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第6章:偽帝国の胎動
第34話:影の光
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――夜が明けた。
京の空が白み始めるころ、十兵衛は一人、茶屋の奥座敷にいた。
昨夜の“信長”との密会の余韻はまだ胸に残る。
そしてその胸には、かつてないほどの痛みがあった。
扉の外で、そっと声がする。
「……入ってよろしいですか」
その声を聞いて、彼は一瞬目を見開いた。
その懐かしい声音、今や忘れかけていた“十兵衛”としての記憶を呼び覚ます。
「入れ」
ゆっくりと入ってきたのは、おみよだった。
――あの村で共に育ち、初めてのキスを交わした少女。
今は立派な女の姿をしているが、その瞳の奥には変わらぬ温もりがあった。
「……あんた、信長様なんだってね」
「そうだ」
淡々と返す彼に、おみよは寂しげに微笑む。
「でも、笑い方は変わらない。あの頃のままだ」
十兵衛の指がぴくりと動く。
「私は……あんたが生きてて、うれしいよ。でも……」
「……でも?」
「もう、“あんた”じゃなくなったんだね」
その言葉は、何よりも鋭かった。
おみよは泣かなかった。ただ、微笑んだままだった。
「影が本物より光ることがある。誰もが信じてついていくような、強い光になる。あんたは……そういう人になったんだね」
十兵衛は、答えなかった。
いや、答えられなかった。
その光が、彼女のような人を遠ざけるものだと、分かってしまったからだ。
やがて、おみよは立ち上がった。
「この世には、“本物”より、“望まれる者”がいる。……でもそれは、同時に孤独な道だよ」
言葉だけを残して、彼女は去っていった。
残された十兵衛は、ただ静かに、懐から十年前の古びた“お守り”を取り出す。
中には、朽ちかけた小さな紙片。
幼き日の字で、こう書かれていた。
「おみよ じゅうべえ ずっといっしょ」
それを見つめながら、彼はただひとこと、呟いた。
「……信長とは、なにか」
その答えを探し続ける旅が、また一歩、始まるのだった。
京の空が白み始めるころ、十兵衛は一人、茶屋の奥座敷にいた。
昨夜の“信長”との密会の余韻はまだ胸に残る。
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「……入ってよろしいですか」
その声を聞いて、彼は一瞬目を見開いた。
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「入れ」
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「そうだ」
淡々と返す彼に、おみよは寂しげに微笑む。
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十兵衛の指がぴくりと動く。
「私は……あんたが生きてて、うれしいよ。でも……」
「……でも?」
「もう、“あんた”じゃなくなったんだね」
その言葉は、何よりも鋭かった。
おみよは泣かなかった。ただ、微笑んだままだった。
「影が本物より光ることがある。誰もが信じてついていくような、強い光になる。あんたは……そういう人になったんだね」
十兵衛は、答えなかった。
いや、答えられなかった。
その光が、彼女のような人を遠ざけるものだと、分かってしまったからだ。
やがて、おみよは立ち上がった。
「この世には、“本物”より、“望まれる者”がいる。……でもそれは、同時に孤独な道だよ」
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中には、朽ちかけた小さな紙片。
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「おみよ じゅうべえ ずっといっしょ」
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