親子たちであふれていた。
今はもう、誰もいない。遊具は錆び、芝生には雑草が伸びていた。

けれど、空だけは変わらなかった。


「……覚えてる? ヒカルが“父さん”をレンタルした日」
ミオがポケットの中で手を組んだまま、言った。

「うん。俺、すっごい背伸びしてた。
『母さんがいなくなっても、妹くらい守れる』って。今思えば、あれって自分への言い訳だったんだなって」

ミオは首を横に振る。

「違うよ。あのときのヒカル、かっこよかったよ。
……泣かなかったし、怒鳴らなかったし、私が泣いても手、握ってくれた」

ヒカルは何も言えなかった。
けれど、その言葉だけで、胸の奥がじんと熱くなる。

ふたりはベンチに座った。

「ねえ、ヒカル。今、“家族”って思える?」
ミオが不意に聞いた。

ヒカルはしばらく黙って空を見た。

「うん、思える。……レンタルじゃない、誰かに用意された形じゃない。
ちゃんと自分で選んだ“家族”って言える」

「私も」
ミオが小さく笑った。

「でもさ、“おもち”はいないんだよね」
そう言って、ミオの声が少し震えた。

ヒカルはそっと妹の肩に手を置いた。

「いないけど、俺の中にはいる。……ミオの中にもいるでしょ」

「……うん。夜寝る前に、まだ声が聞こえる時ある。『ミオ、いい子』って」

「俺も。あいつの声、忘れられない」

ふたりは見上げた。
雲の隙間から、柔らかな光がこぼれていた。

「……空の下にいるって、変な言い方だけど、なんか“全部ある”感じがするんだよね」
ヒカルの言葉に、ミオが笑う。

「うん、わかる。“全部”あるよね。泣いた日も、笑った日も。
どれも、ぜんぶ家族だったって思える」

ふたりはしばらく、その空の下で黙って座っていた。

帰り道。
ヒカルはふと、空に手を伸ばしてみた。

つかめるわけじゃないけれど、あの日の記憶に少しだけ、指先が触れたような気がした。

「明日も、散歩しよう」
ヒカルが言うと、

「うん、こんどはおにぎり作ってく」
ミオが笑った。

小さな家族の、新しい日常が、静かに始まっていた。
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